Is {love} and {blood} a thin line.

上村栞(華月椿)

液体

 ばさばさと言うのようなを立てて、木々が揺れる。薄闇に包まれた山中で、僕の左隣には布で包んだ刃物を持っているれいがいる。横を向かなければ見えないけど、いるということが伝わってくるような存在感がある。


「いつ死ぬの?」


 玲が僕の肩に頭をもたせかけて言う。殺人事件の犯人とその共犯者とは思えないほど、今の僕たちは脱力している。星を「綺麗だね」なんて言いながら眺めるキャンプ中のカップルとほとんど同じ。


「いま」


 重い方の肩に顔を向けて息を混じえながらささやく。玲の黒くさらさらした髪の毛が風に舞う。


「でもあとちょっとだけ、こうしてよう」

「警察来るけど」

「来るぎりぎりまで、こうしてて」


 玲が頭の位置を変えて僕の肩に体重をかける。パトカーの音が聞こえて来て、どう考えても時間が直ぐ側まで近づいてきているのがわかった。ずるずると玲の腰を抱きしめて、片手に握りしめていた切れ味の良い包丁を手に取る。玲もやりたくなさそうに包丁を取り、僕の下腹部に刃を当てる。


 最後。


 暗がりの中でも整っていることがわかる顔に身を寄せて、口づける。

 ぬっと下腹部に刃が刺さる。痛い。どろりと喉の奥から血が這い出してきて、舌と一緒に口づけている口内に流し込む。玲がうめき声を上げる。勢いよく刃を押し込んで、からになった腕で体を引き寄せる。


 吹雪に巻き込まれたように白くなる。体中の感覚がない。耐えようがなく気持ち悪いけど、もはや食事を取ろうとしてすらいないせいで何も出てこない。

 唾液が垂れる。玲だけを殺そうと思った。片方だけ地獄に突き落としてやろうと思った。やっぱり無理だった。


 液体が、口から、腹部から、全身から、出る。

 もう視界は真っ暗で見えない。玲の声と僕自身のうめき声だけが聞こえる。はなしたくないと思った。


珀音はくと


 俯き加減の玲の僕を呼ぶ声が、パトカーの音と共に至近距離で聞こえてくる。最後の一撃とばかりに刃を玲の腹部に差し込み、息の根を止めようとする。拙く舌を絡ませながら。自分はまだ生きれるくらいまでしか刃を刺されていないことを自覚しながら。

 だんだん、自分が何者か分からなくなるくらいまで。

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Is {love} and {blood} a thin line. 上村栞(華月椿) @tsubaki0110

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