第26話 タンブラ村のタンブララ音頭


「何か言うことはないのでしょうか?」

「それは俺の台詞ではないのか?」


 パーティーも始まって早々、まだバルコニーに風を当たりに来る者もいなかった。日もすっかり暮れた夜のバルコニーで、ユーリウスはしょんぼりと眉を下げていた。


「すまなかった。やはりきみを一人にするんじゃなかった」


 ――あれ、そっち?


 てっきり怒られると思っていたアイルである。

 それなのに、逆に謝られてしまって。


 アイルがきょとんとしていると、ユーリウスはため息交じりに話を続ける。


「昔からあの人は若い女が好きでな。でも流石にこんな手が早いと思わなかったが……大丈夫か? 尻とか触られなかったか?」

「それは腰だったから、ギリギリセーフかと思うけど……」


 たしかに腰に手を回されたが、それを性的接触と訴えるには弱いだろう。

 アイルとしても、それ以上にやらかした自覚はあるわけで。


 だから、つい疑問を返してしまう。


「……怒らないの?」

「何をだ?」

「私が皇帝にお酒をぶっかけたところ、見てたよね?」


 あんな近距離にいたのだ。アイルの失態を気が付いてないはずはないだろう。

 だけど、ユーリウスの返答はとてもあっさりしたものだった。


「やっちゃったものはしょうがないだろ」

「そういう問題?」

「まあ、きみの代わりに頭を下げろと言われたらいくらでも下げるが……代わりに俺が三十連敗越しにようやく手に入れたお嫁さんを寄越せなど言われたら謀反だな。とりあえずこの城を落とそう。なるべく市民らに被害を与えたくはないが、全面戦争になるなら仕方あるまい。我らドラゴンに喧嘩を売ったことを全世界に知らしめてやろうじゃないか」

「いや、物騒」


 まぁ、恋に溺れた主が過ちを犯そうとしても、あの双子のドラゴンが止めて……とアイルは考えかけるも、ふと思い出すのは今日の足になってくれたヴルムである。


 普段は大人しい彼だが、その実態は勇者を『小童こわっぱ』と呼ぶ好戦的の姿を思い出して……アイルは頭を抱える。


 ――ダメだ、嬉しそうに炎を吐くイメージしかない。


 すると、ユーリウスが心配そうに体躯をかがめてアイルの顔を覗き込んでくる。


「どうした? もう気持ち悪くなったか?」

「二日酔いの心配?」

「どうも酒好きの割には、あまり酒に強くない気がしてな」

「……人生なかなか上手く行かないものよねぇ」


 そうセンチメンタルに暮れていると、ホールのほうから優雅な音楽が聴こえてくる。ダンスの時間が始まったようだ。


 アイルはユーリウスに肩をすくめる。


「これ、みんなの前で一曲くらい踊ったほうがいいんだっけ?」

「いや、皇帝が俺らに無礼を働いたんだ。こちらも無礼で返していいだろ」


 あっさりと力強く言いのける天空伯に、アイルは苦笑を隠せなかった。


「そんなんだから、社交界の噂が良くないのでは?」

「別にもう構わん。こんなにもかわいいお嫁さんが来てくれたんだから」


 鼻息荒い様子からして、ユーリウスはまだ怒っているのだろう。


 ――これ、がっつり愛人に誘われたとは思っていないんだろうなぁ。


 彼の様子からして、『自分のお嫁さん』が『皇帝の愛人』に誘われたなど想像だにしていないようだ。せいぜい性的な目で見られた程度か。


 でなければ、まさに竜の逆鱗に触れたがごとく荒れ狂いそうな様子である。

 そんな愚直な彼を、アイルは鼻で笑って。

 アイルはドレスの袖を捲る。


「仕方ない。タンブララ音頭を解禁するときが来たようだね!」




 そうして、十分程度全力でタンブララ音頭を踊っていたときだった。

 もちろん、音頭も自分でとっているアイルである。


 最初は唖然としていたユーリウスだが、想像以上に癖のあるリズムの虜になってしまったのだろう。気が付いたら、ユーリウスも一緒にタンブララ音頭を踊っていて。


「タンブラ村ってどこにあるんだ?」

「それが覚えていないんだよねぇ。旅していたときに寄った田舎なのは間違いないんだけど、どういう経緯で寄った村だったのかも――」


 そのときだった。二人してタンブララ音頭を全力で踊っていると、バルコニーに客が現れる。


「アイルが囮として、ちょっとした祭事の巫女役を務めることになってね。そのときに魔物の中心で踊ることになったのがその踊りだったんだよ」


 アイルとユーリウスが顔を向けたのは同時だった。


「タンブララ音頭が聴こえると思ったら、やっぱりアイルだったね」


 ホールの明かりを後光にしても、負けじと煌びやかな青年が、慈しむようにアイルの名を呼んだ。


 勇者クルトの登場である。


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