15 再会と別れ
信行、多恵子、アリスの三人で話し合い、アキラに相談した。アキラは、
「体重もだいぶ落ちていますし、入院しましょう。その方が今はご家族の為だと思います」
と言った。
その方がアキラにとっても安心だった。
初美が入院してから三ヶ月後、カフェ、カランコロンのマスターの福島と、親友の真琴が初美の入院している病院を訪ねた。
「福島さんも真琴ちゃんもよくきてくれました。初美もきっと喜びます。さあ、どうぞ」
多恵子は二人を個室に案内した。
二人は、元気な頃の初美しか覚えていなかったから、顔は青白く、痩せこけて点滴をしている初美を見て驚いた。初美は目をつぶったままだった。
「初美!アタシよ!真琴よ!」
「初美ちゃん、ボクだよ。分かるかい?」
すると初美はゆっくりと目を開け、
「どなたか分かりませんが、ご親切にありがとうございます」
とだけ言うと、また目をつぶった。
「二人共驚いたでしょう?もう誰なのかも分からないし、歩くこともできなくなったのよ。食事も取れないから、ずっと点滴している状態なの」
「おばさん…。こんな風になるなら、もっと早く来れば良かった…」
「ボクもだよ。初美ちゃんのことは忘れたことがなかった」
「いいえ、二人共今日来てくれただけで嬉しいわ。どうもありがとう。初美もきっと喜んでいるわよ。ね?初美」
多恵子は初美の頭を撫でながら、涙が溢れるのをこらえていた。そして笑顔で、
「真琴ちゃん、福島さん、初美の手を握ってやってくれる?」
「はい」
真琴は初美の右手を握り、頬擦りしながら涙を流した。
マスターは無言で左手を握った。
初美の手は骨がゴツゴツし、とても冷たかった。
二人は現実であることを、すぐには受け止めることができなかった。
入院してから半年後、初美は懐かしい我が家へ帰って行った。
そして二年後。
春。よく晴れた気持ちの良い日だった。
桜が満開になり、テレビのニュースでも、あちこちから桜だよりが訊こえてきた。
色とりどりの花は咲き乱れ、日差しは優しく、風は軽やかに吹き、鳥達の鳴き声も聞こえてくるようになった。
園田家の雨戸いにはスズメが巣を作り始めていた。
初美は、自宅で最期を迎えた。
その顔はとても安らかで、少し微笑んでいるようにも見えた。
享年三十九歳。あまりにも早すぎる死となった。
初美は灰色の煙となり、白い雲と重なりながら空高く舞い上がった。
果たして初美は幸せな人生だったのだろうか…。
信行も多恵子も、せめて初美のウエディングドレス姿を見たかった。だがそれはもう叶わない。
みんなできることは全てやった。悔いが残らないと言えばウソになる。だが初美が寝たきりになり、口から飲み込むこともできなくなってからは、ただ、見守るしかなかった。
寝たきりの初美と、信行、多恵子、アリスと、最後に家族写真を撮った。その時みんなで、泣かずに笑顔で見送ってあげようと決意をした。
アキラも二十四歳の時に初美と出会い、カランコロンへ通っていたのは、初美の笑顔を見る為だと、改めて思っていた。
初美の笑顔はみんなに癒しを与えていた。
「いらっしゃいませー」と、カウベルが客の出入りを知らせると同時に、初美の元気で明るい声が聞こえた。淹れたてのコーヒーを「お待たせ致しました」と運んで来る姿は、誰しもがホッとできる時間だった。
だがもう、そんな初美はこの世にはいない…。
流れる濃い灰色の煙が雲に変わっていくと、煙をかき消すようにイタズラな春風がザーッと吹いた。
君の黄色いエプロン姿を忘れない。
君の笑い声を忘れない。
君の優しさを忘れない。
君の笑顔を忘れない。
君を忘れない…。
おわり
君を忘れない 花 @sekai_18
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