第37話

 まだまだ夜は長いというのに。大人しく寝ていてはくれないヴェインに向かって、俺はあからさまにため息をついた。


「ヴェイン。なんで来たんだ」

「なんでって……、領主をやっつけるんだよね?」


 ヴェインの目を見るに嘘をついているわけではないようだ。なら、とさらに後ろを見れば、なぜか自慢気に胸を張るルビリスの姿があった。


「ばーさんどうした。年を取り過ぎてついに早起きも極まっちまったか? あとの三人はどうした」

「ほっほっ、心配するでない。外へ飛び出してきた子らを任せてきたわ。ここの兵士は皆健康的でよいのぅ」

「……そうか」


 確かに脅威になるようなものはもうないし、そこらの奴にあの三人が引けを取るとは思っていない。心配するだけ損かと、俺は改めて黒く焦げたアークベルトへと向き直った。


「領主なら、ほれ、この通りだ」

「わっ、真っ黒だ。これはディアスがやったの?」

「まさか。最近、巷で肌を焼くのが流行ってるからな。それだろ」


 嘘は言っていない。侍女がなんか、そう言ってただけだ。


「これは俺が連れて行くから、お前も外で三人の手伝いでもしてろ。あぁそうだ、物置きの地下にいた姉弟はどうした?」

「最初にガレリアが助けてたよ!」

「そうか、ならいい。早く行け」


 ヴェインは「わかった」と素直に頷くと、剣を腰に下げ、もと来た廊下を走り出していった。それをにこやかに見送ったルビリスが、す……と目を細めたのは、ヴェインの姿が見えなくなってからだ。


「アークベルト、久しいのぅ」

「……ぁ」


 俺の隣に並んでアークベルトを見下ろす様は、地下で魚を振る舞ってくれた優しいばーさんでも、を思う穏やかなばーさんでもない。それは俺に、昔のルビリスを想起させた。


「ばーさん。喉まで焼いてあるから、こいつ今喋れねぇぞ」

「なんじゃお主、結局使ったのか。なんだったか、確か……紅蓮皇帝クリムゾンエンペラーだったかのぅ」

「違う! それは水で炎は……って、そんなんどうでもいいだろ!? こいつに用があるんじゃないのか!」


 ルビリスは面白いとばかりに喉を鳴らすが、その本心は全く笑っていないことがわかる。


「若いモンと話して、ちいっとばかし元気になってのぅ。ディア坊が“裁定”したのなら儂が何かすることも、いや何かすることはもう出来ん。じゃが、それでよい。久しぶりすぎて、加減がわからんからのぅ」

「ふっ、ふうっ……」


 焼けた顔は歪めることすら出来ないが、明らかにアークベルトは震えている。

 それもそうだ。ルビリスの“循環”は、あらゆるものを循環させることが出来る。魂の循環さえも。フェアリー族にとっては脅威でしかない。ただ、ルビリス自身がそれを望むほど非道ではないのと、力をほとんど失くしていたからこそ、行使しなかったに過ぎない。

 最初から、アークベルトという男に、勝機などはなかったのだ。


「ほれ立て。お国に帰るぞ」

「う、ううう……」


 微かに残った髪を掴んで立たせ、先を歩かせる。その後ろを歩いていると、隣に並んだルビリスから「のぅ、」といつになく真剣な声色で話を振られる。


「あ?」


 足を止めずに返せば、ルビリスもまた止まることなく、


「あのエルフっ子、リーフィといったか。あやつ、あの年でなぜに出ておる?」

「……さてな。俺は知らん。だが」

「ん?」


と見上げてきたルビリスを見ることなく、俺はアークベルトの背中を蹴り上げる。


「今の保護者は俺だ。それでいい」

「……そうか。うむ、そうじゃな」


 館を出れば月は地平線へ沈みかけ、朝日がヴェインたち四人を照らしているところだった。

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