第14話
ノボルの忠告通り、あまり彼とは関わらないほうがいいのかもしれない。
海斗のほうも、この数回のやりとりを見ただけでドン引いた顔になっている。
「さっきもあの家見たけど、あんた本当に住んでるのか?」
なんと、帰ることを切り出そうとしたら、海斗が質問を振った。
「扉のどこもかしこも蜘蛛の巣だらけだし、いつも鎖で頑丈に巻かれて、鍵がかかってるんだぜ。空き家だと思ってた」
「泥棒を用心してのことだね。蜘蛛の巣を壊さないように出入りするのも、その度に鎖を巻くのも面倒だが、最近は簡単に出入りできる入口を作ったのさ」
海斗が顔を顰める。陸は例の箱がピンと浮かんだ。
「待ってください。あの、えーと〝あれ〟って入る以外にも、他に使い道があるんですか?」
ダンが、にんまりと笑った。
「好奇心があるのはいいことだ。想像力が豊かだ。私は、頭のいい子供は大好きだよ。実は学習実験を始めてから、ちょうど一昨日からいろいろな場所に〝扉〟を繋げられることが分かった。私は箱経由で、家の中に入るわけだ」
陸のそばで、海斗がなんの話か分からず首を捻っている。
「ずいぶん便利で重宝しているよ。私の行動を学習したのか、私が帰るとタイミングよく扉を作ってくれるんだ。まるで、箱に目でもついているみたいに、正確だ」
陸は、どきっとした。
(やっぱり、箱は見ているんだ……)
箱を開けずとも、箱の中の世界の扉が現れて、ダンが屋敷の中に出入りできるというのも、考えると怖いものである気がした。
――まるで、嫌な予感みたいな不安。
彼が手を加え感性したという発明品の〝箱〟について、変に嫌な方向に考えてしまうせいだろう。
陸は思わず首を横に振る。誰もいなくなってしまうというホラー映画が、またして脳裏をよぎった。幽霊の仕業とか、そういうのは大の苦手だ。
「何変なこと言ってんだよ」
海斗の声に、そういえば彼がいたんだったとハタと思い出した。ダンは変に見られることは慣れているのか、にこっと笑みを返す。
「こっちの話さ。陸君、吉報があったら連絡するよ。君はノボルと違って共感してくれるからね、ぜひとも私と一緒に驚いて、面白がってくれると嬉しい」
「はぁ……あの、話しを戻すようで悪いんですけど、どうしてここに?」
彼はあの鞄を持っていないようだし、外を歩いているのがふと気になった。
「うむ、私が日本を離れている間に面白い刑事ドラマが完結していてね。あれを家に置いてから、こうして出向いてきたわけさ」
「あんな家、家電なんておいてもすぐ壊れるだろ」
話しを聞いていた海斗が、一人だけおいてけぼりなのが気に食わない様子で唇を尖らせる。
「いいや〝綺麗なビルの一室で見る〟から問題ないさ」
海斗は、その言葉が呑み込めない顔をした。
ダンはとこか勝ち誇ったかのような意味深な笑顔をして、陸にウィンクを一つすると「それじゃ、また」と告げて歩いて行く。
「俺、あんな胡散臭い学者野郎なんて大っ嫌いだ」
海斗が大きく舌打ちする。
「まぁ……ちょっと変わった人ではある、かも」
「おじさの知り合いみたいだけど、お前押しに弱そうだし、気をつけろよ」
不良らしかぬ台詞を口にして、海斗も港側の方向へと歩いていった。幽霊屋敷はやっぱりただの噂か、とつまらなそうな独り言が聞こえてきた。
――ビルというのは、箱の中の建物のことだ。
海斗の背中が遠くなっていくのを見ながら、陸は少しだけ緊張を覚えた。もしかすると、あの箱はとんでもないモノかもしれない。
そんな予感が、少しずつ大きく膨れ上がっていく気がした。
あの箱も、ダンの話も未知すぎるから陸がそう思ってしまうだけなのだろうか。こう、戦いで鍛えた〝勘〟が、やばいのではないかと訴えてくる感じだ。
(悪いほうにいかなければいいんだけど……)
気にしすぎかもしれない。忘れろ、とノボルも言っていた。
陸はひとまず帰ることにした。買い物客が増え始めた商店街は、陽気な雰囲気があって人々の会話にも溢れていた。町単位で見ると人口が少なめとは思えない。
でも、大きな町と呼べるくらいたくさんの人が暮らしているのだ。
陸は女性たちの井戸端会議や、おじいちゃんたちののんびりとした散策にふふっと口元を緩め、袋が人にぶつからないよう気をつけながら通りを進んだ。
店前にできていた、人の集まりを通過した時だった。
「あっ、すみません」
陸の肩が、向かいから来た男性の腕にあたった。とっさに後ろに力を流したので、どうにか彼を吹き飛ばさずに済んだ。
けれど長身の身体は、揺れるようにして立ち止まる。
「ごめんなさい、痛かったですか?」
心配して見上げた陸は、次の瞬間、その顔を強張らせた。
そこに立っていたのは、サングラスをつけたダンだったのだ。しかし、どこか雰囲気が希薄で変だ。
(――そもそも気配が、違う)
ダンは先程、別の方向へと歩いて行ったのを見た。
目の前に立っているダンは、服装も靴も全部同じだった。顔が色白いせいで、つけているサングラスが強調されて妙に浮いて見える。
彼は立ち止まったままで、陸を見降ろしもしなかった。
真っ直ぐ前を向き、ぶつかった形のままで停止している。
(この人、ダンおじさんじゃない)
陸は直感でそう察し、息をのんだ。まさか、そんな、と思いながら、慎重に言葉を続けてみた。
「大丈夫ですか? どこか、……痛くはないですか?」
とにかく、応答を聞こうと思った。それで確信が持てるはず。
すると男が、ゆっくりとした動作で陸を見てきた。ぎぎっ、と音が鳴りそうなほどいびつな動きで、間もなく首を傾げる。
「ダイ……ダ、ダイ丈ブ」
抑揚のない機械音に、陸は凍りついた。
男は答えたので問題ないと言わんばかりに、ふらりと歩きだした。まるで、見かけより身体が軽いみたいに、するすると人の間をすり抜けていく。
「…………何、あれ」
男が人の向こうに消えていくのを見守ったのち、息を詰めていた陸の手から、ばさりとレジ袋が落ちた。
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