人喰いの魔女

 食堂でのディナーは、オシャレな洋食ながら、日本人であり庶民である雫の舌にもあう品だった。このお城のコックさんはできる人だ。


 食事をすませたあと、雫はガランサス女王とダンスの練習をした。召使いの指導のもとで。



 そして、舞踏会ぶとうかいがひらかれる。お城のダンスホールには、国民の皆々みなみながあつまっていた。みんな、きあいのはいったおめかしで、うきうきの気分でいた。

 雫の方も、スノードロップを思わす城と緑のキラキラとしたドレスに、身も心もおどっていた。

 髪もはなやかにととのえられて、顔には化粧もほどこされている。もはや別人と化していた。

「とてもにあっているよ」と女王にほめられた。かくいう女王も、いっそううつくしさがましていた。

 召使いのアナウンスのもと、ダンスホールの社交場しゃこうばに入場すると、ホールは歓喜かんきの声につつまれた。

「きゃー!」「女王さまよー!」「おうつくしい!」

 黄色い声もびかう。かんたんに想像できることではあるが、ガランサス女王さまの民からの人気は、えげつない。

 女王さまと手をつないで歩いている身としては、とてもプレッシャーだ。


 女王は、召使いにわたされたマイクを手に、皆にあいさつの言葉をべた。

「みんな、今宵はきてくれてありがとう。紹介する。今日から、きさきにむかえた、雫妃しずくひだ」

 女王が雫を皆に紹介すると、たみはひそひそと雫をほめた。

 雫は、事前のレッスンでならったおじぎをして、準備していたあいさつの言葉を述べた。

「はじめまして。雫ともうします。私の好きな花は、スノードロップ。ガランサスともよぶ花で、この国は、スノードロップの花であふれていて、とってもとっても、最高の国です。スノウ王国にこれたこと、ガランサス女王さまの妃になれたこと、とってもうれしくおもいます。

 どうぞ、よろしくお願いいたします」

 言いおえておじぎをする雫に、民の皆は拍手と歓声をひびかせた。


 オープニングのあいさつがおわり舞踏会がひらかれる。

 手始めに、女王と妃でダンスを踊る。もちろん、雫には、今まで社交ダンスを踊ったことなどない。それも、相手は女性で、こんなに美しいお方とだ。

 雫は今、夢うつつな気分でいた。今、自分がいるこの空間は、夢か現実か、わからない。どちらにしたって、ここが天上の世界であることには、かわりなかった。

 そのご、民たちも相手を見つけて、ダンスをはじめた。ドレスとドレスがおどる光景は、圧巻あっかんだ。ひらひらと舞う、蝶々ちょうちょたわむれのよう。


 

 舞踏会がおわり、自分の部屋にもどった雫は、この目をうたがった。

 部屋にいたのは、六花りっかだった。雫がしたってやまない、漫画・アニメのキャラクターだ。

「——六花さま……」

 うそ、ホンモノ!?

 六花は、雫をみると、紳士しんしなおじぎをした。

「お疲れさまです、雫さま」

(六花さまだ……声も口調も仕草もすべてが……)

 アニメで一言一句のがさずきこんで、ワンシーン、ワンどうさをじっくりこんだ六花は、いっしゅんで確信した。これは、本物だ。

(本物の六花さまだ)

 雫は、おそるおそる六花にちかづいた。

「どうして……ここに?」

 尋ねる雫に、六花は答えた。

「雫さまの護衛ごえいまかされたので」

「護衛?」

「あなたさまの身をお守りするためです」

 ここまで聴いても、たしかに六花だ。六花に自分の名前をよばれたのは感激ものだが、六花を演じるなかの人の、名前も顔もよくしっている雫は、フシギな気持ちになった。

(いやでも、本物の六花さまは、あかねの護衛をしているんだ。私じゃない)

 茜とは、六花が登場する『私の花園』という作品のヒロインだ。近衛兵の六花の護衛の対象であり、六花が恋いしたう相手でもある。

「六花さまが護衛するのは、茜さまでしょう? 私じゃない」

 雫が言いはると、六花は、きょとんと首をかたむけた。

「いいえ、わたくしが命じられたのは、雫さまの護衛ですが」

(雫さま〜!)

 心の中で感激していると、コンコン、と部屋のとびらがノックされた。

 雫がふりむくと、はんびらきのとびらのすきまから、ガランサス女王の顔がのぞいていた。

「女王さま」

 女王は、のこりのとびら

「雫、そろそろとこについたらどうだ? 早寝早起きは健康にいいからな」

「はい、そうします!」

 そう返事をして、部屋を見ると、そこには誰もいなかった。

(やっぱり、六花さまはニセモノか。かなり似ていたけど)

 つかのまのいい夢が見れたのは、うれしかった。ニセモノさんに感謝だ。


 雫は、部屋着にきがえて上質なベッドに入って目を閉じる。そのくちびるに、女王がキスをした。

「おやすみ」



 アラームがなった。六花が歌う、キャラクターソングの。

 雫は、アラームをとめて、携帯のまちうけに設定してある六花のイラストをみて、にんまりした。

「おはようございます。六花さま」

 そういえば、昨晩の夢に、六花さまがでてきたような……。夢は、めざめたしゅんかんにほとんどわすれてしまって、ぼんやりしてしまう。

 夢の内容をきちんとおぼえていれば、もっと創作のはばがふえそうなのに。

 もどかしく思いながら、布団からでて、朝食づくりにとりかかる。


 朝食を食べれば、あとは絵を描き、ゲームをして……それで一日はあっというまにすぎさってしまう。


 就寝時間になって、布団にはいり、めをとじれば、あっというまにねむりについてしまう。


 

 目がさめると、高価なてんじょうがそこにあった。

(夢?)

 雫がねていたときの夢の記憶なんて、ほとんどみなかった。でも、ぼんやりとはおぼえているような。頭がこんらんぎみになるが、どちらかといえば、こちらの世界のほうが夢である。

 でも、目はすっかりさえていて、もうねむれそうにない。雫は、ベッドのカーテンを開けた。

 部屋には、護衛ごえいらしき兵士二人がすわったじょうたいでねむっていた。

(このふたりって、私の護衛?)

 まるで、茜と六花の関係のようで、トキメキした雫は、ベットからおりて、二人にちかづき、じいっとかんさつした。

(二人とも美人だなぁ)

 二人のうちのひとりは、雫をこの国につれてきた、トウカだった。

(兵士だったんだ。女王さまの命をうけて、私を連れてきたんだ)

 二人の兵士の格好は、よろいはきておらず、ミニスカメイドな格好をしていた。りっぱな剣をたずさえて。護衛兼、召使いでもあるらしい

 じいっとみていると、パッとトウカの目があいた。

 雫は、やばっと思いながらも、いそがずあせらず、おちついてあいさつをした。

「おはよう」

「おはようございます。雫さま」

 それから、どうしようかと思った雫は、ガランサス女王さまの顔がうかんだ。女王さまは、まだねていらっしゃるのだろうか。今、しのびこめば、おうつくしい寝顔が拝見できるかもしれない。

 興味本位で、女王の部屋にむかった。

 雫の部屋の、すぐとなりにある、女王さまの部屋にしのびこむ。

 女王の部屋には、護衛の兵士が四人いた。雫の部屋がふたりだったのにたいして、より厳重だ。

 一国の女王がねむる部屋なのだから、しかたない。雫は、護衛に気づかれないように、そろりそろりと慎重に、女王がねむるベッドにちかづく。

 そおっと、ベッドのカーテンをあけると、女王はまだ、ねむっていた。

 雫は、なかにはいり、女王の寝顔をじっとかんさつした。そして、にんまりした。

(あぁ……おキレイだぁ)

 すると、パッと女王の目があいた。雫はやばっと思い、ベッドから抜け出そうとするも、めざめた女王につかまってしまった。

 女王は、雫をもちあげて、ベッドのなかにひきこんだ。

 かってに侵入し、女王さまの寝顔をじっくり見ていたてまえ、なにをされるかと、雫は内心、ビクビクした。

 女王は、雫をぎゅーっとだきしめた。

「おはよう、雫」

 甘い声でささやかれ、雫は今にもとけてしまいそうだった。

 それから、女王は、雫の口にキスをした。



 朝食をとったあと、雫は、護衛兼、召使いのトウカに、絵が描ける紙やペンを求めた。トウカがもってきたのは、スケッチブックと、えんぴつとけしゴム、万年筆がはいった筆箱。

 これをみた雫は、まいあがった。トウカは、有能な召使いだとおもった。

 雫は、この筆記用具をもちいて、絵を描いた。描いたのは、六花である。

(六花さまなら、なんどもなんども描いてきたから、資料をみずとも、あるていどは描ける)

 部屋にこもる、雫のようすをみにきた女王は、雫が描いているのをのそいて、たずねた。

「雫、それは何を描いているのだ?」

「私の好きな、物語の登場人物です。六花さまという、とてもきれいで、かっこいいかたで、あこがれなんです」

 雫が好きだという、人物に、女王は関心をもった。

「へえ、雫は、そういうのが、好きなのだな」

「は、はい〜、私は、かっこいい女性を好む性質があるようで、その最高峰さいこうほうが、六花さまです」

 雫は、にんまりとした顔で言った。

「そういえば、昨日、この部屋に六花さまがあらわれたんです」

 ねていたときの記憶は、もうまったく覚えていないが、昨日の晩のことは覚えていた。

「声も口調も、仕草も、カンペキに六花さまで、私の護衛をまかされたと言っていたんですけど、女王さまがいらっしゃったとたんに消えたので、ニセモノだったのでしょう」

 それでも、あれは、しあわせな夢だったなあ。六花さまに、名前をよばれた!


「それはおそらく、人喰ひとくいの魔女まじょのしわざだろう」


 女王の声は、とつじょ一変して、おごそかな声色になった。女王のきんぱくしたようすがつたわって、雫のにんまりした気持ちもきえうせた。

「人喰いの……魔女?」

 この単語で、おだやかじゃないのがわかった。


 女王は、雫に、人喰いの魔女についての説明をした。


 この国、スノウ王国の近辺の森には、人喰いの魔女がすんでいる。魔女は、もちまえの魔術をつかって、えものの想い人、もしくは、うつくしい女にばけて、人をゆうわくし、油断させたところを襲って喰らう。


「なかなか厄介な奴で、ゆうわくに打ち勝つのはむずかしい。いちどねらったえものへの執着は、はなはだしい。雫の護衛をふやそう。主な活動時間は、黄昏たそがれどきから晩にかけてだが、昼にでないともかぎらない。今日は、雪もふぶいて、うす暗いしな」

 スノウ王国は、名前から想像つくとおりの雪国で、昼も、夜ほどじゃないが、雪がふってうす暗いことが多い。

 夜を好む魔物も、抵抗感は低いだろう。

 雫は、おそろしい事態になったと思った。


 以来、雫のまわりには、厳重な警備がおかれるようになった。

 雫は、常に女王のそばにいるように命じられ、その二人のまわりを、トウカをはじめとした、メイド近衛兵がとりかこむ。

 このメイド近衛兵たちは、同時に召使いも兼任けんにんし、ふたりの身のまわりのおせわをした。

 

「ご安心ください、雫さま。私がおそばにおります」

 なかでもトウカは、ほかの兵士よりも、雫に献身けんしんをした。

「ありがとう、トウカちゃん」

 雫の方も、トウカに信頼しんらいをよせた。

 

 女王のすぐそばにいるようになったぶん、甘いひとときを過ごすこともふえた。

 二人でいっしょに、かがやきの庭の花々をみてまわったり、お茶会をひらいたり、女王のもつ魔法をひろうしてもらったり、夜には薄着うすぎになって、ベッドの中でふたりっきりになったり。

 そうして、ひと月がたっても、魔女、および、魔女がばけた六花は、姿をあらわさなかった。

 

 もう、魔女は、雫を狙わなくなっただろう。雫も女王も、そう判断し、厳重な警備は解除してもらった。しかし、念のため、そして、雫の意をくんで、トウカにはひきつづき、雫のそばにいてもらった。夜の就寝時には、トウカをふくめて四人の護衛をおいた。

 雫は、トウカをひいきして、ベッドのなかにさそいこんだりもした。


 とある晩、雫は、部屋のバルコニーに出て、つめたい夜風にあたっていた。


「雫さま」


 ききなじみのある声。反応した雫の目の前には、六花がたっていた。

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