第10話

 思わず口をついて出たら、男が輝く目をぎゅいんっと向けてきた。


「いいことを聞いてくれたね! さすがはシノちゃんの息子だ! そう、すごい発見だったからこそ探すのも難しくてね!」


 男が「聞いてくれ」と身を乗り出す。


「私が住んでいた祖父の別邸の近くに、昔一軒だけ豪邸が建っていた跡地があってね。私は前々からこのあたりでの文献を調べていて、きっと何かあると踏んでいた。そしたらどうだ! ある遺跡でその家の文献を見つけて、その在りかを知った! 私は早速大金を叩いてその土地をすべて買い上げ、発掘を始めたよ。そして、ようやく見つけたのさ! 予想通り、素晴らしいものだった。一見するとただの箱だがね」


「待て待て、その家か見つかった文献ってのはなんだ」


 ノボルが疑問の声を上げた。何が気になるのか陸は思ったが、男のほうも陸と同じことを感じたようだ。


「なぜそんなことを聞く?」

「当然だろう。これまでを振り返ってみろ」


 男が「はて」と首を捻る。ノボルのこめかみにこれまでで一番のサイズの青筋が立ったのを見て、男が折れたように肩をすくめた。


「その文献はあまり面白味もないものなんだ。面白いのは、その土地の周辺の伝奇などだな――」

「いいから、とっととその家のことを聞かせろ」


 ノボルが腕を組む。男が「君も引かない男だな」なんて言いながら、面白くもなさそうに続ける。


「昔、その土地一帯を買い占めていた大富豪だ。正妻の他に十数人の自称妻、数十人の子供、多くの召使を持ち水も食料も何もない土地で財力を使って優雅に暮らしていたと。だが、ある頃からその大富豪は一切の水も食料も、外に頼まなくなった」

「そう記されていたんだな」

「ああ、そうだ。そして私は、あの箱が物資調達を外注しなくなったことと関係していると踏んでいる。その男はなんらかの形で箱を見つけたか、どうにかして作り上げて小さな世界に自分の理想とする箱庭を形成した」


 人が、何人も住める不思議な箱庭を?


 陸は不思議に思った。そもそも小さな箱庭から、たとえばリンゴや水など、取り出せるというのもイメージがつかない。


「ふうん。そうだとしたら、とても栄えただろうな?」


 何やらノボルは含んだ眼差しをする。


 男は気付かない様子で「いや、それが実に不思議なんだがな?」と、自身も見て調べた中でいまだ不可解と言わんばかりに顎を撫でる。


「その後からの記録がほとんど残されていない。これは別場所に残されていた伝奇からの抜粋なんだが、旅人が疲れを癒そうと寄った際『誰もいなくなっていた』と記されている。まぁ地下に専用の部屋を持っていたほどの大豪邸だったというからな、私は気にしていない」


 陸は、なんだかゾクりとしてしまった。


「そ、それ……怖い話じゃない?」

「おや、どこにホラー要素があったかね?」

「お前の感性は少しズレてんた。いや、自分が見たいものしか見ないし、信じないといったところか」


 男がノボルに眉を吊り上げて「今度は私へ悪口かね?」なんて言った。


「とするとお前が見つけた箱とやらは、その大富豪が埋めたわけじゃないんだな?」


「いや? 実際に彼が埋めたとは調べて分かっている。元の豪邸跡地に残っていた地下の部屋に『私が埋めた』という事実が書き記されていた。確か『我、埋める、これ世に出すべからず、すべてを白紙に』――だったかな? まっ、気にすることは一つもない。そういう文面はどの宝にも記されているものだし、何より注目すべきは私がそれらしきものを見つけ、この私がっ、手を加えたことによって素晴らしい発明品になったことだ!」


 陸は「発明……?」と繰り返す。それは厄介なことをしたのではないか、という予感から来た呟きだった。


「お前、ほんとろくなことしないな」


 ノボルがひどく嫌な顔をする。だが男は気にせず「実はね」と嬉しそうに言い、後ろにあった鞄を探る。


「実物を持ってきたのだよ!」

「なんだと!?」


 ノボルが「やめろっ、出すなっ」と叫ぶのと、男が「はいこれだ!」とちゃぶ台に小さな小箱を置いたのは、ほぼ同時だった。


「ほんっとお前は人の話を聞かないな!」

「まぁまぁ、見たまえ」


 それはマットな質感ながら、光沢の入ったような黒い箱だった。


 大きさは見事な正方形だ。ちゃぶ台に置かれた時の軽い音からも、かなり軽そうだった。箱を形成している面の一枚ずつは薄そうな感じだ。


「……それが、生きてる箱?」


 とてもそんなふうには見えない。


「ふふふ、疑っているようだね、陸君」


 ノボルかそういう反応をした時には怒ったくせに、なんだか楽しそうに見つめられた。陸は、素直に頷く。


「つまり、ホラーじゃなくて魔法の箱?」

「なぜホラーかと確認するんだね? 魔法の箱だよ。私が発見し、そうしてその伝奇が事実だったと証明するため研究と実験を重ねた結果、素晴らしい発明となった!」


 男は『早速』と言わんばかりに、上機嫌に箱へ手を伸ばした。


「あっ、こらっ、触るなっ」

「何を言っているのだねノボル、私はさっきも触ったばかりだぞ。仕組みを理解し、調整を入れた。学習をさせ始めてからちょうど一週間か。それでもずいぶん成長したんだ。ほーら、見てごらん」


 男が箱の上のフタをそっと取り外した。


 見せられた箱の中には、立派なビルの模型があった。入口から駐車場から敷地の塀まで凝っていて、その建物を中心に風景が広がっている。


 町の一部を切り取ったみたいに道路があり、数軒ほど他の店も建っていた。緑の丘、花壇や並木道の小さすぎる葉っぱ一枚一枚まで本物みたいに精巧だ。小さな街頭も、顔を近付けて見てみると本物そっくりだった。


「すごい! これ、どうやって作ったのっ?」

「だから言っただろう、この箱庭は自分で考えて成長し続けているんだ」


 男が満足げな顔で胸を張る。


「私が与えた情報は、まずは私に関することで思考や趣味を学んでもらった。そうすれば私が好みそうなビルのデザインから、勝手にこうやって自動で作り出してくれるんだ。不器用でも工作ができる感じで気分がいい」

「じゃあ、勝手に作られていく?」

「そう。毎日眺めるのが楽しくなるぞ~。まだ実験中だから面積を指定してスケールは小さくしてあるが、それでも大した出来だ。この木も昨日は葉っぱすらなかった」

「へぇ! それは確かにすごい」


 箱を覗き込み、木のふさふさとした緑を眺める。


「ふっふっふ、子供は反応が素直でいいねぇ」

「本当に今回は害がないんだろうな?」

「おや、まだ信じていないのかい?」

「俺の信用がないのは、お前だよ」


 ノボルが容赦なくびしっと告げる。陸は箱の周囲をさりげなく観察し、やはり一面ずつはとても薄いことを確認した。機械が入っている感じもない。


 それなのに、このビルと景色の〝プラモ〟は、一人で勝手に作られて行っているのだ。


「おじさん、魔法って現実にあるの?」


 尋ねてみると、男と言い合っていたノボルが言いづらそうに少し間を置く。


「……魔法、ではなく不思議現象だな。そういうものは意外と世界には溢れているんだ。お前の父さんと母さんも、それを、こいつを通して嫌というほど体験している」


 言い方が不吉な気がした。


 陸は、父たちもこういう不思議な品物を知っていることにも驚いた。とすると現実に存在しているのだろう。

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