第11話 けもの道

 瀬皮が車ごと落ちた地点、そこより少し手前に道が広くなった所があったので、そこの山側に車を停めた。

 山の中は、真っ暗だった。懐中電灯で行く先を照らし、この前崖下に降りたルートを何とか見つけて、拾い屋を連れて谷底に降りた。

 底の方は、木々が闇の中に黒々と散在している。幸い、葉っぱを落とした木が多いので周囲は割りと見通せる。

 私は、拾い屋に声を掛けた。


「どう、瀬皮いる?」


 拾い屋は、辺りをじっと見渡し、「ここらには、居ないも」と応えた。


「ここら辺に落ちたはずなんだけど」


「おまえの彼の魂は移動してるも、わけが分からずさ迷ってるも」


「そんな、何処に行ったんだろ」


「そんなに遠くには行けないはずだも」


「分かった、捜そう」


 拾い屋と木の間を歩き回った。一つ歩く度に枯れ葉を踏む音、小枝を踏み折る音が立つ。

 鳥の鳴き声が樹冠から降りてくる。

 風が葉を揺らす。

 何度も木の枝が行く手を阻む。


 見つからない。

 まさか、もう死神が連れて行ったのだろうか。

 不安が頭を過る。


 暫くすると、拾い屋が足を止めた。


「何か聞こえるも」

「ちょ・ちょ・う・じり?」


「それだ」

 私は、拾い屋を振り向いた。

「瀬皮だ。何処から聞こえた」


「あっちの方だも」

 拾い屋が林の奥を指した。


 見つけた、まだ、死神に連れていかれてなかった。

 そう思った時だった。私の足が止まった。

 体がブルッと震えた。異様な冷気を感じる。


「死神だ。死神が近づいてきてる」


 拾い屋も足を止めて私を見た。

「おまえ、分かるのか?」

「確かに、微かに死神の気配がするも」


「まだ、遠いも。しかし、彼氏の魂を感じたら、すぐにやってくるも」

「急ぐも」


 私は、出来るだけ足元から音が立たないように、拾い屋が指し示した方に進んだ。

 気がつくと、拾い屋はずんぐりむっくりのくせに、全然音を立てずにスムーズに歩いている。

 何でこんなに静かに歩けるのだろうと拾い屋を見てると、拾い屋は、気がついてこっちを見て言った。

「おまえ重たいも」


 こんな時でなければ、どいている。


「ちょうじり」

 私にも聞こえた。木の根元に瀬皮が座り込んでいた。

 でも一瞬そう見えただけで、そこには拳大の青白くひかる球があった。

 これが瀬皮の魂か。


 拾い屋は、その魂を手に取ると懐からジャンパーの中に入れた。


 それを見て拾い屋に聞いた。

「死神に魂を隠してるのみつからないの?」


「大丈夫だも。俺のジャンパーに入れたものは、気配をシャットアウトするも」


「さあ、見つからない内に行くも」

 私と拾い屋はこの場を離れようとした時、動けなくなった。

 物凄い冷気が辺りに立ち込めた。恐怖で足がすくむ。

 死神がすぐ近くに居るのを感じる。それも段々近づいて来る。 


 やっぱり瀬皮の魂を感知されたのか?

 私は、拾い屋を見た。

 拾い屋は、小さい声で言う。

「もう、動けないも。今、動くと気配を察知されるも」

 取り敢えず私達は、ブッシュの影に移動した。


「どうすれば?」


「気配を消すも」


「気配を消すってどうやって?」


「自然の一部になるも。自分をただの石だと思うも。ただの石を死神は気にしないも」

「風を体で感じて、葉の擦れる音に集中するも、そして何も考えず無心になって、自分はそこにただおいてある石だと思い込むも」


「そんな難しい事、急にやれって言われても」

 私は、拾い屋を見ると、そこに拾い屋は居なくなってた。

 ああれ、何処に行った。

 すると拾い屋が現れた。

「俺はここにいるも。何処にも動いてないも。気配を消したからおまえが俺を見てても感知出来ないも」


 凄い、全く分からなかった。

 そして、再び拾い屋は姿消した。

 私は、言われた通り風で木々の擦れる音を聞き、体に風があたる感覚に集中して、無心になって自分を石だと思い込んだ。


 石ってどれぐらいの大きさの石だろ?人間ぐらいの大きさなら高さ1メートルぐらいだろうか?それじゃけっこう目立つんじゃ。表面がブツブツの花崗岩

だろうか?それとも安山岩?安山岩ってどんなのだっけ。

 無心どころか、疑問が次々浮かんで来る。


 冷気がどんどん強く成っていき恐怖が沸き上がって来る。我々が隠れるブッシュのすぐ向こうに、死神が来ているのを感じた。


 もうダメだ、走って逃げ出したい。しかし、そうしたら必ず捕まる。いや、私だけ捕まっても拾い屋が瀬皮に魂を返してくれる。

 私は、一か八か走り出す決心をして、目を開いた。

 すると、辺りが急に静かになった。

 風の音も、葉擦れの音も聞こえない。死神の気配すら消えた。

 何が起こったのだろう。頭の上に手のひらが置いてあるのがわかった。横を見ると拾い屋が居た。拾い屋が私の頭の上に手のひらを置いていた。

 拾い屋はもう片方の手の人差し指を口に当て、静かにのジェスチャーをしている。

 ここは一体何処だろう?


 凄く長い時間にも感じたし、数分にも感じた。やっと拾い屋が口を開いた。

「ここは、怪物道けものみちだも。人間の世界と紙一重のとこにある、物ノ怪の通る道だも」

「だけど、全く別の世界だから向こう側からは、感知出来ないも」

「普通の人間は入れないけど、俺がおまえに触れて、入れるようにしたも」


「あありがとう。助かったわ」


「死神は、少し離れたも。今の内に車に乗るも、俺のジャンパーを掴んでついてくるも」


 そう言って、拾い屋は怪物道けものみち歩き出した。


 私は、後をついていてはっと気づいた。

「ちょっと待って、こんな事が出来るなら、初めから怪物道けものみちに入ってたらいいんじゃない。」

「あの石になれ、って言うのは何だったの?」


「石になんかなれる訳ないも」

「面白かったも」


 こいつ、やっぱりおちょくってる。瀬皮が元に戻ったら絶対どつく。

 

 暫く歩くと、ぱっと視界が開けて目の前に私の車があった。

 いつの間にこんな所に来たのかと驚いた。

 私と拾い屋は、車に乗り込みエンジンをかけると車を出した。

 死神は、気づいていない。

 帰りは、来る時とは違うルートを使って、出来るだけ死神から離れるようにした。

 そして、一路、瀬皮の待つ病院にむかった。


 





 

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