第44話

「うああああ!」


 体を右に捻り、剣を体全部を使うようにして薙ぎ払う。隙のほうが目立つが、腕の力だけで斬れないヴェインにはそれが一番いい。たまに背後を取られそうにもなるが、流石と言うべきか、そこはガレリアがフォローしてくれた。

 床に落ちる死骸に群がり、さらに巨大になっていく鼠どもに辟易するが、数をこなすうちに良くなるヴェインの動きに、この無駄な鼠取りは無駄にならないようだと胸を撫で下ろした。


「はっ、はあっ……。だいぶ、いなくなった、よね……!?」


 ヴェインの言う通り、巨大化し五メートルほどの大きさになった鼠が三匹。これ以上は巨大化出来ないのか、食いきれなかった死骸が床に転がったままだ。


「上出来だ、よくやったな、ヴェイン」

「へへへ……。あとは、どうすれば、いいの……?」

「一匹は任せて」


 そう優しく微笑むガレリアが、強く床を蹴り、高く高く飛び上がる。あれで身体強化も能力も使っていないのだから、オーガ族というのはやはり底が見えない。


「なら、もう一匹はボクが……! すーはー、ヴァァアアアア!」


 数が減ったことと、的を絞れたことで落ち着いたのか、フェリカの迷いのない魔法がまっすぐに二匹目を貫いた。そこから炎が燃え広がり、肉の焦げる臭いが充満していく。


「二人とも、すごいや……」

「ヴェイン! 呆けてる場合か、来るぞ!」

「え、あ、う、うん!」


 ハッとしたヴェインが剣を握り直し――


「……ッ!」


 カツン、と剣が床に転がる。


「ヴェイン!?」

「い……ッ、手が……」


 ヴェインが手を押さえ顔をしかめる。赤く腫れ上がり、潰れた豆からは血が滲んでいる。


「おま……」


 しまった、と思った。剣は振ったことがなくとも、鎌なりクワなり、多少なりとも農具くらい持ったことはあるだろうと予想していたのだが、このヴェインという少年。この年になるまで、本当に大事に大事に育てられていたのだろう。

 だからこそ、気の毒だとも思った。神託がこいつにおりなければ、こいつは今でも親元で、何も知らずに育てられていただろうに。


「ディ、ディアス!」


 ヴェインの叫ぶ声に、視線を上げる。巨大化した鼠の口が開かれ、真っ赤な喉が視界を埋め尽くす。あぁ、本当に――


「ちょっと黙ってろ」


 右手を軽く押さえるように伸ばす。鼠の動きがピタリと止まり、次の瞬間真後ろへと吹っ飛んだ。


「え……!? ディ、ディアス、今、何して」

「いいから手を見せろ」


 ヴェインは鼠の挙動が気になって仕方がないようだが、俺はそんなことよりもこいつの手のほうが気になって仕方がない。あまり無理をさせて、金輪際剣を、しいては食器すらも持てなくなってしまっては本末転倒だ。

 赤く腫れた手を取り、それから落ちた剣を見る。血がべっとりとついたそれに俺は舌打ちをした。ヴェインは「ごめん」と小さく呟き肩をすくめたが、生憎ヴェインに苛立ったわけではない。気づかなかった自分に、苛立ったのだ。


「リーフィ、悪いが見てやってくれ」

「男の人は見ない」

「お前、こんな時に何言って」

「でも」


 珍しく、リーフィがヴェインに駆け寄りその手を優しく両手で包んだ。いつもは早足になることなどないというのに、だ。


「特別」

「ありがとう、リーフィ」

「いい。ヴェインだから」


 リーフィの触れた部分から白い光が溢れ、ゆっくりとヴェインの手から赤みを取っていく。一気に自己治癒力を上げると身体への負担がかかる。それを考慮して、リーフィは敢えて少しずつ手を治していく。しばらくはかかると踏んで、これは鼠の始末は俺がしなければならないと腹を括る。床に落ちたままのヴェインの剣を蹴り上げるようにして手へと収めると、鼻息荒く涎を垂らす、先ほどの鼠へと剣先を向けた。


「俺は忙しい。だからこれで十分だ。創剣そうけん


 青い光で創られた数本の剣が鼠の周囲を囲み、それらは一斉に鼠目掛けて襲い掛かる。突き刺さった剣が青白い光を放った次の瞬間、轟音とともに爆風が起こり、鼠が内側から弾け光となって消えていった。


「わぁ、やっぱりディアスはすごいや……!」

「……そんなことはない」


 本来、この魔法は”生き血を啜れ、邪剣レーヴァテインよ。今宵の贄は随分活きが良い“と恥ずかしい台詞を言いながら決めポーズをするものとは、この先も言うことはないだろう。

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