第25話 側妃のお誘い

 ――本当ならユーリウスを呼ぶべきか?


 皇帝ともあろう男が、わざわざ隅っこで一人お酒を楽しんでいるだけの小娘に話しかけてくる理由とは。自分を紹介しろという招待だとしても、わざわざ既知のユーリウスがいないときに話しかけてくる理由とは?


 ――ま、心当たりがないこともないけど。


 英雄とはいつの世も強欲なものだ。

 自他ともに認める美少女アイルは、最低限の愛想笑いで応える。


「嫌なことを、全部忘れられますからね」

「若いのになかなか渋いことを言うね。改めて君の名前を伺っても?」


 ――白々しいなぁ。


 お前が呼んだのだから、名前くらい知っているだろうが。

 そう言いたいのを我慢する程度の良識は持っているアイルである。


 たとえ兵士に囲まれたとて、一人で切り抜ける自信もあるし、正直ユーリウスらが守ってくれそうな気もするが……ただ名前を聞かれてぶちギレました、なんて、破天荒にも程がある。


 なので、大人しくぺこりと頭を下げることにした。


「アイルといいます。貴族の出ではございませんので、正式な挨拶のマナーは大目に見てもらえればと」

「あぁ、構わないよ。聖女アイルくん」


 ――こいつ、私のこと知ってるな?


 その嫌悪感を、アイルが顔に出していても。

 さすがは皇帝。ニコニコとした笑みをまるで崩さない。


「いやぁ、私もいつかきみに会いに行きたいと思っていたんだけど、自分が教会に会いに行く前に、まさかユーリウスが娶ろうとしているとは思わなくてね」

「私も怪物伯に娶られることになろうとは思いませんでしたよ」


 それは、ただ気もなく話に合わせただけの返答。

 だけど皇帝エーデルガルトはこれ幸いと目を細めた。


「……ユーリウスをやめて、私のもとへ来ないかね?」

「それは、愛人のお誘いですか?」

「側妃といってくれたまえ。いい暮らしを約束するよ?」


 まだ正式に籍は入れていないんだろう、と、アイルの腰に手を回してくる皇帝である。


「君の欲しいものを何だって与えてあげよう。酒も、金も、ドレスや宝石だっていくらでも。男を囲いたいなら、存分に囲ってくれて構わないよ。ただ、君の所有権はこの私――それだけ守ってくれれば、私の金でどれだけ豪遊してくれても構わない」


 そして皇帝はアイルの手を取り、耳元で囁くように提案してくる。


「この指輪の何倍も価値のあるものを贈ってやろう。どうだね、悪い話じゃないだろう?」


 その吐息が、ひどく気持ち悪くて。

 アイルは躊躇うことなく、飲みかけのシャンパンを皇帝にぶっかける。


「失礼。私はこの指輪が気に入っているので」


 そうして踵を返すと、すぐそばでユーリウスが目をぱちくりさせていた。 

 さすがに皇帝に酒をぶっかけるのは不味かったか……そう後悔しても、後の祭り。


 アイルは勢いのままユーリウスの手を掴む。


「ユーリウス、行こう!」

「俺のお嫁さんが、俺の名前を呼んでくれた⁉」


 ――目の前でお嫁さんが皇帝にケンカ売ったのに、それ?


 相変わらず喜びの沸点が低い男である。 


 だけど、そんな無邪気な裏表のなさが可愛らしくて。

 アイルはユーリウスの固い手を引きながらも、思わず口角を上げてしまう。

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