第17話 悪夢は微笑む(5)

「大丈夫?」



 真朱が痛々しそうに紺鉄の腹のあたりを見ている。

 紺鉄は、穴が空くほど眼帯をしている真朱の横顔を見つめた。

 夢や幻ではない。

 瀬田真朱は生きて目の前にいる。



「なによ、返事もできないの?」



「……お前のほうこそ大丈夫なのか?」



「私?なんで?」



「なんでって……、自分がいまどんな格好してるかわかってるのか?」



「どんな格好もなにも……普通じゃない」



「はあっ!?全身血まみれで、乱暴されていて、明らかにおかしいだ、ぐあっ……」



 全力で突っ込みをいれ、紺鉄の腹あたりに激痛が走る。



「救急車が来るまでおとなしくしときなさい」



「……なぜ第二図書室にいた?」



「火が噴き出している扉の前に烏丸さんが立っていたからよ」



「それで斗鈴を連れて中に?」



「そうよ」



 斗鈴はじっと紺鉄の胸に顔を埋めている。



 紺鉄は斗鈴に助けられた。



 斗鈴には「ここにいろ」と言いつけたのに。



「入り口は火が回ってて近づけなった。

 それで裏に回ったら非常口が開いていたのよ」



 非常口は火災報知器と連動して鍵が開く仕組みだったらしい。

 新棟の電気システムが生きていたのが幸いした。



「なぜあそこにいた」



「さっき答えたじゃない」



「違う。なぜ新棟にいた」



「……」



「瀬田、お前、腹を刺されて死んでたんだぞ」



 紺鉄が指で真朱の腹を指差す。

 真朱のブラウスには何かで差したような穴と大量の血が染み付いていた。

 真朱は黙っていたが、やがて肩を揺らして笑いだした。



「バーカ、ひっかかってやんの」



「?」



「あれ演技だから」



「……はい?」



「演劇部の部員が死体の演技を練習してた。何もおかしくないでしょ」



「俺はお前の顔に耳を寄せて息がないのも、首をさわって脈がないのも、瞳孔が反応しないのも確かめたんだぞ」



「スケベ」



「なぜそうなる!」



「じゃあ、私が死んだって証拠はあるの?」



「そんなの……」



 紺鉄は二の句が継げない。

 目の前で生きている人間の死亡証明なんてできるわけがない。



「私はあそこで死ぬ演技の練習をしてた。そして近くにいたあんたを助けた。それだけよ」



「俺を許さないじゃないのか?」



「ええ、絶対に許さない。だから簡単に白月のところになんて行かせない」



 学校は騒然となった。

 いつも新棟を見て見ぬふりをしている皆が遠巻きに炎を見ていた。

 第二図書室で何かが破裂し、炎が獣のように窓から吹き出す。



 真紅や黄金、緑など様々な色の炎が唸りを上げるたび、どよめきが起きる。

 なんかヤバイものに引火したらしい。

 オカルト研は解散してもなお、学校の不安を掻き立てる。

 そんなだから解散してしまうのだろう。



 斗鈴が紺鉄の胸から顔を上げた。

 暗い中で、黒い瞳が濡れるように光っていた。



「……食べていい?」



「だめ。でもありがとうな」



 紺鉄が少し乱暴に頭を撫でると、斗鈴は頬を膨らまして、再び紺鉄の胸に顔埋めた。

 紺鉄のまぶたが急激に重くなった。 

 落ちていくまぶたの隙間から、救急隊員がこちらに担架を押してのがみえた。

 真朱がすくと立ち上がった。



「帰る」



「おい、病院は」



「大丈夫よ。怪我ももうないし」



 そういって真朱はいってしまった。



 紺鉄は真朱を見送り苦笑した。

完璧な死体を演じた演技力はどこへやら。

 ただ帰るのに、あんな決然とした顔をするわけがない。


 

 真朱が嘘をついているは明らかだった。

 帰るのではなければ、真朱はどこへ行くつもりなのか。



 真朱は救急隊員とすれ違いざまに、紺鉄を指さして2,3言い伝えると、そのまま振り返らず野次馬のなかに消えた。

 紺鉄の瞼はもう閉じようとしている。



「やばい……」



 眠りたくない。

 意識を失いたくない。 

 ひとたび意識を手放せば、もう白月の声は聞こえなくなるかもしれない。



 紺鉄はなんとか抗おうとするが、強烈な眠気はあっさり紺鉄の意識を闇に引きずり込んでしまった。

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