第19話 趣味に生きる義姉・京終桜花(1)

 紺鉄が目を覚ますと、見知らぬ白枕が目の前にあった。

 独特な消毒薬の臭いがする病室で、なぜかうつ伏せに寝かされている。


 

 首をよじると、腹から下に激痛が走る。

 部屋の灯りは消されていて、腕に点滴の太いチューブが刺されている。



 ベッドの横には黄色と緑の光が静かに点滅する機械と、空の花瓶。

 反対側には、テーブルの上の飲みかけのグラス。

 それとソファーで寝息を立てている斗鈴が見えた。



「もうお目覚めですか♪」



 背後から可憐で華のある女の声がした。

 その声に、紺鉄は傷の痛みと違う、苦しげな顔になった。



「げ、義姉さん……」



「うふふ。思ったより元気そうですね♪」



 紺鉄に義姉と呼ばれた京終桜花は、音を立てずにベッド脇の椅子に腰をおろした。



「気分はどうですか?」



「下半身が無茶苦茶痛い」



「それはなにより♪」



「いま何時ですか?」



「11月7日の午後10時前です。

 紺鉄くんが運び込まれて3時間ぐらいですね」



 紺鉄はぼふっと顔を枕に深く沈めた。

 目を閉じるとちゃんと炎の焼かれる白月とその声が聞こえる。

 白月の呪いは消えていない。

 紺鉄は安堵の息をつく。



 紺鉄は兄の病院に運ばれていた。

 桜花は兄の妻で、この病院の外科医だ。

 医師としての腕は確か。

 周囲の信頼も厚い。

 なのに紺鉄にはまともな治療をしようとしない。

 桜花の治療を受けるたび、紺鉄の心にはなんともいえない鬱屈が増えていく。

 だから紺鉄は桜花に聞いた。



「……なんで俺はうつ伏せにされてるんでしょうか?」



「もちろん、治療のためです♪」



 桜花が「うふふ」と機嫌良さげに笑う。

 紺鉄の顔に苦渋が滲んでいく。



 桜花はうつ伏せになった紺鉄の背後に回り込み、尻を丹念に撫で回す。

 紺鉄はその時はじめて、下半身が裸にされていることを知った。

 医者とはいえ、義姉に局部をさらけ出していることに、紺鉄は激しく羞恥した。



「ちょっとまって!

 これは本当に治療なんですか?

 俺はどういう怪我をしてるんですか?」



「紺鉄くんは腹部を中心に、第Ⅲ度に達する重度の火傷を負っています。

 普通なら全治3ヶ月でしょうか」



「普通なら……」



「そう普通なら。でも紺鉄くんが私の趣味に付き合ってくれるのなら、明日の退院を保証しますよ♪」



 桜花は舐め回すように紺鉄の尻を撫でて言う。

 3ヶ月の重症が明日には治る。

 普通ならありえない話だが、紺鉄の場合にはありえない話ではなくなる。



 紺鉄が桜花に治療されるとき、どんな重症であってもたちどころに治してしまう。

 いままでで一つの例外もない。

 だが桜花は治療は大いに趣味に走る。

 その度に、紺鉄の心はひどい鬱屈を与えられてきた。

 逃れられたことは一度もない。



「大丈夫ですよ。今回はいつもよりライトですから♪」



 いつもよりと言いながら、いつになく楽しげな桜花。

 紺鉄は恐る恐る尋ねる。



「俺は何をされるんですか?」 



「薬を投与します」



「薬?それだけ?」



「はい。薬で紺鉄君の力を活性化させて、治癒力を高めます。

 薬は私の手作りで、効果は抜群ですよ♪」



 紺鉄は尻をなでられながら、胸をなでおろした。

 たしかに薬を飲まされるだけなら、いままでのハードなプレイ、もとい、治療よりずっとイージーだ。



 薬が手作りなのはどうかと思うが、医者としての義姉は信頼している。

 だが、しかし、何かおかしい。

 いくつかのことが腑に落ちない。

 紺鉄は首をねじって桜花に聞いた。



「薬を飲むのに、どうして俺は尻を剥かれてるんでしょうか?」



「それは座薬を使うからです」



「……」



 相手は妙な趣味を持つ義姉とはいえ医者だ。

 医者が座薬を使うのだから、患者が尻を剥かれるのは当然だ。

 だが腑に落ちないことはまだある。



「義姉さん、どうして明かりをつけないんですか?」 



「ムードは大事でしょう」



「ムード……」



 そういう医学用語があるんだろう。

 それに眼科では暗い部屋でする検査することもある。

 義姉さんが見てるのは尻だけど、無理やり納得できないことはない。

 だが腑に落ちないことはまだある。



「義姉さん、なぜ斗鈴は起きない?」



 先程から紺鉄と桜花は普通に会話している。

 普段の斗鈴なら目を覚ましているはずだ。

 なのにソファーで横になっている斗鈴は、まったく起きる様子がない。



「斗鈴さんによく眠れるジュースを出したからです」



「おいコラちょっとまて」



 すると紺鉄は恐ろしいものを見てしまう。

 桜花の白衣の左のポケットが大きく膨らんでるのだ。

 嫌な予感に、紺鉄の顔が青ざめる。



「義姉さん、そのポケットには何が?」



 桜花は「うふふ」と今までで一番楽しそうに笑った。

 それから白衣のポケットからゆっくりと、白い、縦長の、流線型をした、花瓶ほどある物体を取り出した。



「何だ……それは……」



「座薬です♪」



「……は?それを……どこに?」



「座薬なのですからお尻の穴です♪」



「穴?俺の?」



「はい♪じゃあ入れていきますね♪」



「ひいっ」



 紺鉄は情けない声を上げて逃れようとするが、火傷の激痛でまともに動けない。

 桜花は指先を鋼鉄のごとくして紺鉄の尻肉を押さえつけ、超大型座薬の先に舌を這わせる。

 そして紺鉄の尻の中央のくぼみに狙いを定めた。



「さあ、いい声で鳴いてください!!」



 桜花が顔を紅潮させ声を上げる。

 紺鉄は腹と尻と心に走る痛みに、ただ枕に涙を染み込ませることしかできなかった。

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