第24話 偶然の出会い

二階に到着した裕作達は、時間効率も考えて二手に分かれることにした。

沙癒と秋音は文房具屋へ向かい、裕作はスポーツ用品店に一人で向かう。


同じ階で、二つの店が隣接しているということもあり、一時的に別行動をしようと秋音が提案したのだ。

百貨店には警備員も巡回している上、秋音がいればちょっとしたナンパは何とかなるだろう。

何より、二人は裕作の見たがっているダンベルには毛ほどの興味も無く、単純に行きたくないのである。


「いらっしゃいませー」


裕作がスポーツ用品店の店内に入ると、そこには明るく清潔感のある空間が広がっていた。

最新のトレーニングシューズや有名選手のコラボTシャツなどは勿論、テーピングやアイシングなどの小道具から自宅で出来るトレーニングの器具など、豊富なアイテムが取り揃えられているようだ。

流石に専門店ほど大きくは無いが、百貨店でこれだけの品ぞろえは十分すぎる程のものだった。


「初めて来たけど、結構綺麗だな」


裕作がよく立ち寄るスポーツ用品店「パワーアップ」よりも人の入りが良く、若者を中心に活気に溢れていた。


「お客様、何かお探しですか?」


入店直後、目の前で迎えてくれた細い体つきの若い店員へ話しかける。


「すいません、ダンベルって置いてますか?」

「ダンベルでしたら、こちらから右手奥にある自宅トレーニングコーナーにございます」

「そうですか! ありがとうございます!」


裕作がお礼を言うと「ごゆっくり」と丁寧にお辞儀をして店の奥へ歩いて行った。

店員も爽やかな雰囲気で接客しており、裕作は早くもこの場所を気に入っていた。


「どんなの置いてるかなぁ〜」


まるでおもちゃを買いに行く少年のように気持ちを昂らせて、裕作は教えてもらった場所へ歩みを進める。


「……それにしても、人が多いな」


周りを見渡すと、家族連れや運動不足を解消したいであろう中年の男性、そして若い女性や部活帰りらしき学生も入店しており、年齢や性別問わず人気な店であることが伺える。

百貨店の中ということもあるだろうが、ここまで流行っているスポーツ用品店はこの近辺では珍しい事だ。


特に、裕作が通うスポーツ用品店「ウルトラパワーアップ」はトレーニングジムと合併している事から、店員のほとんどが筋肉ムキムキのゴリマッチョで構成されている。


店員の誰もかれもが、やたら声がデカく、体もデカく、勧める商品もデカい。

無論入店する客もジム帰りのガチ勢(ガチガチ筋肉勢)が大半で、隙を見せれば真っ白な歯を輝かせた素敵な笑顔の店員(筋肉)が迫ってくる為、ゆっくりと商品を眺めるなんて上品な真似は出来ない。


しかし、ここならプロテインの押し売りが激しい筋肉も、営業スマイルだけは百点満点の筋肉もいない。


――ここならいくらでも時間を潰せそうだ。


今回は二人と別行動をしている兼ね合いで、そこまで長く滞在出来ない。

だからこそ、思わぬ穴場を見つけてしまった裕作は限られた時間を目いっぱい楽しもうと思うのであった。


💪


「うーん、ちょっと微妙かもしれん」

しかし、先ほどの感情とは一転、裕作は怪訝な表情を浮かべていた。


理由は単純で、裕作を満足させるだけのダンベルがないのだ。


このスポーツ用品店はカジュアル層をターゲットにしている兼ね合いで、負荷が大きいトレーニング器具を扱っていなかった。

裕作が求めていたダンベルも十キロまでの物しかなく、彼は悲しい眼で五キロのダンベルをぎゅっと握っていた。


確かに、家族や学生が多く訪れる百貨店において、広く浅く色々なジャンルを取り押さえるこの戦略は非常に良い。

しかし、それでは満足出来ない人間もまた発生するのも事実。


――やっぱりウルトラパワーアップの方が俺には合ってる


やはり馴染みの店が一番だと感じた裕作は、手に握った五キロのダンベルを定位置の戻し、足早にスポーツ用品店の出口へ向かった。


「っふ、やはりあの場所じゃなくちゃな」


裕作の脳内には、ムキムキのゴリマッチョが歯茎まで見える気持ち悪い笑顔でこちらを振り返る映像が浮かんでおり、早くも「ウルトラパワーアップ」が恋しいという気持ちが芽生え始めていた。


――この気持ちを知ることが出来ただけでも、今日は収穫だな!


などと思いつつ、何故か満足げの表情を浮かべながらこの場所を去ろうとした。


――その時、

「……もしかして、先輩?」

凛とした綺麗に透き通った声が裕作の鼓膜を震わせた。


スポーツ用品店を出ようとした裕作は、出口付近で声のした方へ振り返る。

すると、安物のフード付きのパーカーに、使い古したヨレヨレなジーパンを履いた人物がこちらを覗き込むように立っていた。


「……だれだ?」


深々と被ったフードのせいで顔がよく見えず、誰だから分からず首を傾げていると、

「僕ですよ、七海! もう忘れました?」

親指で勢いよくフードを捲ると、綺麗で整った顔つきの少年……新海七海の顔がハッキリと目に映る。


「七海か、一瞬誰か分からんかったぞ」

「普段はこんな感じですよ? 僕」


学院で初めて会った時に比べ、地味で目立たない格好をしていたので裕作は気が付けなかった。

オシャレに気を配った格好をした学院での彼と、今目の前にいる彼とではまるで別人のような見た目をしている。

青色の髪は毛先が少し跳ねており、上下ともに年期の入った服に素足を出した安物のサンダル。 


早乙女学院一年で最も人気の新海七海が、普段こんな姿をしているなど夢にも思わないだろう。


「っていうか酷くないですか? 僕の事忘れるなんて」

「いやだって、学校と今とじゃ服の雰囲気が全然違うし……」

「あぁ、あれはお母さんがオシャレしていけってうるさいだけで……いや、今それどころじゃないんですよ!」


七海は両手を前に出して大げさに声を荒げていた。 

何やら裕作を見つけたことに興奮を覚えており、学院内で出会った時よりも幾分かテンションが高い。


「ねぇ先輩! ちょっとお願いしたいことがあるんですけど……!」

「なんだ?」

目を輝かせて訴えかけるように提案をする七海に、やや押され気味になりながらも裕作は返事をする。

すると、彼は驚きの提案をする。


「――先輩、今日僕と付き合ってくれませんか?」 


大胆な告白は、モテる人間の特権である。

 

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