第18話

 あれよあれよという間に部屋へ案内された俺たちは、その部屋の有り様に言葉を失った。


「ま、そうだろうな……」


 軋む床、破れたシーツ、吹けば埃が飛ぶテーブルなんかはまだ可愛いほうだ。足元には蟻が行列をなし、壁には百足ムカデが、さらには蜘蛛どもが、羨ましくなるほどの立派なマイホームを作ってやがる。


「ボロ……」


 遠慮を知らないリーフィに、店主が「う」と言葉を詰まらせるが、悪いが俺も同じ感想だ。だが仕方なくもない。領主に搾取されすぎたこの宿は、修繕する金も材料も、人手もないだから。


「本当にすみません。家内がいた頃は、二人で慎ましくもやっていたんですが……」

「この有り様じゃ、傭兵どももよほどのことがない限り、泊まろうとは思わんだろうしな」

「えぇ、全く、お恥ずかしい限りでございます」


 恐縮し頭を下げた店主に「気にするな」とは言ったものの、一番の問題はワガママエルフだ。案の定、普段は動くことがない表情筋をこれでもかと歪めて、あからさまに拒否をしている。

 だが雨の降るこの国で野宿をするのは、ワームを始末するより難しい。屋根があるだけマシと思って、今日はここに泊まるしかない。


「リーフィ、仕方がない、諦めろ」

「嫌、不衛生」

「濡れないだけマシだ」

「ディアス、言ってた」

「あん?」


 なんだ、宿の設備について何か言ったことあったか? 記憶を辿るも、特に思い当たる節はない。


「宿、楽しむ」

「……あー」


 言ったな、言ったわ。こいつの頭の中は常にそれしかないのか? すん、と表情の消えた俺とは反対に、フェリカは恥じらいから頬をほんのりと染め「リ、リーフィさん……」と顔を手で隠している。


「あのな、あぁわかった、わかったから。とりあえずその話はまた後でだな」


 リーフィに言いながら店主をちらりと見れば、やけに口元を震わせていたものだから、それにも疲れが溜まる。どこから訂正したものか、いや訂正するのも面倒くさい。

 とりあえずこいつらはほっといて、俺だけでも休むかとヴェインに「入るぞ」と声をかけ、気づいた。廊下の角からこちらを睨むようにして見ている、十才ほどの小僧ガキがいることに。


「店主、あれは?」

「あぁ、一人息子のハルトです。家内が領主様に連れて行かれてから、ずっとああでして……。失礼な態度を取ってしまい本当に申し訳ございません」

「いや、いい」


 国境で会った父娘もそうだったが、なぜ領主は女ばかりを連れ去るのか。そう考えふと外に目をやれば、年頃の女が働く姿が見えた。


「店主、女が連れ去られるわけではないのか?」

「は、はい。ウチもそうですが、他も嫁さんが一人、また一人と連れて行かれておりまして……」

「そうか」


 なら目当ては女だけが条件ではなさそうだ。いや、何にしろ今日は疲れた。夕食もご馳走すると言う店主の計らいで、とりあえず各々部屋で休むことにする。

 ヴェインはベッドに倒れ込んだ瞬間に寝息を立て始めているし、隣の部屋からリーフィとフェリカの聞きたくもない声が漏れてくる。煩いと苛立ちを込めて壁を殴ろうと思ったが、造りが造りで壊れそうだったためやめた。


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