第43話

 無数にも見えたそれらは、大量の鼠だった。


「きゃあああ! なんですかこれは!?」


 フェリカが叫ぶ気持ちも、まぁわからんでもない。赤い目を光らせ、口からは涎を垂らした、小さいもので体長一メートルはある鼠どもが、俺たちを食おうと我先にと向かってくるのだから。


「ま、ままま魔法で一掃を……」

「やめろ。今のお前だと鼠だけでなく俺らも、遺跡すら一掃しそうだからな」

「否定出来ません!」

「だろうな」


 “息”を使うフェリカでは、なんの拍子で魔法を暴発させるかわからん。なお、風邪で咳が止まらん時は最悪だ。そうならんことを願ってはいるが。

 慌てふためくフェリカの手を引くガレリアが「ねぇえ?」と、こんな時にはそぐわない声を出す。きっちりと足元の鼠を槍で串刺しにするあたり、そのへんの奴らより、よほど肝も据わっているのではないか。


「ディアスちゃんは頑張ってくれないの?」

「あくまでも保護者だ。護衛じゃあない」

「それとも、月がないと駄目なのかしら」

「さぁて。なんのことだか」


 懐から何本かのナイフを出し、襲いかかる鼠の腹をかっさいていく。ボトボトと零れる血が明るさを放つ床を曇らせ、まだ動く鼠どもがそれに群がるように移動をしていく。


「うわっ、なんだなんだ!?」


 俺たちを襲っていた鼠どもは一斉に死骸へ群がり、仲間だったソレを貪っていく。そうして一回りほど大きくなった鼠は、次はお前だと言わんばかりに再び俺たちを視界に入れた。


「ディ、ディアス、なんかおっきくなったよ……」


 数は多少減ったが、そのぶんデカく、そして凶暴性を増した鼠は、その口からぼとりと涎を垂らした。鼻をつく腐ったような臭いに、リーフィが「う」と鼻を塞いだ。


死骸鼠コープスマウス。仲間の死骸、または死体を食って育つ鼠だ」

「じゃ、じゃあ倒しても意味がないんじゃ……」


 剣を構えるヴェインが、怖気づいたのか一歩後ろに下がる。構えた剣先が震えているのを見、俺は「おい」と苛立ちを隠そうともせず腕を組んだ。


「下がるな。ヴェイン、お前が下がれば後ろの二人は誰が守るんだ? アレとひとつになるつもりなら止めはせんが、生憎俺は鼠の世話なんぞしたことないし、するつもりもない」

「あら? 私は入っていないのかしら」

「ちょっと黙ってろ」


 口を挟んできたガレリアを睨みつける。器用に槍を扱う姿に、お前はヴェインが守る必要はないだろうと内心悪態をつく。そんな俺の気持ちなぞ露知らず、ヴェインが「でも」と焦りを隠そうともせず尚も食い下がる。


「斬ったら強くなるんだよね? あ! まとめて全部焼くとか?」

「フェリカを酸欠にするつもりか? そうでなくとも、遺跡の一部になるのも、貴重な財産を失くすのも惜しい」

「じゃ、どうするの!?」


 焦るヴェインを制し、俺はガレリアを顎で示した。臆することもせずに槍で鼠を刺す姿に、ヴェインが多少狼狽えるのがわかった。


「ふふ、簡単よぉ。いいのよねぇ?」

「まとめ、る?」


 俺は向かってきた小さな鼠をナイフで斬りながら「あぁ」と返し、


「リーフィが言ってただろ。、いやってな。数がいすぎるならまとめちまえばいい。安心しろ。この規模ならそれほど鼠はいない」


と死骸に寄ってくる鼠に舌打ちをした。

 本当ならもっと効率のいいやり方も、さらに言うなれば鼠取りをする必要もないのだが、いいかげん、ヴェインには魔物と対峙してもらわにゃならん。この先、何十、何百と、剣を振ることになるのなら、尚更だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る