五.その男、提案をされる


「――だから、その精気のつまみ食い散らかしが問題だから、あたしがここに居るんですけどぉー??」


 天がぱんぱんと手を払い、男の前に仁王立ちになる。


「今日は朝からSNSとかネットでちょっとした騒ぎになってんのっ! 小さな子達が怖い夢にうなされたりとか、微熱出ちゃってる子も居るみたいだし」


「それは仕方なかろう、精気を少々頂戴したゆえに。これでも、幼い子らに負担はかけまいと控えめにしたのだぞ」


 男は腹を抑えつつ、のろのろと顔を上げた。


「控えめにって……、ネットで騒がれるくらいにつまみ食い散らかしといてぇー?? 怪奇現象とか騒がれてんですけどぉー??」


「私が力を取り戻し、縛りをほどくためゆえ。許せ」


 懐手にし、男がきりりとする。

 池では金魚がぴちょんと小さく跳ね、その周りでは、同意するように蛍火が飛び交った。


「開き直られても困るんだけど」


 はあ、と。天は大仰に嘆息を落とした。

 そして、真面目な顔をして男を見やる。


「こんなこと続けてたら、あんた、今度こそ滅せられるよ」


「そのためにお主が来たのでないのかえ」


「一度言ったけど、あんたを滅するために来たんじゃないよ」


 男の金の瞳が天を見た。


「では、何用で来た」


「あたしがお師さんに言われたのは、あんたを大人しくさせて来いってこと」


 にかっと笑って見せる天に、男は一瞬だけきょとりとするも、やがて小馬鹿にするように鼻を鳴らす。


「はっ、この私が小娘風情に負けると――?」


「凄んでるけど、あたしのグーパンに勝てる気は――」


「それは、まあ、せぬが……しかし、今はと言っておこうかの。私が力を取り戻した際には……」


「なら、あたしの精気でも喰らう――?」


 金の瞳を丸くする男に、天はからりと晴れた空の如く笑った。


「そうすれば、他の人の精気とか喰らう必要もないっしょ? あたしの精気、妖達に付け狙われる程には人気ある、某レストランガイドみたいな一つ星級だよ」


 しばしの思考ののち、男は悪くない話かと、天の提案を受けることにした。




   *



 ――後日。


「……お主、私を騙しおったな」


 池の縁に金の鱗を持った金魚が打ち上げられていた。

 その力なくぐったりとした様は、生きているのか、と思わず確かめたくなってしまうほどで。

 その金魚が、訪れた天を忌々しげに睨みあげる。

 だが、金魚ゆえに迫力はない。

 しかし、岩の上に男の姿がないことから、人の姿形を保てない程には堪えたらしい。

 天は池の淵に膝を折ってしゃがみ込み、金魚に悪びれることなく笑みを向けた。


「騙してはないよ。ただ、あたしの精気は劇薬みたいなものらしいよって、言ってなかっただけであって」


「おのれ……。あれだけたんまりと精気を喰ろうてやったというに、普通ならば寝込むところを、そのようにぴんぴんした姿で現れおって……、業腹よの……」


 金魚から聴こえる声は、まるで怨嗟のような響きを伴っていた。


「あたし、有する霊力も膨大らしくて、消耗して寝込んだこともそんなないの」


「この私が、精気を喰ろうた如きで腹を壊すなど……おのれぇ……」


「ね、劇薬っしょ?」


「……お主の精気は陽の気が強すぎる」


 口惜しや。金魚の怨嗟の声は這うようだった。




 その後天は、金魚のもとへ暇をみつけては顔を出すようになる。

 そして、夏、秋と季節は過ぎ、冬。

 それは別れの季節でもあった――。

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