第10話 ちょうじりvs拾い屋

 もう、日が暮れかかっていた。

 私は、再び拾い屋の居た空き家に戻って来た。

 ゴミの山を踏み込んで敷地の中に入る。

 辺りはしんと静まり返り、人の気配が全くしない。時折、遠くから鳥の鳴き声が聞こえてくる。

 裏に回って蔵の前に来た。蔵の戸が少し開いている。取っ手を握ると力を込めて引いた。分厚い戸が、勿体つけて開く。

 中は、暗い。車から持ってきた懐中電灯で中を照らした。埃の筋が浮かび上がり、大小の木箱が姿を見せる。

 懐中電灯で室内をぐるりと照らしたが、誰も居る気配がしない。荷物の間を灯りで照らす。階段を上がって二階にいく。そこも荷物の間を探してみた。何処にも居る様子がない。

 もうここには居ないのだろうか?ここに居なければ、手掛かりがない。不安が押し上げてきた。


「いるんでしょ、出て来なさいよ」

 大きな声で呼び掛けた。

 暫くしても全く反応がない。

 まずい、本当に居ないかもしれない。


「あなた、死神の魂、横取りしたでしょ。死神に言うわよ」

 ガタンと音がした。二階からだ。

 光を向けると、階段の上に顔が見える。拾い屋だ。


 いた。


「何の事だも」

 拾い屋は、階段の上から返してきた。


「あなた、自殺した高校生の魂を拾って病院で死んだ子に魂を与えたわね」

 そう言うと、拾い屋は恐る恐る階段を降りて来る。

「なっ何の事だかわからないも」

 

 拾い屋は、明らかに動揺していた。やはりそうなのか。想像した通り拾い屋は、自殺した子の魂を拾って、貴史君の体に入れた。


「あなた、病院で貴史君に魂を与えたでしょ。その後、死神が現れて、誰がこんな事をしたって言ってたわよ」

「おまえ、死神が見えるのか?」

「ええ。何故だか今は見えるの」

「おまえの近くに死にかけの人間がいるのか?」

 そう言われて、瀬皮が死にかけてるから死神が見えるのだろうか、と心によぎった。


「そう、居る。実は、あの病院に私の同僚で死にかけの人間がいる」

「さっき、死神が現れて彼は今夜死ぬって言ってた」

「でも、彼は事故で魂を山の中に落としてきただけなの」

「だから、魂を体に戻したら助かると思う」

「私と一緒に彼の魂を探してほしいの」


 拾い屋は、私の言葉を聞いて言った。

「なるほど、そういうことかも」

「俺に出来る事があるなら助けてやるも」


「え、本当に。ありがとう」

 私は、意外にあっさりと承知してくれた拾え屋にめんくらった。

 そして拾え屋は、大きな口をニヤリと笑って続けた。

「だけど無理だも」


「えっ」


「俺は、棄ててあるやつしか拾えないも」

「単に落としたものは、持ち主がいるから拾いたくても拾えないも」

「おまえの彼は、魂を落としただけだも。だから、拾いたくても拾えないも」

「それが、俺の能力だも」

 そうだ。拾い屋は、確かにずっと棄ててあるものしか拾えないと言ってた。

 私は、言葉を失った。


「だっ、だけど、あなたなら何とかできるんじゃ」


「ダメだも」

「ダメだも」

「ダメだも~ん」


 こいつ、完全におちょくってるな。

 くそっ、どうすれば?

 私は、完全に行き詰まって下を向いた。何か悔しくて涙がにじんできた。


「さあさ、もう帰るも」

「俺は、忙しいも」


 私が入り口の方に顔を向けた時、携帯電話のメールの着信音が鳴った。

 こんな時に誰だろう、と思って発信者を見ると何でも屋の矢野さんだった。

 そう言えば、海で指輪を見つけた超人的探し屋を、紹介してくれる人の連絡先を、メールしてもらうよう頼んでいたのだった。

 私は、何気なくメールを開いて、内容を読んで驚いた。


『遅くなってすみません。矢野です。先ほど言っていた、凄い探し屋を紹介してくれたのは、骨董品屋さんの"ぬれて屋"の御主人の泡さんです。電話番号は、090ー○○○○ー△△△△です』


 骨董品屋のぬれて屋って、あそこか、泡さん、何処かでこの名前を見た。


 そうだ、あの百万円の狸を作った人。

 あの親父自分で作った狸の置物、百万円で売ってたのか。

 しかし、この内容だと、凄い探し屋って、あそこに出入りしてた拾い屋のことじゃ。

 私は、拾い屋の方を向き直って言った。


「あなた、海で指輪を落とした女の人のために指輪を見つけてあげたわね」

 

 「えっ」


 動揺してる。やっぱりそうなんだ。

「それだけじゃないわ、逃げ出した小鳥を、女の子のために探してあげたのもあなたね」


「なっ、何で知ってるも」


「ぬれて屋の御主人が教えてくれたわよ」


「・・・」

 拾い屋は、黙ってしまった。


「持ち主がいても、拾えるじゃない」

「あなた、さっき出来るならやってやるって言ったわよね」


「うっ、ううう」

「そんなこと言ったかな?」


「さあ、付き合って頂戴、そうすれば死神には絶対に秘密にするから」


 そう言うと、拾い屋は、表情が固くなって。

「ダメだも」

「絶対、ダメだも」

「死神に言うなら言えも」

「だいたい、おまえは気にいらないも」

「さっきから偉そう・・・」


「お願いします!」

 私は、拾い屋の言葉を遮って、深々と頭を下げた。


「えっ・・・」


「ごめんなさい。今まで脅すような事を言って」

「でも、本当にあなたしかいないの」

「私は、どうしても瀬皮を助けたい」

「どうかお願いします」


私は、拾い屋の前で頭を下げ続けた。


「いや、あの、急に素直になられても」


「まぁ、そこまで言うんなら少しぐらい手伝ってやっても」


「ありがとう」

 私は、顔をあげて拾い屋に笑顔を返した。


 そして、拾い屋の手を引っ張って蔵を出た。

 外はもう真っ暗になっていた。ここから瀬皮の事故現場まで車で二時間かかる。

 死神は、もう瀬皮の魂を取りに来てるかも知れない。

 私は、拾い屋を車に乗せて焦る気持ちを押さえつつ、事故現場に向かった。






 


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る