第26話 その先の未来

店員に案内されたのは奥側の窓際席だった。


四人掛けのテーブルには三角に畳まれた紙ナプキンが綺麗に置かれており、テーブルのは清潔感がある。


分厚いガラスに隔たれているが、通路側からあのデカいパフェを食べている所を人に見られてしまうと思うと、少しだけ恥ずかしい気持ちになる。


二人が黒く柔らかそうなソファに腰掛けたことを確認すると、店員はそのまま手に持っていたメニューを机に広げた。


「ご注文はお決まりですか?」

「はい! ぼ、いや、ウチはこの限定パフェで!」

「……えーと、俺はブレンドでお願いします」

「はい、ご注文ありがとうございます。お料理ができるまで少々お待ちください」


慣れた手つきで注文を電子デバイスに打ち込むと、店員は丁寧にお辞儀をしてから次の注文を取りに行った。


「な、なんとか乗り切りましたね〜」

緊張の糸が途切れたのか、七海はフカフカのソファに勢いよく背中を預けて、これでもかと長いため息を吐いた。


「土壇場での演技だったが、なんとかなるもんだな」


わざわざ本人達がカップルと言っているのであれば、店員はどんなカップルでも無理に止めたりはしないだろう。

それでも、嘘をついてバレないか不安になるのは誰だってしんどい。


「本当ですよ、よく僕の事を女の子と思ってくれましたよ」

あははと爽やかな笑顔を向ける七海は気がついていない。

この店に入ってからと言うもの、周りからとてつもない視線を向けられている事に。


彼氏がいるのに見惚れている女の子、彼女がいるのに恋をする男の子、またはカップルの二人共々。


注文した料理よりも、一緒に来た相方のことよりも、新海七海という存在に誰もが釘付けになっていた。


「……いや、七海なら彼女役でも十分すぎるくらい通じるだろ」


七海の中性的な顔立ちであれば、格好や口調を変えれば男性でも女性でも認識してくれるだろう。

今回はたまたま地味な格好をしていたから男性と思われたが、きっと可愛らしい服装を着れば女性として認識されていただろう。


「……先輩」

「ん?」

「――やっぱり僕って、男らしく無いんじゃないでしょうか?」


裕作の予想していた反応とは別に、少し不服そうな態度を浮かべていた。

地雷。とまではいかないが、少なくとも裕作の話した言葉を良いようには取られていない様子だった。


頬を膨らませ口を尖らせている彼の姿を見て、裕作は急いで訂正をする。


「違う。七海の顔は綺麗で整ってるから、男女どっちでも通用するんだよ」

「そうかなぁ」


七海は両手を頸に当てて小さく笑った。

常に笑顔の絶えない明るい七海だが、先ほどから見せる表情とは異なりわざとらしい。

そんな彼の姿は、裕作に目には演技をしているかのように見えた。


「そうだよ、羨むやつなんていくらでもいるだろうし」

「えー、僕は先輩みたいに男らしい顔つきの方が良かったですよ〜」


これは嘘ではなく、裕作の本当の気持ちだ。

誰もが七海のような中性的で綺麗な顔つきは憧れるだろうし、本人も自慢に思っているものだと裕作は勝手に思っていた。


その言葉を聞いて、七海は大袈裟にも見えるくらいのため息を吐いた。


「良いなー先輩は。男らしくてカッコ良い顔してて」

「……そうか? 別に普通だと思うぞ」

「うそ! 先輩モテないの!?」

「異性から告られた事はほとんどないな」


同性、もっと言うと弟からなら毎日のように告白を受けているが、ややこしくなるのでこれ以上何も言わない事にした。


「こんな顔より、七海の方が百倍いいだろ」

「いや! 僕は男らしい顔つきの方が絶対いいですね!」


七海の顔は誰が見ても羨ましく思うと裕作は考えていたが、本人のとってはあまり良いものと思っていなかったようだ。


「でもお前めっちゃモテるじゃん。俺は色んな人からモテた試しがないからちょっと羨ましいよ」


二人の男の娘に恋心を植え付けた筋肉男は、自分の事を過小評価していた。


「そりゃ、モテる方だと思いますよ? でもなんか腑に落ちない感じで」


机の上にあったナプキンを取り出し、折り紙で何かを作るように指先で弄り始める。


「腑に落ちない、って?」

「カッコいいって言われるのは良いんです。男ですし、すごい嬉しいんですよ」


でも、と釘を刺すように七海は話を続ける。


「でも、可愛いって言われるのがよく分かんなくて。女の子からはまぁ別に良いとして、最近では男の子からも言われるようになってて」


特に、七海は高校に入ってから顕著に「可愛い」と言われるようになった。

部活動を辞めてから髪を伸ばすようになり、母親の用意する服を着るようになった。

気分で頭を青く染めて、暇になった時間は適当にクラスメイトと遊ぶようにもなった。


すると、中学を卒業する頃には今と同じくらいの人気者になっていた。

どれだけ野球で活躍しても、大きな大会で優勝しても、ここまでの人気を集める事は出来なかった。


「僕、どっちがいいんでしょうか」

先ほどまでの明るいテンションではなく、ストンと何かが落ちたような静かな言葉だった。


吐き捨てるように七海は言うと、今まで指先で綺麗に折っていたナプキンをグシャグシャに丸めて台無しにする。


自分の存在が、分からなくなる時がある。

野球に熱中していた自分と、今の自分。

同じ僕のはずなのに、違う気がする。

ずっと霧の中を彷徨うような気持ちがハッキリしない気持ち。


どこにも向かわないこの気持ちと、どちらでもないこの顔。

これからどう過ごせばいいのだろうと何度も思う。

運動を続けるか、それともたくさん遊ぶか。

無数に選択肢があるはずなのに、七海はどれも選べずに立ち止まっている。


手を伸ばした先に未来があるのに、彼は何もしないでいた。


「……どっちもだろ」

「――え?」


思ってもいない言葉をかけられて、七海は思わずハッと息を飲み込む。


「カッコイイも、可愛いも。全部が全部、お前の個性なんだよ」


カッコ良い姿と可愛い姿。

二つの相反する存在で、誰でも持てるようなものではない。


「でも、それは中途半端なんじゃ……」

「俺はそう思わない。お前は色んな面を持ってるからこそ、魅力的に見えるんだよ」


裕作は頬杖をついて、柔らかな表情で七海を見つめる。

その姿はとても優しく、見ているものに安心感を与えるような顔つきだった。


「カッコイイも可愛いも全部ひっくるめて、今のお前なんだよ」

「…………」


「自信持てって、な?」


そう言い終えると、裕作はニカっと白い歯を見せて笑いかける。その顔は冗談を言っているわけでも、取り繕った嘘を吐いたような顔ではなく、心の底から思っている純粋な気持ちである事を感じさせる無邪気な笑顔。


だからこそ、七海の目にはとても新鮮に映った。


「……そんな事、初めて言われました」

「俺も初めて言った」

「ははっ なんですかそれ」


今の自分が好きじゃなかった。

好きな事を貫き通せなかった半端者、どちらでもない中性的な顔つき。何もかもが中途半端に見えて、自分は不恰好な姿をしていると常に思っていた。


だけど、そんな自分も良いと言ってくれる人がここにいて、どんな自分も魅力的だと教えてくれた。


七海はほんの少しだけ、心のきりが晴れたような気がした。

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