第28話 話せばわかる、と思っていた
裕作は震える手で伝票を握り絞め、すぐさま会計へ向かう。
まだ半分ほどしかパフェを食べ切っていない七海には「先に帰る」とだけ伝えていたが、果たして呂律が回っていない口調で正しく伝えれていただろうか。
「お会計三千五百円になります」
パフェとブレンド珈琲だけで裕作の財布が底を突きそうになっていたが、今はそんなことはどうでもいい。
適当にお札を何枚か出して、渡されたお釣りを震える指先で受け取り、そのままズボンのポケットへ突っ込んで早々に店を出た。
すると、店の外には裕作を睨む二人の男の娘がいた。
右手にいる早乙女秋音は大変ご立腹の様子で、ちょっとした刺激でも噛みついてきそうな猛獣のようにギリギリと歯ぎしりをしている。
両手に持った買い物袋の持ち手を潰れるくらい握り込み、カサカサと音を立てて震えさせていた。
そして左手にいる才川沙癒は何の変哲もない表情に見えるが、背中からにじみ出る邪気が尋常ではない。
画材などを買った茶色の袋を胸に抱き抱えながら裕作をジッと見つめ、圧倒的な威圧感を放つ。
正直、裕作はこちらの方がずっと怖い。
「――ソファ」
「へ?」
「あそこにソファがあるから、とりあえずそこにいこっか」
――あー、これは長くなるやつだ。
裕作は何かを察し、早くも諦めムードを醸し出している。
沙癒が指をさしていたのは飲食街に設置された休憩スペースで、そこでじっくり裕作を料理する気だ。
裕作は端的に指示された通りに歩き出す。
「あのー、沙癒さん?」
「…………」
「なぁ、秋音も何か言って――」
「うるさい」
「あ、はい」
どうやら発言権は既に失っており、何も弁解させてくれなさそうだ。
無言のまま休憩スペースに到着すると、わざとらしく二人は大きな音を立てて二人掛けのソファに座りこむ。
そして裕作は勿論、二人が座っている目の前で膝を折り、正座をして反省の意を示す。
今、裕作の立場は床に置かれた買い物袋と同等のものである。
時間も昼を過ぎたということもあり、周りに人はほとんどいない。
裕作にとって、それは不幸中の幸いだった。
「さて、あんたには言いたいことは山ほどあるけど」
「はい」
「なんであんたがデートしてるわけ?」
話の主導権を握る秋音の機嫌を損ねず、上手く話を通す戦いが今始まった。
「いやいや、デートじゃ無い。 あいつは後輩の――」
「――でも、あーんってしてた」
沙癒の一言により、裕作の戦いは敗北以外の道は無くなってしまった。
「……お前らをほったらかしにしたのは悪かったよ」
傍から見ればあれは完全にデートであり、先に出かけていた二人を差し置いて、仲睦まじく遊んでいたことになる。
メッセージを送ったとはいえ、ドタキャンの様な形で二人を置き去りにしてしまった。
その部分に関しては、裕作は言い訳をする事はしない。
「でも、これはデートじゃない!」
しかし、ここだけは訂正しておかないと不味い。
このままではナンパ除けに駆り出された人間が、職務を放棄してナンパをしてデートをしていたことにされてしまう。
ここからはどれだけ被害を出さずに逃れるかの敗走戦、どうにかこちらのペースを掴み、言い訳を通さなければないけない。
「あれはただパフェ食ってただけであって!」
「へー。カップル限定のパフェを、あたしたちをほったらかして、可愛い女の子と食べてただけなんだー」
秋音は足を組み替えて、段階的の声を高くして威圧する。
ソファで座っている秋音の方がずっと小さいはずなのに、裕作の大きな体はどんどん委縮し体格差が逆転しているような錯覚に陥る。
そう、秋音達は裕作を発見したのは数分前。
買い物を終えた二人は裕作を探すためにあちこちのフロアを探索した。
数々のナンパを搔い潜り裕作を発見したはいいが、まさかナンパ除けの男が他の人間とデートしている現場を目撃するとは思うまい。
丁度七海がパフェを食べ始めた頃に、沙癒が裕作の姿を見つけ、張り込む調査の如くバレないように様子を伺っていた。
しかし、七海がパフェを裕作に差し出した瞬間に沙癒が出撃してしまい、現在に至る。
既に裕作に逃げ道は無く、後は絞り上げるだけのようにも見えるこの状況。
だが、裕作はその言葉を待っていたのだ。
一緒に食べていた相手……そう、新海七海の存在を話せるこの時を。
「あはは! 何言ってるんだ、七海は男だぞ!」
そう、七海は男である。
これが、裕作に残された唯一のまとな言い訳である。
あくまでデートではなく、偶然出会った男友達とただ飯を食っていただけに過ぎない。
ナンパもしていないし、同性であれば友達として言い張ることも出来るだろう。
ヘラヘラと呑気に笑う裕作に対し、秋音はというと。
「男……今男っていったわよね!!!???」
腹の底から煮えた怒りの感情が爆発し、地面を思い切り蹴り上げながら立ち上がる。
一緒に出かけた男の娘を差し置いて、他の可愛らしい男と仲良くする。
裕作を落とすために毎日アプローチを続ける沙癒。
誰よりも可愛いものを愛し、自身もそうありたいと努力する秋音。
そんな彼らにとって、同性と裕作が仲良くされることは最大の嫉妬対象のなる。
そう、裕作の言い訳は火に油を注ぐ結果になったのだ。
「あたし達がいるのに他の男とデートしたの!?」
「――うそでしょ」
二人の男の娘は、今日一番のショックを受けていた。
異性のデートよりも同性である男とイチャイチャされる方が、何倍もダメージが生まれる。
「……そうなるな、まぁデートじゃないけど」
「あんた……ほんとあんたってやつは!!!」
秋音はぷんぷんと頭から煙が出る程怒っており、沙癒は口元を両手で押え絶望していた。
「あたしと沙癒がいるのに、他の男に手を出すって!」
「――信じられない」
「ちょっと待て! 俺は何もしてないぞ!」
裕作が何を言おうがもう遅い。
「うるさい! 一緒にパフェ食べてたでしょ!」
「……羨ましい」
「そうよ羨ま……いや、じゃなくて……でも、あーもー!!!」
秋音は頭をぐしゃぐしゃと搔き乱して今にも暴れ出しそうな様子だった。
一方の沙癒は依然として鋭い視線で裕作の事を睨み続けている。
混沌とした空間の中、裕作は体を強張らせてただ耐えるしかなかった。
「あのー、すみません」
そんな誰も寄り付きたくないような修羅場に、鈴が鳴ったような綺麗な声が鳴り響く。
「どうかしましたか?」
そこに現れたのは、超巨大パフェを食べ切ったばかりの新海七海だった。
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