第25話 多分デートです

新海七海しんかいななみから突然の申し出を受けた裕作は、困惑を隠せないでいた。


「えーっと。ど、どういうこと?」

状況を確認する裕作に対し、七海はニンマリと気持ちが良いくらい素敵な笑顔で笑いかける。

「細かいことは気にしない、どうせ先輩今日暇でしょ?」


こちらの事情などお構いなしに裕作の手を握ると、そのまま店外へ連れ出した。

「さ、いきましょ!」

屈託のない無邪気な笑顔を向け、半ば強引に裕作を連れて歩き出す。

子供のようにウキウキとした七海に引っ張られる裕作は、何が何だか分からず声を荒げて話しかける。


「な、七海! とりあえずついていくから、手! 離してくれ!」

大声で七海に訴えかけると「あっ」という声を出してから、握った手をパッと離す。


「すいません、ちょっと舞い上がっちゃって」

「ったく、何がそんなに楽しみなんだよ」


痛いくらい引っ張られた腕を軽く振りながら愚痴ると、七海は「行けばわかりますよ!」と言い、軽い足取りで歩き始めた。


「……しゃーない、とりあえずついていくか」


このまま無視するわけにもいかず、裕作は渋々彼の背中を追いかける。

人混みを綺麗に抜けていく七海を早歩きで追いかけ続けると、いつのまにかエレベーター前に到着した。


「先輩〜早く〜」


タイミングよく開いたドアに二人は滑り込むように乗り込む。

幸いエレベーター内は誰もおらず、勢いよく入っても迷惑行為にはならずに済んだ。


「このまま五階の飲食街へ!」


七海はエレベータのボタンの「5」の数字を勢いよく押下し、扉が閉まるのと同時にエレベーターが上昇を開始する。

軽く息を整えつつ、裕作は壁にもたれかかりながら携帯電話を取り出す。


目的地に着くまでの時間で、置き去りにしてきた沙癒と秋音に向けてメッセージを送ることにした。

内容は「用事が出来た、先に買い物済ませておいてくれ」と簡素な物だが、連絡しないよりマシだろう。


「先輩、携帯で何してるんですか?」

「んー? ちょっとな」


隣で並んで立つ七海が、物珍しい目で携帯を触る裕作を見つめていた。


「というか先輩って携帯触るんですね」

「俺をなんだと思ってるんだ」

「機械に疎い脳筋先輩」

「しばくぞ」


そんな冗談を言い合っているうちに、秋音に送るメッセージを入力し終える。

こんな人気の多い場所で二人だけにするのは少々不安が残るが、今回ばかりは仕方がないと割り切る。


「……よし。で、なんか飯でも食うのか?」


メッセージの送信を終えた後に携帯をしまいつつ問いかけると、電子アナウンスが到着をお知らせする。

沙癒にも送ろうかとも思ったが、秋音が一緒にいるからどうせ伝わるだろうし、なにより携帯を持ってきていない可能性もある為、今回は送らないことにした。


扉が開くと、色んな飲食店が立ち並ぶ賑やかな場所が目の前に広がっていた。

エレベーターから降りると大手飲食チェーン店や個人経営の飲食店が見え、昼過ぎというのにそこそこの賑わいを見せていた。


「チッチッチ、先輩。そんなもんじゃないですよ」

人差し指を左右に振りながらエレベーターを降りる七海に続きながら、裕作は首を傾げる。


「まぁついてきてください」

得意げな顔立ちのまま、七海は飲食店が立ち並ぶ飲食街を歩き始める。


「そういや七海はもう昼飯食ったのか?」

「まだっすね」

「なら奢ってやるよ」

「え! いいんですか!?」


七海はその場で振り返り、ウサギのようにぴょんと跳ね体中で嬉しさを表現しているようだった。


「あぁ、この前の約束も兼ねてな」

「この前……あぁ、冗談のつもりだったんですが、なんかごめんなさい」

「いいさ、気にすんな」

「じゃあ今日は思いっきり財布軽くさせますね!」

「……済まん、ちょっとは手加減してくれ」


裕作が軽く頭を下げると、それを見た七海は「はーい」と短い返事をしてニッコリと微笑み返す。


普段は凛としたカッコいい印象を受けるその顔は、笑顔を向けると可憐な花のようにパッと明るく可愛らしいものになる。


――本当、不思議なやつだな。


そう言っている間に、先行して歩いていた七海が足を止めた。どうやら目的地に着いたようだ。


「ここですよ!」

目の前にあったのは、オシャレなカフェだった。

最近出来た新店舗のようで、黒を基調とした外装はとても綺麗で、窓際の席から見える店内は少し照明が暗く、落ち着いた雰囲気を感じ取れる。


「よかったー、まだやってる!」


看板には期間限定のパフェが大きく表示されており、見ているだけで胃もたれしそうになる。


「あ〜、早く食べたい」

「甘いの好きなのか?」

「それはもう! ここ最近の楽しみがこれしかないくらいには!」

「流石に大袈裟だろ……」


七海の目的はこのパフェのようで、看板を見るや否や目を星のように輝かせよだれを拭っている。


「そんなに楽しみなら、一人でも来ればよかったじゃないか?」


あまりにも嬉しそうな彼の姿を見て、裕作はふと思った疑問をそのまま口に出す。


「それが、このメニュー二人組限定っぽくて、相方探してたんですよ!」

「それが俺だったと?」

「はい!」


よく見てみると、看板に書かれているパフェは見るからに一人前の量を軽く超える大きさをしていた。

器から飛び出す苺がタワー状に積まれており、てっぺんには粉砂糖、中央付近にはチョコソース、そして縁あたりにはキャラメルがコーティングされている。


器の中は輪切りにされたキュウイやバナナが断層ごとに敷き詰められており、その隙間にはコーンフレークや生クリームが所狭しと入れられている。


とてもじゃないが一人では食べきれない総量のデカ盛りスイーツに、裕作は早くも胃もたれしそうになっていた。


「……お前、よくこれ食おうと思ったな」

「これは食べるでしょ! ほんとは見にくるだけだったんですが、丁度暇そうな先輩見つけたんで誘ったんですよ!」

「暇って、お前なぁ」

裕作はため息混じりに頭を掻くが、こうも嬉しそうな態度の後輩を怒る気にはなれなかった。


一つ上の先輩である裕作に対しても、ズケズケと突っかかる生意気さはあるが、こう言った態度を取っても裕作は本気で怒らない事を雰囲気で察しているあたり、七海かなり年上の扱いに慣れしているようだった。


「先輩、早く入りましょ! 僕もう我慢出来ないですよ〜」


七海はもう我慢出来ないと言わんばかりにうずうずとした様子で、今にも飛び出していきそうだった。


「じゃあ入るか」

「いきましょー!」


高いテンションを維持したまま、七海はカフェの入り口を勢い良く開けた。

チリンチリンと聞き心地の良いベルがなると、店内の奥の方から綺麗な女性の店員が迎えてくれる。


「いっらしゃいませ。何名様ですか?」

「二名です!」


七海は店員に向けてピースをするように二本の指を立てて満面の笑みを浮かべる。


「あの、ここ限定のパフェってまだありますか?」

「はい! まだ大丈夫ですよ!」

「やったー! 先輩、早く注文しましょ!」


まだ席に案内もされていないのに奥へ入ろうとする七海に対し、迎えてくれた店員は「すみません」と声をかけた。


「あのー、お客様。一応確認ですが……」

バツの悪そうな顔つきのまま店員が七海に話しかける。


「――限定メニューはカップルのみ対象となりますが……?」

「へ?」


先ほどまでのウキウキと興奮した表情とは一変、血の気の引いた真っ青な顔に変化していく。

唇を震えさせて慌てる七海に対し、裕作は冷静に店内を覗き込む。

すると、席に座っている客の殆どは男女のペアで、見た限りでは男同士のペアは裕作たちだけになる。


そう、七海が聞いていた限定パフェはカップル限定の特別メニューだったのだ。


その事実を知った七海は、両手で頭を抱え何かを考えているようだ。


「七海……流石に……?」

「ま、待ってください。今名案を……」


ギリギリ聞こえない小さな声で話し合っているが、その姿を困った様子で目の前の店員は見つめている。

これ以上店の入り口でいても迷惑になるかもと、裕作は彼を連れて出て行こうとした矢先、七海はポンっと拳と手の平をを合わせた。


「これしかない!」


云々と思考を巡らせ、考え出した結論。


それは――


「……いえ、問題ありません」


七海は太く逞しく裕作の腕をギュッと抱き寄せて、恥ずかしそうな表情を見せながら店員にこう言った。


「ぼ、いや。ウチと先輩はカップルです!」

七海はゴリ押すことにしたらしい。

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