第8話

 国境は山だ。いや、山がちょうどいい堺だったから国境になったというべきか。

 俺たちのいる<風舞う国>は、山に囲まれた、言わば天然の要塞を持つ国だ。国境は全て山となっていて、中には険しい山々が連なっている場所もある。

 そして今から向かう<天降る国>は、ここより寒々しい国だ。一年の半分以上“雨”が降り続けるその国は、今の装備で向かうには遥かに心許ない。だからこそ、この国境で少しでも準備を整えたいのだが――


「ディアス、あれ、食べたい」

「我慢しろ」

「ディアスちゃん、お酒飲みたいわぁ」

「我慢しろ」

「ディアス! あれは何? 行ってみたい!」

「我慢しろ」

「ディアスさん、あの、コート臭いです……」

「それは……、我慢してくれ」


 荷馬車を降りた俺は、国境警備の兵士に馭者を受け渡し、今日の寝床になる宿を探していた。馭者は「話が違う!」と騒いでいたが、そもそも俺は“死ぬか運ぶか”としか言っていないはずだ。

 国から国境まで、普通の馬車で十時間ほど。荷馬車で十二時間ほどかかる。途中馬を急がせたとはいえ、日が沈んでからだいぶん経っている。いや、そろそろ日が変わる頃かもしれない。


「いや悪いねお客さん、今日はもういっぱいなんでサァ」


 何件目かの宿で、ここに来て何度目かすらも忘れた台詞を聞く。


「そうだ、女の子らだけでも泊まらせるなんてどうだい」


 これもまた何度目かの台詞だ。


「手間を取らせた、別を当たるとする」


 俺もまた、何度目かわからない台詞を吐き捨てて、外で待っているガキ共に「行くぞ」と声をかけた。


「ディアスちゃん、もういいじゃないの。私疲れちゃったわぁ」

「女だけを泊まらせろなんぞ誰が乗るか。俺は」

「でもねぇ……」


 言いにくそうなガレリアが、ちょいちょいと指で示した先は、木箱を積んだだけの、お世辞にも寝床とは到底言えないような場所で、ヴェイン、リーフィ、フェリカの三人が寝ている。

 しかもご丁寧に、木箱を三人が寝れるように積み直して、だ。


「おいお前ら、んなとこで……」

「しーっ。もうぐっすりよ。慣れない長旅で、疲れちゃったのね」

「はぁ?」


 慣れない長旅? 乗っていただけだろうが。と喉まで出かかったのをなんとか飲み込み、俺は代わりにこめかみを押さえてため息をついた。

 そんな俺をお構いなしに、ガレリアが「ディアスちゃん」と俺の脇腹をつついてきた。変な声が出そうになるのを抑え、身体を一瞬だけビクつかせた後「なんだ」とだけ言った。


「あとはよろしくね」

「お、おい、あとって……」

「保護者さん、なんでしょう? 私、あっちの酒場にいるから」

「酒代なんてねぇぞ」

「ご心配なく」


 ガレリアは人差し指を唇に当てながら「ふふっ」と含みを持たせた笑みを浮かべ、浮足立ちながらふらふらと酒場へ入っていく。途端に響く低い声に、あいつが酒代をどうするかなんてすぐにわかった。


「野宿のがマシだったか……?」


 夜空に浮かぶ星にごちても何も返ってきやしないが、今はそれが心地良い。これからの旅路を考えるとただただ不安でしかないが、とりあえず今日はこうして休むか。その辺りにあったボロ布を適当に被せてやると、


「ほ、ご、しゃ」

「早く寝ろ」


とリーフィのニヤけ顔と直面したので、頭を叩いてやった。

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