第20話 趣味に生きる義姉・京終桜花(2)

 桜花の治療が終わると、紺鉄の痛みはピタリと止まった。

 やはり桜花の腕は確かだ。

 が、紺鉄の鬱屈がまたひとつ増えてしまった。



 痛みが引くと、紺鉄の頭は一つの謎のことでいっぱいになった。

 すなわち、なぜ死んだはずの真朱は生き返ったのか。



 真朱は新棟の廊下で殺さていた。

 その体が冷たくなっていたのを紺鉄は確かめている。

 なのに真朱は紺鉄の前に現れ、燃る第二図書室から助け出した。

 肩に触れた真朱の体は温かかった。

 間違いなく瀬田真朱は死んでいて、そして生き返った。

 もう悪い夢としか思えない。

 


 紺鉄は桜花に聞いた。



「義姉さんなら、死んだ俺を生き返らせることはできますか?」



 桜花なら、紺鉄がどんな怪我をしてもたちどころに治してしまう。

 今回の全治三ヶ月の火傷も、明日には治るという。

 ならば、死んでしまったも生き返らせることもできるのではないか。 

 桜花はにっこりと笑う。



「無理です。死人は生き返りません♪」



「いやでも……」



「そういえば、紺鉄くんがこんな怪我をするなんて1年ぶりですね。

 もしかして、死んだ中務白月さんにでも会いました?」



「!」



 紺鉄はギクリとし、それから首を横に振った。



「あれは別もの。本人曰く失敗作だそうです」



「へぇ♪一体何があったんですか?」



 桜花は、顔を好奇心で輝かせる。

 紺鉄は渋い顔をしつつ、大火傷を負ったことの顛末を語った。



 完全な白月になりたがっている似た偽の白月こと。

 瀬田真朱が殺されていたこと。

 第二図書室で焼き殺されそうになったこと。

 そして、殺されたはずの真朱に助け出されたこと。



「なんですか、その不条理の山は?

 呪われているんじゃないですか?」



 紺鉄の話に、桜花は呆れ果てたと首をふる。

 呪われている自覚のある紺鉄は、「まあ」と中途半端にうなずく。

 白月はいまも紺鉄の瞼の裏で青く燃えている。



 桜花はかわいらしく人差し指を口元に当て「うーん」と考えて言った。



「瀬田真朱さんは死んでいなかったのかもしれません♪」



 桜花は笑っているが、目は真面目だ。

 紺鉄は桜花の顔を見やり、ため息をつく。



「ちゃんと脈も瞳孔も確認しました。

 あの状態からの蘇生は無理。

 だいたい、普通あんな傷を負って動けるはずないでしょ」



 紺鉄は新棟の五階で発見した真朱の死体を思い出して言う。

 だが桜花はあっさり反論する。



「真朱さんの体が普通じゃなかったとしたら?」



「?」



「真朱さんの体は、紺鉄くんと似たものなのかもしれません」



「……まさか」



 たしかに紺鉄の体は普通ではない。

 だからこそ、全治三ヶ月が一晩で治ってしまう。

 もし紺鉄が真朱と同じ傷を負わされても、短時間で回復できるだろう。

 しかし瀬田真朱は普通の人間だ。



「紺鉄くんの話を聞くに、いまの真朱さんの体も普通じゃないでしょう♪」



「え?………あっ」



「そうです。ふつうの人間なら髑髏のような目にはなりません。

 一つ目の虫に侵されるなんてこともありません♪」



「それはそうだけど……。だったらなぜそんな体に?」



「たぶん白月さんでしょうねぇ」



「!?」



 紺鉄は息が止まった。

 桜花は嘆息して言う。



「白月さんは、紺鉄くんを相手に人体実験を繰り返していたでしょう?

 どうやらそこで、あなたの体の秘密にかなり迫ったようなんですよね。

 そして実験で得た成果を、真朱さんの体に施したのかもしれません」



 もともと真朱は体が弱く、去年までは長い間入院していたし、白月もその事を気にしてた。

 死ぬ直前に「真朱を助けられるかもれない」と言っていた。

 だからといって、そのために白月は真朱の体を作り変えたというのか。

 紺鉄は半眼になり、頭を振る。



「ありえない。

 白月は最後まで……、いや今も瀬田のことを気にかけているんだ」



 瞼の裏で燃えている白月の姿に、紺鉄は薄く笑う。

 


 桜花は紺鉄の瞼にそっと触れた。



「銀一さんに言って、この呪いを祓ってもらいましょう」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る