ガランサス女王

 スノウ王国の女王さまが住うお城は、敷地しきちからして、ほかの家とはケタちがいにひろい。そして、ケタちがいに豪華ごうかで、りっぱなつくりをしている。

(すごおい……りっぱなお城だ)


 門をくぐっても、まだまだお城の建物にはとおい。そのまえに広がる、広場には、スノードロップの花にかこまれた、こおったふんすいがある。もちろん、街中にあったものよりもうんと高価なつくりをしており、ふんすいのまんなかには、けんをかまえる騎士きしの像がたっていた。この騎士も、女性である。

 ようやく、城と緑のうつくしいお城の建物にたどりつき、馬車からおりた。

 雫は、トウカに案内されて、城のなかにはいった。

 

 城内にはいってすぐ、玉座のある大広間。玉座には、女王さまであろう、うつくしい女性が座っていた。

 女王さまが座る玉座へつづく一本道の両わきには、近衛であろう兵士たちがならび、その奥には、めしつかいであろう人たちがまばらにたっていた。いわずもがな、全員女性だ。

 トウカは、女王さまの目に入ると、ひざまづき、あいさつをした。

「ガランサス女王さま。しずくさまをおつれいたしました」

 雫は、礼儀のきちんとしているトウカをみて、自分もひざまづくべきかまよったが、けっきょく、たったままでいた。

「ごくろうだった、トウカ。私のすぐちかくまでつれてきなさい」

 女王さまに命じられ、トウカは雫をうながし、女王さまの目のまえに来させた。

 雫は、女王さまのすぐ近くまで来ると、うつくしいお姿をじっとみて、心をうばわれた。

(なんとおうつくしい方だろう)

 雪のように白いはだ。はちみつのようにつややかで、すきとおったあわい金髪。街やお城の色と同様の白と緑の上品なよそおいの、そのすべてが上質でうつくしい。

 みとれる雫に、ガランサス女王は口をひらいた。

「スノウ王国へようこそ、雫」

 りりしい声や口調から感じる、たくましい女王の風格に、雫はひざまづかずにはいられなかった。

 そんな雫に、女王は言った。

「君はひざをつかなくてもよい」

 雫がおそる恐るたちあがると、女王は、玉座からたちあがり、雫にちかづいた。

 そこでも雫は、あっとおどろいた。女王は、ほかのだれよりも、背が高かった。そういう面でも、女王の偉大な風格が強く感じとれた。

 女王は、雫にちかづくと、ひざまずき、雫の手をとった。

 雫は、内心、あわてふためいていた。

(国の女王さまが、私にひざまづいた!)

 雫には、ひざをつかなくていいと言い、女王自らは、雫にひざをついた。

「雫、私の妃になってくれないだろか?」

 これに、雫はさらにふるえあがった。

(女王さまに、求婚された。女王の妃ってどういうこと!? 物語とかじゃ、私の好物だけど……)

 まさか自分に、そんなことが起こるだなんて、夢でしか思わない。

「今日から、ふた月のあいだ」

 まさかの期限づき。こんなうつくしい女王さまと結婚できるだなんて、またとない機会きかいだ。ふた月だけでも、貴重な体験。受けないと損だろう。

「いいですよ」

 雫がそういうと、女王は早々にたちあがり、雫の口にキスをした。

(女王さまは、行動が早い!)

「ありがとう! では、こよいに舞踏会ぶとうかいをひらいて、国のみんなにお披露目ひろめしよう」

 あまりの行動の早さに、雫はすでに追いつけない。

(舞踏会!? お披露目!? おおぜいの人に注目されるのは、得意じゃない。女王さまほど顔もよくなければ、品性もないのに……)

 雫は、不安に思った。

「そのまえに、私が城をあんないする。城内は好きにうごいてくれてかまわない」

(女王さまじきじきに!? こういうのは、召使いにまかせるものでは?)

 活発な女王さまだと、雫は思った。



 ガランサス女王にあんないされた部屋は、女王さまの寝室。部屋の中には、ドレッシングルームや、バスルームが完備かんびされていた。さすが、国でもっとも高貴な方の部屋だ。

 雫のために用意された、寝室。こちらは、ドレッシングルームはあるものの、バスルームはない。しかし雫からすれば、じゅうぶんすぎるほどの高価な部屋だ。

 それから、図書室、お茶会がひらかれるドローイングルームに、絵画や彫刻作品がかざられた、美術館。部屋はもちろんのこと、ろうかの装飾も、いっさい手をぬかれていない。スノードロップの花を思わせるような、しとやかさと上品さと、かわいらしさを感じる内装のつくり。

 ひととおり、部屋のあんないがおわると、今度は外に出た。

 そこには、不思議で、ぜいたくすぎる庭園ていえんが広がっていた。ひとことで言えば、石でできた花壇の庭園。

 石といっても、光沢のきらめく金属や、キラキラかがやく宝石類だ。

「すごい、なにここ……」

 雫は、非現実的な光景に、理解が追いつかない。

 ガランサス女王は、この庭園の説明をした。

「ここは、かがやきの庭。さまざまな金属や宝石でできたガランサスの花があつめられている。花をかざっているかだんのかこいいも、おなじ素材でできている」

 ガランサスは、スノードロップと同じ花をさす。

 金属では、金、銀、銅、プラチナなどがあり、宝石には、ダイヤモンド、多様たような色のコランダム、エメラルドやクリスタルなどがある。

 金でできた花壇には、金でできた花が咲き、ダイヤモンドでできた花壇かだんには、ダイヤモンドでできた花が咲いているといったありさまだ。

 遠目からみても、色とりどりで、うつくしく、ひとつの花壇にしぼって見ても、息をのむほどのうつくしさだ。

 雫は、花壇のひとつひとつをじいーっと見ていった。正確には、ひとつひとつの花壇に見惚みとれていた。普段、じっくりと金属や宝石をみる機会なんてさらさらない。

 庭園をみてまわるのに、長い時間をかけていた雫は、すべてをみおえるまえに、女王さまに声をかけられた。

「雫、そろそろ、きりあげよう。よいには、舞踏会がひらかれる。そのための支度にとりかかろう」

 つい夢中になりすぎてしまったと、雫はあわてて、女王さまのもとへ戻った。

「あ、そっ、そうですね。失礼しました〜」

 女王は、そんな雫を見てほほえんだ。

「明日なら、特別予定もないから、好きなだけ時間をとるといい」

「わかりました! ありがとうございます!」

 やさしい女王さまに、雫はお礼を言って、ぺこりとおじぎをした。



 二人は、城内に戻ると、女王の部屋のバスルームで、身体からだをあらった。

 雫は、女王さまのうつくしすぎる身体に目をまるくして、どうじに自信も失った。このあとにひらかれる舞踏会への不安が、大きくふくらんだ。

 うつむく雫。女王は、雫のあごをくいっともちあげて、笑顔をむけた。

「雫、顔を見せなさい。君は、私の妃なんだ。もっと、自信をもちたまえ」

 女王は、甘くやさしい声で言った。女王さまには、惚れてしまっても、自信なんて、そうそう持てるものじゃない。自信を持てるような、うつくしいと思えるところなんて、雫はなにも持ちえていないから。

「……私は——女王さまのように、うつくしくもなければ、王の妃たりえる品格も、礼儀も、作法も、何もないと言っても差し支えありません。そういうきゅうくつなものは、私には合いません」

 雫は、自分以外のなにかにしばられて、きゅうくつな思いをするのがいやだった。しばられたくない、同じ型にはまりたくない。

 だから就職して労働するのは、いやだし、恋人もつくらず、結婚もしない。ずっとひとり身で生きていこうと思ったのだ。

「そんな私を、民たちは受けいれてくれるでしょうか」

 とてもそうは思えない。こんなきれいな女王さまの妃が、こんなうす汚い、品のない女なんて、だれがみとめるだろうか。

 求婚きゅうこんしてくれた方に、こんなことをいうのは、無粋ぶすいだろうけど。


 女王は、雫を浴槽よくそうにさそった。湯船は、ひろくて高級感あふれる猫足バスタブだ。

 湯につかると、あとから入ってきた雫を自分のふところにさそいいれて、大きな身体で、そのすべてをつつんだ。


【ガランサスマジック 〜オーバーグラウン〜 】


 なにか技名をとなえたかと思うと、ひろいバスタブから、スノードロップの花がはえて、雑草のようにニョキニョキのびていく。

 気がつけば、雫と女王は、360°を、おいしげるスノードロップにかこまれていた。

 この花をひいきにしている雫にとっては、たまらない状況だった。

「すごーい!」

(なこの状況!! 夢だ!!)

 こうふんしてキラキラ喜んでいる雫に、女王は笑った。

「この花は好き?」

「はい! うちのお庭にも、植えてあるし、庭園の宝石化した花もさいっこうで!」

「それでじゅうぶん、私の妃になるにふさわしい。民も喜んでくれるだろう」

 女王のこの言葉に、雫はおどろいた。

 スノードロップの国の、スノードロップの女王、ガランサスさま。

 ガランサス女王は、あらためて雫をぎゅーっとだきしめて、愛の言葉を口にした。

「愛しておるぞ、雫!」

 そしてさらに、雫のほっぺに思いっきりキスをした。

 女王のだいたんさにも、雫はおどろいた。こんなにまっすぐ思いっきりな愛情表現をうけたのは、はじめてだ。


 二人は、お風呂からあがると、召使いが用意してくれたドレスを着用して、ひとあし早い夕食にむかった。

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