第13話 ちょうじりvs死神

 私は、安堵して瀬皮の顔をみた。

 その時だった。一瞬にして部屋の中に、空気が凍る様な冷気が充満した。

 そして、世界は色を失い、悪寒が背筋を走った。

 私は、瀬皮の顔を見ながら体が揺さぶられる様なショックを感じた。

 私の真横に黒く巨大な物が立っている。

 死神だった。

 私の直ぐ横に死神が立っている。手を伸ばせば触れられるほどの近くにいる。


「戻っている」


 死神がポツリと呟いた。


 死神が山から戻ってきた。

瀬皮の魂を見つける事が出来ず、戻って来たのだろう。

 そして、戻ってみれば瀬皮の体に魂が戻っていたのだ。


「誰がこんな事を」


「おまえがやったのか?」


 そう言って、死神が体を折り曲げ、私の顔を覗き込んできた。

 頭が殴られるほど驚いた。

 いきなり私の顔の前に死神の顔が現れたのだ。

 その上、フードの中のその顔は、深淵を思わせる様な暗黒で、二つの赤い目だけが開いていた。

 二つの血眼は、私の目を真っ直ぐに捕らえていた。

 私は死神の目は見えない振りをして、死神の顔で隠れている瀬皮の顔に目の焦点わを合わせて見続けた。

 少しでも、眼球を揺らして動揺を見せると、死神が見えてることを、死神に気付かれてしまう。

 そうなれば、あらゆる責め苦で、知っている事を言わせようとしてくる。

 地獄の拷問で。

 とても耐えられるものではない。

 私は、必死で平静を装って瀬皮の顔に焦点を合わせ続けた。 

 死神は、じっと私の目を覗きこんでいる。

 それが永遠の様な時間に感じられ、私は、瞬きするタイミングさえ分からなくなってきた。

 それで、もう駄目だ、黒目が動いてしまうと思った時、大きな音が静寂を破った。

 ドアが開けられる音だった。

 私は、その瞬間目をぎゅっと閉じた。


「見回りです」


 横から看護士さんの声が聞こえる。

 振り向くと若い看護士さんが微笑んで立っていた。

 死神も消えていて、空気も元に戻っていた。

 私は、ほっとして看護士さんの顔を茫然と見つめた。


「あの、すいませんモニターを確認します」


 と看護士さんが顔を寄せて来たので、私は上半身を反らしてモニターが見える様にした。


「あれっ」


 看護士さんが声を出すので、どうしたんだろうとモニターを見ると、続けて声がした。


「戻ってますね。数値が正常に」


 私は、看護士さんと同時に瀬皮を見た。

 すると瀬皮の瞼が、ゆっくりと開いた。

 看護士さんは、片手で瀬皮の肩を軽く2.3回叩き、「瀬皮さん聞こえますか?」と声を掛けた。 

 瀬皮は、ぼーっと虚ろな目をしていた。


「たいへん、たいへん」と言って看護士さんが部屋を出て行った。


「せっちん」


 私は思わず声を出した。

 すると瀬皮が口を動かしてモグモグ言っている。

 耳を近づけてよく聞くと、「せっちんと言うな」と言っていた。


 次の日は、朝から外回りに出ていた。

 病院には部長が行っている。昨日きのうの夜、瀬皮が目を覚ました事をメールしておいたら、今朝、病院に行くと返事がきていた。

 私は、昼前に病院に行った。病室に入ると部長がいた。それと、やっぱり美子ちゃんも来ていた。立っている部長の向こうで椅子に座って、私を睨んでいる。瀬皮もベッドの上で、上半身を起こしている。それを見てほっとした。


「よう、丁の字。ご苦労だったな」

 私の姿を見て、部長が声を掛けてきた。


「何か出たか?」


「ええ、出ましたよ。物凄いのが。死神ですよ、睨まれましたよ。」


「そうか、そうか、お疲れ」


「また、後で話します。どれ程怖かったか理解してもらうまで話します」


 私は強い口調で言ったが、まあ、あの恐怖は経験しないと分からないだろうな、と思った。


「瀬皮は、どうですか?」


「医者が言うには、もう大丈夫だそうだ。念のため、もう一目入院させて様子をみて問題無かったら放免と言うことだ」


「そうですか、良かったです」


「それじゃあ俺達は、先帰るぞ」


 そう言うと、部長は美子ちゃんの方を振り向いた。


「嫌です。一人で帰って下さい」


 美子ちゃんは拒否した。

 その瞬間、部長のごつい手が美子ちゃんの肩を掴んだ。


「いたっ、いたたた、痛いー」


 部長は大魔人の様に美子ちゃんを掴み上げる。


「分かりました、分かったから離して」


 部長が手を離すと、美子ちゃんは服を直して部長の後ろについた。そして、私を睨んで言った。


「丁字さんは、言いましたね。WBCで日本が勝つのを信じたから、瀬皮さんが目を覚ますって。丁字さんの言う通りになりました。丁字さんは、凄いです。でも私は、負けませんから」

 

 そして、部長と美子ちゃんは病室を出て行った。


「何のことだ?」

 瀬皮が私に尋ねたが、面倒くさいので、「さあ」とだけ答えた。


 それにしても、部長はセクハラを通り越して暴行でつかまるんじゃないだろうか?



 拾い屋の事は、誰にも話すつもりは無かった。彼には貸しがある。ただ、瀬皮には話した。

 拾い屋が自殺者が捨てた魂を拾うため、自殺現場に居た事。

 瀬皮を助けるために、瀬皮の魂を拾ってもらった事。

 ただし、瀬皮の魂を体に入れるのに、手に唾を付けて入れた事は言わなかった。瀬皮がショックを受けるから。



 その後、瀬皮は無事退院して、現場に復帰した。

 死神もあの夜以来、見ることは無くなった。

 そして、拾い屋が生き返らせた貴史君は、瀕死の怪我から何とか回復の方向に向かっていたのだが、ある日5階の窓から飛び降りて自殺した。

 結局、死にたがりの魂は死を選ばざるをえなかったのか?

 

 拾い屋については、あの後、あの空き家に行って探しても、ついに見つける事が出来なかった。多分、もうここら辺には居ないのだろう。

 今頃は、日本の他の場所で、また、捨てられた物を拾っている事だろう。

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拾い屋 九文里 @kokonotumori

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