第7話

「……お前、こんなところで何やってんだ?」


 唖然として間もなく、ツンツンと立った金髪がそう言った。彼らはあたりに人がいないことを確認し、二人揃って窓からがたいのある身を半ば乗りだす。


「まぁ色々とありまして……先輩たちこそ、どうして僕がここにいると分かったんですか?」

「いや、人が飛び降りたのが見えたような気がして、まさかと思いながら走ってきた、というかだな……」

「はぁ、なるほど」


 いったいどからどう走ってきたのか気になる。


「他にも誰か見てました?」

「いや? 俺らだけ」

「そうですか」

「お前さ、まさかとは思うけどここから飛び降りたのか?」

「見たんですよね? それなら『まさか』ではなくて、事実です。ここの校舎は前いた学校と比べると高さがないので助かりましたね~」


 という感じで穏やかに場を治めようとしたが、失敗した。


「いやいやいや高さはあるって!」

「そうだぞ! 一昨年、窓から落ちて怪我した奴もいたんだからな!」


 とすると、彼らは三年生らしい。


 陸は、二年か三年どちらか分かったすっきりした。一つ頷き、陸は続ける。


「そもそもですね、金髪先輩とツンツン金髪の先輩。僕はあなたたちの後輩である海斗君に追われているおかげで、こうするハメになったんですが」

「せめて名前で呼んでくれよ!」

「お前結構ひっでぇな!? 俺は一郎っ、こっちは次郎!」


 もう一人のツンツン金髪、一郎が自分ともう一人のほうを忙しそうに指差す。


「はぁ……あの、ご兄弟ですか?」

「違うって。顔似てないだろ……たまたま俺が長男で一郎、幼馴染のこいつが、偶然にも二男で次郎だっただけだって。漢字は俺が数字で、こいつは普通の単漢字」

「なるほど。それで、あなた方の可愛がっている一年生に困らされているのですけれど」

「ああ、なんか海斗、お前にずいふん興味持ったみたいだからなぁ」

「やめて」


 興味とか持たれたくない。


 次郎が呆れたように、瞬時にそう発言した陸の愕然とした顔を見る。


「お前、苛められてるって感じじゃねぇな……」

「結構ずけずけ言う……なぁ、お前ってさ、何か習い事でもしてんのか?」


 彼らは理解してくれたようであるし、ここは誤解も解けるチャンスだ。陸はとりあえず芝生の上へと出て、改めて彼らを見上げて答える。


「おじさんの家、道場をやってるんです。父は心配症で、もう少し男らしくなってこいって言われて一人おじさんのところに寄越された感じです。でも僕は受講しませんけどね。逃げに逃げます」

「なんでそこで凛々しく言いきっちゃうんだよ……」

「道場って、確か離れたところにある古いやつだよな?」


 窓枠に腕を乗せた次郎が、うーんと思い返す。


「たまにみかけるけど、あんま使われているような感じはなかったなぁ。一度中覗いたことあるけど、ばあちゃんたちが体操してただけだったし」

「はぁ、わざわざ覗きに……?」


 なぜ、と陸が小首を傾げた時だった。


「その、実はそういうのに興味あったんだけどよ、この近くに教室がなくて自分たちで筋トレしたりしてるんだ」

「お前嫌がってるけど、基礎は教わっているから体が丈夫なわけだろ?」


 そういうふうに取られたらしい。


「まぁ、興味があるんなら見学でもどうぞ。おじさんも喜ぶと思いますよ。ところで言いそびれましたが、僕が言いたいことは後輩君をどうにかして欲しいことです」

「海斗?」

「はい。というかなんで僕が追いかけられたんでしょう?」


 陸の言葉に、一郎と次郎が「ああ」という顔をした。


「あいつ、強さに憧れてるんだよな」

「は――え、強さ?」

「そうそう。俺らにひっついて回るようになったのも、筋トレというか、公園でスマホの動画見ながら自主トレしてた時だよな」

「なんて健全――むぐ」


 陸は、つい開いてしまった口を閉じた。彼らに『どうぞ』とジェスチャーで話しの先を促す。


「あいつはさ、ただただお前に興味持っただけだと思うぜ」

「転入初日にずっと観察されて気が気でないんですが、つまり、はっきり申し上げると迷惑極まりないんですが」

「お前はっきり言うなぁ……俺らの時もそうだったからな。中学の時にこっちに来てた隣町中と喧嘩になってさ、そこに居合わせてから海斗に観察されて、そんで舎弟でもいいからって言われて」


 僕は舎弟とかいらない。


 陸はゾッとした。その一方で一郎と次郎は、その部分を話した際なんだか「へへっ」とお互い顔を見合わせて得意げだった。


「ん? そういえば先輩たちって、不良ですよね?」

「一郎も俺もそんな悪じゃねぇって。パシリっつったのは冗談さ、反応によって、どんなタイプの転入生か分かるだろ?」

「やり方が少々不器よ――いえ乱暴だとは思いますが」

「そこはそれ、俺らいちおうは不良枠だから。型にはまってないのは認める」


 陸は「おぅ……」ともれた口に、そっと手を寄せた。彼らは案外しっかりしているのかもしれない。


「あいつ、今は俺らとつるんでいるからいいかもしんねぇけど、俺らが卒業したあとのことを考えるとさ」

「そこはちょっと心配してる。あいつ、喧嘩っ早いけど不良には向いてねぇし、高校デビュー俺らのせいで失敗した感じになってないかな、とか」


 なんだか先輩たちの心境を聞かされている。


 陸は、つい、教室で一人だけ机一がやたら後ろ側だった光景を思い返していた。孤高というより、ぼっち……。


「なんか言いたそうな顔だな」

「意外と正直者でもあるっぽい」

「いえいえ、そんな」


 他校と喧嘩はするっぽい、という点は気になったものの、彼らとは面倒事が起こる可能性も低いと思えてほっとした。


 ノボルがいっていた通り、このへんの治安はよさそうだ。


「まっ、海斗は俺たちがどうにかしておくから、お前は安心して帰りな」


 なんてたのもしい『先輩』だろう。陸は名前がすぐ頭に出てこなかったので、心の中で『ありがとう金髪先輩たち』と答えた。


 二人に礼を告げ、別れた。


 塀を飛び越えるのは先程の一郎たちの件もあって控えることにし、正門へ回って校舎を出た。その際にクラスメイト数人とすれ違って「また明日」と挨拶を交わした。


「――さて、まずは買い物だ」


 間に合うのであれば、どうかノボルが昼食を作ってくれていないことを願いたい。


 そんな失礼なことを天に祈りながら、陸は商店街へと足を向けた。

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