第12話 たまいれ

 病院に着いたのは夜の九時頃。私と拾い屋は、夜間受付で入院患者の親戚だと言って中に入った。

 人気のない通路を抜けて、エレベーターに乗り五階に上がる。看護士詰所では、奥で一人書き物をしていた。彼女に会釈すると、瀬皮の病室のドアを開けて部屋に入った。

 部屋の中は薄暗い。

 照明は消されているが、非常灯のオレンジの明かりと、モニターの電気が部屋の中を微かに照らしていた。

 薄明かりの中、相変わらず、瀬皮は身動きせずベッドに横たわっている。私と拾い屋は並んでベッドの横に立った。


「なるほど、これがおまえの彼だも。確かに大分、悪いも。魂を戻しても元通りに回復するか、五分五分だも。」


「魂を戻したら、元通りになるんじゃないの?」


「機械の表示を見てみるも。体温が30度近くに下がってるも。これ以上、下がったら目を覚まさないも。」

 そう言われてモニターを見ると、確かに瀬皮の体温は、30度辺りを示している。これは、本当に死に近づいている。


「体が弱っているから熱を作らないも、体と魂が離れてた時間が長過ぎたも」

「とにかく、魂を戻すも、蒲団をめくって彼氏の寝着を開けて胸を出すも」


 私は言われた通り、瀬皮の蒲団をめくって、パジャマのボタンを外して胸を露にした。

 すると、拾い屋はジャンパーの中から白い球を片手で鷲掴みにして取り出し、それを瀬皮の胸の上に乗せて、コロコロと手のひらで回転させた。

 拾い屋は、魂が体に入り込む場所をさぐっているようだ。

 暫く、私の目の前で転がしていたが、ピタリと手を止めた。


「駄目だも。入らないも」


 拾い屋が、淡々と言う。

 私は拾い屋を見て、何を言い出すんだと思った。

 何か言わなければ、と思い口を開いた。その時、拾い屋が動いた。

 拾い屋は、球を瀬皮の胸の上に置いたまま手を離すと、両手を口の前に持ってきて、手のひらに唾を2.3回吐いた。

 そして両手を合わせてねるともう一度片手を瀬皮の魂の上に置いた。

 それを横で見ていて、拾い屋に聞いた。

「唾を付けたのは、唾に特別な力があるの?」

 

 すると拾い屋は、「いや、気合い入れただけだも」と答えた。


 かわいそう瀬皮。


 拾い屋は、もう一度魂を転がすと鳩尾みぞおち辺りで手を止めて、ふんっと気合いを入れて、魂を押し付けた。


 なんか、力づくになってるけど大丈夫だろうか?


 すると徐々に魂が体の中に沈んで行くのが分かった。

 やがて魂は、完全に沈み込み、拾い屋は暫くそのまま瀬皮の胸の上に手を置いていた。


「入った」

 そう言うと拾い屋は、手を離した。


「回復するかは、彼氏の体力しだいだも。俺の出来るのは、ここまでだも」


 私は、拾い屋を見て「ありがとう」とお礼を言った。


「おまえが、泣いて頼むから仕方がないも」


「ちょっ、ちよっと私は泣いてなんかいないわ・・」

 私は、慌てて取り繕っていると、はっとした。

 そう言えば、小鳥を逃がした女の子も、海に指輪を落とした女性もずっと泣いていたと言っていた。


「あなた、もしかしたら泣いてる女に頼まれると断れないんじゃ?」


 そう言うと、拾い屋は狼狽うろたえた。


「なっ、ちっ違うもん」

「それじゃあ、俺はいくも。請求書は、後で送るも」


 そう言い残して拾い屋は、そそくさと入り口の方に歩き、ドアを開けて出て行った。


 もしかしてあいつ、物凄く優しい奴?


 請求書って私の連絡先知らないんじゃ無いのか?


 私は、瀬皮の方に向き直して胸元の服を直してやると蒲団を掛けた。

 椅子に座ると、モニターの画面に目をやった。

 特に変化は無いようだ。

 魂を戻したからといって、直ぐに何か起こるわけでも無いのか?

 暫くの間、瀬皮とモニターを交互に見ていた。

 やがてモニターの表示を見て愕然とした。

 体温がなかなか上がらないどころか29度に下がった。

 

 まずい。どうしよう。


 私は、焦った。


 やっぱり、こういう時はあれか。よくドラマでやるやつ。凍えてる人は、人肌で暖めるのが一番良い、と言うやつ。あれをやらなければだめか。

 私は、戸惑った。本当にそんなことするのか。


 私は、取り敢えず立ち上がって上着を脱いだ。

 やっぱり裸にならないとだめか?

 下着は着けていてもいいよな。

 そう思って、シャツのボタンを外し始めた。

 心臓が、物凄い勢いで打ち出した。

 

 いかん、私の心臓が持たない。 

 シャツのままでいいや。


 私は、瀬皮の蒲団をめくってベッドの上に片膝を上げた。

 心臓が更に高鳴った。


 んっ。


 モニターを見ると、体温が30度に戻ってる。

 それどころか、31度、32度と上がって来た。


 瀬皮、私に抱かれるのは嫌か?


 そう思いながら蒲団をかけ直して、私は上着を羽織り直して椅子に戻った。

 そうしてる内に、どんどん体温は、上がってきて、35度まできた。

 何か大丈夫そうだな、と思っていたら、瀬皮の指がピクリと動いた。

 あっ、もう大丈夫だと確信した。


 






 



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