第21話

「見逃してよかったの?」


 店主から夕飯に呼ばれた俺たちは、それほど広くもない居間にて、今できる精一杯のもてなしを受けていた。

 芋と人参の入った薄味のスープ、焼かれた魚を一人一匹ずつ、お世辞にも美味いとは言い難いパンは、スープに浸さないと固くて食えたもんじゃなかった。それでも久しぶりのまともな飯に、ヴェインだけでなくリーフィですら文句のひとつも口にせず、ただただ口へと運んでいる。


「そう思うなら、お前がトドメでもなんでもさせばよかっただろうが」

「嫌よ。私、弱い者いじめしたくないもの」

「どの口でそれを言ってやがる」


 脱いだコートを椅子にかければ、多少乾いた泥がパラパラと床へと落ちた。


「でもディアス、本当に大丈夫?」

「あん? 何がだ」

「騎士の人たちを追い返したんでしょ? また来たりしないかなぁ」

「そのことか。心配するな」


 そう言い宿の窓を見やれば、雨が強くなってきたのだろう、カタカタと音を鳴らし、雨粒が激しく窓を打ち付けていた。


「こんだけ雨が強けりゃ、外には出てこねぇさ。綺麗好きなら尚更な」

「そっか……?」


 再びスープにパンを浸し始めたヴェインに「あぁ」と短く返し、俺も何か腹に入れるかと、とりあえずスープに手を伸ばしかけ、あの少年、ハルトがこちらを見ていることに気づいた。


「……どうした」

「……ねぇ、おじさん」


 雨音に掻き消されそうなほどに小さく、そうハルトは口にした。


「おじ――まぁ、構わん。続けろ」


 まだ三十路ですらないのに“おじさん”呼ばわりは心外だが、この年の子供にとって、年上の男はそうそう変わるもんでもない。俺は腕を組んで、ハルトを静かに見下ろした。


「どうすりゃ、おじさんみたいに強くなれる?」

「俺は強くねぇよ」


 即座にそう返してから、スープを乱暴にすすった。リーフィが顔をしかめるが、一体何が気に食わないというのか。俺は知らん振りをして、ハルトに「早く寝ろ」と空の容器を押しつけた。


「嘘だ」

「嘘じゃねぇさ。本当に俺が強ければ、そもそもがこんなことになっちゃいなかっただろうしな」

「でも……!」

「ねぇ、ハルトちゃん」


 黙って聞いていたガレリアが、俺の押しつけた容器をハルトの手から取り上げ、その小さな両手をそっと優しく包んだ。俺よりでかい手だが、俺なんぞより優しくて暖かい、守れる奴の手だ。


「相手を殴るだけが強さではないわ。守ったり、立ち上がったり、時には待つことも強さになるの。恐怖で支配するのは強さじゃない、それは暴力という名の、弱さでしかないの」

「でも、それじゃ母ちゃんが……」

「えぇ、だから私たちが立ち上がるの」


 私“たち”?


「おいガレリア、また勝手なことを……」

「ふふ。ディアスちゃんて、ほんと素直じゃないんだから」

「あのな……」


 なんでこうなるのか。だが目を輝かせるハルトの前では、どうにも“違う”とは言えず。肩を震わせ俯いたハルトに、


「まだ泣くのは早いだろ」

「雨で、ちょっと濡れただけだし」

「ならこれでも着てろ」


と泥まみれのコートを被せてやった。やはりと言うべきか。臭いと言われたので、適当に洗ってくれと駄賃を握らせて。

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