七 − 一.その男、先を定める


 だから、次に天が顔を上げた時には、いつものようにからりと笑う。

 が、天の目の前に立った男は、彼女を見下ろす金の瞳を細めた。


「――お主、何を言い淀んでおる?」


「は――」


「何かを告げるため、こんな夜更けにここへ来たのであろう?」


 天は笑みを浮かべたまま固まった。

 そして、困ったようにくしゃりと笑う。


「なんでわかっちゃうかなぁー??」


「わかるに決まっておろう。どれだけお主を近くで見てきたと思うておる」


 その台詞はずるいだろう。

 不覚にも、つんっと鼻奥が痛くなった。

 だが、次に続いた男の言葉で、天の顔からすんっと表情が抜け落ちる。


「お主の精気を喰らうために」


「あ、そう」


 思わずじとりと睨むと、男は訝しげに首を小さく傾げる。

 天を見下ろす金の瞳が、意味がわからぬと言っているようだった。

 それがなんだか面白く、天は小さく吹き出してから、今度こそ、きちんと、男へからりと笑った。

 そして、告げる。


「あたしね、この冬で高校卒業すんのよ」


「ほお、それはめでたいな」


 表情を和らげる男の顔を、蛍火が淡く照らし出す。

 同じく蛍火に顔を照らされながら、天も表情を和らげた。


「そんで、卒業後はお師さんの手伝いをすることになってんだけどさ」


「お主ならば、グーパンで妖共と渡り合えるであろうぞ。鍛えた女子力とやらを見せつけてやれ」


「わお、褒めてもらえるって思ってなかったから、それは素直にめちゃ嬉しいや――って、じゃなくてさっ!」


 そこで一度言葉を切ると、天は気合を入れ直す。

 よし、と胸内で小さく呟いてから。


「さらなる女子力向上のため、お師さんにくっついて全国をまわることにしたんだ。……だから、次の春からここには来れなくなんの」


 拳を突き出し、男の腹へ軽く押し当てる。


「……もう止めるやつがいないからって、精気のつまみ食い散らかしたりとか、しないでよ」


 声が揺れるのはどうしてか。

 男の顔はもう見れそうもないなと思って、天は顔を伏せた。


「次、会いに行った時にあんたが滅せられてたら、ちょっとさみしいじゃん……」


 男の腹に押し付けていた拳を、ゆっくりと下げた。

 マフラーに顔を埋め、このまま背を向けて走り去ってしまおうか、と天が身を翻しかけた頃。

 それは天の耳に届いた。


「――天よ」


 足が止まった。

 一瞬遅れ、理解した。名を呼ばれたのだ、と。

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