緊急契約・新たな任務(4)

「もちろん、契約します」


 即答した。

 軍規に反してまで義勇兵の身分になり作戦へ参加するその理由は。


「それでアレックスを――味方の命を助けられるのであれば迷う理由がない」


 例えそれが旧知ではなくとも、仲間の命ためならば動くことは自分にとって当たり前のことだ。

 その即決を聞いたマリアたちが体を動かさずにこちらへ意識を注視する気配を感じながら、ガブリエルの厳格な目にしっかりと向き合う。

 数瞬の後、ガブリエルが口を開く。


「良い決断だ。その決意、ここに刻んでもらおう」


 木箱の机の上に紙が置かれる。義勇兵に登録するための契約書だ。それは提出されることも無く、任務が終われば焼却される無意味なものである。だがそれは、そこに自らの手で名前を記すことで決意を形に示し、彼らの仲間としての義務を背負う事に誓いを立てる儀式であった。

 互いの命が剣であり盾となる、運命共同体としての兵士の繋がりを持つことを他者に顕示し、仲間として信用を受ける為の儀礼だ。

 前へ進み出る。

 そして、ギュンターが差し出してきたペンを掴み、書類の右下にある署名欄へ淀みなく名前を書き切った。

 ガブリエルはその書類を手に持って眼前に掲げ確認すると、姿勢を改めて起立をとった。

 そして力強く宣言する。


「コンスタンティノス・ミハイロヴィッチ・ミハールカ少尉。貴官は今この瞬間から義勇兵部隊の一員、我々の仲間となった。ようこそ、果敢にして苛烈なる我ら三百番トルィースタ隊へ」


 上官からの宣誓に敬礼を返す。すると背後から音が聞こえた。振り返れば、ピエール、コルン、そしてマリアが敬礼を示している。自分もまた彼らに向き合い、再び敬礼を返した。

 今この瞬間から自分は彼らと同じ部隊の仲間、死線を共にする戦友となったのである。

 そして、ガブリエルが命令を告げる。


「では、早速だが命令だ。諸君らは第二十一塹壕へ行き、コースチャは現場指揮官であるアレクサンドル曹長を説得して総員を撤退させよ。部隊の指揮はマリアが取れ。ピエール、コルンは状況に応じて行動せよ。部隊の装備はBセットとする。以上、準備掛れ」


 了解を言おうとして、彼らの部隊が英語を使っていることを思い出し、出かけた言葉を止める。

 すると後ろから三人の声が響いた。


『Yes, sir.!』


 それに倣い自分も続く。


「Yes, sir.」

「うむ、いい返事だ」


 ガブリエル――自分の『ボス』となった人はこれまで見ていなかった歯の白を浮かべる笑みを作る。

 そして、出動準備で反射的に駆け足をしようとして、動きが止まった。命令を受けたはいいが自分はそもそもこの基地のことを全く知らないのである。

 見ればピエールとコルンは同じ方向に駆けだし、マリアは別の方へ走っていた。一瞬迷い、ピエールたちの方を追いかけて横に並びながら話しかける。


「ピエール。Bセットはどんな装備だ?歩兵用の装備を用意するには何処へ行けばいい」

「おっと、コースチャ少尉。階級が上でも任期が長い者には敬意を持って話すべきではないかね?」

「うっ、すみません、ピエール・パティーニュ……ええと」

「わははっ。冗談だよコースチャ。外国人契約兵にとって階級や軍歴なんぞお飾りにもならん」


 大笑し、「ま、あんたは特別だが」と付け加えながらピエールは右腕を上に曲げて力拳を作って見せる。


「互いを信用するために必要なのはただ一つ、コレよ」


 全ては実力次第。それが彼らのルールであり、自分が今から従う摂理らしい。


「で、装備だったな。人間用が置いてある格納庫はこっちだ。付いて来な」


 言われるままにピエールの後ろへついていく。しかし、ふと気がついた。


「そういえば、コルンはどこに行ったんだ。亜人用の装備はまた別の場所に置いてあるのか?」


 いつの間にか自分たちの側からいなくなっている。その疑念に走りながらピエールが答えた。


「いや、うちの基地では種族をとわず装備品は一か所で管理している。マリアは、あんたも見たから分かってるだろうが、特別製があるからな。グレゴル爺さんのところ……整備科にいってる。そんでコルンの分の装備は俺がついでに持ってくるから、奴は『足』を取りに行ったんだよ」

「足とは……装甲兵員輸送車のことか」


 戦闘部隊の移動には装甲を持ち、種類によっては強力な火砲を持った輸送車が利用される。だが疑問があった。長引く戦争でウルシーナの機甲兵器はほぼ喪失し、米国から供与されたブラッドレーを始めとする西側諸国からの支援装備も反抗作戦の際に敵に殆ど撃破されてしまっと聞いている。

 そしてより根本的な問題があった。


「この泥濘期のぬかるむ地面を安定して走行できる装甲車なんて無いだろう。ぬかるみに嵌って目的地にたどり着くことすら無理なんじゃないのか」


 そう言ってから気が付いた。


「お前たちは東部戦線の各地へと撤退支援を実施していたようだが、そもそもどうやってこの泥沼を移動していたんだ」


 マリアのように本人の肉体的長所を利用する特別な装備を個々人が持っているとは思えない。

 問いかけにピエールはこちらに振り向いて唇をあげて笑みを見せた。


「この基地には秘密兵器があるのさ。出撃待機所にコルンが乗りつけてくる。見て驚くがいい」


 そういうとピエールは再び前に向き直る。そして、前方には最初に連れてこられた掩体壕と同様の装備格納庫が見えていた。

 格納庫の中に入り、管理者へ要請して装備を受け取る。自分は銃を始めとする歩兵の基本装備を渡された。西側規格の物品にやや戸惑いながらも装着して、コルンの分の装備を担いだピエールと共にその場を後にする。

 そして向かう先は第九野戦基地の最後方に位置する出口だった。

 出撃待機所だ。

 まだ遠目にあるそこには車輛らしき大きな姿と兎獣人、そしてもう一人、小柄な人型がいた。


「マリア、このバカタレが!」


 まだ距離があるというのにその声は目の前で鳴った大鐘のように体に響いて来た。


「装備に無茶な負担を掛けるなと言っとるじゃろう。特に脚部のチャージホイールは替えがきかんのだ。ぶっ壊れたら敵地で立ち往生する羽目になるぞい!」


 声の元へたどり着く。そこには小柄なるも、頑健な腕を晒し、覇気を放つ老人がいた。短く整えた白い顎髭を持つ表情は一目見て無数の試練を討ち下してきた頑固者の相を持っているのが分かる。


「しょうがないだろうグレゴルさん。ヘリから逃げ回ってたんだぞ」

「その途中で機構がいかれたら元も子も無いと言っとるんじゃ」

「分かった。分かったから。分かってるって」


 マリアは例の特殊装備を装着し、ストックを動かしたり脚を曲げ伸ばしして動作確認をしている様だった。しかしその表情はまるでいたずらがバレた子供のように、見たことが無い気まずそうなしかめっ面である。その姿へがなり立てている老人がこちらへ向く。

 その視線の強さに教練課程時代の鬼教官を思い出して反射的に背筋が伸びる。


「お前か、例の新入りは」

「はいっ。本日付で入隊しましたコンスタ――」

「名前なんぞ知っとるわっ。儂が拵えたマリアのライフルを潰したたわけめ、コースチャ!」

「あれは貴方が作ったんですか」


 叱られていることを忘れ、ドローンを打ち落とした際のライフルの感触を思い出す。獣人用に大胆にカスタムされていながら、重心バランスは整っていて取り回しやすく、ショートバレルにも拘らず射撃精度は全く落ちていなかった。ドローン撃墜はおそらくあのライフルでなければ不可能だった。


「あれは素晴らしい銃でした」

「自分で損失させといて褒めるとは、なかなかいい度胸しとるようじゃのお」


 老人の目が見開かれて、口元がつり上がり歪な笑みになる。

 まずい、キレさせた。


「おーい爺さん。そこら辺にしといてくれ。マリアの装備が済んだら車の方も頼むよ。ていうか二人ともちゃんと自己紹介くらいしろよ」


 しょうがねえな、と呟きながらピエールが会話に割って入る。


「爺さんはコースチャのこともう知ってるんだよな。じゃあ説明するのはこっちか」


 ピエールが演技かかった仕草で手を老人の方へ示しながら言う。


「こちらグレゴル整備長。うちで一番の古株だぜ。めっぽう腕が良くてな。マリアの装備もこの爺さんが作ったんだ」


 驚いてマリアの方を、その身に纏う機功を見る。繊細ながら頑健なフレームや、複雑な脚部の円盤型機械とそれにつながるスキーのリニアアクチュエータ。そして伸縮するストック。一見して地上に無二であると分かる、複雑かつ強靭な機械を作り上げるとは、凄まじい技術力だ。

 その技に敬意を感じ、自然と敬礼を取った。


「感謝します、グレゴル整備長。本官が生きてこの場にいられるのはマリアと、貴方のおかげであります」

「ふん。ガキの割には気張った様じゃの」


 その台詞は古強者がもつ泰然自若な雰囲気を持っていた。たが次の瞬間。


「喝!」


 唐突な一喝に敬礼を崩して身を引いてしまう。グレゴル整備長は腕を組んで言い放った。


「良いか新入り。生きて帰ってくるのが当然とは言わん。それはお前達の力と運しだいだ。その為に装備を失う事があっても兵士が生き残れば上出来じゃ。ゆえに生きて帰ったことは褒めちゃる」


 だが、と言いながらこちらへと近づき、間近から銃口のように目線で突き上げられる。


「覚えておけ。装備をぶっ壊すような無茶をやらかすような奴は、いづれ必ず死ぬ。最大限に装備を生かす兵は優秀だが、限界を超えた負荷をかける戦い方をする奴はいくら強壮でも無鉄砲と変わらん」


 その時、老兵の目から怒りが消え、ただ深く、真剣なまなざしがこちらを見た。


「装備も命も使い潰せば、何かを達成できるなどとは決して考えるな」


 その眼に畏怖の念がわき、胃の底に重い物を感じる。その言葉はまるでこの世全ての戦争の悲喜をその身に刻んでいるかのような「実感」が込められているように思えた。

 その言葉に自分は細く息を吸い、改めて敬礼をする。


「体にしかと刻んでおきます、グレゴル整備長」


 それの見た老兵は、一息鼻を鳴らすと、身を回して目の前から去った。


「コルンっ。輸送車の点検は終わっとるだろうな。出来とらんかったら承知せんぞ」


 車輛の方へ歩いていくグレゴル整備長を目で追う事はせず、緊張から解放されたと息をはいた。そこへピエールが口に笑いを浮かべて話しかけてきた。


「紹介するより、説教された方が早いだろあの爺さんは」

「ああ、何と言うか……すごい人だな」

「わはは。ところで、輸送車について気にしてたろ?なら驚きついでにあれを見な」


 ピエールが肩を叩いて車輛の方を指さす。今までよく見てなかったその形を改めてみた。そして驚いて駆け寄る。


「な、なんだこれは」






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兎の担架兵は戦地に跳ねる 底道つかさ @jack1415

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