第16話

(でも、ダンおじさんそっくりなのが歩いていたんだけど……あれは僕がおかしくなってそう見えただけ?)


 夜を迎え、寝ることになった時にも陸の不安は残ったままだった。


 ――物は生み出せるが、犬といった動物は作れない。


 そのことが、陸の頭の中をずっとぐるぐると回っていた。


 昼間に会った出来事をゆっくりと思い返す。昼間見た『ダンのそっくりさん』は、どこか機械的だったことに気付く。


(やっぱりあれって、ダンおじさんだったんじゃ?)


 生きていない動く人形のようなものであれば、作れるということなのではないだろうか。


 ――でも、なんのために。


 ダンはそんな命令を〝箱〟には行っていないだろう。


 あの『サングラスをかけた偽物のダン』の、のろのろとした動きを思うと、ダンが自宅に戻ってから箱を抜け出した、と考えるのも時間的に合わない気がする。


 とすると、ノボルの家を訪れる前にはすでに箱から出ていた?


 そう想像して、陸はなんだかぞわぞわしてきた。


(いや、いや、ホラーじゃないんだから。不思議現象を起こす、不思議な箱。それには一つの意思が宿っていて、箱自体が生きてる……)


 目を閉じてうんうんしていたら、次第に眠気がやってきた。


(ダンおじさんは不思議な扉を箱が作れると言っていた。どこからでも出入りできる……)


 考えていると、わけが分からなくなってきて、気付いた時には陸は眠りへと落ちていた。



 翌日、陸はいつも通りの朝を迎え、そして学校へと向かった。


 海斗と顔を会わせることに緊張していたのだが、一時間目の授業が始まっても、海斗はやってこなかった。


 彼はサボって公園で寝ているところを補導された、と聞いたのはこの学校で初めての『お昼休み』を迎えた時だ。


 半数の生徒たちは広い敷地を活かして、好きなところで食べに行った。陸もしっかり者の女子生徒に案内がてら誘われたが、教室で食べると言った。以外にも半数近くは残っていて、弁当を広げて食べている生徒は珍しくなかった。


「そういえばさ、あの幽霊屋敷に人が住み始めって聞いたぜ。俺なら、絶対あそこに住みたくないなぁ」


 ランチタイムがほぼほぼ終わった頃、机を三っつくっつけて椅子を寄せ合っていた男子生徒のうちの一人が、そんなことを言った。


 昨日の放課後、陸に話しかけてきた男子生徒のうちの一人でもある。


(うん。ダンおじさんの新しい家だよね)


 陸は読書を初めて数分、前の席から消えてきた声に心の中で頷く。


「分かる。俺も済みたくない。この前まで幽霊屋敷って呼んでたのにな」


 彼にそう相槌を打ったのは、家業で鍛えた筋肉を持っていて、笑うと口から八重歯が覗く貴文(たかふみ)だ。そうして先に話を振ったのが、長身で焼けた肌をした短髪が仁志(ひとし)である。


 帰宅部だが運動神経抜群で、クラスでも目立つ陽気な性格をした彼らの名前を、陸はようやく本日に覚えることができた。


 彼らは普段から仲良しで、近所でも二人でワンセットと言われている家が隣通しの幼馴染だという。学校が終われば、仁志は漁師をやっている父の元へ行き、貴文は実家の農業を手伝うことが日課だとか。


 それは、本人たちが陸に話しながら教えてくれたことだ。


 仲良くしてくれるのは有難いが、休み時間をすべてお喋りに付き合わされ、陸は今が登校して初の読書タイムでもあった。


「でもさ、住んでるんなら、もうちょっと綺麗にして欲しいよな」

「おう、あれじゃあ悪魔の家だぜ」


 仁志と貴文が、それぞれ腕を組んで頷き合う。


 窓の向こうからは、楽しそうに話しをする生徒たちの声が聞こえてくる。スカートの下から体育着のズボンを着け、校内を走り回っている女子生徒たちもいるので廊下も外に負けじと騒がしい。


「陸、あそこにどんな人が住み始めたのか教えてやろうか」


 二人が声を揃えて振り返ってきた。彼らと輪になっていた男子生徒たちが「そこで巻き込むんだ」なんて苦笑している。


 陸は、知り合いとか答えたらどういう反応するんだろうと悩んだ。


 だが、彼らのほうが口を開くのが早かった。


「昨日見たんだけど、蒼白で怪しいおっさんが住んでるんだ。髪なんてあまり気って名手、ぼさぼさっ」

「しかも白衣! 驚きだろ?」


 陸は思わず苦笑してしまった。


 とはいえ、ハタと箱のことを思い出した。昨日、陸はダンと会っているが、彼らはいったいどこで見たのか気になる。


「ねぇ、その人いつ見かけたの?」

「俺はビデオ店の前で」


 仁志が答えた。


 それなら陸は納得だと安心した。だがほっとして椅子の背に背中をもたれかけたところで、貴文の返答にどきりとする。


「俺は学校の帰りに、書店で見たぜ?」


 え、と思った。そうしたら他の男子生徒も「見た」と言ってくる。


「俺も見た。でも俺は海岸線沿いだったけど」

「うろついてるのかな? 僕は塾へ行く時に、反対側の道を歩いていたのを見たよ」

「謎の人物ではあるよな、目撃者がここ数日で続出してるっぽい。俺、住民が増えたっておばさんに聞いたんだよな」

「母さんも昨日スーパーで見たって言ってた」

「そのへんもふらふらしてるのかな? 近所の犬がわんわん吠えてうるさかったなぁ。でも、どこで聞いてもそうなんだけど、見るだけ見ても何も買わないし、書店なんて数時間立ち読みしてたと思ったら、ふらっと出ていってまた戻って来ての繰り返しだったってさ」


 ――書店。たくさんの情報の宝庫。


 陸は胸がどくどくしてきた。

 目撃情報が多すぎる。昨日、ダンは刑事ドラマを見続けていた。深夜にノボルへ電話をかけたみたいで「ドラマの感動を伝えたいという馬鹿げた話しを散々聞かされた」と、ノボルは朝方に寝不足気味だと陸に愚痴っていた。


「ねぇ、その人ってサングラスとかしてるの?」

「いや、してなかったけど?」


 じゃあ違うのか。陸は、考え込む。


「あはは、なんでサンクラスなんだよ」

「いや、その、怪しい人って言うから、サングラスとかしてたのかなぁって……」

「陸は真面目なんだなぁ」


 貴文がおかしそうにして笑った。陸はじーんっとして心の中で『その感想、ありがとう』と感謝した。


「サングラスしてたら、ちょっとは普通に見えただろうな。くぼんだ隈のある目、怪しすぎて逆に笑えたし」


(うーん、目元があやしいと言われると、本人のような気がしないでもない……)


 失礼だけど、そんなことを思う。そもそも陸が見た『サングラスをかけたそっくりのダン』は、動きも変だったのだ。


「誰か、話した人っているかな」

「おっ、そういう話は今日もあるんだ? そんな強者いるかな」

「あ、俺、話したぜ」

「まじでっ?」


 貴文と仁志も揃って、教室に戻ってきた一人の男子生徒を注目した。女子生徒たちが「男子ったら、なんの話しているのかしらねー」なんて言いながら、黒板の前に集まって何やら絵を描き始める。


「お前、すごい勇気を持ったやつだなぁ」

「いや? あっちから話しかけてきたんだよ。サクラスーパーの前にいたらさ、瀬澤さんとこの姉さんが犬散歩してるのを指差て『あの騒がしい声を発している犬とは、どんな関係なのか知りたい』って。変な質問だなぁと思って、俺はペットじゃんって言ったんだ。そのあとにさ、幽霊屋敷の新しい住人だって聞いたんだよ」


 とすると、彼が話したのはダンじゃないのか。


(どういうことだろう。ダンなら、そんな質問絶対しない、よね?)


 そんなことも知らないのか、という話し方は特徴があってよく覚えている。ノボルがしょっちゅう怒っていた。


 つまるところ話しかけたそのダンは、『ペット』を知らなかったのか。


(え。でも、サングラスはしていないし、質問したということはきちんと話ができていたわけだよね?)


 いったい、どういうことなんだろう。


 つまり陸が見た〝一体〟だけでなくて、何人もの『ダン』がこの町を歩き回っているというのだろうか。


 ――そもそも、歩き回って何をしようとしているのだろう?

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