緊急契約・新たな任務(3)

 その言葉を聞いた瞬間、屋内の雰囲気が変わった。弛緩したリラックスから緊張の状態になる。しかし、新兵のような過度な力みは一切ない。

 ピエールとコルンがベストや防弾プレートを素早く着込み、銃を持つ。となりのマリアはパンを五秒で齧り食って口に詰め込むとジュースで一気に飲み下した。

 そして三人は早足で外へと駆け出していった。

 一瞬にして熟練兵の振る舞いになった三人を呆気に取られて眺めてしまう。


「コンシタンチノス軍曹、あなたも来てください」


 ギュンターの言葉にはっとして、直ぐにあとを追って天幕を潜る。

 外に出たが指令室のある建家がどの方向にあるか思い浮かばず、左右を見て駆け足で移動する三人を見つけ、慌ててそのあとを追いかけた。

 全力で走り三人に追いつく。そして四人で走った先に指揮本部がある建物があった。

 その入り口の前にガブリエルがいるのが見える。到着した四人はその前に一列で並んだ。

 そして敬礼を示す。

「シュメーツ・マリア・エックハルト、参上しました」

「ピエール・パティーニュ、同じく」

「コルン・サジ、右に同じ」


 少し迷ったが自分も敬礼をする。


「コンスタンチノス・ミハイロヴィッチ・ミハールカ、呼集に応じ参上しました」


 ガブリエルはそれを見ると頷く。


「うむ、休め良し」


 コルンとピエールそして自分は足を肩幅に開き、手を後ろで組む。マリアは直立から前傾姿勢になり心臓の高さに上げていた右腕を下ろした。

 それを見た後、ガブリエルが口を開く。


「状況を説明する。ギュンター」

「はい」


 司令室から出てきたギュンターが手に紙を持ってやって来る。ガブリエルは数歩離れた位置にあった一メートル四方ほどの木箱を軽々と右手で持ち上げて、机の代わりに我々の前に置いた。そこにギュンターが紙を開く。

 地図だ。


「本基地から北へ20キロ、ここが第二十一塹壕だ。先ほど、襲撃を受けたと連絡が来た」


 ガブリエルの太い指が地図の上に置かれる。


「敵軍は何とか撃退したが、負傷者が多数発生したとのことである」

「では、先刻に続いて救助任務なのでは?」


 マリアの問いは先ほどのギュンターの言葉との矛盾を指摘していた。ガブリエルはそれを予測していたように頷き、しかし目線を険しくして自分たちの方を見る。


「それが、奇妙なことに第二十一塹壕にいる隊長は救助ではなく、医療物資と糧食、弾薬の補給を求めている。こちらからは敵の再襲撃が来る前に撤退することを提案しているのだが、外国人兵の指図は受けないの一点張りでな」

「なんですかい、そりゃ」


 ピエールが口の端を歪めて不可解を零した。


「理由は不明だ。まさか本当に外国人契約兵への不信で言っているわけではないだろう。もしかすると内にいれて見られるとまずい物があるのかもしれん」

「ふーム。捕虜の虐待、禁止薬物、民間人の使役。そんなところデスカ」

「そんなはずはない!」


 反射的に大声が口をついて出る。


「ガブリエル少尉、第二十一塹壕の現場指揮官はアレックス……アレクサンドル・パイシエヴィチ・バーベリのはずです」

「その通りだ。アレクサンドル曹長が指揮を執っている」

「であれば邪道はあり得ません。自分は彼と同期で、戦時中になってからも何度も会っています。あいつは規律を破ることによる短絡的な享楽より、軍規の保全による部隊機能の健全性が優先であることをきちんと理解している。何より、潔白であることで悪のソヴィカ連邦に立ち向かうウルシーナ人という構図によってもたらされる、国際世論の後押しを把握しているのです。見られてまずい物があるから救援を拒むなんてありえない」


 思わず早口でまくし立てた。ガブリエルは地図から右手を放しこちらに掌を向け言葉を受け止めると、皆へ視線を向けた。


「今の話を聞いても思ったが、悪行を隠すためのものではないだろう。一番の要請は負傷者の搬送であることは確実だと考える。だが、報告通りの死傷者数が正しいとするならばやはり二十一塹壕は総員撤退以外の選択は無い。つまり、本作戦はやはり撤退支援、そして救助任務となる」


 ゆっくりと頷き、そして開いた右手をこちらに向けて続ける。


「そこで貴官の存在が必要となるのだ、コースチャ軍曹」


 意外な言葉に眉のひそめる。


「東部戦線における後退命令は参謀本部からの物。それを拒めるのはひとえに現場指揮官の判断ゆえだ。ならば、それを上回る権限を持った直轄の指揮官が命じれば流石に従わざるを得ない」


 ガブリエルは右胸に縫い付けられている略章を軽くたたきながら言った。しかし、自分は軍曹で、現場の指揮権を有するアレックスはより高位の曹長だ。仮に自分がその場に行っても指揮権は変わらない。

 その疑問に答えるかのようにガブリエルが口を開いた。


「アレクサンドル曹長以下、第十五小隊は第七中隊の隷下にある。その第七中隊は現在――」

「自分を残して、あなたがたの手で既に首都方面へ後送されたと聞きましたが」

「つまり、現在第七中隊の指揮権は唯一残ったコースチャ軍曹にあると言える」

「は……?」


 暴論だ。そもそも自分は中隊長から指揮権の移譲を受けていない。だが困惑を無視してガブリエルは続ける。


「指揮権の引継ぎは自動的に、その瞬間の指揮者が任務不可能状態になった時点で副隊長へ、そして以降は階位の高い順に次々と下位へ下っていく。ゆえに、他の隊員が全て指揮不能になった第七中隊の現在の指揮権は、コースチャ軍曹、あなたにあると言う事が出来る」

「詭弁でしょうそれは。それにその理屈だと、別の現場であっても自分より高い曹長のアレックスに指揮権が自動的に移譲されている。説得は無理です」

「そこで一工夫をする」


 話しながら彼は右手を横に出した。その手にギュンターが数枚の書類を手渡す。


「コースチャ軍曹、貴官には一度死んでもらう」

「は……?」

「亡くなった貴官の部下、 シーマ一等兵の死亡はまだ報告を上げていない。この戦死記録を一旦、貴官のものとするのだ。そうすれば二階級特進であなたは曹長になる」


 周辺の兵士たちを一挙に集め、死傷者の集計をとり、上位の大隊に報告するにはそれなりの時間を要する。死傷者の報告が遅れるのも無理からぬことだ。

 ガブリエルは手にした紙をこちらへ突き出して言う。


「そして、その上で今度は義勇兵として我々の部隊で活動してもらう。士官の軍歴を持つ者が契約兵になると、最低でも少尉の階級が与えられる」


 再びガブリエルは自分の胸にある「Second Lieutenant」の刺繍ワッペンを左手の指で叩いた。そして、眉根を寄せながら声の調子やや抑えて言葉を続けた。


「実は我々の義勇兵部隊にも死亡報告を行えていない隊員がいるのだ。それに代わり貴官には一時的に義勇兵として任務にあたってもらう」


 手に持つ二枚の紙を器用に片手で前後を入れ替える。それはとある義勇兵の軍籍書であった。


「これで第七中隊指揮官『コースチャ少尉』の出来上がりだ。友人かつ直属の上官である貴官から撤退命令を直に受ければ、アレクサンドル曹長も反抗することは敵わないだろう」

「いやいやちょっと」


 とんでもない話を聞かされて姿勢を前に崩し、両手を広げて震わせながら話す。指摘したいところは無数にあるが、まず第一に。


「軍籍偽造でしょう。ばれたら最高刑は銃殺ですよ!?」


 それが問題である。だがガブリエルはしっかりとこちらを見て答えた。


「それは無いので安心してほしい」

「どこら辺が、どういう理屈で安心できるんです?」

「要は組み合わせと順序の話だ」


 二枚の紙が木箱の上に置かれる。


「この程度の混乱は現状であれば無数に生じている。事務隊本部は兵員数の管理に必死で一人の兵士にいちいち目を止めたりしない。死亡数と生存数の帳尻があっていればいいのだ」


 二枚の紙を並べて見せながらガブリエルは説明する。


「第七中隊の死亡者は生きている扱いにして一度退役し、契約兵になり昇進させ、貴官に今回の撤退支援任務にあたってもらう。それが完了したら元の軍籍の者に改めて死亡したことになってもらう。こちらの義勇兵が死亡中に活動したことは、生存中の出来事として扱う」


 机の上に置いた軍籍書を交互に指で軽く突く。


「あとは貴官がこの基地でずっと退避していたことにすればいい。そうすれば、最終的には三つの軍歴に時間的な混乱はあっても辻褄は合うことになる」


 確かに話の筋は通っていた。これならば後に軍法会議で責をとがめられることも無いだろう。

 説明を終えたガブリエルが木箱の上に右手を着き、身を前へ乗り出してくる。


「どうだ、コースチャ軍曹。部下の戦死を誤魔化して、死亡している義勇兵の代わりとなり、救助任務を行うこの『契約』、交わす気はあるか」

「シーマの死を利用して……」












 

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