幕間

幕間1 嘘は災いの元

※この章は幕間です

 ストーリーの軸や時系列その他諸々にあまり関係のない彼らの日常である。


「俺、嘘つくの下手なんだよな」

昼休憩、才川裕作が何気なしにつぶやいた。

退屈そうに携帯電話を眺めていた秋音はその言葉に反応し、視線を裕作の方へ移す。


「確かに、あんたってホント分かりやすいわ」


昼食を食べ終わった二人は、何をするでもなく教室で駄弁っている。

何の変化も訪れず、ただ時間だけが過ぎていくこの緩やかな日常。

これは、彼らにとって些細な日常の一コマである。


「あぁ、どうにかしないといけないと思うんだがなぁ」

「なんでよ、なんか理由でもあんの?」

「そりゃ、沙癒にすーぐ嘘ばれちまうからな。いざって時困るかもしれん」

「……そもそもあの子賢いから、多分誰も嘘つけないでしょ」


彼は嘘をつくにはド下手クソだった。

良いことも悪いことも、心のまま素直に話してきたからこそ、人を騙したと言う経験が圧倒的に少ない。


純粋すぎるからこその悩み。

そんな裕作だからこそ慕ってくれる友人が多いのだが、本人はその事に気がついてない。


「嘘は災いのもとよ、安易に発言したら痛い目見るわよ」


秋音の注意はもっともであり、何事も隠す事なく誠実に生きるべきだろう。

しかし、その言葉にいまいち納得していない裕作は「うーん」と首を捻って考え込む。


「でも、なんか案とかないか? このままじゃ俺一生嘘つけそうにない」

「嘘……嘘ねぇ」

「って言っても、秋音も相当下手だよな」

「な、なによ! どうせあたしのこと馬鹿で可愛げないアホとしか思ってないんでしょ!? ふん! 良いわよそれで!」


自虐めいた発言とは対照的に、

「いや? 馬鹿にはしてない。お前は素直で良いやつだよ」


彼……裕作は物事を悲観的に捉えていたり、悲しんでいる人間を見たくない。

だから、彼は今の言葉に飽き足らず、さらに追撃をしていく。


「秋音は偉いよ。勉強できるし、努力家だし、おまけに可愛い。俺の自慢の親友だ」

「――ほんっっとあんたってほんと!!!」


顔を真っ赤に染めた秋音は、まるであふれ出しそうな感情を分散させるように大げさに両手で机をバンバンと叩き彼を威嚇する。


暴れ始める秋音を目の前にした裕作は、

「どうしたんだ、なんかあったか?」

っと、顔を赤らめたのかが理解出来ていない様子だった。


彼は思ったことをすぐ口に出す性分。

相手の良いところは素直に認め、包み隠さず全部話す。


それは彼の最大の長所でもあるが、相手を褒める言葉を使う事に恥じらいなど一切無い言葉は、時に強烈な凶器になり得る。


裕作の事を好いている人間にとって、これ以上厄介なことは無い。


「はぁ~、もう。急に変なこと言うんじゃないわよ」


何度か机を叩いた後、落ち着きを取り戻した秋音は椅子に座り、乱れた髪を整えつつ話題を戻そうとする。


……耳の先はまだ少し赤いが。


「まぁ嘘つきたいなってんなら、方法が無いわけじゃないわよ」

「ほんとか!?」

「えぇ! あたしにかかればちょろいもんよ!」


嘘をつくのが下手な人間による嘘をつくための講座。

鼻息交じりに自信のある態度を見せる秋音だが、果たして参考になるかは定かでは無い。

このまま続けても何となくオチが読めそうだがだが、この場所に二人を止める人間はいない。


「いい? 嘘をつくには真実を混ぜて話すのがいいの。ほんとの事なら迷わず話せるでしょ?」

「なるほど」


百パーセントの嘘の場合、全てを作り話で構成する必要がある。

捏造だけで話す言葉には、迷いや躊躇いが含まれ矛盾が生まれやすい。

それを貫き通すだけの度胸と相手を納得させられるだけの構成力があれば話は別だが、そういった作り話は必ずどこかでボロが出る。


だからこそ、本当の事を交えそのリスクを軽減させる。

そういう意味では、秋音の言っている事は嘘をつく上で有効な手段の一つのなり得る。


「例えば……そうね。この前学校で配られた大切な書類を親に渡さなかったの」

「あぁ、あの進路選択のやつか」


高等部二年生になると、進路に関する書類を渡される機会が多くなる。

その大切な書類を秋音は親に渡さなかったらしい。


ちなみに裕作はその書類を無くしている。


「それで、ママにその事がバレてどうしたかきかれたの」

「ほう」

「それで、『おしっこを漏らしたから仕方なくそれで吹いちゃった★』って嘘をついたの」

「うん、それお前自身が大ダメージになるのでは?」

「もちろん嘘ってバレたわ」

「今までの話なんだったの???」


参考にするどころか、ただのバカ話を聞かされた裕作は思わずため息を吐く。


しかし、物は考えようで、秋音の話には一部同意出来る部分がある。


嘘の中に本当の事を混ぜて話す。

今度嘘をつく時があれば試しにやってみようと思う裕作であった。


「ん? ちょっと待て」


話がうまいことまとまりそうな時、裕作はある部分に気がつく。


それは、今の話の中にある本当の部分。


「今のって、本当の事混じってたんだよな?」

「えぇ」

「……漏らしたのか?」

「なっっっ!」


その瞬間、周りで聞く耳を立てていた全生徒がこちらを向いた。


先ほどまで話に混ざってこなかったギャラリーのボルテージが急上昇し、爆発的に噂が拡散していった。


「ち、ちが! 本当なのは後ろの拭いたって部分で!」


秋音は慌てて訂正をするがもう遅い。

彼は学院においてトップクラスの人気を誇るアイドルだ。

それ故噂の伝達速度も凄まじく、裕作の発言を元に様々な意味に変換された。


『あの完全無欠のアイドルが漏らした!?』

『秋音君ってトイレ行くんだ!』

『マジかよ! 聖水じゃん!』

『いくらで買い取れます?』

『おいおいおいおいおい!!!』


特に紳士諸君のテンションの上がり方は凄まじく、拡散に次ぐ拡散でもう修正が間に合わない。


「飲んでたレモンティー溢したの! 待ってみんな落ち着いて!」


裕作のことなど見向きもせず、クラスメイトに大きな声で呼びかける。


『レモンティーってそういう……』

『やっぱりそうじゃないか!』

『おおおおおおおお!!!』


しかし、もうこの状況を止める事など出来ない状態になっていた。


「あ、秋音……?」

マズイと思った裕作が覗き込むように様子を伺うと、目に涙を溜めてプルプルと震えている秋音の姿がそこにはあった。


「も、もうバカー!」


状況に耐えられられなかったのか、秋音はそのまま走り出し教室を後にした。


元後いえば自分の勘違いによる発言が原因。

流石にみんなにフォローを入れるべきだと思い一人一人誤解を解いて回ろうとする裕作だったが。


「……嘘は災いのもと、か」


今後、安易な嘘は慎もうと考える裕作であった。


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