第7話

 荷物を盗られることはなかったものの、覚えているだろうか。ヴェインが剣を振り回し外へ飛び出した際、荷箱やら袋やらを目茶苦茶にしたことを。


「まぁ、アンタらのお陰で命は助かった。だけど、この荷物を運ばねぇと、アッシだってオマンマの食いっぱぐれだ」


 ほろから中を覗き込み、その惨状に馭者ぎょしゃが頭を抱えた。抱えたいのはこちらのほうだ。こうなるのがわかっていたから、俺は出来る限り、静かに出て逃げようとしていたのだから。


「俺たちだって別にわざとじゃあない。むしろ、命があっただけマシだと思ってほしいくらいだ」


 確かに荷物はこうなってしまったが、よく見れば、馬にも馬車にも傷なんてどこにもない。もちろん馭者にも、だ。


「馭者。運ぶ荷物は、本当にこれだったのか?」

「ディアス、何言ってるんだよ! そもそも、僕が荷物をこんなんにしちゃったんだし」

「荷物、ねぇ。果たしてその荷物は、どれのことを指してるんだか」


 馭者を睨むようにして見れば、小さく「ひいっ」と悲鳴を上げるのが聞こえた。


「俺は長いこと、ここに住んでいてな。情勢にはそれなりに詳しいつもりだ。それこそ、野盗がいるなんて話は聞いちゃいねぇ。てことは、だ。誰かが手引してるんだろうなぁ」

「それ、は……」


 一瞬、頭の隅にあの雇い主が笑う姿が浮かんだ。もしかしてあの野郎、知ってて馬車を出すのを渋りやがったんじゃねぇだろうな。兵力を国の外まで割く余裕はない、むしろ、こんな国境付近まで兵が出しゃばるなんぞ面倒くさいことこの上ない。手練れの傭兵に頼んだところで、こいつらが乗せるのを渋ればそこまで。

 女子供しかいない、唯一いる成人男は俺だ。筋肉もさしてついてない、持っているのが“本”とくれば、力で押し切れると踏んだのだろう。


「あーーーーーー」

「ディ、ディアス?」


 しまった、つい口に出てしまった。


「おい馭者」

「へ、へい!」

「死ぬか運ぶか、選べ」

「そんな、ご無体な……」


 へへへと薄汚く笑う馭者に、俺も同じように口の端を持ち上げてみせ、


「え、ら、べ」


と一文字ずつ区切り、ガキに言い聞かせるようにして、さらにその頭をむんずと掴んで笑った。


「は、はこ、運びます! えぇ、喜んで!」


 慌てて手綱へと戻る馭者の背中にため息を押しつけ、俺はヴェインに「早く乗れ」と顎で示した。

 俺と馭者のやり取りがいまいち理解出来てないのだろう、ヴェインは「いいの?」と首を傾げるばかりだ。「あぁ」と投げやり気味に返し、早くしろと苛立ちを隠さずに睨むが、ヴェインは「流石ディアス!」と笑顔で入っていきやがった。


「はぁぁぁぁ」


 頭が痛い。今なら“頭が頭痛で痛い”なんてことも平気で言ってしまえそうだ。

 馬を急かす掛け声が響き、ゆっくりと荷馬車が動き出す。ヴェインを急かした手前、俺が乗り遅れるわけにもいかん。

 軽々と地面を蹴り上げ、幌から身を滑り込ませる。なぜか半裸のフェリカが息を荒くしながら倒れていたので、俺はリーフィに舌打ちをかましてから、着ていた皮製のコートをかけてやった。

 小さくフェリカが「うっ」と呻いたが、ヴェインのためだ。大人しく被っていやがれと、俺は出入り口付近で、たまに幌から外を盗み見ながら、座り込んでいた。

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