第45話

 あまり奥に進めてはいないが、この先が安全とは限らない。ヴェインの手のこともあるし、フェリカも慣れない遺跡歩きと先ほどの魔法で息が切れている。俺とガレリアで無理くり進めなくはないが、それはそもそもこの旅の趣旨とずれてしまう。

 リーフィに治癒されるヴェインを眺め、それから俺は「お前ら」と四人を見回した。ガレリアは俺の考えていることがわかっているのか、もはや座り込んで休む気満々である。それに小さく舌打ちをしてから、


「今日はここで休む。荷物を降ろして構わん」


と下げていた布袋から小さな包みを取り出し、フェリカへと投げてよこした。


「わ、とと。ディアスさん、これって……」


 包みをそうっと開けたフェリカが「あ」と小さく声を上げた。


「これ、飴、ですよね? い、いいんですか?」

「勘違いするな。息を使うお前に喉を壊されたら困るんだ」

「そ、そうですよね。でも嬉しいです、ありがとうございます!」


 そう顔を綻ばせてから、フェリカは包みから白い珠を取り出し口へと含んだ。その甘さに「むふぅ」と鼻息が荒くなったのは、恐らく本人も気づいていないだろう。


「あらぁ、私には何もないの? こぉんなに頑張ってるのにぃ」


 ガレリアがすねたように口を尖らせるが、それがこいつの本心でないことくらいわかっている。だから俺はその言葉を無視して、ヴェインの近くに「ほら」と剣を投げた。カランと乾いた音が響き、ヴェインの肩が小さく震えた。そんなに強く投げたつもりはなかったが、怖がらせたかと思い直し、すまんと言いかけた時だ。


「その、僕のせいでごめん」


 突拍子もない言葉に、俺はつい「は?」とらしくない声を上げてしまう。


「何がだ」

「本当はもっと進むつもりだったんでしょ? 早く”星巡る国”に行かないといけないのに」


 自責の念でヴェインは俯くが、リーフィに「見えない」と言われて慌ててすぐに顔を上げた。くしゃりと目尻の下がった表情を見て、俺は「ったく」と自分の頭をガリガリと掻いた。


「何を勘違いしてるのか知らんが、いいか? これはお前の、ヴェインの旅だ。俺はただの保護者で、お前の師匠でも仲間でも、ましてや指導者じゃない。そしてこれは、急ぐ旅路でもない。お前が急ぐというのなら急ぐが、俺は保護者として、危険だとわかっている場所にお前を連れていくつもりはないし、危ない橋を渡らせるつもりもない」


 そう。だから俺はさっき苛立ったのだ。自分に。ヴェインを見てやれなかった自分自身に。


「でも」

「ヴェイン、煩い。集中、出来ない」

「え? あ、ごめん」


 わざとか素か、リーフィが黙れとばかりにヴェインを睨む。肩を竦めるヴェインを見て、ガレリアが可笑しいとばかりに笑う。


「わ、笑わないでよ」

「だって……、なんだか妹に怒られてる兄、みたいに見えちゃって……。ふふふ、ごめんね」

「兄だなんてそんな……。リーフィのほうが年上だよ?」


 ”年上”呼ばわりにリーフィが再びヴェインを睨む。それに言葉を詰まらせるヴェインを見て、またガレリアが笑う。何もいなくなったただの広い空間に、その笑い声は明るく反響し、それは、いつか見た光景を俺に思い出させていた。

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