9 異変 ③
初美はしばらく、何事もなかったかのように、カランコロンで元気に働いていた。マスターもその様子を見て、一安心していた。が、少しずつ初美に異変は現れていた。
客から注文を訊いても、すぐに忘れたり、間違えたり、なぜ自分がここにいるのか分からなくなる時があった。
マスターは心配し、異変がある度、初美を二階で休ませていた。
時々真琴がやって来て、二階に上がり様子を見てみると、また昼間からビールを飲んでいた。
「初美!しっかりして!ビールは止めな!この頃おかしいよ。どうしちゃったの?」
「真琴…。心配かけてごめんね。分かった。ビールはもう飲まない。約束する」
「本当に?約束だよ」
「うん。もう買わないから」
それからというもの、本当にビールは飲まなくなった。が、時々自分自身が分からなくなったり、目に見えないのに虫がいると言って、怖がることもあった。
「真琴、助けて!黒いムカデやカエルや、小さい虫たちが私の周りに寄ってくるの!怖い!今すぐきて!」
真琴は度々初美からの電話に呼び出され、カランコロンに頻繁に来るようになった。そして初美の部屋を確認するが、虫など見当たらなかった。
「落ち着いて!何もいないよ。大丈夫だよ」
真琴は初美を抱きしめる。初美は「私…怖い…」と言いながら、泣きじゃくった。
そして遂にお店にも出ることはなくなり、一日中二階にこもりっ放しになった。
マスターと真琴は心配し、病院に連れて行こうか相談していた。
そんな時、久々にアキラがカランコロンにやってきた。
「いらっしゃい。久しぶりだね」
「そうですね。いつもの下さい」
アキラはお気に入りの窓ぎわの席に座り、外を眺めながらくつろいだ。
マスターはすぐにプリンアラモードを作ると、アキラの席に運んだ。
「はい。お待たせ」
「ありがとうございます。これこれ」
アキラは子供のような笑顔を作ると、プリンと生クリームを合わせ、スプーンに載せると早速一口食べた。
「仕事は最近忙しいのかい?」
マスターが尋ねると、
「そうですね。ぼちぼち。あ、でも休みはちゃんと取っていますよ」
「そう。ところでちょっと相談なんだが…」
「はい?」
「初美ちゃんのことなんだが…」
「そう言えばいませんね」
「実は数ヶ月前から様子がおかしくて、病院に連れて行こうとしていたところなんだ」
「と、言いますと?」
「今店の二階に住んでいるんだけど、前にアパートにいた時に、日中でもカーテンも開けずに閉めっぱなしだったり、部屋が散らかっていたらしいんだ。それで心配になってここに引っ越してきたんだけれど、前に銀行に振込を頼みに行かせたら、帰り道が分からなくなったり、お客さんの注文を間違えたり、今では虫なんていないのに、黒い虫がいるって友達に夜中に電話をするんだ。そして今はまた部屋に閉じこもってしまって、泣いてるんだよ」
「…。それは心配ですね。ボクが診察しましょう。一度病院に連れてきてくれますか?」
「そうしてくれるとありがたい。頼むよ」
「それじゃ空いてる日に予約しておくので、また改めて電話で連絡しますよ」
「うん、なるべく早めに頼む」
「分かりました」
マスターは安心して、他の客の注文を受けていた。
後日、アキラから電話がきて、二週間後の一時に病院へ行くことにした。
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