春のおとずれ

「……六花りっかさま」

 りりしくうつくしいその姿に、しずくは、秒で目をうばわれた。

 六花は、にっこりとわらって、雫に話しかけた。

「夜風がここちいいですね」

 その笑顔に、雫はハートをがっしりつかまれた。

 内心でもだえまくる雫に、六花は手をさしだした。

「雫さま、共に夜のお散歩でもしませんか?」

 頭ではわかっているつもりだった。こいつは、六花さまに化けて、自分をだまし、晩飯にしようとしている魔女であると。

 でも、雫の目にうつるのは、まぎれもなく六花だった。あふれるほど湧きでる愛しい気持ちにおぼれる雫は、さしだされたその手に、手をのばす——。


「危険でございます! 雫さま!」

 ちょくご、六花のその手に、するどい剣先が向けられた。

 その剣を持つ、トウカがおごそかな声で言った。

「そいつは、人喰いの魔女でございます。六花さまではありません」

 そして、トウカは、六花をにらみ言い放つ。

「残忍な魔女め、雫さまからはなれろ!」


「待って、トウカちゃん!」


 雫は、六花を守るように、トウカの剣先の前にたちはだかった。

 トウカは、しょうげきをうけた。

「雫さま!? こいつは、六花さまでは」

「わかってる! でも……大好きな人がきずつくところを見たくないの!」

 自分でも、バカなことをしているとわかっているが、それでもだ。

 この魔女、なんておそろしい。

 すると、六花は、雫を抱きかかえ、バルコニーのさくのうえにのった。

 そして、トウカを見て言った。

「トウカ、しばらくの間、雫さまをあずかっている。雫さまは、かならず私が、お守りいたす」

 そういうと、六花にばけた魔女は、呪文をとなえ、空中をかけぬけていった。

「雫さま!」

 バルコニーに取り残された、トウカが叫んだ。


 ちゅうを速いスピードをかけぬける六花を見て、雫はたいそうおどろいた。

 六花は、そんなこと絶対にしない。魔法も持たない、ただの人間だ。

 まあでも、イラストとして描くぶんには、最高のネタではあるが。



 六花にばけた魔女にさらわれ、ついた場所は、なんの変哲もないただの小屋。

 そこは、針葉樹の森の中。

 六花は、小屋の中にはいって雫をおろすと、床に座る雫に対し、自身も床にひざをつき、雫にせまった。

(ちかい!)とドキドキする雫。

「雫さま、愛しております」

 そう言って、雫のくちびるに、長い間キスをした。

 雫は、こんらんとこうふんのあまり、意識をうしなった。

 それを確認すると、六花に化けていた魔女は、ついに化けの皮をはがし、やせこけた、みにくい女の顔になった。

 女は、不適な笑みをうかべて、小屋の机においてあるナタを手に持ち、雫の首をめがけて、ふりあげた。

 意識をとりもどした雫は、ふりあげられるナタを見て、自分の死をさとった。


【ガランサスマジック〜死の象徴〜】


 ガランサス女王の声が聞こえたかと思うと、魔女のまわりにスノードロップの花がニョキニョキと生えた。

 魔女も雫もおどろいていると、雫は、なにものかに抱きかかえられた。それは、兵士の格好をした、ガランサス女王だった。

 女王は、雫をかかえると、小屋をでて、白馬にまたがった。

 そして、城のほうへと馬を走らせた。

 スノードロップの花が咲いた、小屋のなかには、魔女のすがたはどこにもなかった。

「ガランサスさま……」

 勇ましい装いの女王をみて、雫はおどろいた。

「雫、ケガはないか?」

 女王は、雫にたずねた。

「はい。……女王さま……とっても、おうつくしいです」


 

 そして、残りのひと月もあっというまに過ぎ、きさきの期間がおわった。

 その手前、なごりおしくも、女王に別れのあいさつをした。

「ガランサス女王さま、……私はまた、女王さまの妃になれますか?」

 雫は女王にたずねた。

「そうだな。また来年も、ガランサスの花を愛しているのなら」

 女王は言った。

 雫は、目に涙をうかべて、心からちかった。

「私は、この先ずっと、ガランサスの花を愛しつづけます。女王さまのことも……」

「ありがとう」

 まるで、おばあさんになったかのように、おちついた雰囲気になった女王に、キスをして、トウカといっしょにお城をあとにした。


「では、さようなら、雫さま。もう春ですね」

 最後の最後まで、つきそってくれたトウカに、雫は感謝を込めて、キスをした。



 アラームがなって、雫はめざめた。大好きな六花の声に、姿に、雫はにんまりとした。

「おはようございます。六花さま!」

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