第9話

 それは夜明けも近くなってきた頃か。路上では、呑んだくれがそこかしこで天を仰ぎ、未だ酒瓶を手にする奴らは千鳥足で更に酒を煽り、朝の仕入れに到着したであろう商人たちが、せわしなく荷下ろしをしている。

 いつの時代も、どこにいても、ヒトの生活は大きく変わるもんじゃねぇなと薄目で伺っていると、幼い、まだ五、六才ほどの少女が、こちらをちらちらと気にしながら近寄ってきた。


「……」


 ガキ一人にどうにか出来るわけでもなし、様子を見ているかと寝たフリを決め込む。


「よかった、寝てる……。そのまま起きないで……」


 ほっとした様子も束の間、少女は恐る恐る寝ている三人、いやもっといえばリーフィに手を伸ばした。

 確かに、様々な種族が共存していると言っても、エルフは未だに珍しい種族だ。なかなか人里へは来ないし、見かけたとしてそれは、国お抱えの魔法士だったりするからな。

 そんなエルフ、リーフィに用があるとすれば、ヒト売りか、もしくは傭兵の誘いか、はたまたその血肉といったところか。


「ちょっと、ちょっとだけ……」

「何」

「ひゃあ!?」


 なんの前触れもなく起きたリーフィに、少女が可愛らしい悲鳴を上げて少し後ろに下がる。それに動じることなく身体を起こしてから、リーフィは人差し指を口に当て、静かにと仕草で伝えた。


「声、大きい。二人、起きる」

「え? あ、あぁその、そうです、よね。ごめんなさい」

「何」


 リーフィは一瞬ボロ布に顔をしかめるも、すぐに元の無愛想に戻ると、そっと木箱から降り立った。


「その、お父さん、が、病気で……」

「うん」

「エルフの血は、どんな病気にでも効くって聞いて……」

「うん」


 あながち間違いではないが、間違いでもある。魔法士、法術士、治癒士、他にも多々あるが、それらの源は、身体の中にある能力のコアによるものだ。

 そのコアの潜在値が高いヒトの血はあらゆる万病を治し、さらに肉は不死となる、と伝えられている。エルフが長命なのは、この潜在値が高いからではと言われているが、真実なぞ当の種族にすらわかるはずもない。


「お父さんのとこに、一緒に、来てもらえませんか……?」


 なんとまぁ、怪しい話だ。ここは国境。住むやつなど、ほとんどいないというのに。大方、上手いこと使われているに違いない。

 流石にリーフィも断るだろうと、俺はもう少し休もうとしたのだが。


「わかった」

「いいの? わぁ、ありがとう、エルフのお姉ちゃん!」

「リーフィ」

「うん、リーフィお姉ちゃん!」


 おい嘘だろ。

 薄目を開ければ、スキップしそうな勢いで歩く少女と、それに従い歩くリーフィの背中が見えた。ちらりとこちらを見たリーフィの口が「ほ、ご、しゃ」の形に動く。


「あーーー、めんどくせぇ」


 なんだってこう、ガキってのは好き勝手に動き回るんだ。俺の苦労を少しは考慮しやがれ。

 そこにふらつく足取りでガレリアが帰ってきた。元から赤みのある肌の色で変化がよくわからないが、よく見れば微かに頬が赤い。ひと晩中飲んでいたらしい。


「ただいまぁ。ねぇ、さっきリーフィちゃんが」

「ちょっと便所してくる。長くなるかもしれん、そいつら二人を頼んだぞ」

「んー? ふふふ、いいわよぉ」


 ふにゃりと蕩け顔のガレリアに頼むのは不安だが、一応あいつもオーガなのだ。そこは信用していいだろう。


「ながぁいトイレなんて、ディアスちゃんも男の子なのねぇ」

「勝手に言ってろ」


 前言撤回。戻ったらあいつしばくか。

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