11 動揺

真琴が心配して、仕事の帰りにカランコロンに寄った。そして、初めて初美の病気を訊かされた。

真琴は驚き、大粒の涙を流し声を押し殺した。

「驚くよね。うん。私も驚いた。でも今は白井さんの薬のお陰で、なんとか保ってる。真琴、私もう少しここで働くけど、本当にダメになる前に田舎へ帰ることにしたんだ」

「うっ…うっ…。初美がアルツハイマーなんて、信じられないよ…」

「そうだよね。私も信じられない。それで、思い出したことがあったんだけど、昔話だよ。ほら、中学生の時、二人でコックリさんしたこと覚えてる?あの時十円玉が急に勝手に動いて、頭の怪我に注意ってでたじゃない?アレ、当たったなって思ったんだ。笑い話だよね」

「そんなこと思い出したの?あんなのきっとウソだよ。初美は何も悪いことしてないのに、どうして…」

「泣かないで。私まだここにいるから。真琴、もう少し一緒にいてくれる?」

「当たり前じゃない。親友だもん」

そう言うと、真琴は初美を抱きしめた。

「今までもこれからもずっと友達だよ」

「ありがとう、真琴」

その二人の姿を見て、マスターはそっと目を閉じた。


一週間後、初美は一人でアキラの務める病院へ診察に行った。そして、

診察室にいるアキラに向かって、

「少しでもカランコロンに長くいたいんです。私の居場所なんです」

と、涙ながらに話をした。

「でもご両親は反対したでしょ?」

「はい。だけど、お店の役に立ちたいって言うか、マスターや友達の傍にいたいんです」

「今はまだ薬でなんとか大丈夫だけど、薬はあくまでも進行を抑える為だから、病状が良くなる訳じゃないんだよ」

「分かっています。それに他の先生よりも、白井さんが担当のままの方が安心するんです」

「分かった。それじゃ、危なくなる前に実家に帰るんだよ。ボクが初美ちゃんを診るからには、言うことを訊いてもらうからね。いいね?」

「はい。分かりました」

初美はそう言い、病気と向き合う決心がついた。


お店の仕事も、時々メニューを忘れることがあった。マスターの意見で大きくメニューを書き、壁に貼ることにした。

初美は精一杯の笑顔で、

「いらっしゃいませー」

と、空元気をだしながら、カランコロンで働いていた。


二年後、病魔は少しずつ進行していた。

初美はなぜここにいて、自分は働いているのか、記憶が飛ぶことが多くなってきていた。

ある日アキラは休暇を取り、カランコロンにやってきた。

そして初美に折り紙やクロスワードパズルや、簡単な迷路、算数のドリルを持ってきた。

「初美ちゃん、今日はね、仕事の合間にできる、頭の体操の色んなものを持ってきたんだ。これをどれでもいいから、好きなものを少しずつやってみて」

「はい。分かりました。これならできそう」

「良かったね、初美ちゃん」

マスターもにっこりとほほ笑んだ。

「これはね、薬も大事だけど、初美ちゃん自身も頑張るものなんだ。ゆっくりでいいから、必ず毎日続けること。いいね?」

「はい、頑張ります!」

初美は笑顔を見せた。アキラはその笑顔を見て、ドキッとした。初美の笑顔は何度も見ていたが、この時の笑顔は、今まで見たことのない無垢の笑顔だった。

アキラは動揺した。心臓の脈打つ音が早くなった。一瞬、まともに、初美の顔を見ることができなくて、折り紙で鶴を折り、自分を誤魔化した。



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