第20.5話

 “天降る国”の領主、アークベルト直属の部隊地獄の神ゴッドヘル。それはアークベルトによって能力を引き上げられた騎士たちが治める騎士部隊で、そこの第二小隊長であるグンダーもまた、己の地位と権力、そして開花した能力をもって、他の兵士や民を強引に支配していると云われている。


 そんな彼はそこそこに強く、またそれを自負していたため、彼に逆らおうとするヒトなどいなかった。

 今までは。


「ひいっ、ひいっ」


 国の外れにある村。その近くで、誰かが魔法を使ったと報告があり、一応グンダーの管轄ではあったため向かってみれば、なんとウォータワームが真っ二つにされているではないか。

 まだ幼体ではあったが、あの天を割るほどの力。それは脅威でもあった。


「なんだ、なんなんだよっ、あれは。あいつは……!?」


 村にいたのは二人の旅人だった。いや、あの洋装を見るに、天を割った魔法士はどちらでもない。ならば、別に魔法士がどこかに控えていたはず。

 いやだがそれを気にする余裕も、探す暇もなくなってしまった。たかだか、ただ一人の、人間の男によって。


「早く、早くアークベルト様に報告を……!」


 部下になんとか乗せられた馬にしがみつき、街を颯爽と駆け抜ける。振動で折れた手が痛んだが、最早それを気にする余裕などどこにもなかった。

 途中馬で何人か蹴飛ばし泣き声や叫びが上がる。だがそれに構うほど、騎士と呼ばれている者は民に平等ではない。


「アークベルト様!」


 馬を飛び降り館へ駆け込む。

 案の定、一番奥のひときわ広い部屋で遊びに勤しんでいた領主は、いきなりの来客に、心底嫌そうに眉間に皺を寄せた。


「美しくない。あぁ、美しくない」


 背に生えた、向こう側が見えるほどに透き通った羽根。それはこの青年が、フェアリー族という特殊なヒトであることを示している。

 黄金に煌めく稲穂を思い起こす金の髪、筋肉などひとつもついていない手足、髪と同じ金の目は、ひと睨みされただけで足が竦むほど、冷たくて恐ろしい。顔の左側を覆う、美しい見た目に反した火傷の跡がなければ、まるで幻かと思うほどには。


「そ、その、くだんのウォータワームですが……」

「ウォータワーム……? あぁ、あの醜い、強くもない、地べたを這いずり回るゴミ虫か」


 領主、アークベルトは控えていた女性に「ちょっと」と顎で示し部屋から追い出すと、そのに変わった瞳をグンダーへと向けた。小さな悲鳴がグンダーの歯の隙間から漏れ、恐怖と畏怖で身体が震えだし、動悸が自然と早くなって息が上手く吸えなくなる。


「うん、それで?」

「ぁ、あの……、人間、人間が」

「うん、それで?」

「そ、そうだ、伝言っ、伝言を言付ことづかっておりまして……!」

「伝言?」


 そこでアークベルトの目が金へと戻った。それに呼応するように震えが止まり、呼吸も元に戻っていく。


「“月光が宵闇を照らす時、お前に会いに行く”と……」

「へぇ、そう、そうか。月光……!」


 アークベルトが口の端を歪める。俯き気味ではあるが、グンダーからでも見えるほどに、その笑みは薄気味悪いものであった。


「ふっ、ふふっ、ふふふ。そう、そうか、まだ生きてたんだね、“月火げっかの裁定者”!」


 左手で火傷の跡を覆い隠し、ぎりりと歯を軋ませる。


「ずっと、ずっとずっと探してたんだよ。強く、賢く、美しい君のことを。一日たりとて忘れたことなんかない。あぁそうだよ、僕と同じにしてあげたくてあげたくて、ずっとずっと……!」


 そう狂ったように笑い続けるアークベルトに、グンダーはただただ恐怖で立ち尽くすしかなかった――

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