第1部 2019年度 第二章 予兆する

《第二章:予兆する》

【社内予兆】

 東野は、9月10日アポの時間に、山本社長の部屋を訪ねた。山本は電話中であり、ドアの外で少し待たされた。込み入った電話のようである。「どうぞ」と声がかかったので部屋の中に入った。

「出張お疲れ様でした。タイ会社はいかがでしたか?」

「相変わらずです。OEM供給先であるカノン事務機器が好調でしたから、生産は活発ですが、利益率が低く薄利多売っていう状況です」利益率の話を引き出せたのは好都合であった。

「今回は、タイ会社だけですか?」

「そうです。来週、特約店会議があり、準備もあるので。九月一日から三日までの出張でした。」一息深呼吸をして

「東南アジアは色々ありますね」と理解を求めるように話してきたが、その時の東野には、何の話か分からなかった。山本は即、話題を変えるように

「東野さんの議題を始めましょう」東野は監査等委員としての「60日プラン」を監査等委員活動計画に基づいて説明した。

「何か活動計画で、乾さんの時と違う点がありますか?無ければ粛々と進めていただいて結構です」“乾方式”を踏襲することを促す返事であった。

「工場の内部監査の方法です」東野は次の議題につなげる前説を含めて

「内部監査部の監査は、内部統制システムの監査と法令遵守状況の確認です。今年度の監査等委員監査は、各工場の場合、特に生産性を共通課題として監査する予定です」続けて、製造会社の業界別工場利益率や日帝工業の国内工場の五年間の状況を準備してきたパワーポイントの資料を使って説明を始めた。山本社長は、工場別業績分析の三つのポイント〔1・売上高横ばい〕、〔2.人件費分析〕〔3.生産体制〕までは、質問することなく聞いていた。東野は、課題の纏めとして

「以上の分析から国内工場の喫緊の課題として(1国内市場の拡大は望めない)(2人件費が固定費化)(3製品別生産時間の目標がない)(4工場の24時間生産体制の可否)の四つが上げられます」山本の最初の質問は

「東野さん、この内容は、誰の了解を得たの?」東野は「了解」の意がわからなかった。

「誰にも相談していませんが」

「企画管理や営業本部、または工場に直接話はしていませんか」

「山本社長への説明が初めてです。何か問題でもありますか」山本は顔色を変えながら

「検証もしないで問題だと言われても困る」

「青森工場を除いて、赤字継続が問題と考えます」

「赤字の主たる要因は、原材料と物流費の高騰ですよ。ちゃんと公表している。黒字の青森工場は対象外なわけ?」

「原価構成比でも説明しましたが、原材料と物流費は、60%を占めています。その他40%にも施策が必要と提案させていただきました。青森工場も含めてです。工場利益は黒字ですが、二桁の利益がないため本社割当費用を算入させるとトントンですから。同様に

改善すると、もっと利益幅が増加します」

「(1国内市場の拡大)については新製品の開発を行って市場拡大を行っているでしょう」

「新製品の売上貢献に対して、不採算製品の整理と海外製品の市場侵入への対抗として、主要顧客からの単価値下げ要求への対応による売上減少はカバーできていません」

「(2人件費の固定費化)と言うけど、現状、各工場の現場で、生産者を新卒で採用することは、非常に難しい状態です」

「ご理解いただいているように(2人件費の固定費化)は、(4工場の24時間生産体制)と一緒に対応すべきと考えています。人件費を固定費でなく変動費要素に変えるべきです」

「(3製品別生産時間の目標)って工場に確認しましたか?岐阜工場からですが、自働化も進めている」

「各工場長の年度方針を内部監査資料で拝見しました。年度方針に『ST』いわゆる生産にかかるスタンダードタイムについての方針は、見かけませんでした。八月二六日に流山工場の監査実施の際に工場長ヒアリングの際にも確認しました」

「山村工場長は、何と説明しましたか」

「『自働化』で改善できると」山本にとって期待外れの回答であった。

「東野さんは、何がしたいのですか。各工場や営業本部に『国内販売拡大は必要ないから三交代やめて日勤だけにして人件費を下げて利益を出せ』と号令しろと?アルミ高炉やプラスチック成型機のこと知っていますか?高炉の火を消したり、成型機を一旦止めると立

ち上げにどれだけ時間ロスになるか。また、労働条件を変えることが、どれだけ大変なことか」明らかに怒っていた。山本社長の“高炉“に火がついたように

「各工場は、(三交代で24時間の生産体制)といっても土、日は休みにしており、週休二日制です。アルミの溶解炉については、俄か勉強しました。土、日は、保持炉で生産に残ったアルミを670度くらいで保持しています。流山工場で見てきました。プラスチック成型機は、当社の平均立上タイムは20分です。もちろん試し打ちは必ず必要ですが」

「私がやりたいことは、国内工場の生産性を向上させて単体としての日帝工業株式会社の決算を黒字化することです。就業規則で夜一〇時から朝五時までは、150%の賃金を払うことになっています。三交代にも関わらず工場の残業代は、平均20時間発生しています。三交代なのになぜ残業時間が発生するのか?生産直接員ではなく間接員だと予測しますがその分析も必要です。そもそも三交代で生産する必要は何でしょうか?自社製品は、大手主要顧客や特約店の年度販売計画で在庫生産しています。OEM供給製品についてみれば、徹夜生産しなければ納期が確保できないほどの大型受注は、ここ数年ありません。海外生産に移管されていますから」

「社員の生活給になっている面も考えないといけません。」

「人件費の固定化を変動費要素にするということは、その点も含めてです。赤字の工場は数年、賞与支給月数が最低月数で固定しています。赤字ですから。原料費や物流費だけでなく人件費等も見直して改革して黒字になれば、支給月数も改善でき、賞与という変動費

で回収できます。期間としては、二年はかかるでしょうが。今の『自働化推進策』は、何の原価費目が低減できるのか明確ではありません。この時代、三交代制は新卒採用にもマイナス要素となります」

「概要はわかりましたが、まだ、関係部署と数値だけでなく状況も含めて詳細分析が必要です。プライオリティ的に今、私が決断すべき課題は海外の方が緊急性を必要とされています。また、関係者を集めてやりましょう。東野さん、新しい方は、半年くらいは大人し

くするほうが会社に馴染んでいただけるものです。助言ですが」山本は議題をクローズさせ部屋から追い出すように締め言葉を言った。

「わかりました。今日はお時間取らせて済みませんでした」丁寧にお礼を述べて、山本の最後の一言の本音に対し「甲斐常務の山本社長評価論を事前に聞いていなければもっとカリカリした態度をとったに違いない」と甲斐に感謝しながら社長室を出た。

 山本は、この日のこの機会に、ベトナムで既に発生していた有事について、東野に報告をしなかったのは、内部統制システムの最高責任者として、二つ目のコンプライアンス違反を犯した日となる。

東野は、席に戻ると山本社長との打ち合わせ内容を議事録に纏め、説明に使用した資料とともに甲斐常務へメールで報告した。甲斐からは、翌日メールが来た。

「東野様、調査・分析・報告ご苦労様です。少々粗い分析でしたが、よく短期間で調査いただきました。課題も明確になっており、私は『間違いない』と確信しております。一番驚いたのは、東野さんが、ダイレクトに山本社長と彼のフィールドで対峙したことに、感服しました。生産性向上については、各工場の泣き所ですが、自分がやる羽目になるため誰も積極的に手を付けません。取締役会でも『自働化』の一言で片づけています。また、現場もそれに甘んじているのが現状です。当社は、『創業家』と『総論』がOKであれば、全て良しとする会社です。山本社長の本音から察するに、東野さんに対して『事なかれ主義押し付けハラスメント』があるやもしれません。ご留意ください」監査等委員として、各取締役の力量を推し量っていくことも取締役の業務監査の一環である。東野は業務監査として、山本に接した。

 9月、10月の常勤監査等委員活動は、内部監査計画に基づいてOEM第一営業本部と企画管理部の監査を行った。監査等委員の主な実査は、面接が中心である。東野は、部門幹部には①前回監査時の指摘事項の改善状況②法令遵守状況③原価低減施策の3点を必ずヒアリングした。部門幹部の回答は「原材料高騰で難しい。自働化を進めている。工場が対応している。工場の問題である。労働体制の変更は給与体制の変更となり困難である」と黒字化具体策の代替案も無い、否定的意見であった。改革の難しさは、トップだけではなさそうである。監査報告書は、次回の監査等委員会で報告し、承認を得る。

 この時、監査等委員を除く取締役らは、既に、内部統制システムに反するコンプライアンス違反の事案発生を認識しており、対応を迫られていた。

【取締役会:2019年11月11日】

 第2四半期決算に関わる定例の取締役会が開催である。

〔決議事項〕は二つであった。

第一号議案:2020年三月期第2四半期決算の件

 議長の指名により、椎名取締役から「2020年三月期第2四半期決算案及び業績予想」及び「2020年三月期第2四半期決算短信(連結)」について説明があり、審議の結果、全員から異議もなく承認可決された。続けて第2四半期決算短信と業績予想は、東京

証券取引所に提出するとともに報道機関へ発表し、「四半期報告書」を関東財務局長宛へ提出することが淡々と報告された。

第二号議案:2020年三月中間配当金の件

これは、議長から承認された2020年三月期第2四半期決算に基づき中間配当金を支払いたい旨の提案があり、審議の結果、出席取締役全員が承認可決した。取締役会は決議事項二つのみで議案も中間決算に関する一般的な会議内容で終了した。その後であった。椎名取締役経理財務部長が、

「監査等委員以外の取締役の方々に連絡がありますので、そのままお残り下さい。監査等委員の皆さんは、退室してかまいません」とあたかも早く部屋を出ることを促すような口調で言った。監査等委員三名は、資料を纏め佐藤、両角、東野の順で社長室を出ていき始めた。東野は、何か不可思議な気持ちで足重く退出したが、ドアを閉める前に、椎名が、

「皆さん、課題となっていた現地のエージェントが決まりました……」と部屋に残った六名の取締役に話したのをハッキリと記憶した。東野たちは、いつもの6階フロアの会議室へ監査等委員会を開催するため向かった。階段を下りながら両角が口を開いた。

「東野さん、何か聞いていますか?何か急でしたね」

「いいや、何も聞いていません。椎名さんが『エージェント……」って言っていましたから海外案件でしょうか?佐藤さんは、ご存じですか」

「常勤の東野さんがご存じないのに私が知っている訳がないじゃないですか」

「泰から聞いていませんか」両角は、……新井泰常務のことを父親の新井会長と区別するためか「泰(やすし)」と呼んでいる。税務関係で家族ぐるみのお付き合いをした中なのだろう。……佐藤が来社した際、必ず最初に新井泰常務の席に挨拶にいっていることを知っているため改めて聞いたが、佐藤は「聞いてません」と否定した。

【監査等委員会:同日取締役会後】

〔決議事項〕はなく〔報告事項〕が3件で

報告事項1:「さくら監査法人からの(第七〇期第2四半期レビュー結果概要報告)」件

は第1四半期と同様、「無限定の結論」報告となる予定で承認された。

報告事項2:第2四半期常勤監査等委員活動報告の件で、これは、常勤監査等委員が年度活動計画に基づいて計画通りに活動できたかの中間報告である。特に計画に変更もなかったことを報告し、二人の承認を得た。

報告事項3:内部監査実施報告の件は、内部監査部と実施した拠点・部署の監査結果報告である。東野が内部監査部と一緒に実施した流山工場、OEM第一営業本部、企画管理部の3か所の監査報告を行い、承認された。本日の監査等委員会は、滞りなく終了した。

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