たまご

気が付くと、左手に卵を握っている。


手に痛みを感じるほどの寒さ。耳は赤く染まり、感覚はほぼ無い。雪で視界もはっきりとしない。


そんな中、左手に卵を握りながら、私は立っている。


蠢く感触。生命のざわめき。

もうすぐ私は死ぬのかもしれないと、初めて思った。


しっかりと卵を握る。割れないように、細心の注意をはらって。殺してはいけない。そう、何故かはっきりと感じている。殺してはいけない。かといって、生まれてもいけないとも感じている。


「何を言うか!」


突然、どこからか声が聞こえた。


「思考の歪み。暗い深淵の底に溜まっている時の思考ほど信用出来ないものは無いだろう。闇の中の1寸の光。凍える雪の中の今にも消えそうな揺れている火に、目を向けるべきだ。心が揺れたとしても、消してはいけない。新たに、生まれ変わるのだから。これは祝福だから。心を、殺してはいけない」


何も聞こえなくなった。


「殺してはいけない」


私は慎重に、ゆっくりとその言葉を繰り返した。寒さを運ぶ風はよりいっそう激しさをまして、私はその場に倒れ込んでしまった。


卵はしっかりと握られている。その時、卵の殻にヒビが入り、中の何かがゆっくりと身体のようなものをくねらせながら、殻を破り外へと這い出てきた。温もり。それを感じると同時に、私の意識は少しずつ薄れていった。私は私を殺し、新たに生まれた。ひどく安心している。


もう寒さは感じなかった。


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