第1部 2019年度 第三章 調査する 1

《第三章:調査する 1》

【有事発覚】

 監査等委員の職責の一つに重要会議出席に加えて重要書類の監査がある。会社の重要事項は、決裁規程に基づいた権限者が、合理的でかつコンプライアンスに問題なく意思決定されているか、決裁過程に問題ないかの監査を行う。会議が行われない重要事項の決裁は

稟議規程に基づき決裁される。日帝工業の稟議規程では、最終閲覧者は、監査等委員となっており、東野の机上のトレイには、毎日のように稟議書起案部署からの稟議書が回付されてきている。

 11月12日に回付されてきた稟議書の中に経営会議書面決裁扱いの稟議書があった。議案名「ナムディン省税務局監査対策コンサルタント料支払いの件」で支払い総額は、日本円で2千万円。概要は、「日帝工業ベトナム社にナムディン省税務局の税務調査が入った。(この件について、東野は8月20日頃、日帝工業ベトナム会社の田村社長から、メールが発信されており、記憶していた)法人所得税の優遇措置分で、新規設備投資分の優遇措置の取り扱いの解釈で当社の主張が否認されてしまい、追徴課税額が高額になったため、ベトナムの税務専門コンサルタント会社にコンサルティングをお願いして、税務当局への減税対応を依頼した。その結果、当社の主張もある部分認めてもらい税務当局の当初の査定追徴額である4億8千万円が3億円ほどに減額することができたため、そのコンサルティング報酬額として2千万円を支払うという内容であった。東野は、「山本社長が9月10日の打ち合わせ時に言っていた『東南アジアは色々ある。海外でのプライオリティの高い案件』、椎名経理財務部長が、前回の取締役終了後に監査等委員を除く取締役に『エージェントが見つかった……』など言っていた案件は、このことか」と認識した。日本語訳の契約書も添付されていたので、内容を確認した。申請内容にも記載があったが、コンサルティング会社への支払条件が三回の分割払いとなっており、その理由が理解できなかったが、コンサル結果として税務当局の税務決定通知書の添付を証憑として、また、決裁基準に基づく決裁ルートで各取締役が承認しているか等も併せて確認した上で、承認印を押印した。

11月14日15時ころ、山本社長からメールが届いた。取締役全員に対してのメールであった。内容は、

「下記のとおり、臨時取締役会を開催します。出席願います。

日時:2019年11月20日16時 場所:本社8階社長室に於いて」

のみで、議題の記載がない招集通知である。乾からの引き継いだデータの中でも臨時取締役会開催の記録は過去五年はなかった。東野は、「何が起きたのか?」議案も提示されてない山本の臨時取締役会の開催通知に不安とともに不信感を覚えた。同じフロアにいる椎名の席に行き聞いてみた。

「椎名さん、今、20日の臨時取締役会の開催通知メールが来ましたが、議題について記載もありません。何の件かご存じですか」

「いや、私もわかりません」と書類から顔も上げず、非常に淡々と返答してきたと思いきや、いつも椎名が会議や打ち合わせ時に手持ちしているA5サイズの革手帳を手に席を立って、フロアを出ていった。東野は、椎名の態度に「何か隠しているだろうか」と不快な思いを抱きながら席に戻った。「何かが、おかしい」という思いが幾重にも重なり週末を過ごした。この不快な状況が溶解されるとともに更に不信感の増長とさせたのは、18日月曜日20時ごろの一本の電話であった。

「夜分遅くすみません、東野監査等委員ですか?総務部の雲井です」会社の携帯に電話がかかってきたのは初めてであった。

「ハイ、東野です。どうされました?」

「今日、16時ころ、明神名誉会長から電話があり、『自宅まで来てほしい』と連絡があったので、名誉会長のご自宅に行ってきました」雲井部長は慎重に語り始めた。

「私も自宅に呼ばれたのは、初めてでした。『ご自宅ですか』と伺うと『自宅でしか、話せないことなので……申し訳ないが』よほど深刻なことだろうと予測できましたので、ご自宅へ向かいました。ご自宅には、息子さんの明神専務もいらっしゃいました。明神名誉会長の最初の一言は、『雲井さん、社員を助けてください。経営幹部が、不祥事を一社員の責任として片付けようとしています。何としてもそれをやめさせたい。君の力を貸してください。お願いします』とおっしゃいました。自分としては、何のことかわからずお聞きすると明神専務が話してくれました。話の内容を要約しますと二つあります。

一つは、『日帝工業ベトナム会社で〔外国公務員に対して賄賂を支払う〕という不祥事が発生した。その不祥事の責任を企画管理部の竹腰部長とベトナム会社の田村社長に取らせて辞めさせようとしている』という不祥事の対応問題で、

もう一つは『〔山本社長が社長では、現場がもう我慢の限界でやっていられない、社長を辞めさせてほしい〕と執行役員10人中8人から名誉会長へ嘆願がきている』という執行役員らによる、いわゆる山本社長不信任決議です」東野の持っていた疑念の糸口の話であった。確認するため

「雲井さん、一つずつお願いします。不祥事というのは、ベトナム会社の税務調査に関わる現地税務職員への賄賂ですか」と聞いた。

「そうです。8月に税務監査が入り、結果として多額の税務追徴金を要求されましたが、税務調査に来た責任者から田村社長が個別に呼ばれ、日本円で1500万円現金で渡せば、追徴金を減額し、三年間の優遇措置を付与する内容の申し出があり、それに応じて現金を渡してしまったそうです」東野の頭に即脳裏を過ったのは、稟議書決裁である。経営会議決議扱いで書面回付された『税務コンサルタント契約締結申請』の稟議書である。「あの稟議書は取締役全員押印していた。あれとの関係は何なのか?」と不安に思い、

「賄賂を払ったのは何時ですか。この間、経営会議決議の稟議書でコンサルタントとの契約が稟議書で回付されていましたよね。雲井さんも総務部が稟議書統括部署で押印されていたと思います。あの件に関係していますか」

「賄賂を支払ったのは、8月31日です。税務コンサルタントの稟議書との関係は、私はわかりません」どうなっているのか皆目わからなかったが、賄賂を払ったことは事実のようだが、8月末に発生しているにもかかわらず、その後の社内の対応が、全然見えてこない。取締役の誰が知っているのか、なぜ常勤監査等委員の自分は何も知らないのか。

「その不祥事が表沙汰になっていないのに、なぜ、社員を辞めさせることにつながるのでしょうか」

「山本社長たちが、その責任を竹腰部長とベトナム会社の田村社長に押し付ける画策をしているようです。ただ、今のところは、名誉会長が、その動きを抑えることができたらしいのですが」

「すみません。わからないことが多々あります。『山本社長たち』とは誰のことなのでしょうか。また、もし税務調査のリーダーに竹腰部長と田村社長が、二人の判断で例え、会社にとって良かれと思って実行したことであっても責任は免れませんね。すぐに解雇という訳にはいきませんが。しかしながら、雲井さんの説明に『二人だけの責任に押し付けようと画策している』とありましたが、取締役の誰かが、関係しているのでしょうか」

「山本社長と金田会長たちが、保身に走っているようです。不祥事の報告があったときは

事後承認して、黙認することに決めたそうですが、何か状況が変わり、二人をスケープゴートにすることになったようです」

「日帝工業株式会社は、上場会社です。例え社長や会長が代表権を持っていようが、コンプライアンス違反事案に『事後承認する』とか『黙認する』とか決める権限などあり得ない。取締役会にも何も報告が……、まさか臨時取締役会開催通知というのは、この議案のことなのか」独り言のように言った。

「臨時取締役会の件は、わかりません。私も取締役会事務局である総務部長なのに何も知らされていません。おかしな話ですが……」

「もう一つの執行役員の山本社長不信任決議についてですが、監査等委員はご存じないと思いますが、山本社長の経営方針については、就任当時から不満がありました。山本社長は、名誉会長の顔色ばかり見て、お客のところには行かないし、『名誉会長や会長への報告事項は全部、事前に報告するように』、『名誉会長や会長からのメールや、名誉会長や会長宛のメールは全て自分へ転送するように』と社内に厳しい情報統制を敷くといった具合に“社内監視経営”はするが、自分では何も決めることができず“成り行き経営”だと彼らは不満を持ち続けていました。海外出張時も顧客訪問は行わず、日帝の現地会社の社員への訓示と会食ばかり、特に現地グループ会社の投資関連は、『名誉会長の了解が必要だ』と自分の決断は一切行わない。業を煮やした現地社長が、名誉会長に直接上申すると『勝手にするな。俺を通せ』等と情報統制の“命令違反者”と決めつけ、怒り心頭させて言う決めセリフは『いつでも変えることができるぞ』と人事異動を臭わせて脅すそうです」

「何か法令に抵触するような法令違反的行為はあるのでしょうか?例えばハラスメントとか」

「強いて言えば、パワハラです。後は、会社のお金の私的流用でしょうか」

「パワハラであれば、当社も通報制度がありますから、被害者が直接訴えることが前提で調査を行わねば何とも言えません。会社のお金の私的流用は聞き捨てなりませんが、詳しく教えてください」

「代表的な例は、i・Phoneの件です。山本社長は、会社からスマホを支給されていますが、最新のi・PhoneⅩが出たとき、何が何でも欲しかったらしく、タイの社長に現地で購入させて、自分の使用しているスマホと交換させたそうです」確かに山本社長は、最新のi・PhoneⅩを使っている。東野に孫の自慢で写真や動画をスマホで見せたことがあったので憶えている。

「雲井さんもご理解のとおり、本社の備品台帳と現物の照合、タイ会社のスマホ購入証憑資料と現物の照合等すれば、確認できますが、誰からかの正式な訴えが必要です」取締役に対する疑義なので制度的に回答した。

「監査等委員のおっしゃるとおりで、彼らは自分たちの山本社長への『不信任』を実現するため二〇日に日本で会合を開き、名誉会長に訴えるそうです。今回の執行役員らの具体的行動の切っ掛けは、ベトナムの不祥事に対する山本社長の自己保身的行動です」雲井からのこの電話内容を「正」として解釈した場合、コンプライアンス違反の不祥事が、単に企画管理部長とベトナム会社社長の二人のみが関係者ではないことを東野は予測した。九月一〇日の山本社長との打ち合わせの時には、山本は既にベトナムでの賄賂支払いの不祥事が発生していたことを認識しており、今をもって取締役や監査等委員に報告していないことが物語っている。コンサルタント契約の稟議書にも不祥事の記載はなく取締役全員が承認していた。「何かが、何かが起こっている。自分で事実を証憑等に基づき見極め、判断せねばならない」と決意した。

「雲井さん、状況は少しわかりましたが、私には、確認する時間が必要です。今、私に何か依頼でもあるのでしょうか」

「長くなって済みません。今までの話を明神名誉会長と専務からお聞きした後、『社員や日帝工業を助けてほしい』と頼まれました。もちろん私も一方的な話ですから種々調査して精査するつもりですが、賄賂や執行役員が会合を持つことは事実のようなので、『総務部長として対応はします。しかし、役員がらみのため相当揉めたりすることが予測できたので『会社法上、役員の職務に関する監視、監督は監査等委員の職責です。東野常勤監査等委員の力が必要だと考えます。東野さんにもお話された方が良いと考えます』と勝手に言ってしまいました。申し訳ありません」

「もし取締役が不祥事に関係していれば、雲井さんの説明のとおりですが、まだ、わかりません」

「そのとおりです。昨日の今日のことで私もわかりませんが、名誉会長が即、『監査等委員にお話しします』と決断されて東野さんの都合を確認したいとのことでしたので、電話した次第です。明日の朝、八時はいかがでしょうか」急な話であるが

「雲井さんもご存じの通り、何もなければ通常七時半には、席にいますから問題ありません」

「わかりました。明神名誉会長に伝えておきます。長々と済みませんでした」既に21時を過ぎていた。

「雲井さん、率直な意見をお聞きしたいのですが、明神名誉会長は正しいことを伝えようとしていると思いますか」

「私は、名誉会長は正しいことを伝えようとしていたと思います」

「わかりました。自分でも確かめます。お疲れさまでした」やっと電話を切ることができた。東野にとってまだ、何がおきているのか、誰を信用していいのわからないまま雲井の意見を聞いた。雲井は、ランチ同行も含め社内で一番、接する時間が長い社員であるが、不正や派閥等を判断する局面には一緒に直面したこともないので、それまで一定の距離は保つ必要性も考えた。

 翌日の朝、席に着くやいなや、東野は「危機管理規程」を見直した。社内規定は、サーバーの社内共通ドライブに保存されている。「経営リスク」に関わる報告手順の記載を確認した。

報告手順:「リスク」を認知した部署→総務部(事務局)→代表取締役・関連取締役に報告する。報告を受けた代表取締役は、監査等委員への報告と共に、必要に応じて対策本部を設置する。と図式付で記載があった。報告のプロセスと共にキーワードとして要求され

ているのは「速やかに」という行動である。

 8時ジャストに電話がかかってきた。八階役員秘書唐沢さんからである。

「監査等委員、お早うございます。早くから済みません。名誉会長が監査等委員をお呼びで『お部屋にお越しいただきたい』とのことですが……」

「ハイ、伺います」東野は席を立って八階へ向かった。役員フロアは、社長室も会長室もまだ、出社していないようで扉が閉じられていた。役員秘書の唐沢が迎えてくれ、無言で奥の名誉会長室の方に手を差し伸べた。

「お早うございます」ノックをした後、扉を開けて挨拶した。名誉会長の部屋には、明神専務も来ていた。ソファーに座ることを促しながら

「東野さん、朝早く済みません。また、昨日雲井総務部長を通して相談にのっていただきありがとうございます」東野を真っすぐに見て言った。

「誠に申し訳ありませんが、日帝工業で不祥事が起こりました。また、それを役員らが全面的に社員の責任に押し付け、首にしてことを収めようとしています。社員を助けてやってください。歪んだ経営となった日帝工業を助けてください」と懇願した。

「雲井部長から『概略はお話した』と聞いておりますが、専務から詳細報告させていただきます」専務の手元には、交信メールや報告書らしき資料を手元に持っている。

「監査等委員、朝早くからすみません。事の発端は、日帝工業ベトナム会社に8月に税務監査があったことで…………」明神専務は、昨晩、雲井からあった話と同様の内容を説明し始めた。新しい情報は、

①8月31日に現金を渡す前に山本社長の認可を取ろうとしたが特約店回り等、外出中でそのまま、タイへ海外出張に出かけてしまったこと

②山本社長の承認を得るまで賄賂の支払いを伸ばす交渉をしたが、税務官リーダーからは、申し出たがあったときに2時間で回答をするよう強く要請されたあったこと

③2017年に同ベトナム会社で税関当局による監査があった際にも同様の賄賂の要求が税関職員からあり、その時、事前に山本社長に相談した際は、賄賂の上限金額等の交渉の指示も受けたことや、最終的に山本社長が支払いを承認した事実があったため、今回も山本社長が承認すると考えたこと

④支払った後、山本社長には、タイに到着して、連絡が取れた9月2日に報告して事後承認を得たことの四点であった。状況は益々悪化していく。

「専務が知ったのは、何時ですか」

「10月8日、企画管理部の竹腰部長からの電話で知りました」

「山本社長、明神専務以外の取締役は、認識しているのでしょうか」

「大変申し訳ありませんが、監査等委員三名以外は、全員認識しています」それを聞いて東野は絶句した。

「椎名取締役もですか?」

「椎名取締役は、竹腰部長が、9月2日にタイ出張中の山本社長に会議室で、電話会議で報告した際に同席していました」東野が椎名の認識した時期のことを改めて確認したのは、不祥事を認識していながら第2四半期の決算を公表したのかを確認したかったからである。明神専務の回答は上場会社の決算開示上、最悪の「決算の修正も考えねばならない」事態である。

「東野さん、この件に関わった社員を助けてください。決して、彼らが勝手に判断して起こした不祥事ではありません。上場会社として不祥事を発生させた日帝工業の立て直しにぜひ、力をお貸しください。お願いします」名誉会長は頭を下げて言った。

「名誉会長、この不祥事について監査等委員には、まだ、正式に報告がありません。非常に残念です。報告があり次第、調査等行いますが、私は上場会社の監査等委員として法令に則って職責を果たします。それが社員のため、日帝工業のためになるよう努力します」

刑事事件にも関わる不祥事の事実認識ができていない今、申し出をそのまま受けることができないため、明確に意志を伝えた。

「それで結構です。東野さんが、正しいと判断されたことで職責を果たしてください。お願いします」名誉会長は東野の言質を理解した。一呼吸おいて続けて、

「それから、明日の午後、執行役員8名が海外から有給をとって、今回の不祥事に関する山本社長の対応と経営方針への不満から、『今後の対応を相談したい』と私のところへ集合します。一緒に話を聞いていただけませんか」併せて依頼があった。

「明日は、臨時取締役会が開催されます。多分、不祥事に関する何らかの報告があると思います。こちらを優先させていただきます」

「わかりました。よろしくお願いします」30分程度で終わり、席に戻った。戻る途中の役員フロアには、まだ、誰も出勤していなかった。六階にある執行役員以上職の窓際席は、三つあり、奥から椎名取締役経理財務部長、真ん中に渦中の竹腰執行役員企画管理部

長、そして東野の席がある。不祥事の情報は、竹腰と東野の間で遮断されている。しかし、その情報は、フロアを超えて八階の代表取締役らも認識している。「明らかな情報隠蔽行為だ」東野は組織の腐敗にも立ち向かわねばならない。が、明日の臨時取締役会までは、静観することとした。未だ、議案が通知されていないが、万が一、不祥事についての報告等が無ければ、監査等委員として自から問い質すことにする。

 その日の午後一時頃、今までにないことが起きた。新井会長が、六階フロアに下りてき

た。今までフロアに来ることは、ほとんどなかったのでフロアの全員が驚きの表情をみせていた。目的は東野であった。

「東野さん、ちょっといい?」

「会長のお部屋に行きましょうか?」

「ここでいいよ」と六階の小会議室に入った。東野も後に続いて入室してドアを閉めた。

「今日、叔父き、名誉会長に呼ばれたよね」新井会長は、オフィシャルでないところでは、名誉会長のことを“叔父き”と呼んでいる。新井会長の父親である“大会長”泰造が新井家の長男で、“名誉会長”要は、新井家の四男にあたり、親族の明神家へ養子に出された。

泰造が、日帝工業を創業する際に、要に一緒に事業を立ち上げることを要請され、兄弟で、一族で切磋琢磨して、ここまで築き上げた。七〇年前の話である。要は、泰造の後、意志を引継ぎ上場まで果たした。この二人が、日帝工業の創業家一族の功労者である。

「ハイ、朝、呼ばれました」

「何の話だった」

「名誉会長から『当社で不祥事が起きてしまった。社員のみを辞めさせて収めないよう日帝工業を助けてほしい』と依頼されました」

話の内容は要約して説明し、会長の様子を伺った。

「あなたは、何と答えたの」

「私は、『上場会社の監査等委員として法令に則って職責を果たします』と回答しました」

会長にも監査等委員としての有事の際の職責を明確に伝えるつもりで話した。

「それだけ」勘ぐるように聞いてきた。

「ハイ、それだけです」

「わかった。ありがとう」と席を立とうとしたので

「会長、何があったのでしょうか。不祥事に関してご存知のことを教えてください」と逆に強く質問した。顔を曇らせて

「今、対処中だから、後で話す」と慌てて、会議室を出て行った。「本日までは、山本社長、椎名取締役、甲斐常務、新井常務、そして新井会長は、不祥事を監査等委員に対して隠蔽している。明神専務からは、報告があった」東野は、まだ、明神専務からの情報だけ

だが、〔取締役の有事に対する職務遂行状況〕の分類を始めた。

【取締役会:2019年11月20日】

 16時、山本社長が議長になり、開会宣言を行って始まった。出席取締役は定数9名のところ7名出席で、明神専務、両角監査等委員2名が欠席していた。山本の報告から。

「みなさん、お忙しいところ急な招集をさせていただいた取締役会に出席していただきましてありがとうございます。議題に移る前に、重要な報告をいたします」

「議題は、今を持って通知されていません」甲斐常務が、発言した。

「甲斐さん、『報告を最初にやる』と申し上げております」山本は諫めるように言った。

「椎名取締役から報告いただきます」

「皆さん、ご存知のとおり、ベトナム会社で8月26日から30日まで税務監査がありました。税務監査対象期間中の新たな設備投資に対する優遇措置の取り扱いに関し、税務官と意見の相違があり、その結果として、多額の追徴課税が課せられる一次報告があり、対

応中に、税務官から『コンサル料の支払があれば、追徴課税軽減措置がある』とアドバイスがあり、竹腰部長とベトナム会社の田村社長が協議して、提示されたコンサルタント料、円換算で1500万円を払いました。税務監査報告書は最終的に追徴課税分の軽減と今後五年の新たな優遇措置を受けることになったのですが『コンサルタント料の支払』が、違法行為になる疑義があることが判明しました」椎名の奥歯に衣着せる言い方に質問した。

「違法行為の疑義ってどういう意味ですか」

「まだ、違法行為と断定できないということです」東野は続けて質問する。

「コンサルタント料はどうやって誰に支払ったのですか。支払いに対する領収証等は」

「税務官リーダーに現金で渡しました。領収証等は確認できていません」経理財務部長である椎名は飄々と答えた。

「税務官リーダー個人に、領収証もない支払ったことを不正行為の『賄賂』となぜ、言わないのですか」

「まだ、報告だけで、税務官に本当に支払ったかどうかわかりません」

「いつ支払ったのですか」

「8月31日と聞いています」

「椎名取締役はいつ知ったのですか」

「事後です。確か9月初旬でした」

「支払ったお金は、会社のお金ですよね。今十一月ですけど……ベトナム会社の支出等を調べれば、報告内容は確認できますよね。今まで何をやっていたんですか?」

「顧問弁護士の金沢弁護士に相談して、コンサルタント料の扱いにできる方法とか、ご教授いただいていました」

「金沢弁護士に相談されていたのですか。外部に相談して本日の今まで監査等委員に報告しなかったのは、何故ですか」

「監査等委員に報告が遅くなったのは、申し訳ありません」目が泳ぎ始めている。

「東野さん、だからこうして臨時取締役会まで開催して報告しているんですよ」山本が憤って発言した。

「山本社長、私に怒鳴ってどうします。何の落ち度がありますか。有事が発生した時の常識的な質問をさせていただいているつもりですが。先日、第2四半期決算も公表したばかりですが。今になって、臨時取締役会ですか」

「東野さん、時間の経過に不満を言っても時間は戻せません」佐藤監査等委員が発言した。

「佐藤さんは、知っていたのですか」

「いえ、知りませんでした。本日、初めて聞きました」やけに冷静に答えた。東野はまだ、自分以外の者をこの件に関して「信じる」ことができなかった。

「この間、ベトナム税務に関する経営会議決議の『コンサルタント契約締結に関する件』という審議案件が回付され、みなさん承認されていましたよね。それと今日の不正報告との関係はどうなっているのでしょうか」

「その件も含めた議案決議を行いたいと思います」山本が東野の疑問を潰した。

その後、すぐ紙が配布された。本日の作成日付で「取締役開催の件」の題名で改めた取締役会の開催通知であった。開催日時:もちろん、本日16時、場所は社長室で変わらず。違ったのは決議事項「不祥事調査のための第三者調査委員会設置」が記載されていた。なぜ即、第三者調査委員会を設置する議案となるのか、そもそも第三者調査委員会に委託するような事実解明の困難な不祥事とは微塵にも考えておらず、東野は混乱した。

「議案は、『日帝工業ベトナム会社税務調査に関わる不祥事調査のための第三者調査委員会設置の件』です。記載のとおり、本日報告した不祥事を第三者調査機関に調査を依頼したいと考えます。賛成の方?」山本は加速させて決議しようとした。

「ちょっと待ってください。ちゃんとプロセスを踏んでいただきたい。まず、監査等委員会が調査します。もし、調査結果が不充分であれば、その後、第三者調査委員会設置するのが手順と考えます」

「私も監査等委員会に調査を行っていただきたいと思います」甲斐常務の発言である。

「調査はいつ終わりますか」新井泰常務が発言した。

「本日、報告を受けて何の資料等もありません。今答えることはできません。」

「時間がありませんので第三者調査委員会を立ち上げるべきです」新井常務は続けていった。

「時間がないと言いますが、今までなぜオフィシャルな報告がなかったのですか。これは認知していた方々の責任でしょう。いったい第三者に調査委託するような事象でしょうか。『賄賂』を払った事実の確認と関係者の洗い出しくらいは、社内で明らかにできることでしょう。第三者の力が必要でしょうか」

「それが、わからないから第三者調査委員会を設置するわけです。」決議を促す山本である。

「山本社長、『それ』って何を成しているのですか。貴方は、9月10日の私との打ち合わせ時にも何も報告も相談もなかった。これは隠蔽ではないですか。内部統制システムや危機管理規程に基づいた報告をしていない」東野は職責を果たさなかった代表取締役に嚙

みつくように言うと「隠蔽」という言葉に山本は怯んだ。

「東野、君は、調査に責任とれるのか」今度は、新井会長が声を荒げて東野にクレームを述べた。何かがおかしい取締役会である。まるで既に下準備してきたように山本、新井泰司、新井泰、椎名は、第三者調査委員会の設置について執拗に推し進めようとしている。

纏めるように

「監査等委員会も第三者調査委員会と並行して調査すればよろしいでしょう。ねえ、佐藤さん、いかがですか」新井泰は矛先を変えて聞いた。

「それでよろしいんじゃないかと思います。要は、早く開示するべき事象ですから。不祥事を解明するために執行側が『第三者調査委員会を設置したい』と申し出たことに反対できますか。東野さん」監査等委員の佐藤まで質問してきた。「一対五。甲斐の対応は中道

か」東野は自分が追い詰められている気分であった。東野の考えは、この不祥事に際して、監査等委員としてどう職責を果たすかを明確にしたかった。第三者調査委員会設置自体は、『悪い事』ではないが、上場会社としての牽制・自浄機能の信頼性が損なわれることに加えて不必要な費用の支出等を避けたかった。

「それでは、皆さんのご意見も伺いましたので決議を取りたいと思います。賛成の方」全員が手を挙げた。東野も反対する理由が述べられず賛成した。

「第三者調査委員会の委員候補はどのように選任しますか」

「林・吉田杉本法律事務所へ依頼しようと考えています」新井泰が答えた。「出来レースか」と思うほど手順が良い。

「敢えて林・吉田杉本法律事務所に依頼するのは、なぜですか」

「以前、海外案件でお世話になったことがあります。監査等委員に依頼できる具体的な法律事務所がありますか」逆に挑戦的に質問してきた。突然なことに当てもない。

「選任プロセスには監査等委員も参画させてください」東野は釘を刺すつもりで言った。

「わかりました」

「では、これで取締役会を閉会します。お疲れさまでした」東野は、社長室を出たところで佐藤を呼び止め、今日のことを踏まえ、監査等委員会の調査の進め方など打ち合わせを近々行いたい旨伝えた。事が事だけに佐藤は了承し、両角との日程調整を東野に依頼して帰って行った。18時を過ぎていた。東野は六階の席に戻り、帰宅準備をして会社を出ようとしたとき電話が鳴った。

「東野さんですか?お疲れさまでした。甲斐です」本当に疲れていた。

「お疲れ様でした。甲斐さん、どうされました」

「お話したいことがあります。食事でもしながら、いかがでしょうか」疲れていたが、

甲斐の対応や考えも確認したかったので応じることにした。指定された場所は、JR東十条駅よりの小料理屋で、中を伺うと隅のカウンターで甲斐は待っていた。

「お疲れさまでした」ビールで乾杯した。

「お疲れ様でした、甲斐さん。今日は、本当に疲れました。モヤモヤした気分で何か蚊帳の外に追い出されたような感じです」

「私も東野さんに謝らなければなりません。今まで報告せず申し訳ありません」甲斐は頭を下げながら語り始めた。


【甲斐奨の証言 1】

 私が、ベトナムの不祥事を知ったのは、2019年10月8日の夜です。山本社長から電話があり、明日、緊急役員会を開催するから出席するよう依頼がありました。余りにも急だったので、何の件か問い質すと「日帝ベトナム会社が税務調査の対応で『賄賂』を払ったらしい。その対応策の相談です」とのことでした。『賄賂』となると法令違反の可能性があるので、顧客訪問の予定がありましたが変更して、出席することにしました。集まったのは、山本社長、新井会長、明神専務、新井常務、椎名取締役の6名です。非常勤の方は別として、東野さんは、欠席されており、「緊急の連絡だったので都合がつかなかったのかな」と軽く考えていました。しかし、11日の取締役会後に椎名取締役が敢えて監査等委員の方々を外して、『ベトナム税務追徴のためのコンサルティング契約の報告』をしたことや本日の取締役会の発言から、山本社長は、10月9日の役員会には意図的に東野さんを呼ばず、「今日まで不祥事を監査等委員に隠蔽していた」と負の確信を持ったので、私から不祥事への対応経緯を報告すべきと決断しました。10月9日、社長室で6名の取締役の他に、企画管理部の竹腰部長が出席していました。最初に山本社長が、招集した趣旨は「情報共有のため」であり、何も決議する議案はない事を宣言しました。最初に、10月7日に日帝ベトナム会社の田村社長が、帰国(山本社長が呼びつけたようです)して、新井会長、新井常務、椎名取締役へ竹腰部長も同席の下、正式に報告があったとの話がありました。その後、竹腰部長を促し、竹腰部長から、税務官リーダーに『賄賂』(会議では『調整金』と置き換えていました。)を支払った経緯の説明がありました。説明後のディスカッションでは、新井会長が「済んでしまったこと」、明神専務が「会社に良かれと思ってやったこと」、山本社長が「4億円ほどの追徴額が1500万円で済んだこと」、椎名取締役は「海外は税務官の権限が大きい」等発言がありましたが、結果的に黙認するという結論に至り、私も同意しました。結局この役員会は、取締役会とせず、「役員情報共有会」に留めることになりました。

 それから11月11日の取締役会後の椎名取締役の発言」に

ついても説明せねばなりません。取締役会後、監査等委員の方々が退出されて、椎名取締役が報告し始めました。「みなさん、ベトナムの調整金支払いの件、合法的に対応できる可能性があります。10月17日に顧問弁護士の金沢先生のところに新井常務と一緒に相談に行ってきました。金沢先生曰く『間にコンサル会社を介入させることができれば』とのアドバイスをいただきました。『東南アジアではよくある話で、それに対応できるコンサル会社もある』とのことでしたので、日帝ベトナムの田村社長に依頼してコンサルティング会社を探したところ、見つかりました。早速、契約内容を精査し、稟議書回付しますので承認よろしくお願いします」との内容です。山本社長らは、承知していたようでホッとした顔を見せていましたが、私は猜疑心を抱きました。まず、「顧問弁護士のアドバイスは本当なのか」です。正にマネーロンダリングです。こんなことを上場会社の顧問弁護士がアドバイスする時代ではない。もう一つは、経理を司る取締役が、この隠蔽工作ともいえるコンサルティング会社を介入させることに私と同じような、疑問を抱かず推し進めることに腐敗臭まで感じてしまい「貧すれば、鈍する」とはこういうことかと改めて感じました。今となっては、私はとしては10月9日の役員情報共有会で「不祥事の黙認」に同意したことを後悔するばかりです。そして、今日の臨時取締役会での山本や、椎名のすっとぼけた不祥事の報告と東野さんの発言への一斉攻撃的な態度には、虫酸が走りました。加えて、突然の「第三者委員会の設置決議」は、彼らは、まだ、「何か保身のための工作をする」のではと不安でなりません。会議での東野さんの発言で、詳細状況もわからず、監査等委員としての職責を果たそうとされている態度に「まだ、是正できる」と安堵しております。

私は、経営者として誤った判断をしてしまいました。大変申し訳ありません。


 東野は、最後まで黙って【甲斐の証言】を聞いていた。「保身」に走り始めた取締役らの対応を考えねばならない。「監査等委員として何をすべきか。なにができるのか」を模索しながら

「甲斐さん、貴重な情報ありがとうございます。要約、概略が把握できました。情報を隠蔽されていたことは非常に残念です」沈痛な口調で甲斐は答えた。

「誠に申し訳ない。毒饅頭を食べてしまい、コンプライアンスのセンサーが鈍ってしまいました。孫に顔向けができません」

「甲斐さん、PDCAサイクルを回しましょう。内部統制システムでも不備が発見されれば、原因究明、分析と是正措置を講じて改善させます。会社経営には、加えて責任がついて回ります。私は、各取締役の責任も明確にします。有事に正しく立ち向かうため甲斐さ

んのお力を貸してください」

「東野さん、力を貸すなんておこがましいです。私は、自分を正さなければなりません。今後は、上場会社の取締役として正しく有事に向き合い職責を果たします」

「私は、甲斐さんの責任も追及します」

「勿論、取るべき責任は取ります。東野さんは、監査等委員としての職責を貫いてください」初めは、苦いお酒であったが、最後の一杯は心酔できた。甲斐の取締役の立場としての連携、また人脈等、東野は、大きな応援を得た気持ちである。既に20時を過ぎており、二人は「各々の職責の全う」を約束して別れた。東野は、取り組むべき事項や手順を熟考しながら帰路についた。まずは、監査等委員会で方針を確定させることである。東野以外は、非常勤のためどうしても調査や資料の収集は、東野がやらざるを得ない。「明日、緊急の監査等委員会の日程をできるだけ早く開催するべく連絡をしよう」と決断した。

【監査等委員の対応】

 翌日、出勤後、すぐ両角と佐藤に、緊急の監査等委員会の開催の趣旨をメールで発信した。日程については、東野から三択の案を付記して選択させる。場所も本社でなく二人の都合の良い場所にすることを前提に連絡すると二人からの日程選択で明日、22日、上野

駅近くのレストランでランチタイムに会うことに決まった。東上野に、両角の税理士事務所があり、佐藤も外出先から上野駅に回ることができるという点が好都合で、上野駅近辺とした。メール発信作業中に受信メールが5件ほどあった。東野のアドレスではなく、通

報制度の窓口である監査等委員独自のアドレスであり、代々、常勤監査等委員が引き継いでいる。前任者の乾から「前任者から引き継いだが、在任期間中は、メール受信は、一度もなかった」と聞いて引き継いだ。内部通報制度は、上場会社に要求されるコーポレート

ガバナンス・コードの根幹の一つとされており、昨今、大手の著名な会社は、内部通報制度の窓口をグローバルに対応できる法律事務所等の外部機関に委託しているケースが多い。

 一般的に、通報制度が使用される場合は、上司のハラスメント関係や品質管理に関する訴えが多い。東野も日輪産業のグループ会社の監査役時代に取締役のセクハラに関する内部通報があり、調査後の結果として取締役を辞任させた経験がある。大手会社の品質管理に関する数値改竄による不正行為事件の発覚の多くは、改竄要求された現場からの内部通報によるものである。内部通報されていたのは、全部、山本社長に関する訴えであった。名誉会長から「執行役員たちが、山本社長に対する不満に関する打ち合わせをプライベートに20日に行われる」と聞いていたが、それに関するアクションの一つと思われる。

 22日お昼に、上野駅のホテルサンルートのレストランで両角と佐藤と落ち合った。

「両角さん、昨日は、取締役会欠席されてましたね」東野が聞いた。

「執行役員の会合に出席していました。事前に議案も提示しない取締役会に疑義を感じたことと、総務に確認すると東野さんと佐藤さんが、出席する予定であるとのことだったので。執行役員から『監査等委員にも出席して聞いてもらいたい』と嘆願されていましたから。執行役員10名中8人が、社長に反感をもっているということは会社の危機です」

「そんなに深刻なことなのですか」佐藤が何も知らない前提で聞いていた。

「今回の不祥事にも大いに関係しています。私もお二人の力を借りて調査を行って確認しますが、山本社長は、九月二日に竹腰部長らから報告を受けた後、最初に指示したことは『帰国までに【表の税務調査報告書】と【裏の税務調査報告書】を作成しておくように』だったらしいです」聞いていた二人は目を合わせて驚いた。

「何かがおかしくなっていますね。山本社長は自分たちでなんでもできると考えているのでしょうか。その点も踏まえて上場会社の監査等委員会として有事に対応すべくお互い、職責を果たしていきたいと思います」東野が発言した。

「株主から訴えられないように対応しましょう」両角が同意するように言った。

「早く負の情報の開示をすべきだと考えます」佐藤も今までの過程に疑問をもった発言をした。

「取締役会でも宣言しましたが、監査等委員会での調査を行わねばなりません。第三者調査委員会を設置するから調査を全て委ねることは職責の放棄とみられます。第三者調査委員会を設置すること自体、自分たちで解明できないという会社の内部統制システムの崩壊を意味し信頼を損ないます。監査等委員会だけでもガバナンスに基づいたコンプライアンス違反への対応を明確に提示したいと考えます。まず、調査委員を選任していただきたいと考えます。三人しかいないのですが、組織で対応することを明示しましょう」

「調査委員は、常勤である東野さんにお願いしたいのですが」両角が指名した。

「ぜひ、東野さんお願いします」佐藤も同意した。

「わかりました。私が調査委員となり、随時お二人に報告します。また、一人でできないこともあるかと思います。サポートよろしくお願いします」二人は、賛同した。

「調査委員としての調査対象を明確にさせたいと思います。①日帝ベトナム会社の不正行為の実態解明と②通報制度の内容調査でよろしいでしょうか」内部通報制度の通報内容は、昨日、一覧表を作成し、二名へ配布していた。

「通報制度の対応も初めてです。調査方法など大丈夫でしょうか」佐藤が不安そうに尋ねた。

「通報内容は、ご覧いただいた通りパワハラ関係です。事実確認と厚生労働省の『パワーハラスメント防止措置』に基づいて判断していきましょう。第一段階として、パワハラの通報があったということと調査を行うことで被通報者の行動が抑制されればよいのですが」

「わかりました。よろしくお願いします。どちらも重要事項ですが、不正行為の発生については、できるだけ早く開示すべきと考えます」

「佐藤さんのおっしゃる通りです。今一つ執行サイドの取締役の対応がしっくりしませんが、第三者調査委員会を設置する原因ですから、ステークホルダーに報告すべき事態です。早期開示を促しましょう」その日は、今の情報で監査等委員として調査がスタートできる体制は整えた。帰社後、東野は、もう一度監査等委員としての職責を確認した。

①コンプライアンス違反に伴う、刑事的、民事的責任の観点

②コーポレートガバナンス体制としての観点

③上場会社に要求されている内部統制システムの観点

この三点を「明確」にさせて調査を行わねばならない。「明確」の意味は、取締役らの関与と不正行為を認知した時の有事対応職務の遂行状況である。具体的には、八月三一日の賄賂支払いから臨時取締役会を開催した一一月二〇日までの期間、何を行ったのか、何故、監査等委員会への報告が当該日まで行われなかったのかを解明することが重要な課題である。全ては証憑を根拠として解明させねばならない。最初の取っ掛かりとして、不正行為の中心的存在の企画管理部の竹腰部長と日帝ベトナムの田村社長にアプローチすることとした。竹腰部長は、隣の席に居たので、早速、都合の確認をした。

「竹腰部長、ちょっといいですか」席で話す内容ではないので、会議室に呼んだ。

「20日の取締役会で、既にご周知のベトナムでの税務官に対する不正行為に関し、調査のため第三者調査委員会を設置することとなりました。また、監査等委員会も調査を行いますので、何が起きたのか、ヒアリングさせていただきますので、ご都合調整ください」ストレートに聞いた。

「わかりました。25日午後1時からでどうでしょう?」待ち構えたように回答した。

「ありがとうございます。では、25日午後1時にこの会議室でお願いします」

 その日の夜、会社携帯に電話がかかってきた。明神専務からだった。

「監査等委員、夜分済みません、明神です。お世話になります。今、よろしいですか」

「ハイ、大丈夫です」

「色々ご迷惑かけて済みません。甲斐常務から『監査等委員に不正行為にどう関与しているか、洗い浚い話をした。監査等委員の力を借りて是正せねばならない』と連絡がありました。私も甲斐常務の意見と同じで今、日帝工業を改革しないと未来はなくなります。社員や株主の方々に何が起こっているのか明確に開示して信頼を回復させねばなりません。是非、お力をお貸しください。自分が不正行為に関与したこと、また、取締役として誤った判断を行ったことについては責任を取ります。監査等委員の調査の一環として、名誉会長の部屋でも監査等委員に概要報告をしましたが、十月九日の役員情報共有会時のことも含め経過の詳細を報告させてください」


【明神努の証言 1】

「私が、不正を知ったのは、十月八日の竹腰部長からの電話でした。私が、新橋にある仕入先訪問のため、外出していた際に『明神専務、助けてください。会社の不祥事を私一人の責任にされて辞めさせられそうです』と。彼は不安と焦燥感に駆られた状態で訴えてきました。『とにかく、話を聞きましょう』と仕入先との打ち合わせ後の時刻で、近辺の第一ホテル東京のロビーラウンジで待ち合せました。彼は、青ざめて『ベトナム税務に関わる賄賂支払の経過』について話し始めました。賄賂の支払いも非常時ですが、その後の山本社長の対応が自分自身の保身に走ったハラスメント的対応で竹腰部長を追い込んでいました。八月三一日にベトナムで現金を受け渡したのですが、九月一日は、山本社長が日帝タイ会社に出張した日でしたので、翌週の九月二日に何とか捉まえて報告をするべく椎名取締役と部下の田中課長と6階の会議室から山本社長がホテルに到着したことを確認して電話会議で連絡を取り報告したそうです。その時、山本社長からは『帰国までに社内回覧できる範囲の税務報告書と実際の発生したことを記した所謂、裏の報告書を作成しておくこと』と『日帝ベトナム会社の田村社長に報告のため一時帰国するように連絡しておくこと』以上二つの指示があったそうです。山本社長の態度が豹変したのは、十月七日に田村社長が一時帰国して山本社長に報告した後でした。その報告会には、新井泰常務、椎名取締役、田村社長、そして竹腰部長の四人だったそうです。報告後、山本社長は『コンプライアンス違反だよ。お前たちはどう責任をとるつもりだ』と怒った調子の発言だったそうです。竹腰部長と田村社長は、謝罪した上で相手からの要求に応じることとした判断理由として『二〇一七年の税関監査時の調整金』の時は社長が支払いを承認したからと弁明しました。山本社長は『一度目は良くても二度目は違うの!時代も変わっている』と弁明を聞いて激怒したそうです。報告会の後、山本社長から電話で『コンプライアンス違反の責任は取ってもらわねばならない』と何らかの処分をほのめかされ、それが不安で私に電話してきた次第です。私は、名誉会長に相談しました。名誉会長はすぐ、新井会長に

『泰司、山本が社員を辞めさせようとしていることは、知っているか?』と電話しました。新井会長は急な電話で驚いたようですが

『ベトナムの税務調査でコンプライアンス違反があり、関係者の処分をしなくてはならないと聞いています』新井会長は具体的社員の名前を出しませんでした。

『関係者は竹腰部長とベトナムの田村社長のみで確かか』

『そう聞いています』

『山本の判断、社員を解雇するということは異常事態であるが、代表取締役として間違っていないと確信もてるのか?山本には経営責任や関与は一切ないのだな』名誉会長は念を押すように聞きました。

『……。ちょっとお待ちください……もう一度、山本社長に確認してから連絡し直します。よろしいでしょうか』

『明神専務は、不正行為を今日まで知らなかったし、その処分も知らなかった。私も何も聞いていない。君はいつ知った?』

『私もついこの間でした』新井会長は繕うように回答していました。

『なるべく早く連絡するように』

『わかりました』その日の夜、名誉会長へ新井会長から連絡がありました。

『名誉会長、明日、緊急役員会を開催して、みんなで善後策を講じます』

『二人の懲戒解雇処分の決議のためではないのか?』

『違います。不正行為の報告と善後策の協議です』

『山本に勝手な行動をとらせないように』

『わかりました』以上が、名誉会長と新井会長の会話内容です。竹腰部長にはこのことを説明して落ち着かせました。その後、すぐ山本社長から、明日、取締役会開催する旨の電話連絡があり、役員会が開催された次第です。九日の取締役会は結果として役員情報共有会に変更され、その内容は、甲斐常務からの説明の通りですが、私も甲斐常務と同様で、東野監査等委員が出席されていない理由が分かりませんでした。会議では、社員のみの責任追及にならぬことに必死で、結果的にコンプライアンス違反を黙認することに同意しました。申し訳ありません。上場会社の取締役として誤った判断をしてしまいました。責任は取りますが、今後は、この異常な状態を改善させることに全力を尽くします。是非、お力を貸してください」


「甲斐常務にもお話しましたが、9日の会議の通知は山本社長から受けていません。その日はデスクで執務しておりましたが、誰からも連絡はありませんでした。これも甲斐さんにお話ししたことですが、明神専務もコンプライアンス違反を、今日まで隠蔽していた責任は追及します。しかし、今日からコンプライアンス違反という不正行為を正すための行動を取っていただけますね」東野は強く念を押した。

「ハイ、少しでも早くステークホルダーへ正しい報告ができるために全力を尽くします」

「わかりました。よろしくお願いします」

「それから、11月20日の執行役員会議について報告します」


【明神努の証言 2】

 その日集まったのは、海外からは、日帝インドネシア会社の露崎社長、タイ会社の杉山社長、タイ会社アマタ分社の内藤社長、深圳会社の上宮副董事長、の三名、国内は、岐阜工場の番場工場長、工業製品営業本部の富岡本部長、技術部の青木部長、企画管理部の竹腰部長以上四名とアドバイザーとして総務部の雲井部長が参加した。後は、私と両角監査等委員がオブザーバーとして、出席しました。みなさん、年休取得して自費で集まっていました。私的会合ですが、全員、名誉会長へ直接、嘆願したく集まったと言えます。彼らから名誉会長への訴えは、「山本の社長解任」です。彼らの訴えによると「山本社長は、代表取締役就任時から、長年に渡り、特に執行役員等の経営幹部に対して厳しい情報統制や権力を笠に着てハラスメント的行為を日常的に行い、苦痛や不安を与えており、社員を委縮させている。自分に甘く他人に厳しい言動で、上場会社の社長に相応しくない人物」とまで訴えています。具体的な指摘は、

一.創業家ファースト:役員人事の権限をもつ明神家や新井家創業家ファーストで、顧客ファーストではない。

二.情報統制:明神名誉会長や新井会長への直接的報告を厳しく抑制される。メールも監視する体制をとっている。

三.ハラスメント的行為:自分に忠誠を誓わせる。従わなければ、制裁人事や降格を常に口にして脅している。忠誠者だけを重宝して、自分の意にそぐわない意見は、封殺する。

四.問題ある言動が多い:方針が不明確で、会議時と現場での発言の朝令暮改が日常茶飯事である。組織の命令系統を意識的に無視して指示をする。気に入らない部下の悪評を第三者に意図的に伝える……以上が要旨ですが、打ち合わせ時には、「海外出張時には、駐在者へのいたわりや感謝の言葉は、一切なく『海外は、給与が多く貰えて得しているだろう』という発言等が多く、社員のモチベーションを大きく低下させている」や「顧客訪問もせず、何が目的で、海外出張しているのかわからない」等ですし……少し言い訳すれば、山本社長が創業家ファーストの対応のため、我々が知らないところで、部下に接していたようです。今までの個々の不満が爆発し、今回の私的会合、社長解任要求にまで至ったのは、ベトナムにおける税務官への不正行為を、企画管理部長とベトナム会社社長の責任のみで収束させようとしたことによるものです。今回の二人の判断は、二〇一七年に税関監査時に今回と同様に税関監査官から賄賂の要求があり、山本社長に判断を仰いだ際に、賄賂の金額上限の提示までして承認した事例に倣って行ったものです。それを今回は、トカゲの尻尾切みたいに社員のみに責任を押し付けた山本社長の自己保身の対応に、これ以上、山本社長の下では、日帝工業の未来、自分たちの未来は無いと当社創業以来の危機感が原動力です。


「明神名誉会長は、どのような対応でしたか」明神専務の説明後、確認の意で聞いた。

「名誉会長は、『私の選任した責任だ』と嘆いて『ここまで酷いとは思っていなかった。表の顔で判断していた。申し訳ない』と謝るばかりでした」

「私の立場としては、執行役員たちが要求する『社長解任』については、何もしません。ただ、社長からのハラスメント的行為があったと通報制度等の利用があればその内容には、適切に対応します」

「わかっております」

「ベトナムの不正に関しては、これから証憑集めやヒアリングを行い、誰が関与したのか明確に調査します。全て証憑に基づいて判断します。その一環として明日、竹腰部長にヒアリングを行います」

「竹腰部長から『明日、監査等委員からのヒアリングがあります。どうのように対応しましょうか』と相談がありました。彼には『全て事実を包み隠さず報告して指示を仰ぐように』と伝えております。また『持っている証憑等も全部提出するように』と併せて指示しております。よろしくお願いします」と結んで電話は終わった。東野は、竹腰部長が、明神専務に明日のヒアリングの件について相談していることは、知らなかった。山本社長から不正の責任を押し付けられた際に藁をも掴む思いで助けを求めた相手のためであろうとは、想像が付く。しかし、この不正事件に対してもどのような“派閥”で対応しているのかも、未だ、知る由もない。

 翌週、午後、企画管理部竹腰部長からのヒアリングを始めた。竹腰部長は、会議室に分厚い資料を持参してきた。

「よろしくお願いします」

「こちらこそよろしくお願いします。今回の不正行為に関して第三者調査委員会が設置され調査が始まります。監査等委員会の調査と重複するかもしれませんが、同様の資料と内容でお願いします。後で追加説明があれば、いつでも構いません」

「わかりました。私が関与、判断したことについてできる限り詳細に証憑と共にお話しします」


【竹腰部長の証言 1】

 既にご存知のとおり、ベトナム税務監査が8月26日から始まり、8月29日に概算で約4億円の追徴となる可能性があると日帝ベトナム会社の田村社長から連絡がありました。追徴の大きな要因は、追加投資の優遇措置の対象の相違と指摘されました。この情報は、部下の田中課長と椎名取締役と共有しました。追徴額が余りにも大きな金額でしたのでベトナムから優遇措置の対象等の証憑をもらい、本社内でも、税務官の指摘内容の調査を始めていました。最終日の朝、田村社長から、緊急の電話があり、「税務官から『調整金を約1500万円現金で払えば、追徴は約3千万円にできるし、今後五年間の優遇措置も認める。9月5日までに回答するように』と申し出があった」と連絡がありました。社長は、30日は、外出しており、そのままタイに出張する予定でした。田中課長と共に椎名取締役に報告すると、椎名取締役は「そんな大金をどのような方法で支払うのか」と、質問があり「税務官が関与しているコンサルに払うのではないか」と2017年の税関監査時の調整金を支払った経緯も含めて説明したことを覚えています。山本社長には、期限もまだ、ありますし、より正確な事実と証憑を明確に把握して報告しようと考えて、その時は報告しておりませんでした。午後4時頃、再度、田村社長から電話があり、「税務官から『本日、2時間以内に調整金を払うか払わないか、回答するように。税務申告の訂正等多々あり、先延ばしできない』と事態が急変した」ことを伝えてきました。すぐ椎名取締役に相談しようとしましたが、外出して直帰となっており、田中課長と、どうしたものか検討しました。

➀2017年の税関監査時の調整金は、山本社長が承認して払ったことがあり、事後承認が得られるであろう

②椎名取締役に今回の税務調査の調整金要求があった報告をした際、否定意見は述べず、支払い方法を言及してきたこと

➂追徴税の減額と優遇措置の継続は会社の利益になる

と判断し、ベトナム会社の税務監査が円滑に終わるよう支払いの許可を出しました。現金の支払いは、8月31日に行われ、9月2日、朝一番に、椎名取締役に日帝ベトナムから届いた仮報告書と共に、ベトナムの事態急変と調整金を支払ったことを報告しました。椎名取締役からは、「仮報告書を精査したい。精査した上で、山本社長へ連絡しよう」と提案がありました。税務調査の全貌を把握して社長に報告したかったようです。午後にタイ出張中の山本社長に連絡が取れ、六階の会議室から椎名取締役、田中課長と三人で電話会議を通じて報告しました。山本社長は、「わかった。社内回覧できる税務調査結果報告書(正)と実態の報告書(裏)を作成しておくように」と指示があり、事後承認を得たと思いました。その翌日、椎名取締役から会議室に呼ばれ、経済産業省の【外国公務員贈賄防止指針を知っていますか】というパンフレットを私に提示して「税務官に支払ったアンダーマネーはコンプライアンス違反だ」と今更のように指摘してきました。私が「どう対応しますか」と聞くと「対策を考えなくてはならない」と言って会議室を出て行きました。た山本社長が、タイ出張から帰国した翌日の9月5日、山本社長から社長室に呼ばれました。社長室には、新井常務、椎名取締役が同席していました。山本社長は「今回のベトナムの税務官に対するアンダーマネーは、竹腰部長の判断で行ったのか?私の考えとは違う」と言ってきたので「事前に承認をいただこうとしましたが、税務官の要求が急変し、時間がありませんでした。ただ、2017年の税関監査時に税関員からのアンダーマネーを要求された際に、社長に事前承認をいただいた前例と同様であり、現地も『払って良いのでは』と相談してきましたので、支払う判断をしました」と反論すると「あの時と金額が違う」と怒って注意されました。続けて、新井常務が「賄賂とか要求する際の『すぐ返事しろ』は反社会的勢力等の常套手段ですよ」と発言し「事前に報告すべきでしょう」椎名取締役も続いた。「椎名さんには、事前に報告しました」と言うと「支払い実行の承認などの判断に関与していません」と言い返してきました。山本社長が「お前たちは、コンプライアンス違反を行った。自分の考えと違うと日帝ベトナムの田村へ伝えておくように」と締めくくり退室を促されました。9月10日ナムディン省税務局から監査の最終結果報告書が届きました。調整金を払った税務官リーダーの進言とおり、「追徴金は3千万円、今後の法人税について、2年間は免除で、その後の3年間は、半減させる」という優遇措置が記載されていました。その結果は、山本社長、椎名取締役に口頭で報告しました。9月17日、ベトナムの田村社長と税務署の最終報告書に基づき、税務監査報告書(表)を作成し、椎名取締役の意見も加えて完成させ、税務監査報告書(裏)と共に山本社長へ手渡し、 (表)の報告書は、同日、社内ルール通り、関連役員に回付しました。その後「あのアンダーマネーの支払いは、コンプライアンス違反だ」と打ち合わせ等がある度に、山本社長と椎名取締役から指摘続けられ、「ベトナムの田村社長に釈明に来るように」と山本社長から招集が、かかり、10月7日に報告会を行うことになりました。山本社長が、私と田村社長の独断で実行したことを強調し始めてきたので、2017年の山本社長の賄賂支払い承認に基づいて、判断した資料を作成して、報告することを打ち合わせしました。

 10月7日、田村社長と社長室に入ると新井常務と椎名取締役が既に入室していました。田村社長は、持参した2017年の税関監査時に山本社長が承認した内容と今回の税務署から要求された賄賂の支払い内容と羅列した資料で報告を行いました。山本社長は、「2017年の件があるから、今回の事前相談もなく、税務官へ調整金を支払ったことが、コンプライアンス違反を免れることにならない」と言い張りました。判断理由の説明については、一切受け付けません。「コンプライアンス違反は懲罰対象となります」椎名取締役言うと山本社長から「二人には、コンプライアンス違反の責任を取ってもらうことになると思う」と懲戒処分を仄めかされました。席に戻ると、椎名取締役が寄ってきて「山本社長から『10月9日の取締役会で竹腰部長が、報告するように』とのことです」と伝言してきました。その後、田村社長と会議室で「取締役会で報告した場合どうなるだろうか」を相談しました。最悪のケースを想定すると、今回の不正は、二人の責任とされ、懲戒解雇の可能性もあるため、その対応をどうするか、田村社長が、現地で、困ったときにいつも相談していた、日帝インドネシア会社の露崎社長に連絡をとり、意見を聞くと「明神専務に取締役会の前に相談し、サポートを懇願すべき」とアドバイスをもらい、8日に明神専務に連絡をとり、不正発生の全容と9日に取締役会が開催され、辞めさせられる可能性があることを伝えた次第です。明神専務からは、「名誉会長に相談して手段を講じる」と回答を得ました。

 10月9日の朝、就業前に椎名取締役から「本日の取締役会は、役員報告会となった。山本社長が呼んでいる」と言われ、一緒に社長室フロアに上がると山本社長から「本日の役員報告会では、現地(ベトナム会社)が多額の追徴金の減額となるため会社の利益になると思い支払いの判断をした」という内容で報告するように言われました。私は、現地のみの判断でないことを伝えましたが、無視され、加えて「文書化できないので口頭のみの報告にとどめること」また「今後、同様の問題が発生した場合は、速やかに報告し、協議の上、決裁伺いをするように」と指示されました。昨日までの私と田村社長の責任追及の態度から全く一転し、事後承認したと改めて感じましたので、二人の指示に従うこととしました。山本社長から椎名取締役に「東野監査等委員はどうする?」という問いがあり「東野監査等委員は、立場上、監査法人と対策を講じる等、やらねばならないことが発生しますから今回は外しましょう」と椎名取締役は回答していました。その時は、何を話しているのかはわかりませんでした。午後の役員報告会は、監査等委員をく取締役六が出席しました。この時、朝、椎名取締役が東野監査等委員の出席に関する発言の意味が理解できました。役員報告会に東野監査等委員には意図的に出席依頼を行ってなかったわけです。役員会では、山本社長に促され、私から、ベトナムでの税務官に対するアンダーマネーの支払いの経緯と朝、山本社長に指示された状況に加えて、自分が山本社長に相談、確認をする前に、現地にGOサインを出してしまったことを詫び、最後に山本社長から(表)と(裏)の報告書作成指示もあったことを述べました。山本社長を始め、新井会長、明神専務らが「会社の利益のために、やったこと」を強調され、最終的には、決議はありませんでしたが、「追認された」と私は思っています。正直、明神専務に相談したことが、功を奏して、取締役会から役員報告会へ変わり、我々の責任追及の決議も行われなかったと胸をなでおろしますと共に明神専務に感謝しました。

 10月22日に社長室に呼ばれて、ベトナムで支払ったアンダーマネーについて、椎名取締役から「今回の多額の現金支払いは、内部監査や監査法人監査で、使途不明等で発覚される可能性が高い。消耗品関連処理でも金額が多額過ぎる」と問題提起があり、山本社長、新井常務、椎名取締役と私の四人で、会計処理の打ち合わせを行いました。方針としては、コンサルティング会社を通した支払いにして、証憑を得る方法に決めました。山本社長から、コンサルティング会社へのお金の移動は、くれぐれも慎重にすることが厳命され、支払いは、三回に分割させることまで決めた次第です。その午後、椎名取締役と会議室でベトナムと電話会議でコンサルティング会社を探すよう指示しました。田村社長は、アンダーマネーを払った税務官に問い合わせて、コンサルティング会社の紹介を受けました。コンタクトを取り、こちらの要望を伝えて、契約内容の打ち合わせを行い、その内容については、椎名取締役と田中課長と随時メールや電話で共有しました。アンダーマネー分の領収証を入手する手段はコンサル会社とは、お金の移動のみで

➀銀行介在させ、アンダーマネー相当額の1500万円をコンサル会社に振り込む

②コンサル会社は、その同額をキャッシュで日帝ベトナム会社に戻す

③同時に領収証を発行する

④キャッシュの返金と領収証領収証の受領を確認して手数料5百万円をコンサル会社に支払う

というスキームです。検討経過は、山本社長にも報告しており、山本社長からは、①のコンサルティング会社への振り込みは、与信上、安全策として全額一回の振り込みではなく、三回に分けるようにと細かい指示もありました。領収証対象金額を三分割して、1回目の5百万円を振り込み、そのお金がキャッシュで返金された事実で、2回目実行させることとなりました。コンサルティング会社との契約内容は、「税務局への減税交渉」の依頼とその手数料は、最低金額の、5百万円に加えて減税幅に応じた成功報酬ということにしました。コンサル会社は、税務官の紹介ということもあり、当社の要望に、沿う内容で同意いただき交渉は、スムーズに進みました。椎名取締役から「コンサルティング会社との契約については、11月11日の取締役会の後に承認を得ます。経営会議決裁の稟議書を準備してください」と指示があり、「コンサルティング会社への第一回目の5百万円相当を11月14日振り込みして、一五日に同額のキャッシュの返金、二回目の五百万円相当額の振り込みを18日に行い、19日にキャッシュの返金、最終の5百万円の振り込みを20日に行い、21日にキャッシュ返金と三回振り込んだ総額1500万円の領収証を受領後、コンサルティング会社に手数料5百万円相当を支払う」という具体的手順も両社で合意しました。経営会議決裁稟議書の作成に際して、成功報酬分の率や軽減税額対象金額等、辻褄が合うよう、椎名取締役のチェック、指導を受けました。11月11日の取締役会後、椎名取締役から「コンサルティング会社との契約について、取締役の皆さんに了解を得たから、経営会議決裁稟議書を持ち回りで、承認を得てください」と連絡が入ったので、準備していた稟議書を関連取締役に持ち回り承認印を押印いただきました。コンサルティング会社との第一回の振り込み、キャッシュバック、第二回目の振り込み、キャッシュバックも滞りなく完了し、その経過は随時、山本社長、新井常務、椎名取締役に報告しておりました。その二回目の実行が完了後である19日に、山本社長から、田村社長と私宛 (C.C.新井常務、椎名取締役) に「ベトナムコンサルティング会社とのオペレーションは、直ちに一切ストップするように」という内容の緊急メールが送信され、現在に至っています。


「詳細に渡り、説明ありがとうございました。少し、確認のための質問させてください」明神専務からの説明と日にちの相違等あるが、それは、証憑を基に明確にして行く。取締役の関与の事実は、非常に残念であり、今後の対応の困難を物語っている。

「わかりました」竹腰は、40分に及ぶ報告で、喉が渇いたのか、ペットボトルのお茶を飲んだ後、答えた。

「今まで、隣に監査等委員である私に、何も報告がなかったのは、どうしてですか」“隣の席”にいながら、全然知らなかったことに少々怒りを覚えたのは当然である。執行役員でもある竹腰にガバナンスの再認識をさせるべく東野は聞いた。

「怖かったからです。前任者の乾さんは、人柄等も、良く知っておりましたが、東野さんが、6月に就任されてから、どのような姿勢で監査等委員という職責を果たす人かわからなかったので……」

「内部統制システムや危機管理のスキームは人柄や人物に関係なく制度に従って、有事があった場合は、報告等行うものですよね」

「申し訳ありません。9月2日に山本社長に報告した際、事後承認を得たという安心感がありました。その後、責任を押し付けられそうになった時は、明神専務に相談しました。私には、役員の方々の間で、どのような情報が共有されているのかわかりませんでした。10月9日朝、椎名取締役が、東野さんを役員報告会に呼ばない提案を山本社長に進言して、私に呼ばない決断を聞かせたことは、『緘口令を引かれた』と理解しました」まだ、組織の一員としてではなく、個人の保身のための発言であったが、話題を変えた。

「確かに、すぐ返事を強要させる賄賂の要求にしては、当初の回答期限を9月5日とした今回の要求は『余裕がある要求』とは、思いませんでしたか?」

「2017年の税関監査の時は、何日か余裕があり、賄賂の金額の交渉もできたので、そうは思いませんでした」

「わかりました。2017年の税関監査の件は、この後、お聞きします。10月9日の役員報告会では、コンプライアンスについての議論はありませんでしたか?また、会議の議事録や内容のメモなどは、ありますか」

「今後のコンプライアンスの対応についての議論は、ありましたが、今回の不正に関してのコンプライアンス違反については、『支払ってしまった感』があり、議論はありませんでした。誰かが、議事録等は取ったかどうかわかりません。私は本会議の分の記録は、取っていません」

「竹腰さんは、今『本会議の分の記録は、ない』といいましたが」

「山本社長と椎名取締役に役員本会議の前に呼ばれて報告の仕方を指示された記録はあります」

「山本社長と椎名取締役の『監査等委員の排除』の決断の会話の類もですか」

「ハイ、音声録音があります」東野は驚くとともに、山本が、竹腰と田村のみに責任を押し付けて収めようとしたことや賄賂支払い前から報告をしていたにもかかわらず椎名の対応等への不信感がそうさせたのだろう。

「資料として提出ください」

「ハイ、USBで準備しています。昨日、明神専務から電話があり『東野監査等委員のヒアリングの時は、全て報告するように。誤りは認め、是正せねばならない』と言われています」

「言われたからでなく、竹腰さんご自身、是正するお気持ちですか」明神専務の事前連絡は、調査の大きな後押しであるが、竹腰は、執行役員部長職という幹部社員であるため、ガバナンスの認識を確認した。

「今は、間違っていたと反省しています。正直、東南アジアや中国では、大なり、小なりアンダーマネーは、特に役人は、日常茶飯事に要求すると聞いています。2017年のように丸く収まってほしいと思っています。これは、海外ビジネスに関わる社員の半分以上は、同じ考えだと思います」

「理解されていると思いますが、当社は、上場会社で、会社法や金融商品取引法に基づいて会社を経営しています。また、コンプライアンス、コーポレートガバナンスコードを守ると宣言しています。例え、『他の会社がアンダーマネーを容認しているから、当社もやってもコンプライアンス違反にならない』とはなりませんよね」

「東野さんの意見は正論です。でも現場は簡単に行きません。今回の税務官へのアンダーマネーを支払わなかったら、追徴金だけでなく、税務監査も毎年行われますし、2017年の税関監査のときは、税関監査員の機嫌を損なうと通関手続きに支障がでると脅されました」思い悩んでいた考えを述べた。

「それで」東野は淡々と聞いた。

「海外の工場に大きな影響が出て、競業にも負けて、採算は悪化し経営が成り立たなくなったらどうします?誰が責任とるのですか」

「採算が取れなく成り立たなくなったら、撤退すべきでしょう。責任は、コンプライアンスを前提に海外進出を考えなかった推進者が取るべきです」東野は、竹腰が今、理解するかは別として、第三者調査委員会の調査も始まることから、コンプライアンス違反の責任認識と是正のために言い切った。

「ベトナム会社が成り立たなくなったら、今の利益五億円が連結から無くなり、従業員八百名が路頭に迷いますよ」

「だから」

「『だから』っていうと」

「だから、『コンプライアンス違反しても丸く収め、隠蔽しても良い』と考えますか」

「自己の利益のためでなく、会社の利益と考えて……」

「しつこくて済みませんが、『会社の利益のためなら、コンプライアンス違反しても丸く収め、隠蔽しても社会的に容認される』ということですか」

「そうは言いませんが、程度ってありますよね」

「程度って、コンプライス違反の『程度』ということでしょうか?竹腰さん、もし、『程度』が容認されるとして、誰がコンプライアンス違反の『程度』の善し悪しを決めることができるのでしょうか」

「……」

「コンプライス違反の『程度』を決める権利を持つものは誰もいませんよ。当たり前のことですが、会社は、法に則って利益を上げることが大前提です。『コンプライアンス違反をしてでも利益を上げろ』と株主は言いませんし、誰も言えません」

「わかっています。わかっていますが、日帝工業には、監査等委員のような、意志の強い経営者はいませんでした」

「そうですね。8月31日から11月20日の取締役会まで隠蔽していました。何故、今回の取締役会で公表したのか、また、急に、第三者調査委員会の設置まで決議したのか、その意図はわかりませんが。ちょっと話が、是正の本質に入ってしまいましたが、質問に戻っていいですか?」

「ハイ、なんでしょう」

「10月22日にコンサルティング会社を介入させることで正当化しようという工作が始まりますが、切掛けは、何ですか?」

「新井常務と椎名取締役が、顧問弁護士の金沢弁護士に相談をしに行った際に『コンサルを介すると大丈夫』とアドバイスをいただいたそうです」

「本当ですか?弁護士が、そのような違法行為を勧めるとは思いませんが。エージェントやコンサルティング会社を通しても違法ということは、経産省の『外国公務員贈賄防止指針』にも記載がありますよね。また、コンサル会社に追加で手数料5百万円払って領収証を入手すること自体、新たなコンプライアンス違反です」

「東野さん、社長、常務、経理財務担当取締役が、『これで合法的になる』と判断したことに、私が『違法だ』とわかっていて、何かできますか」

「通報制度で通報をすることや、監査等委員に報告することでしょう」

「ことの発端のアンダーマネーの支払いのGOサインを出した私が、『合法的手段』の提案について裏切って、通報ができますか」

「再三、言いますが『だから』と。役員らが決めている。裏切ることができない。『だから、コンプライアンス違反を隠蔽しても良い。追加の費用をかけて、会計上も偽証となる領収証を入手し、表面を取り繕うこともしょうがない』と。偽りの『合法的手段』ですよね」

「……弁護士のアドバイスが間違っていると断言できますか。私は、顧問弁護士へ相談した場に居ませんでしたのでわかりません」

「顧問弁護士のところにもヒアリングに行きますが、何か、アドバイスを誘導する質問したのか。アドバイスの切り取りか。顧問弁護士の方には、事実を全部、洗いざらい説明はせず、相談したであろうということは断言できます」

「なぜですか」

「竹腰さんが、持ち回りした、コンサルティング会社との契約に関する『経営会議決裁稟議書』の内容です。私のところにも皆さんの稟議後、回付されましたが、まさか、契約書も含めて偽りの内容とは、思いもよりませんでした。あんな数字も含めて、会社の経営管理システムの稟議規程にも反して、偽造して承認させること自体、不正の隠蔽の何よりの証拠です」東野はちょっと時間をおいて質問を続けた。

「コンサルティング会社との契約の件ですが、真の目的は、アンダーマネー総額の1500万円の領収証の発行を依頼したということですよね?」

「そうです。2017年は、消耗品費で、処理したので、田村社長からは、同様の処理にするとの報告があったのですが、椎名取締役が『不自然だ』と異を唱えたので、変更しました」

「コンサルティング会社と日帝ベトナム会社が、振り込んだり、キャッシュで戻したりしなければならなかったのは、何らかの規制対応ですか?」

「ベトナムでは、2000万VDON(ベトナムドン:約94、000円)」以上の代金支払いは、銀行を通した支払い、銀行振込でなければ、領収証の発行はできません」

「なるほど、だからアンダーマネーの領収証分を三分割して、コンサル会社へ振り込む。三分割したのも使用資金は、約五百万円の振込とキャッシュバックを三回繰り返す。与信リスクも五百万円で済むし、最後にその5百万円を手数料分として、振り込む。これはキャッシュバックなしということですか」

「そうです」

「三回目の振込、キャシュバックの、その工作が、急に停止になったのは何故ですか?」

「それは、わかりません」

「ありがとうございます。それでは。引き続き。2017年の税関監査関連の経緯を伺わせてください」


【竹腰部長の証言 2】

 日帝ベトナム会社の税関監査は初めての監査で2017年6月確か13日から一週間の予定で始まりました。種々課題は、抽出されましたが、一番大きな課題と指摘されたのは、ライセンス違反でした。設立時から有している投資ライセンスでは、ベトナム会社の国内で行なえる業務は、「アルミ・プラスティックの成型部品、金型の生産・加工・及び組立、販売」でしたが、通関実績に中国からの金型を輸入して、加工もせず、そのまま販売していることはライセンス以外の商社機能に該当する違法行為と断定されました。日帝ベトナムとしては、一部加工したと主張しましたが、認められず、行政処分として2012年から17年までの五年間の販売実績の100%当時のレート10億円とVAT10%が、追徴となる旨連絡がありました。ライセンスの説明と到底追徴金は受け入れられない交渉を継続しましたが、税関長への監査報告期日も迫り、追徴が避けられないと察した田村社長は、税関監査の経験のある取引先に相談すると「アンダーマネーによる解決策は、あるかもしれない」相場感も聞くと「1000万円程度」と言いう情報を得たので、私を通じて山本社長に相談しました。田村社長からも山本社長へ随時、経過は、メールで連絡しておりました。山本社長は「1000万円を限度として交渉しなさい」併せて「乾常務と経理財務部長とも情報を共有しなさい」という指示があり、このことを田村社長へ伝えて、交渉依頼すると共に、乾常務(当時は常務でその後、監査等委員となった)と経理財務部長である椎名部長に伝えました。税関監査長にアンダーマネーの支払いを提案するとあっさり了承し、支払い後、追徴金は、なくなりました。


「2017年の税関監査は、当社からアンダーマネーを持ちかけたのですか?」

「そうです。田村社長の知り合いの取引先からの情報もあり、田村社長は、税関監査長が

監査中には一人になる時が中々なかったので、監査終了前日、電話で呼びだし、食事に誘い、恐る恐るアンダーマネーの相談を持ちかけました」

「監査期間中に、良く食事の誘いに応じましたね。かえって目立ちそうですが。こんなも

のなんですかね」

「田村社長は『個人的に、お礼がしたい。渡したいものがある』と誘ったそうです」

「会食時に何かお礼って、渡したんですか」

「1000USドル、渡しました」

「えっ、現金を渡したんですか!」

「ハイ、何か呼び水がないと、来ないのではと考えました。来ないと相談できないし、様子伺いもあり……もちろん、会食時に1000USドルを渡すことは、事前に山本社長にメールで報告しており、山本社長からは、『よろしくお願いします』と返信がありました」生々しいやり取りである。明らかに、確信犯であり、自ら賄賂を提供することで、税関監査内容の改竄を依頼する行為は、犯罪である。同じく犯罪ではあるが。2019年より、質が悪い。「前任の乾氏は、見て見ぬ振りをしたな」と東野は、確信を持った。「2017年の賄賂を知りながら、今回も黙認や隠蔽をしたのは、山本社長と椎名取締役だけだろうか」この件も明確にせねばならない。東野が少し考える時間が不安だったのか、竹腰部長は、

「今回の税務局監査長から、アンダーマネーの要求があり、急に回答返答を迫られ、事前承認が得られず、決断せざるを得なくなった時、田村社長との間では、2017年の山本社長の対応が頭にあり、事後承認するであろうと思っておりました。アンダーマネーの額については、山本社長は自分が関与していないため『何故交渉して減額できなかったのか』等は、ガタガタ言うかもしれないですが」竹腰部長は、思いをぶちまけてきた。

「監査等委員、山本社長は、税務官リーダーのアンダーマネーの要求を事前に相談したらコンプライアンスを重視して断ったでしょうか。2017年には、金額の指示までして、当社からアンダーマネーの申し出をすることに同意しました。また今回は、裏の報告書を

作成させたり、役員報告会に監査等委員を呼ばなかったり、偽造の領収証を入手する手段を了承しています」

「2017年のアンダーマネー支払った後、山本社長から何か、注意や、今後、同様のことが、起きた場合のことについて指示等ありましたか」

「税関監査報告書が、正式に送られて来たときに『追徴の記載は、ありません』と報告すると『ご苦労』の一言で後は、何もありませんでした」聞くまでもない回答であった。

「竹腰部長、山本社長が、是正するまで、同様のケースが今後も発生した場合、竹腰部長は、2017年の事例に従って、不正行為とわかっていても会社の利益のためとアンダーマネーを払うという判断を継続するということでしょうか。それとも『だから、自分の責

任は軽減されるべきだ』とも言いたいのでしょうか」竹腰部長の顔色が変わるのを確認して、東野は今、是正させる機会と考えて続けた。

「山本社長と同類にならないでください。誰が何を言おうが、誰かから何か言われようが自分の職責でコンプライアンスを徹底することが、社会人の基本です。あなたは、刑事事件を起こしました。そのことの隠蔽工作にも加担しました。その責任は、あなた自身にあ

ります。山本社長らが、是正しなくても竹腰部長は、即、是正すべきです」

「これからは、コンプライアンスの徹底を第一として判断します」

「企画管理部は、海外の案件の相談窓口となっています。例えば、インドネシア会社の露崎社長から『助けてくれ、通関が止まる』と相談があったときも、深圳会社の上山宮副董事長から『監査を終わらせるには、袖の下が必要』と相談があったときもコンプライアン

スを徹底して、是正できますか」

「徹底します。でも相手が納得しないときはどうすれば良いですか」

「竹腰さんの隣にいる、私に相談してください」

「わかりました。徹底します。」

「竹腰部長、あなたは、甲斐常務、明神専務に続いて、是正すると約束いただきました」竹腰は、顔を和らげた。

「私は、取締役の監視、監督、責任追及をする職責です。その経緯で竹腰部長の責任の追及にも携わざわるを得ないでしょう。責任追及は、徹底して行います。しかし、竹腰部長が、自分の責任に正面から向き合い、猛省して、監査等委員会や第三者委員会の調査に全

面的に協力いただければ、私は、あなたの是正プロセスを全面的に支援します。今の段階で、具体的に何ができるかとは申し上げられないことをお許しください」

「調査については、知っていることは全てお話しましたし、資料も持参しております。今後も何か追加の質問等あれば、何でもお聞きください。お答えします」晴れやかな顔つきになっていた。

「竹腰さん、第三者調査委員会の調査や何か他の調査等で意見を求められた場合は、本日の話していただいた通り、自分で考えたり、思ったこと、言いたいことをハッキリと発言してください。後でこういえば良かったとかないように。今日の私の意見は、あくまでも

私の意見や判断です。今日の竹腰さんのお話を監査等委員会で報告します。委員会の議論で、何か結論が変わるかもしれません。第三者調査委員会でも同様です。長い時間ありがとうございました」

「こちらこそ、ありがとうございました」竹腰は何か重荷が一つとれたような、清々しい顔つきとなっていた。二時間にわたるヒアリングが終了した。東野にとって、非常に重い内容であったが、全容が把握できた。資料も「(裏)税務監査報告書」やメールのやり取

りも多々あった。東野が、最初に確認した証憑は、資料の一つとして預かったUSBに入ってある「10月9日8時30分社長室」という表題の音声データである。竹腰部長に山本社長と椎名取締役が、午後の報告の仕方の指示内容が10分程度、録音されており、最後に山本社長と椎名取締役の会話が次の通り、

(反訳)

山本「本日の役員報告会に、まだ、東野さんには声をかけていないが、どうしようか」

椎名「それで良いと思います。東野さんは、監査等委員という立場で、この話を聞かされるのは、東野さん自身、困るでしょう。立場上、何かしなければならないし……」

山本「竹腰部長、そういうことですから」という短い録音であったが、山本と椎名は、意図的に監査等委員を出席させないことと決めていた。隠蔽工作の一つであろう。東野は、録音から二人の声をハッキリと認識するとともに、自分の立場を危惧する発言に腹立だし

い思いであった。山本は、代表取締役、椎名は、取締役兼経理財務部長という上場会社の重責を担う立場でありながら、自ら不正行為の隠蔽の意志を露わにする愚かさには反吐が出そうな気持である。まだ、調査は、スタートしたばかりで、竹腰の証言の内容の一つ一

つを証憑で固め、関係者への確認作業が終わるまで、全面的に「事実」とすることはできない。東野は、二日かけて、竹腰の証言を時系列に、関係者、証憑有無(メール等のやり取りがあるか、口頭か)を纏め、両角と佐藤にメールで、“監査等委員内限定”で送付した。両角からは、一覧したであろう後に、すぐ電話があった。

「東野さん、ご苦労さまです。竹腰部長のヒアリング内容、拝見しました。酷いですね。賄賂の支払いを、刑事事件とは、捉えてませんね。犯罪を会社のトップが、それも一人でなく、幹部全体で、隠蔽しようとしているとは、情けない話です。会計に携わる同業者と

して、椎名には、がっかりです。賄賂の要求の事実があったことも知っていて、止めさせない。賄賂の支払い隠蔽するため、偽りのコンサルタント契約を締結して、マネーロンダリング的なお金のやり取りまでさせて、領収証を入手する。しかも、稟議書も偽りの内容

で回付して、社内決裁書類を整えるなんて、私文書偽造もいいところです。また、賄賂の支払いを知りながら、何事も無かったように第2四半期の決算を締めて公表する。監査等委員にも監査法人にも報告はせず、隠避工作を自ら指示する。経理財務関係を管掌する取

締役がですよ。全く。最悪な会計責任者です。すぐに辞めやせたいです」怒りの連絡である。

「早々にありがとうございます。まだ、一方的な発言なので、確証はありませんが、ただメールのやり取りとか確認すると山本社長、新井常務、椎名取締役は、隠蔽工作に明らかに、関与しています。新井会長は、ご存知とは思いますが、知っていた、承認したという

証憑がまだありません。明神専務と甲斐常務は、役員報告会での事後承認はアウト、その後のコンサルティング会社を使った、隠蔽工作をどれだけ知っていたかの程度がわかりません。コンサル会社を使う『経営会議決裁稟議書』には、承認印がありますが……」

「明神専務と甲斐常務の件は、私が確認しましょうか?東野さんは、まだ、多々調査すべき対象があるでしょうから」

「それは、助かります、二人からは、役員報告会から、今までの黙認と沈黙したことへの謝罪はありましたし、これから是正措置に関して協力することを約束してくれました。もちろん、彼らの責任については他の取締役と同様、徹底的に追及をします」

「それで良いと思います。我々の職責として、取締役の業務執行状況を監査しなければなりません。東野さん、彼らは徒党を組んで、対抗してくると思います」

「何に対して、対抗するのでしょう」

「保身でしょう。山本は、椎名と共に、新井会長を駆け込み寺として、何か、責任逃れの手を打ってくると思います」

「確かに、彼らが、徒党を組むと会社として正しい認識や決議、開示等の決裁が、困難になるかも知れませんね」東野は不安に駆られ始めた。

「ところで、この資料は佐藤さんにも送付していますよね」

「ハイ、監査等委員ですから。何か問題ありますか」

「多分、佐藤さんから、新井泰にデータは渡るでしょう。今後、監査等委員側の重要な資料の開示はある程度、留意した方が良いかと思います。例えば、監査等委員会の場のみとか限定して」

「まだ、生のヒアリング情報で全部裏付け証憑もなかったので“監査等委員内限定”で、送ったのですが、それでも限定されませんか」

「無理でしょう。佐藤は新井家と所謂ズブズブの関係で、『ご注進、ご注進』と寄り添っています。これからお解りになると思いますが、佐藤は、新井家にマイナスになる決議は一切しません」と言われても東野には、まだ理解はできなかった。

「例えばの話ですが、東野さんの今回のメールに対して、佐藤は何も反応しないと思いますよ」

「そうですか。まだ、人間関係が、わかっていませんが、両角さんのご忠告は理解しました。気を付けて全体を見回します。私は今日の午後、もう一人の当事者、日帝工業ベトナム会社の田村社長へのヒアリングを行います」

「よろしくお願いします」電話が終了後、「両角さんも、新井家と長いお付き合いはあるでしょうに」と訝しげに思った。確かに、竹腰からのヒアリング結果のメール発信して数日間経過しても、佐藤からは何の反応もなかった。

 日帝工業ベトナム会社の田村社長には、竹腰部長にアポを取った日に同じく予定を伺い、ウェブ会議の日程調整を行い、本日午後となった。東野は、同じく六階会議室からベトナムの田村へウェブ会議を繋げた。

「田村社長、聞こえますか」

「大丈夫です。カメラも見えています」

「よろしくお願いします。先日、竹腰部長のヒアリングを行い、流れは理解しているつもりです。竹腰部長の話と重複しても構いませんので田村社長の携わった“事実”を教えてください」

「この度は、コンプライアンスに違反した行為を起こしてしまい、誠に申し訳ありません。竹腰部長からもお聞きしております。私が関わった事実をなるべく正確にお伝えします。よろしくお願いします」


【ベトナム会社田村社長の証言 1】

年度は全て今年、2019年ですので省かせて、いただいます。

・8月16日:ナムディン省税務局から税務監査実施の通知を受領しました。同日、本社役員、関係部署へメールで通知しました。

・8月26日:ナムディン省税務局の監査開始

・8月29日:税務監査官リーダーから監査結果の追徴金が約4億円と通知がありました。追徴内容は、追加投資分の優遇措置についての解釈に相違があった分に対する追徴でした。余りにも多額であったので、すぐ、本社企画管理部の竹腰部長と田中課長に連絡しました。「本社でも検証する」という回答はありました。

・8月30日:早朝出社してきた、税務官リーダーに呼ばれ、「アンダーマネー約1500万円支払えば、追徴金は、約3千万円、優遇措置として法人税を二年間免除、その後、三年間は、50%」という内容と「回答期限は、9月5日までに」とう申し出がありましたので、これも本社、竹腰部長へ連絡しました。その日に「椎名取締役まで報告した。山本社長は不在」という連絡がありました。

・8月30日:同日の午後2時頃、再び、税務官リーダーに呼ばれ「朝の話、2時間以内に回答するように、そうしないと4億円追徴となる」と半分、脅されて、回答を迫られました。このことを慌てて、竹腰部長に報告すると「山本社長は、今日は帰社せず、明日からタイ出張、椎名取締役は午後、外出した」とのことで、対策を相談しました。

 私は、最近の税務調査の事例として、昨年ですが、近隣のOEM供給お取引様のコピー機販売会社のキーエン社でも税務監査があり、「3億円ほど、追徴を課せられたたが、アンダーマネーの支払いで免れた」との情報もありました。また、2017年の税関監査の時、山本社長の承認をいただいてアンダーマネーを支払い、その後、今日まで、何の注意や、コンプライアンスに関する指導も無かったので、「税務監査官リーダーからの要求のため、支払わざるを得ない」と判断し、竹腰部長に承認のお願いをしました。その時は、田中課長も同席しており、三人で打ち合わせを行いました。田中課長は、当社に転職する前の会社で、中国駐在の経験があり、「袖の下を要求された時、支払わないと通常三年毎の税務監査が、毎年行われるようになった経験がある」とか「中国や東南アジアでは、日常茶飯事の要求で、応じないと税務申告の際に、嫌がらせをされる場合もある」等の発言があり、竹腰部長は、「山本社長から事後承認はいただける」と判断して,GOサインを出しました。この日の内に現金は準備しました。

・8月31日:準備した、現金を紙袋四つに分けて包装し、税務官リーダーの指定した喫茶店に時間通り、12時に、社用車で持参させました。向かったのは、ベトナム人経理マネジャーのフォン氏と日本人駐在員部下である管理部、神田部長との二人です。引き渡しの状況ですが、紙袋が四つあるので、フォンと神田部長が、二つずつ、喫茶店の税務官リーダーが座っていたソファー席の隣の床に紙袋を四つ重ねておいたそうです。神田部長は置くとすぐ外に出て、外から中を伺っているとフォン氏と税務官リーダーが一言二言、言葉を交わしてから、フォン氏は出てきたそうです。神田部長がフォン氏に「何を話したの?」と聞くと「ご要求のものです」と説明すると税務官リーダーは「ありがとう」と答えたそうです。ファン氏は、どうやって中味、金額を確認するのかと思い、話しかけましたが、確認することはしなかったそうです。その後、車の中に戻り、喫茶店を監視していたらしく、税務官リーダーは、店から二つ紙袋を持って、駐車場に止めてあった自分の車に入れ、また、席に戻って残りの紙袋二つを車に運び終わると駐車場から車を出して、西の方角へ行ったそうです。一時には、二人は事務所へ戻ってきて、さっき述べた受渡状況を説明してくれました。

・8月31日:午後4時ころ、仮税務監査報告書を作成して、現金の受け渡し状況と共に竹腰部長と田中課長にメールで報告しました。

・9月2日:朝一番で、竹腰部長から「仮報告書で椎名取締役へ説明はした。山本社長は、タイに居るので、報告は、午後になる」旨の連絡がありました。

・9月2日:午後4時頃、再度、竹腰部長から「タイに出張中の山本社長に椎名取締役と田中課長と三人で、電話会議で報告した。山本社長から、会社内で回付できる所謂、(表)の税務監査報告書と本当の事実を記した(裏)の税務監査報告書の2通を作成するように指示があった」と連絡がありました。それ以外何も指示等はありませんでしたので、その時は、山本社長の事後承認が取れたのだと思いました。

・9月5日:竹腰部長から連絡がありました。「本日、社長室に呼ばれて、新井常務と椎名取締役が同席し、山本社長から『田村社長と竹腰は、コンプライアンス違反を行った。自分(山本社長)の判断とは違うと田村社長に伝えるように』と怒られたとの話がありました。勿論、2017年の山本社長の決裁を基に判断したこと、アンダーマネー要求があった時、椎名取締役にも伝えたと言い返したが、山本社長は『207年と今回は違う』、椎名取締役は『話は聞いたが支払いの許可はしていない』と手のひらを返すような発言があった」という内容です。

・9月10日:ナムディン省税務局から今回の税務監査の正式な報告書が送付されてきました。内容は、追徴金約3千万円、優遇措置として向こう二年間は、法人税無税、その後、三年間は法人税が50%減税となる報告書で税務官リーダーの説明通りだったので、アンダーマネーは確実に税務官に渡ったことを確信しました。もちろんこの報告書は、すぐ、本社の竹腰部長、田中課長宛にメールで送信しました。

・9月17日:山本社長から要求されていた(表)の税務監査報告書と本当の(裏)の税務監査報告書が、完成したので本社へ送付しました。この報告書を作成時には、椎名取締役にも事前に見せており、加除訂正等内容変更の指示がありました。竹腰部長から、山本社長に報告書二冊手渡した際に、「10月7日に一時帰国して、正式報告をするように田村社長へ伝えること」と言われたと伝言がありました。どのような報告にするか、竹腰部長と打ち合わせを行い、2017年と今回と並列した報告書を作成して説明することとしました。

・10月7日:本社報告のため、一時帰国しました。竹腰部長と社長室に入ると、新井常務と椎名取締役が同席していました。準備していた「日帝ベトナム 通関及び税務監査費用取り纏め表」を提示して、山本社長承認前に、アンダーマネーの支払いを決断した経緯と8月31日の現金引き渡し状況について、説明しました。また、今回のアンダーマネーの会計処理は、二年前と同様、消耗品費で処理する予定とも併せて報告しました。山本社長は、資料については、見向きもせず「2017年の支払いの事実があっても、今回の事前承認もなくアンダーマネーを支払った事実は、コンプライアンス違反を免れない」椎名取締役は、「コンプライアンス違反は、懲罰処分の対象です」と私と竹腰部長は、一方的に責められました。

・10月22日:午後、竹腰部長と椎名取締役から、電話会議出席の要請がありました。電話会議冒頭で、椎名取締役から「アンダーマネーを消耗品費での会計処理は、直ちに止めてください」と厳命し、「会計処理は、コンサルタント費用で行いたい。対応できるコンサル会社の調査を行うように」と指示がありました。私は、コンサル会社をどのように利用するのか、理解できず「どういうスキームでしょうか?」と尋ねると椎名取締役が「コンサル会社に介在してもらって証憑を回収するというスキームです」一時帰国した報告会の時に、椎名取締役は「コンプライアンス違反は懲罰対象」と言ったにも拘わらず、経理財務部長から隠蔽工作の指示があることが、信じられませんでした。「コンサル会社も何らかの費用を要求してくると思います。証憑とは、アンダーマネー分の領収証を作成依頼するということでしょうか」また、勝手な判断と言われないよう一つ一つ確認しました。「そうです。多少の手数料はやむを得ないでしょう。アンダーマネーの金額分の領収証を入手する策です」質問を続けました。「ベトナムでは2千万VDON(ベトナムドン:約94、000円)」以上の支払いは銀行振込が義務化されており、Red Invoiceが入手できません」「知っています。コンサル会社とは、お金をやり取りが必要となることも」「そのようなオペレーションができるコンサルタント会社は、知りませんし、大っぴらに探すこともできません」「税務官リーダーに聞いたらどうでしょう」「アンダーマネーを支払った税務官リーダーにですか」「そう言っているじゃないですか」椎名取締役は、苛ついてきていました。「税務官リーダーに『我々が支払った額、相当分の領収証が必要である。発行ができるコンサルタント会社を紹介してほしい』という内容で確認すればよろしいですね」私は、ストレートに聞きました。椎名取締役は『その内容で、なるべく早くお願いします』と返事して、電話会議を終えた。

・10月23日:税務官リーダーに電話で、椎名取締役に確認した内容で、コンサルタント会社を紹介してほしい旨、依頼しました。税務官リーダーからは、「二、三日待ってほしい」と普通のことのように回答がありました。このことも全て、本社、椎名取締役と竹腰部長、田中課長に随時伝えてあります。

・10月25日:税務官リーダーから返事がありTOM―VIET社というコンサルタント会社を紹介してくれました。すぐ本社関係者に連連絡するとTOM―VIET社に連絡を取り、契約の交渉をするように指示がありました。

 私は、この隠蔽工作は、自分のアイデアではないことを明確にしたかったので、契約・交渉内容をメールで送ってほしいと依頼すると椎名取締役から「書類に残したくない。口頭で説明する」と連絡があり、再び電話会議の要請がありました。「契約内容は『税務監査の追徴分の減税交渉』で金額は、アンダーマネーと同額分プラス手数料。手数料については、少ない程好ましい。アンダーマネー額分の領収証発行のため、当社から、三分割して銀行振込で、支払うので、同日中にキャッシュで返金を受けること。この作業を三回行って、銀行振込の事実をもって領収証を発行してもらう。領収書の受領時に手数料分を支払う」という内容でした。「手数料の上限額は、いくらまでですか?」と聞くと椎名取締役からは「3百万円」と回答がありました。

・10月26日:椎名取締役から指示された契約内容をTOM―VIET社と神田部長と私で交渉始めました。TOM―VIET社の グエン社長は、英語が堪能でしたので、現地社員の通訳補助を介在させずに我々だけで対応できたのは、好都合でした。また、税務官リーダーから状況を聞かされたのか表の契約や裏の要求を淡々と了承してくれました。ただ、グエン社長から出た要求が「①日帝工業ベトナム社の振込からキャッシュバックは、当日でなく翌日とすること②手数料は、約5百万円相当」の2点あり、これについても即答せず、本社に判断を委ねるため、回答は次の週にさせてもらいたい旨伝えて交渉を終えました。

・10月28日:TOM―VIET社との交渉内容は、その日に纏めて、漠然とした内容メールで、椎名取締役、竹腰部長、田中課長に送信しており、朝一番に竹腰部長から電話会議の要請があり、神田部長と参加しました。椎名取締役から「TOM―VIET社の要求➀については、なぜキャッシュバックは、当日でできないのか?」「ベトナムの銀行は振込の入金確認に、早くて半日くらい時間がかかります。また、グエン社長は、『キャッシュは自分が、日帝工業ベトナム会社に持参する。ベトナムの銀行の閉店時間や渋滞を考慮すると翌日の午前中の方が確実』という主張でした」「②の5百万円は、高い。上限は3百万円といったはず」「グエン社長は、指で三本表し『for me』次に指で二本表し『for him』と言いました」竹腰部長が「彼とは、税務官リーダーのことですかね」と椎名取締役に尋ねているのが、スピーカーフォンを通じて聞き取れました。「わかりました。その内容で契約を纏めてください。金額については、基本手数料5百万円相当、アンダーマネー額相当は、減税交渉成功報酬という形で。正式契約は、11月11日以降になります。その日取締役会がありますので、その場で取締役のみなさんからコンサルタント介在の契約を行うことの承認を得ます。それからこの金額のコンサルタント契約は、経営会議決裁事項になりますので、その準備もお願いします。契約書については、日本語バージョンもつけるように」という具体的指示を受け、TOM―VIET社と契約内容を纏めました。

・11月5日:TOM―VIET社とのコンサルタント契約の最終版を日本語版と共に本社へ送付し、本社からも了解を得て、経営会議決裁の稟議書作成を始めました。

・11月11日:竹腰部長から「椎名取締役から『取締役会で承認を得た』と連絡ありました。TOM―VIET社と契約締結ください。それから経営会議決裁の稟議書送付ください」と連絡がはいりました。稟議書は、すぐ本社に送り、TOM―VIET社との契約は、私と神田部長が、TOM―VIET社の事務所に向い、締結しました。

 契約を締結完了と契約に基づいたお金の移動を一四日から行うことを連絡すると、本社内で稟議書の承認も得たことが通知されました。

・11月14日:TOM―VIET社へ5百万円相当の振込を実施しました。

・11月15日:グエン氏が、振込額と同額の キャッシュを事務所に持参しましたので、すぐ銀行に預け、本社に報告すると、一安心したような回答をよこしてきました。

・11月18日:TOM―VIET社へ二回目の振込を実施しました。

・11月19日:グエン氏が、一回目と同様にキャッシュを持参しました。帰り際に「One more time」と笑みを浮かべ、言い残して帰社していきました。キャッシュは、同様にすぐ銀行に預けました。その夕方、山本社長から緊急メールがあり、その内容は、「ベトナムコンサルティング会社とのオペレーションは、直ちに一切ストップするように」という文面でした。直ちに竹腰部長に電話して状況を確認しましたが、彼も理由は知りませんでした。今を持って、理由はわからず、臨時取締役会で第三者調査委員会の設置を決議したことの連絡が届いたのみで、現在に至っております。


「時系列的の状況報告ありがとうございました。少し、確認の質問をさせてください」田村社長の報告は、竹腰部長の報告と同様の内容であったが、現場の臨場感が伝わってきた。

また、証憑や証拠がない場合に、複数人の同様、証言等は、口述であっても証拠能力が、高まることを東野は確信している。

「アンダーマネーの要求に対して、前向きな対応であったと感じましたが」

「ハイ、何度もご説明のとおり、2017年に当社が、税関監査があり、アンダーマネーを支払ってしまいました。先ほど説明しましたが、昨年2018年に取引先様のキーエン社様にも税務監査が入り、アンダーマネーを払って解決したと情報を得ており、毎年どこ

かで監査がある度、誰かが直面する問題であり、東南アジアでは、必要悪なのかなと考えていました」

「ベトナム法の贈賄罪は、ご存知ですか」

「ハイ、今回のアンダーマネー支払いを切っ掛けに調べました」田村の唇が震えた。

「ベトナム刑法364条:10億ベトナムドン以上の贈賄罪の場合は、12年以上20年以下の懲役刑です。『キーエン社もやっているから』で大丈夫ですか?『必要悪だから』と説明して免れるでしょうか」

「いえ、法律違反を犯してしまいました。今はとても恐いです」田村が青ざめたように感じた。

「田村社長、コンサルタント会社の紹介してもらうために税務官リーダーに再度、連絡しましたよね」

「ハイ」

「なぜ、アンダーマネーの返金を要請しなかったのですか」

「意味がわかりません」

「違法行為を正すラストチャンスだったでしょう。今も、できないことはありませんが。

非常に厳しい状況になってきています」

「私は『アンダーマネーを返金してもらう』ことは一度も考えませんでしたし、誰からも言われておりません」

「違法行為と言っても人を傷つけたりした行為ではなく賄賂を支払ったわけですから、支払ったお金を戻してもらえれば、少しは違法行為の罪も情状できた可能性があります」

「返金要請しても既に使っていると思います」

「全額でなくて一部でも返金してもらうことが自体が重要と考えます」

「東野さんだけです。最初に『返金してもらえ』といったのは」

「何が是正措置化を考えれば明確です。まずは、間違った行為を正すことですから」

「返す言葉もありません。是正措置ではなく違法行為の上塗りでのような隠蔽工作を行っていました」東野は、現実の厳しさを知らしめるため続けた。

「本社から、椎名取締役からの指示だったかもしれませんが、厳しい言い方ですが、田村社長が実行犯で一番罪が重くなります」

「アンダーマネーの合法化の方法だと説明がありましたが……」

「コンプライアンス契約、つまり、TOM―VIET社への依頼内容は、追加の費用を払って、領収証の貰えなかったアンダーマネーの領収証の作成依頼ですよ。不自然なお金の振込や振り込んだ額の現金での返金要求、それに偽りの稟議書を作成して、社内の体裁を

整えたことが、合法化の方法と納得されて行いましたか。(表)と(裏)の報告書を作れという上場会社の社長と思いない指示もありながら……」

「……いえ、正直、アンダーマネーの支払いが、表に出ないような行為と認識して行いました」田村社長が、やっと、一人で、コンプライアンス違反に対峙した時間を持った瞬間であった。

「田村社長、これから、やっと是正の始まりです。田村社長自身が『コンプライアンス違反を行った』という意識がないとスタートできません。誰から指示があろうとコンプライアンスに準じない指示は、拒否してください」

「山本社長や新井会長、ないと思いますが明神名誉会長からの要請でもですか」

「ハイ、税務官や税関局員等からの要求でも拒否してください。迷ったり、自信がないときは『監査等委員に、相談してから返事します』でも結構です」田村社長は少し、ホットした様子で

「わかりました。相談させていただきます」

「コンサルタント会社との契約は、どうされますか」

「……『どうされますか』というと」

「山本社長から、ストップかかっていると思

いますが、契約の実行はもうできませんよ」

「どうしてでしょうか?」

「違法行為を、私は黙認できません」

「どうなるのでしょうか」

「契約を解除すべきでしょう」

「当社からお願いした契約を、今更、解除させることはできるでしょうか」

「では、継続させて、契約履行させるというのでしょうか。違法行為の隠蔽工作ですが」

「……」

「田村社長にできることは『ベトナム社だけで対応できない。本社で対応してほしい』と主張することでしょうか。よく考えてください。不正行為は『現場が一番大変だ』ということです」

「質問を継続させていただきます。現金引き渡しの時の何か証憑はありますか」

「現金を引き渡す前の現金の写真だけです。この写真は、10月9日の報告会の時に、山本社長や新井常務のみなさんに見せました」

「コンサルティング会社を介在させた隠蔽工作は、本社からの指示と主張できますか」

「ハイ、私たちは、2017年と同様に消耗品で処理を始めてました」

「始めていたということは」

「8月31日に支払ったので、8月、9月に一部、消耗品費で経費計上しました」

「アンダーマネー総額を概算渡金か前渡金に一旦、計上して、毎月経費計上するやりかたでしょうか」

「ハイそうです。海外は十二月が年度決算なので、12月までに、経費計上を完了させようと目論んでいました」

「アンダーマネーのオペレーションに関わっている現地採用社員の方々は何名いますか」

「2名です。現金引き渡しの際に、神田部長と一緒に行ってくれた経理財務部長のフォン氏とキャッシュの取り扱いに関わる財務課長のドアン氏です。フォン氏やドアン氏は、ベトナム語と英語が話せますので、ベトナム語の通訳も兼ねていただいています。税務監査等は全てベトナム語対応です」

「彼らには、どのように話されているのでしょうか?」

「あるがまま事実を伝えています。入出金や経理関係は、彼に対応してもらっています。特に、銀行対応は、彼らなしには、できません。税務官リーダーからアンダーマネーの要求があったこと。それに対応することになったこと。コンサルティング会社を介在させることなど説明しています」

「わかりました。続いて2017年の件を説明ください。


【ベトナム会社田村社長の証言 2】

 これも年度は、全て2017年ですので省かせてもらいます。

・6月8日:ナムディン省税関局から通関に関わる業務監査を来週から行う旨の通知が届きました。本社にも伝えてあります。税関監査は、初めてでした。

・6月13日:通関監査がこの日から一週間行われました。本社には企画管理部を通じて

報告していました。

・6月16日:投資ライセンス違反の指摘がありました。金型を中国から輸入して国内販売するにあたり、「輸入後の追加作業がライセンス上の加工に当たらず、ライセンス外の商社機能となる」という内容で、追徴金は、監査対象五年間の輸入金型の売上高が100%対象となり、約10億円にVAT(Value Added Tax)10%が加算される行政処分です。本社から監査官リーダーと交渉するように指示がありましたが、監査期間中で難しい旨伝えると「山本社長から『お礼の会食という名目でお誘いし、お土産も持参すること』指示があった」と連絡がありました。「お土産とは何か?」と確認すると「10万円程度。よろしく」と山本社長から回答があったと聞きました。

・6月20日:最終日の朝、監査官リーダーを夜、会食にお誘いすると二つ返事で了解いただきました。会食中に「追徴の話は、受け入れ難い。我々はライセンスに準じて加工も行った云々」説明してお土産を渡しましたが、投資ライセンス外の通関を行った指摘は変わりませんでした。お土産の効果なのか、会食後に「昨年、税関監査を行った日本の会社に様子を聞くように」と会社名とそのトータル工業の担当者まで教えてくれて別れました。幸い、トータル工業は、複写機の大手メーカーであり、当社とも取引があり、担当者の矢沢氏には日本人会でお会いしたことがありました。

・6月21日:税関局監査官リーダーから紹介を受けたトータル工業の矢沢氏(経理部長でした)に連絡し、状況をお話しすると、トータル工業の場合は、調整金を払ったそうです。相場を聞くと1千万円~2千万円だったそうで、そのことを本社に報告すると、山本社長から「1千万円を限度に交渉するように」と新たな指示がありました。 

・6月22日:早速、監査官リーダーに連絡を取り、アポをお願いし、午後には、お会いすることができ「調整金1千万円」案を相談すると軽く頭を二度ほど縦に振り、受渡の指示までありました。

・6月26日:指定された税関局の駐車場に向い、監査官リーダーに調整金を渡しました。本社にも報告しております。

・7月3日:税関局から通関監査報告書が届いたので、内容を確認すると投資ライセンスの問題は、省かれており、数件の輸入税率適応の間違いのみで、追徴金は約12万円と金利のみとなっておりました。

 同日、税関局の監査報告書と当社の受査報告書と共に本社へ報告しました。なお、正式な受査報告書には調整金については記載していません。


「ありがとうございました。確認のため、この件についても質問させていただきます。監査最終日の会食に行かれたのは、田村社長だけですか」

「いえ、私とフォン氏に同行してもらいました。税関局の監査官は、ベトナム語しか話しませんので通訳も兼ねてお願いしました。税関局の局長クラスは、英語も話せます」

「会食の時に『お土産を渡せ』と指示したのは山本社長ですか?」

「ハイ、山本社長直接ではありませんが、竹腰部長から『山本社長の指示だ』と聞いております」

「田村社長は『お土産とは何か』と確認されていますが、何か意図でもあったのでしょうか」

「お土産で頭に浮かんだのは、こちらでは高い『ウィスキーか日本酒かな』と思ったのですが追徴金が膨大な額であり、山本社長直々に『お土産』と指示があったので、間違いがないように、明確に聞いておこうと考えました」

「監査官リーダーから『トータル工業に状況を確認するように』と指示があったそうですが」

「調整金の話は、公的機関の監査がある度に至る所で聞いておりましたし、噂にもなっていました。監査官から『トータル工業』の話があった時は『調整金の要求だな』とは、薄々、理解しました」

「本社で、2017年の税関監査の時に、監査官にアンダーマネー、所謂調整金を支払ったことを知っているのは誰ですか?」

「山本社長、当時の乾常務、椎名経理財務部長、企画管理部竹腰部長と田中課長です」

「乾さんと椎名さんには、直接、報告されましたか?」

「いえ、竹腰部長から『限度1千万円の調整金で交渉するように』と山本社長から指示が

あったときに、併せて『乾常務、椎名経理財務部長にも報告してある』と聞きました」

「監査官から誘い水は、あったにしろ調整金の話は、当社から持ち掛けたのですね」

「そうです」田村社長は、恐る恐る続けた。

「私は、どうしたらいいでしょう?」

「自首すべきでしょう。コーポレートガバナンス上は」

「できません。『ベトナムで懲役刑になれ』っていうのですか」怒りともに言い放った。

「田村社長が、コンプライアンス違反後に、私に聞いたので答えました。それくらい切羽詰まった状態であることです。状況は、決して良くはなりません。第三者調査委員会も設置され、当該委員会も調査を行います。コンプライアンス違反を隠し通せません。コンサ

ルタント契約も中断しており、TOM―VIET社も契約不履行と騒ぎ立てるやもしれません。アンダーマネーや調整金のコンプライアンス違反の事実を知る人が増えて、例え、田村社長がベトナムで、自首しなかったとしても、いずれ当局に、知れ渡る可能性があるということです」

「……どうすれば良いかわかりません」

「私から言えるのは、第一に、もうコンプライアンス違反はしないこと。第二に『保身を考える』ということです。ここで言う『保身』とは、会社の立場などではなく、ストレート言えば、『身体的安全』を考えるべきです」

「何度も済みません。『身体的安全』とは、具体的にどうすればよいでしょうか」

「せめて、自首が日本でできるように、山本社長や会社に訴えることでしょう」東野にとってコンプライアンスと人情との間の回答であった。コンプライアンス違反した社員に対して「海外だからやむを得ない」とか「ベトナムは、刑事罰が厳しいから、黙認しよう」

とか監査等委員の職責でできるはずはなく、やるべきではない。また、コンプライアンス違反者から「どうすればいいのか」聞かれたわけであるから、明確にコンプライアンス徹底を訴えるのが「正義」を貫くことと信じた回答をした。

「ベトナムの刑法364条をよく確認してください。2百万ベトナムドン(換算レートによるが、日本円で1万円前後)以上は賄賂となります。当社は、2017年税関監査官に会食時のお土産として1千USドル、追徴金の調整金としてとして20億ベトナムドン(約

1千万円)、今回の税務監査官に30億ベトナムドン(約1500万円)いずれも2百万ベトナムドン以上は明白で、非常に重い罪です。加えてコンサルタント会社を新たに介在させて、賄賂隠蔽のための証憑を取得するべく5百万円を支払う契約を締結してしまいまし

た」

「……非常に恐ろしいことをしてしまいました。助けてください。お願いします」

「私は、刑事事件に関しては無力です。しかし、社内の決裁事項については、コンプライアンスに準じて、田村社長の『身体的安全』を考えます。今、約束できることは、以上ですが、何か不安なことがあればいつでも連絡ください。時間外でも構いません」

「そうですよね。わかりました。何かありましたら、監査等委員に相談させていただきます。よろしくお願いします」田村は、重ねてお願いした。

 田村社長からのヒアリング内容は、竹腰部長からの内容と比較して、若干の相違はあるものの関与者については、明確になった。日時や内容の相違については、証憑に基づいて整理していくことで纏められる。二人のヒアリング調査を行って、どうしても理解できな

いことが、東野の頭の中を占めた。“山本社長が、2017年の税関監査官への回の税務官へのアンダーマネーの支払いを事後承認し、コンサルティング会社を介在させて、隠蔽工作をしようとしたことが、竹腰部長とベトナム会社の田村社長への調査と、裏の税務報告書の存在や偽造内容の稟議書回付及び山本や椎名の指示したメールや指示に対する状況報告のメール等の証憑があり明白であること。にもかかわらず、第三者調査委員会を設置して調査させる決議をさせたのは、何故か。監査等委員会の調査以上に、フォレンジック等も含め詳細の調査となり、費用も掛かり、より公的調査結果となることは、彼らにとって職責追及の轍を自ら深く刻むことを意味する“

 東野は、もう一度、11月20日の山本社長らの発言や態度を整理して追考した。

①『コンサルタント料の支払』が、違法行為になる疑義があることが判明

②まだ、違法行為と断定できない

③税務官リーダーに現金で渡しました。領収証等は確認できていません(コンサルタント料は、どうやって誰に払ったのか、領収証等派の質問に対しての回答)

④まだ、報告だけで、税務官に本当に支払ったかわかりません

⑤顧問弁護士の富山弁護士に相談して、コンサルタント料の扱いにできる方法とか、ご教授いただいていました

全て、椎名取締役の説明である。11月20日には、税務官リーダーから紹介されたTOM―VIET社と領収証発行のための、二度目の振込とキャッシュバックを既に、完了させていた。アンダーマネーの支払いの会計処理の隠蔽工作は、椎名が主体で進めていたにもかかわらず、取締役会では、①から➄までの回答をした。椎名だけではない。10月22日に山本、新井泰、椎名は、会計処理を竹腰と一緒に工作したメンバーで、田村へ指示した。いや、新井会長も同類である。監査等委員会の調査後に第三者調査委員会設置の必要性の有無を検討したらどうかと提案した際に、新井会長が「東野、君は、調査に責任とれるのか!」と声を荒げて東野を恫喝した。山本社長、新井会長、新井常務、椎名取締役は、何か目的をもって、第三者調査委員会の設置を強行に推し進めている。その目的とは何か?第三者調査委員会に調査をさせて、どうしようとしているのか。どのように保身しようとしているのか。東野は、その“目的”これからの筋書きを何とか読み取ろうとするが、「確信がもてない一つの結論」しか考えられなかった。……「懐柔」……である。

第三者調査委員会を懐柔しようしているとしか、今は、思いつかなかった。確信がないのは、第三者調査委員会を「懐柔」する方法があるのか。「懐柔」できるのか。いや「上場会社で、ここまで刑事事件にも拘わる有事の調査に関して、世間一般の第三者調査委員会が、『懐柔』できることはない」と東野は、断定していた。事実の解明は、証憑に基づいて行われるから、結果も明らかである。例え、莫大な費用を支払うとしても報告書は、開示されるであろうから、下手なこと、特に嘘は書けない。とにかく、山本らの不穏な動きには、要注意して、監査等委員としての職責を果たすべく、自らを奮い立たせた。取締役ら取締役らに今、ヒアリングを行っても真っ当な回答はしないことは、想像に難しくない。本丸の調査の前に廻りの堀を埋めるべく、できる限り、証憑も集めて攻め込むため、もう一人、ヒアリング行う人物を思いついた。企画管理部の田中課長である。彼は、竹腰部長の部下で、席も目と鼻の先にいる。早速、ヒアリングしたい旨伝え、明日、28日の午後3時、六階のいつもの会議室で行うことに了承を得た。


【田中課長の証言】

「田中課長、お忙しい時に済みません。ご存知のとおり、ベトナムでの不正について、調査しています。竹腰部長、田村ベトナム会社社長からのヒアリングは終わり、概要は把握しているつもりです。私からいくつか質問させていただきますので、お答えいただけますか」東野は、また、時系列的に同じ話を確認することもないだろうと手法を変えた。

「わかりました。竹腰部長と田村社長からヒアリングされたのであれば、概要ではなく詳細まで確認済みでしょう」田中課長と二人きりでの打ち合わせは、初めてであるが、何か突っかかる回答であった。

「田中課長は、経験者採用で入社とお聞きしましたが」話の切掛けとして、職歴からヒアリングを始めた。

「小さな貿易商社で車の部品を扱っておりましたが、七年前に中途採用として、入社しました」

「中国に駐在経験もあると聞いています」

「蘇州に三年ほどいました。車の排気システムのキャタライザー、いわゆる排気ガスの浄化装置の日本製部品を輸入して、中国国内で、組み立てさせ、日本と米国へ輸出していました」

「当局対応で苦労されたとか」

「委託加工貿易契約で特恵税率や軽減税率の申請等で、当局に嫌がらせも受けたこともありました。そのほとんどは『袖の下』で解決しました。しかし、担当官が変わると、順に監査があり『申請違反だから、輸入通関は認められない』と会社としては納期問題の弱みを突かれ『袖の下』を要求されます」

「習近平氏の時代になり、中国としても賄賂には、厳しく対応し始めました」

「7年前ですから、状況も変わっていると思いますが、中国の税関は確か、41か所あり、所管税関局が570か所近くあると思います。鼬ごっこの気もします」

「田中課長がベトナムのアンダーマネーの不正要求を知ったのは、いつですか」

「企画管理部は、海外拠点の窓口となっていますから税務局監査のスタートから関わっています。監査最終日に税務監査官リーダーから多額の追徴に関してアンダーマネーの要求があったこと、急に回答期限を変えられたこと、田村社長へアンダーマネーの支払いにG

Oサインを出した決断にもかかわっています」

「8月30日の回答期限が2時間以内となったとき、山本社長も椎名取締役も不在で相談できなかったと聞いていますが」

「ハイ、山本社長は、特約店経由で翌日からタイ出張の予定でした。椎名取締役は、社団法人の経理部会か何かで外出していました」

「田中課長の経歴から察するに、税務監査官リーダーが回答期限を短縮して支払いの返答を迫ったのは、常套手段とわかっていたのでは」

「そうだろうと予測はできました」

「なぜ、回答期限を延ばして山本社長や椎名取締役に相談する期間を交渉させず、GOサインを出したのですか」

「監査等委員、当初の期限の九月五日に回答するため、山本社長や椎名取締役に相談した場合、税務監査官リーダーからのアンダーマネー要求を断ったと思いますか」

「……どうでしょうか?アンダーマネーを支払ったことを報告受けた後の経過を鑑みると断わらなかったと考えます」

「そうです。竹腰部長はどう判断されたかわかりませんが、私は、山本社長も椎名取締役も相談しても断れないと判断しました。結局は、同じ結果になると」

「田中課長、日帝工業では、誰がコンプライアンスを徹底するべきでしょうか」

「私もコンプライアンスの徹底は、必要ないとは言っていません。私腹を肥やすコンプライアンス違反は、徹底して防止せねばなりません」続けて

「今回のアンダーマネーの支払いで、社内では、誰が利益を享受しましたか?個人では、誰も利益を得ていません。会社としては、莫大な追徴金を課せられることを避ける手段としてアンダーマネーを払いました。得したのは株主です。田村社長、竹腰部長や私も、事後承認した山本社長や他の取締役も会社のために、つまり、株主のために、身を挺して対応したわけです」

「会社は、コンプライアンス違反をしてまで利益をあげることは、求められていません」

「綺麗ごとです。誰も傷つけていませんし、繰り返しますが、誰か損失を被った人がいますか?誰もいません。賄賂等は求める人がいる限り無くなりません。これが、私の経験から学んだことです」

「田中課長の理論だと、賄賂等を要求された場合『賄賂を払わない人が損をする。払う人が得をする。だから払うべきである』となります」

「そうは言っていません。払わなくて済む場合は払わない方が良いに決まっています」

「まず、社会人として法治国家に居る限り『損得よりも善悪』です。それから田中課長の損得勘定は、自社内のみに偏った考え方をしており間違いです。『誰も損している人はいない』という考えが『日帝工業は、公正で自由な取引は行わない会社』になり、競合先、同業社等に損失を与える会社になります」東野は、課長職にある者からの発言に驚いたが、山本や椎名らの取締役も同様のコンプライアンスに対する意識レベルしかないと考えることとした。

「質問を続けさせていただきます。9月2日にタイにいる山本社長に椎名取締役、竹腰部長と一緒に電話会議で報告されています」

「私の方から、日帝工業タイ会社の杉山社長に『山本社長に連絡を取りたい』旨、伝えていました」

「山本社長のスマホに直接連絡しなかったのでしょうか」

「何度か社長のスマホに連絡を入れましたが、ローミングの設定がうまくいかず、通じなかったようでした」

「その時、山本社長からは『わかった。(表)と(裏)の報告書を作成するように』という指示があったそうですが」

「そうです。正確には『所謂(表)と(裏)の報告書を作成するように……田村社長へ伝えておくこと……』でした」

「9月17日に山本社長から依頼のあった(表)と(裏)の税務報告書が作成完了していますが、この報告書の作成には携わっていますか」

「9月17日に完成したかどうか日にちまでは憶えていませんが、ベトナムの田村社長と神田部長と一緒に作成しました。竹腰部長からチェックを頼まれましたから」

「椎名取締役にも見てもらったと聞いています」

「最終版近くに二度ほどでした」

「コンサルティング会社との契約締結の経営会議決裁の稟議書作成はどうですか」

「私は関与していません。ベトナム会社にコンサルティング会社を介在させる件は、10月以降に、竹腰部長が山本社長、椎名取締役らと直接打ち合わせを行っており、田村社長とのやり取りも椎名取締役と竹腰部長の二人が、行っていました。企画管理部は、ベトナム会社だけでなく、他の海外拠点や工場関連もあります。それ以降、ベトナム関連は、竹腰部長が直接担当し、その他は私が担当するよう分担しました」確かに、10月以降に田中課長のかかわった話は、聞いていない。

「2017年の税関監査の時も、同職でしたか」2017年の調整金についての話に移した

「ハイ、同じ企画管理部で竹腰部長と一緒でした」

「税関監査官リーダーに“調整金”を支払ったのは、ご存知ですか?」

「竹腰部長と一緒に対処しました」

「この時は、事前に山本社長に承認を得ることができたようですが」

「最初から相談にのっていただき、会社の利益を優先した判断をしていただきました」

「会食の時にもお土産という名目で、法令範囲を超えるキャッシュを渡したようで」

「あのお土産がなければ、貴重な情報は得ることができませんでした」

「山本社長に調整金の相場を連絡後、山本社長は『調整金の限度額を1千万円として交渉するように』という指示と、『乾常務と椎名経理財務部長にも、報告しておくこと』情報共有する指示もあったと聞いています。乾常務と椎名経理財務部長に報告された際、お二人の対応は何かありましたか」

「いわゆる『大人の対応』でした」

「すみません。『大人の対応』とは」

「山本社長が『リスク管理を踏まえ、会社の利益優先として判断されたことに従う』という対応ですよ」もう、『開き直りの回答』と思える返答で更に続けた。

「リスク管理は、タイミングと決断ですよ。小さなリスクは覚悟して、大きな利益を得ることが会社のためになることです」

「小さなリスクとは?」

「他もやっていることですし、調整金は追徴額の1%で済みました」

「刑事罰の懲役は考えましたか?寧ろハイリスクですよ。実行した人は」

「監査等委員、税関職員や税務署職員だけでなく警察官の中にも『同じ穴の狢』がいて賄賂を要求することがありますから、逮捕なんてしませんよ。寧ろ賄賂を払う人や会社は、彼らのお客様ですから」

「捕まらなければ、会社の利益のためであれば、コンプライアンス違反もやむを得ないということですか?田村社長らは捕まらないと保障できますか?」

「保障はできませんが、逮捕はないと確信します」

「田中課長は日本で刑法違反した行為に加担したと自首はしないのでしょうか?」

「上の判断です。私一人の判断で違反したわけではありません。私は下っ端ですから。自分より上級職が自首すると判断すれば自首します」

「五年前に日輪産業のグループ会社の役員をやっていた時、中国・武漢の出張所の現地社員が、税関に中秋節の月餅を持参したら、賄賂と認定され、投獄されました。金額は、一個10元の月餅二〇個約3千2百円です。見せしめだったらしいです。自白を強要するため、鞭打ちの拷問だったそうです。弁護士を雇い釈放の訴えを起こしましたが、釈放まで2年、弁護士費用は一億円かかりました。時代も変わってきており、金銭着服や賄賂犯罪の発覚は内部通報によるものが多くなり、処罰は厳しくなってきています」

「前にも言いましたが、公務員が要求することが無くなれば良いわけです。必要悪とも言われています。我々は被害者かもしれません」

「第三者委員会が同じ質問しても、今と同様の回答をしますか。法的機関から調査が入った場合も同様の回答ができるでしょうか?」田中課長は返事はしなかった。しかし、何か言いたそうな顔をしていたので、

「他になにかありますか」

「東野さんにお聞きしたいことがあります」

「何でしょうか」

「監査等委員は明神派ですか」

「どういう意味でしょうか」

「明神名誉会長に早朝、呼ばれたことがありましたよね?」

「ハイ、不正の話を聞きました」

「それだけでしたか。山本社長降ろしの話はありませんでしたか」なぜ、田中課長が、明神名誉会長に呼ばれた11月19日の会話の内容を知っているのかを考えた。東野が会話の内容を報告したのは、その日の午後に聞きに来た、新井会長と11月22日に監査等委員で調査方針の打ち合わせを行った際に、両角と佐藤に話しただけであった。

「山本社長への不満をもった社員の話はありました。ただ、私は一部の方の話だけで監査等委員として動けません。ベトナムの不正のように取締役会で報告があった場合や不満等の取り扱いは、通報制度等に通報があった場合です」

「通報制度に通報があったのですか」

「通報制度で通報があった場合は、通報者の保護を第一に考慮します。何とも申し上げられません」

「私が七年間で感じたことは明神名誉会長の独裁的存在です。取締役会は形骸化して、明神名誉会長の決裁が全てでした。自分の気に入らない役員の更迭人事は、日常茶飯事でしたし、山本社長の前の社長も明神名誉会長の意志に背いたからと辞任させられました。山本社長は、その独裁体制によく戦ってくれています」

「明神名誉会長の独裁的人事等があったならば通報制度等への通報はあったのでしょうか?」

「そういう制度も機能させない“独裁的”経営でした」

「私に何を言いたいのでしょうか。『明神派か』という質問には、ノーです。大体、他にどんな派閥があるのかもわかりません。ベトナムのアンダーマネーの調査を行うことが“明神派”となるのでしょうか」

「明神名誉会長に騙されないようにしてください。名誉会長が、当社を自分に都合がいいように不適切な経営体質としました。山本社長は会社の利益のことをのみを考えて、経営判断しており、立派な方です」

「まだ、よくわかりません。明神名誉会長がどのように経営に強制関与しているかがわかりませんし、この会社の監査等委員に就任後も今まで、直面したこともありません。明神名誉会長の独裁的経営が今回の不正や2017年の調整金を払ったコンプライアンス違反

の原因なのでしょうか。田中課長の本日の説明の内容に、名誉会長の関与はありませんでしたが。また、山本社長が立派な経営者であったとしても経営判断が、コンプライアンス違反であれば、責任追及します。もちろん明神名誉会長が経営に強制関与した決裁等がコンプライアンス違反があれば、同様に責任追及します。田中課長が、何かご存知であれば、証憑をもって正式に通報ください。もう一つお話せねばなりません。私は、勝手に、あたかも監査等委員の権力を振りかざして行動はしていません。活動方針や計画は監査等委員会に報告しており、今回の有事の調査も監査等委員会で、決議されて調査しています。会社法に則って、決議対象に関する、決議できる情報と証憑を常勤監査等委員として調査を行っています。そこに派閥や忖度はありません。田中課長の質問の回答になっていますか」

「まあ、東野監査等委員は就任から日が浅く、まだ、会社の本質がお解りになっていないということでしょう」

「会社の本質を理解していないといいますが、会社の本質の前に、会社法や金商法のコンプライアンスの徹底が基本です。今までのヒアリング調査では、当社は、この基本が“軽視”されているようです。繰り返しますが『損得より善悪』です。田中課長の本日の回答は『善悪より損得』で判断されています」東野は、田中課長の発言を正すように、明確に伝えた。ヒアリングを終わらせるべく

「その他にいかがでしょうか?私が共有すべき情報等ありますか?」

「今日はもう結構です」

「長時間、多々情報をいただきありがとうございました」


 翌29日、東野は、日帝ベトナム会社の田村社長のヒアリング、田中課長のヒアリングを纏め、両角・佐藤両監査等委員にレポートを送付した。但し、田中課長の東野が明神名誉会長に呼ばれた時の会話についての段は、議事録は、作成したが、両角、佐藤には送ってはいない。両角の佐藤に関する資料提供の注意喚起を気にしてであった。両角から携帯に電話があった。

「東野さん、今よろしいですか?」

「両角さん、ちょっとおまちください」東野は小会議室に場所を移した。

「ハイ、大丈夫です」

「レポートありがとうございます。田村社長のヒアリングは、竹腰部長と大筋、同じ内容でしたね。ただ『事実確認』ですから、同じでないと我々も混乱しますよね。現地状況が、より詳細に理解でき、また『犯罪現場』の臨場感みたいなものが伝わってきました。田中課長の意見は、山本社長に偏った立場の意見に見受けられました」両角はいつも自分の意見をストレートに話し、裏表を感じさせない。

「実は、田中課長とのヒアリングの最後に田中課長から、11月19日、明神名誉会長から朝呼ばれたことについて……(東野は、田中課長からの『明神名誉会長に騙されるな……』の段を報告した)という議論がありました。両角さんの言うとおり『山本社長ファースト』で何か、名誉会長への恨みでもあるような態度でした」

「そうでしたか。極端ですね。考え方が。竹腰部長を追い出して、部長の席を狙っているのでしょうか。お話を聞くと田中課長は、コンプライアンスについても賄賂は『必要悪』という意識は、今も変わっていないと思います。彼自身、企画管理部の課長という職責の立場でのその思考は不適切ですね。今の話は、レポートにありませんでしたが」

「両角さんのおっしゃったとおり、私のレポートについて佐藤さんからは、一切何も連絡はありませんでした。この事実で、調査の事実開示についての両角さんの忠告を守っただけです」

「確かにメールも何もありませんね。思った通りです。東野さんの我々への報告情報は確実に新井会長や山本社長に流れています」

「今回、田中課長までヒアリングを行ったのは、その意も含めてでした。質問形式にしたのは、敢えて『山本社長肯定派』である田中課長が現地の社長と本社のキーマンの竹腰部長の『事実の報告』の中にある関与した取締役、山本社長や椎名取締役を再認定してもらうことが目的の一つでした。レポートが山本社長や新井会長に渡ることを前提に。そもそも田中があんなに強烈な『山本社長肯定派』とは。これもヒアリング後でわかったことですが」

「東野さんの聞き方が、上手だったのでしょう」

「いえいえ、黙って聞いていただけです。今後の調査として、本丸である役員たちのヒアリングの方法を考えねばなりません。アンダーマネー支払い渦中の三人の証言がありますから取締役らも構えてくるでしょう」

「焦点をずらされないようにせねばなりません」

「焦点をずらされるというのは」

「監査等委員としての追及ポイントです」

「私が職責で追及すべきポイントと考えているのは、監査等委員として職責である取締役の『会計・業務監査で善管注意義務及び忠実義務に違反して会社に損害を与えていないか』と『刑事責任の対象に関与した場合の自首勧告』ですが」

「私も同意見です。ここまでの調査で、少なくとも山本、新井泰、椎名の関与は、明白なので、彼らが保身策を講じるとしたら、責任転嫁策や焦点をぼやかしたりすることと考えます」

「なるほど」東野は、両角の方が付き合いが長く、山本や新井たちの思考の傾向を熟知しているので、感心して聞いていた。両角は諦めたように言った。

「ヒアリングを行っても当事者になっている取締役は正直に答えないでしょう。というか、開き直るか『黙秘』するかもしれません」

東野は「さもありなん」と思い、手法をどうすべきか考えた。ヒアリングの厄介なところは自分自身の解釈論や比較論への逃げられたり、やり方への議論にすげ替えられる場合がある。取締役らへのヒアリングの目的は「事実の認識」つまり「①法令違反をやったor②やっていない」「③法令違反を指示したor④指示していない」「⑤法令違反を知っていたor⑥知らなかった」の区分けである。

「両角さん、一つアイデアがあります。2019年のアンダーマネーに関しては、8月26日の税務監査開始から11月19日山本社長からのTOM―VIET社との契約内容履行停止メールまで、2017年の調整金については、6月13日税関局監査開始から、7月3日税関監査報告書到着までの事実を関与者名も追記した時系列一覧表にして、各事項の右端に『関与した』または『知っていた』の欄を作成して回答させては、どうでしょうか」

「Good Idea! ですよ、東野さん。彼らの説明や言い訳は必要ありません。メール等の証憑や証言がありますから。例え、回答しなくても『本人から回答なかったため状況証拠で判断』と結論を出しても問題はないと思います。ここまでわかった訳ですから佐藤が言ったように早く開示した方が良いですね。取締役会で開示を促しましょう。ところで第三者調査委員会の委員選任は、どうなっているのでしょうか」

「11月20日臨時取締役会で、第三者調査委員会の設置を決議した際『委員の選任プロセスには監査等委員も参画させるように』と要求して、新井常務から『わかりました』との言質はとったのですが、今まで何の連絡もありません。林・吉田杉本法律事務所に依頼するとまでは、聞いていますが……」

「東野さん、林・吉田杉本法律事務所には新井泰の知り合いがいます。以前、確か中国の工場の強制移転の際に顧問の富山弁護士は、中国オペレーションには伝手が無かったので、新井会長が息子の泰を通して、林・吉田杉本法律事務所を紹介してもらったことがありました。何か策略があるのかな」

「わかりません。調査の過程で山本社長らに増々、不信感を募らせました。取締役会時の『コンサルタント料の支払が、違法行為になる疑義があることが判明しました』という説明になるのでしょう。『疑義』ではなく明らかな『違法行為』にもかかわらずですよ。そ

れも自分たちが、主体的に『違法行為』と知った上での隠蔽工作を謀っています」

「東野さん、その時の説明も彼らの『違法行為』の隠蔽工作の一環なんですよ」

「なるほど……と感心している場合ではありませんね。取締役会等で監査等委員会の中間報告として当事者からのヒアリング結果から『①ベトナム会社で税務官に追徴軽減のための賄賂を支払った②この情報の隠蔽工作に取締役も関与した③2017年には税関局の通関監査時にも税関監査官に追徴軽減のための賄賂の支払いを行っており、この支払にも取締役が関与していた』少なくとも以上のことを通知すべきでしょう」

「そうしましょう。不正発生の8月末から3か月近くたっており、その間も市場は動いており売り買いも発生しています。株主から『なぜ、もっと早く情報を開示しなかったのか』と言われても仕方ありません。ぜひ中間報告をしておきましょう。それと取締役会開

催の要求も加えて」

「東野さん、ヒアリングレポートは、我々はいただいておりますので、その纏めとしての中間報告と今後の取締役への調査方法を改めて『取締役会への通知事項』として提案ください。佐藤も『いつ開示するのか』を気にかけていましたから無回答はあっても反対はし

ないでしょう」

「わかりました。ご依頼の内容、両角さんと佐藤さんにメールします。色々アドバイスありがとうございます」

「何もしていません。東野さんが調査や資料作成で一番大変だと思いますが、よろしくお願いします。それから、明神専務と甲斐常務に『隠蔽工作への関与について』のヒアリング内容、この後送っておきます。私の判断ですが、彼らは、隠避工作については『傍観者

で無関与だった』と判断しています」

「ありがとうございます。『傍観者』ですか。微妙ですね。レポート拝見させていただきます」両角が携帯電話にかけてくれたおかげで、場所を変えて話すことができた。両角との電話会話内容は、まだ、会議室以外で、できるような内容ではない。ふと会議室の窓

から、フロア内を眺めると、椎名が、素知らぬ顔で部下と経理財務関係の打ち合わせを行っている。東野はその後、自分の席に戻り、両角からのレポートが、メールで送信されて

きていたので、内容の確認を始めた。


【明神努の証言 3】

 両角監査等委員からの「コンサルティング会社を介在させたアンダーマネーの支払いの隠蔽工作の関与」について報告します。10月9日の役員情報共有会以降、ベトナムの不正に関する情報は何も入ってきませんでした。その前日、8日の竹腰部長からの『不正の責任を取らされて辞めさせられる』のヘルプに関して、名誉会長への相談と、名誉会長から、新井会長への忠告の電話で役員情報共有会が開催され、竹腰部長の懸念も回避されました。竹腰部長に「これからも何かあれば、連絡ください」と一段落したことを確認した後は、彼からも何も連絡ありませんでした。11月11日の取締役会後の椎取締役からの「コンサルティング会社との契約の締結で合法性が保たれる」説明には疑義は持ちましたが、その後回付された、経営会議稟議書の内容を精査して「この内容が事実であれば、椎名取締役の説明通りで一安心だ」と判断しまして、稟議書に承認印を押印しました。という報告内容であった。

 確かに稟議書『コンサルティング契約承認の件』は、よくできた偽りの内容であった。ただ、支払ったアンダーマネーの「行方」、返金等を確認すれば、稟議書内容にも疑いを持ったはずである。


【甲斐常務の証言 2】

 隠蔽工作への関与はしていません。10月9日のアンダーマネー支払いの「黙認」以降、明神専務から相談があったのは、執行役員や工場長の山本社長に対する不満続出に関することで、不正に関する情報は得ていません。11月11日の取締役会後に椎名取締役から「コンサルティング会社を介在させた合法化の報告」については、疑義を感じました。コンサルティング会社の介在についての説明はったものの支払ったアンダーマネーの行方についての説明はありません。また、椎名取締役は、視点が揺れて話しており、確固たる確信を持った説明ではありませんでした。その後回付されてきた稟議書は、コンサルティング会社までも巻き込んだ契約であり、よくできた内容の稟議書でしたので承認不可とは、できませんでした。隠蔽工作のためのコンサルティング会社との契約内容などには、関与はしてませんが、一連の流れからは疑義の生じる稟議書内容を再度、黙認して承認してしまいました。

 甲斐氏のヒアリングレポートには、東野と取締役会後の酒席で甲斐氏が自省した「私は、毒饅頭を食べてしまいました。その責任は取らねばなりません」と話してくれたことと同様の回答があった。


 二つのレポートを確認後、東野は再度、両角と打ち合わせを行った「監査等委員会からの『ベトナム会社不正に関する中間報告①②③』という取締役会への通知事項、取締役への質問書事項案、最後に、取締役会開催要求を行う旨の通知文案を作成し、両角、佐藤に承認依頼をメールで行った。今週もフル回転の監査等委員業務であった。来週も色々ありそうなので「明日土曜日は、プールで泳ぎながら、考えを纏めよう」と帰路についた東野である。

 12月2日月曜日の朝、出勤して、メールを確認すると両角から、通知事項の承認メールを受信しており、加えて、佐藤からのメールがあったのには驚いた。「両角と三人で打ち合わせを行いたい」という内容だけで、承認事項に対する意見は何も記載がない。早速、三人の都合を調整し、その日の午後三時から、ウェブ会議を佐藤が設定するという積極さで行うこととなった。東野はまた、会議室を予約し準備した。

「佐藤さん、久しぶりです」

「東野さん、色々ご苦労さまです。両角さんもよろしくお願いします」

「佐藤さん、打ち合わせの目的はなんでしょうか」両角が聞いた。

「金曜日の東野さんのメールです。時期尚早かと思いまして。打ち合わせをお願いしました」両角が驚いて聞き直した。

「時期尚早とは何でしょう」

「当事者三人しか、ヒアリングは行われておりません」今度は、東野が確認した。

「当事者三人では、不充分でしょうか」

「事実に間違いがあっては大変なことになります」

「三人が嘘を言っているとでも」

「嘘とは言いませんが、保身に入って誰かに責任転嫁しているケースも考えられます」

「山本社長から依頼された(裏)の税務監査報告書や椎名取締役のコンサルティング会社の承認メール等あります。それでも責任転嫁していると考えますか」

「私の明神専務と甲斐常務の『隠蔽工作への関与』に関してのレポートもありますが」

「他の取締役のヒアリングを終えてからの方がよろしいかと思います」

「山本社長他、椎名取締役らは、アンダーマネーの不正について、既に自分達の考えを発言しています」

「いつですか」

「佐藤さんも同席されていたでしょう。11月20日の臨時取締役会においてですよ。椎名取締役は、『不正があったらしい』とか『顧問弁護士に相談していた』とかの発言がありました。8月31日から11月19日まで隠蔽工作をしていたことには何の説明も無く、挙句の果てに『自分たちで判断できないから、第三者調査委員会を設置する』との決議を行う」ですよ。だから取締役には、事実確認を行いたく時系列質問状案を作成しました」

「第三者調査委員会もまだ、調査を行っていません」

「佐藤さん、中間報告ですよ。結論ではありません。まだ個別の取締役の関与査定は行っていません。もちろん証憑も必要ですし」

「佐藤さん、誰かに頼まれましたか」両角がストレートに聞いた。

「誰からも頼まれていません。ただ確証もないまま、正しい開示は、できないと思いまして」

「佐藤さんも『早く事実を確認して、開示すべきだ』と言っていたステークホルダーに対する思いはどうされましたか」

「それは今も変わりませんが、繰り返し申し上げますが『正しい報告』を開示しなければなりません」

「わかりました。私が中間報告通知提案している『①日帝ベトナム会社での税務官に追徴軽減のため賄賂を支払った』の何が正しくないのでしょうか」

「本当に支払った証拠がありません」

「佐藤さんが言う、アンダーマネーの支払いの証拠とは具体的に何が必要ですか」

「……今は、わかりません」

「誰も、賄賂に受領証とか発行しませんから」

「だから椎名取締役は、コンサルティング会社を利用して、領収証発行の隠蔽工作を行ったわけですよ」両角が力強く発言した。

「実際、五年間の法人税の優遇措置と正式な税務監査報告書でも通知されています。では、

次の『②この情報の隠蔽工作に取締役も関与した』は何が正しくありませんか? 」

「関与した取締役が明確になっていません」

「佐藤さん、中間報告です。『一部の取締役の関与があった』という表現でもいいでしょう。もっと明確にすべきというのであれば『今日現在までの調査では、山本社長、新井常務、椎名取締役が不正の隠蔽工作に関与していたことが判明した。他の取締役の調査は継続して行う』と通知しますか」両角は、何が何でも反対する佐藤を、制止するように言った。

「そこまでは必要ないと思います」

「では、②の表現でよろしいですか」佐藤から返事はない。

「では③の『2017年には、税務局の通関監査時にも税関監査官に追徴軽減のための賄賂の支払いを行っており、この支払にも取締役が関与していた』は、何か誤った情報がありますか」東野は②は承諾したものとして次に進めた。

「2017年の件は新情報です。先日の臨時取締役会でも報告はありませんでした。この件こそ、取締役が関与した事実があるのであれば、その事実を明確にする必要があります」両角と東野は、循環質問をし始めた。

「佐藤さん、指摘は結構ですが『事実を明確にする必要』のため、何が、どのような証拠たるものが必要か、具体的に、具体的にですよ、示してください」

「本人からの言質が、必要でしょう」

「本人が認めなかったら。本人が嘘を言ったら。本人が事実を隠蔽したら。その場合は、『事実は、認められなかった』という結論になりますか」

「そうですね。事実の確認はできなかったわけですから」東野の番である。

「ヒアリングした竹腰部長、ベトナム会社の田村社長、田中課長の証言は、信用できないということですか。三人も当事者ですが。彼らより、取締役の言質を重要視する判断根拠はなんでしょうか」

「取締役の方を重要視するとは言ってません。疑義がある場合は、より慎重に調査して、より多くの証憑等を集めないと、リスクがあります」

「佐藤さん、取締役が偽証した場合、隠蔽した場合の対応策の回答がありません」両角が再度、問うた。佐藤は黙っていたので

「両角さんが確認しているのは、佐藤さんは『2017年の件は、新情報』と言いましたね。なぜ、新情報か。臨時取締役会の時も山本社長や椎名取締役は、隠蔽していたからではありませんか?また、今回の件も臨時取締役会まで監査等委員には、隠蔽していましたよね。恣意的に」

「竹腰部長や田村社長たちは、証言を覆しませんか?『思い違いだった』と」

「彼らが『取締役から人事や給与などの処遇をちらつかせたハラスメント』を受けてですか」佐藤の取締役擁護発言に対する両角の剛速球的発言には、東野も笑みを浮かべたくなるくらい重苦しさから、解放される。

「三人とも保身は考えるでしょう。私は、竹腰部長と田村社長の二人は『保身を考えた上で証言をした』と判断しています。それから彼らが『思い違いだった』と証言を覆したら『ハイ、そうですか』と監査等委員会の調査は止めるのでしょうか。佐藤さんの質問の意

味がわかりません。例え、彼らが覆そうが、今回のアンダーマネーに関しては、使途不明金支払いの実績が会計上残っています。コンサルティング会社とのお金の入出金の事実も記帳されているでしょう。こういうことを知った、または確認した時点で報告、通知や開

示をしないとアンダーマネーの支払いを隠蔽した取締役と同類となり、監査等委員の責任問題に発展します」

「東野さん『佐藤さんは今の段階での通知に反対しましたが、東野、両角は、調査の中間報告を行います』という形で、取締役会に通知しましょう。私はステークホルダーから責任追及されたくありませんから。一般常識で判断しても①と②は、証憑等もありますから。③は、三人も証言を行っています」

「そうですね。私も三人の合意がなくても構いません。有事発生に際して、お二人にお願いしましたよね『各々、上場会社の監査等委員として職責を全うしましょう』と。これからは、第三者調査委員会の調査も始まります。ここで初めて『刑事事件』と指摘をされた場合は『監査等委員会は、何をやっていた。監査等委員会は、いつ刑事事件と知った』と責任問題にもなりかねませんし、監査法人とも状況の報告や、現地の調査の依頼をしたり、連携をとる必要があります。佐藤さん、それでよろしいですか」

「やむを得ません。通知せざるを得ません」

「何か、我々、悪いことをしているような発言ですが」両角は不服そうに言った。

「もう一度、確認させてください。東野さんに調査いただいていながら、申し訳ありませんが、彼らのヒアリングについては正確なレポート内容になっているのでしょうか」

「録音があります。また、竹腰部長と田村社長は、昨日、通報制度に通報してきました。まだ、お二人には回付しておりませんが。これもハラスメント対象として調査を始めねばなりません」結局、佐藤は、通知することには、同意した。しかし③2017年について

は、確かにヒアリングのみであり、会計処理等が二年前のため、容易に確認できないこともあり、中間報告からは外した。ウェブ会議後、両角から電話があった。

「佐藤の態度が急変したでしょう」

「驚きました。あのヒアリング内容やメールやその他の証憑がありながら『取締役からの言質が必要』とは。今までの隠蔽工作にも目を瞑るつもりでしょうか」

「新井泰に指示されたと思います。多分、昨日の会議も録音していると思います」

「指示されてやることでしょうか。やっていることに対して、監査等委員の職責の疑義はないのでしょうか。社外取締役でもあるのに」

「東野さん、これが妨害の一つです。正と悪を『民主主義の数』で変えるつもりです」

「彼らに『正義感』はないのでしょうか」

「期待できません。保身あるのみでしょう。佐藤が、取り込まれたとすると増々やりにくくなります。対抗できる連携を更に強固にせねばなりません」

「これは派閥争いではなく、コンプライアンス違反の追及で、連携の核心は『正義感』です」東野は、自覚を確固たるものとするように、両角に言って、彼の言葉を待った。

「東野さんが最後まで『正義』を貫くのであれば、私はその決意に従います」

「両角さん、従うなんてとんでもない。ぜひ一緒に『上場会社の監査等委員としての有事に対する職責』を果たしましょう」

「わかりました。一緒にコンプライアンス違反という『悪』と闘いましょう。『正義の味方』として」

【社内環境 3】

 その日、帰宅すると、日帝工業株式会社・社員有志一同から封書が届いていた。封書には『取締役各位宛文書』と『嘆願書』のコピーが同封されていた。


取締役各位

我々、社員有志一同は、度重なる、山本社長の優位的立場による社員への圧迫的行為で日常業務が、妨げられ、当社の業容拡大にも影響しているため、大株主の明神要氏と新井泰司氏に、山本社長更迭の「嘆願書」を提出いたしました。内容をご査証いただき、日帝工業株式会社のためにお力添えをお願いします。

【嘆願書】(写)

大株主:明神名誉会長殿

大株主:新井会長殿

 私たち社員は、代表取締役山本社長から、次に記載のような、ハラスメント的行為や社内情報統制を「社長業務命令」として受け、業務執行に支障をきたし、精神的にも苦痛を感じております。このままでは、私たちは、日帝工業株式会社の事業拡大、発展のために自分たちの力を発揮することができません。

 また、感情に走り、思いつきのような社長の資質に欠ける業務命令に、精神的苦痛にもがき、会社を辞めることまで考えている社員も多数います。こういう状況を大株主の方々に認知していただくと共に、このような現況を打開して正常な上場会社として社会貢献するため、山本社長の更迭を強く嘆願します。

                記

1・創業家ファースト:顧客ファーストではありません。役員人事の権限を持つ、明神家と新井家を第一に考えて、他のことは二の次です。顧客訪問も自分が優位に立てる特約店のみです。

2・過度の部下の監視体制・情報統制:山本社長は、部下の行動を監視します。特に、明神名誉会長や新井会長への報告事項及びメールは全て転送させます。直接的報告は極力、抑制されます。  

3・ハラスメント的行為:自分に忠誠を誓わせます。従わなければ、制裁的人事や昇進や降格を、常に口にして脅します。忠誠者だけを重宝して、自分の意にそぐわない意見は封殺します。

4・組織を無視した言動及び行動が多い:方針が不明確で、会議時と現場での発言の朝令暮改が日常茶飯事にあります。組織の命令系統を意識的に無視して指示をします。部門長の悪評を部門長の不在時に部下に意図的に伝えたりして、組織を混乱させます。

以上のような、上場会社の代表取締役としては、異常な素行が日常茶飯事です。部下を信頼しないトップが会社を導けるでしょうか?私たちは、部下を信頼しない社長とは一緒に働いて、社会に貢献することはできません。


明神専務からのヒアリング時に、話は聞いていたが各取締役へ(写)を配布することは知らなかった。東野は、両角に相談すべく電話した。

「両角さん、夜分済みません。相談したいことがあります」

「どうも、東野さん、嘆願書の件でしょう。私の所にも今日届きました」

「そうです。実は、明神専務から、11月20日の執行役員会合の概要報告を受けたときに、嘆願書を出すとは聞きましたが、取締役全員に(写)を回付するとは思いませんでした」

「私もオブザーバーとして出席していましたので様子は知っております。彼らが悩んだのは『どうしたら、山本の社長の地位での悪行を創業家や社員に知ってもらえるか』ということで『嘆願書』を作成して、明神名誉会長だけでなく新井会長にも理解してもらおうと実行した次第と思います」

「驚いたのは、記名者が取締役を除く国内外の幹部社員が40名もサインしていることです」

「会合の現場で、話を聞いていると執行役員の方々が可哀そうで、山本社長の内弁慶的過度の社内統制がなければ、業績は今の4割はアップした数値的被害も報告にありました」

「失注ということですか? 」

「海外拠点長が、海外顧客開拓を推し進めようとしてもドメスティックな山本社長は話が分からないのか、設備投資の話など見向きもしないようです」

「私は明神専務にもお伝えしたのですが『嘆願書』を受取っても『社長降ろし』に関して動けません。山本社長がコンプライアンス違反しない限りは。と断言しております」

「それで良いと思います。我々、監査等委員は、通報制度等への通報があれば調査はしますが、それが結果的に『社長降ろし』つまり山本社長が責任を取って辞任するようなコンプライアンス違反の場合のみと考えています」

「今は、ベトナムの調査継続と通報制度の対応でよろしいでしょうか」

「ハイ、私も同意見です」両角の同意で相談の電話は終了した。

 翌日、取締役会での通知文と取締役会開催要求の準備をしていた際に、山本社長からメールで12月5日午後3臨時取締役会の開催通知が届いた。議題は「第三者調査委員会の委員選任の件」であった。東野は、すぐに「議題の『第三者調査委員会の委員選任』につ

いては前回の取締役会で、監査等委員も選任プロセスに参画する旨、通知し了承された筈だが、選任プロセスに監査等委員を参画させなかったのは何故か」と抗議のメールを山本社長宛、c.c.全取締役で送信した。山本社長らは、水面下で第三者調査委員会の委員を選任していたことになる。両角と第三者調査委員会の選任について危惧していたにもかかわらず、何らアクションを取らなかったことを東野は猛省した。彼らに都合の良い、第三者調査委員会の委員か否かを、どのようにしたら見極めることができるか、只管、考えたが解を見い出すことはできなかった。山本社長から返信が届いた。

「監査等委員との約束事を実行しなかったことは謝罪します。しかしながら、同取締役会で、東野監査等委員の『第三者委員会の委員候補はどのように選任しますか』という質問に対して、新井常務が『林・吉田杉本法律事務所へ依頼する予定』と回答し、みなさん

から、反対意見はありませんでした。私が新井常務に依頼したのは『林・吉田杉本法律事務所へ依頼』のみで会社として委員の方々の『選任』プロセスには誰も関与しておりません。取締役会としては同法律事務所から選任された委員候補の方々を選任議案として決議

するだけです。ご理解ください。なお、監査等委員の方々には、5日の取締役会の前、午後1時に選任候補の方々との面接の時間を設けておりますので、ご出席ください」山本社長の今までのメール文とはほど遠い、バカ丁寧な文面であった。「第三者が書いたような

内容だ」何の根拠もないが、メールを読んだ時の東野の第一印象であった。内容は筋が通っており、反論できないし、代替案もない。調査会社でも使わない限り、委員候補と山本社長らの関係がわかる術はない。受け止めざるを得ないという結論しかない。今後の第三

者調査委員会の調査の各ステージで、アプローチの仕方を模索していくことにした。

東野は、宛先山本社長c.c.全取締役で「第三者調査委員会選任の件、及び選任候補者との面接、了解しました。加えて、同日三時からの取締役会で、監査等委員会のベトナム不正事件案件の調査の中間報告を行いますので“報告事項”として議題追加願います」という内容を送信した。

【第三者調査委員会委員候補との面接】

 その日は、両角から「一緒にランチでも」と誘いがあったので、東十条商店街の静かな中華料理店に入り、両角は青椒肉絲定食、東野は、ニラレバ炒め定食を注文した。

「東野さん、やられましたね。第三者調査委員会の委員候補選任については」

「やはり、仕掛けてきますね。ただ、今回の選任については、林・吉田杉本法律事務所への依頼内容や、委員候補の方々と山本社長らの関係を知る術もなく、あのような回答メールとなりました」

「選任依頼には新井泰が、主導的に動いたと考えます」

「両角さんの情報だと、新井常務の友人が林・吉田杉本法律事務所にいると言っていましたね」思い出したように東野は聞いた。

「加えて、気がかりなのは林・吉田杉本法律事務所が、今回の不正や第三者調査委員会の設置等に関して一切、監査等委員である社外取締役に接触して来ないということです」

「林・吉田杉本法律事務所は日帝工業のリーガルアドバイザーとは、なっていませんよね」東野は確認した。

「日帝工業の顧問弁護士は、富山法律事務所の金沢弁護士です」

「顧問の富山弁護士には、新井常務と椎名取締役が、不正に関する相談をしに行ったと聞いていますが富山弁護士からも何も連絡はありませんね」

「弁護士の守秘義務っていうやつですかね」

「両角さんは税理士で、法人のクライアントもいらっしゃるでしょう。このようなケースではどうされますか」

「法人契約の場合、守秘義務と共に通知義務もあります。窓口となっている大抵は経理部長か課長ですが、相談があって、リスクや損害の発生しそうな情報を入手した場合は、相談しに来たものに明確にことわって、文書で、代表取締役宛と監査役会等宛へ通知します。例え口止めされても」

「ですよね。個人との契約ではなく法人との契約ですし、職責もありますから」と両角の対応の真っ当さに感心しながら、東野は思いついた。

「両角さん、山本社長らは林・吉田杉本法律事務所に自分たちの『弁護士』として保身策等の相談や依頼をしたのではないでしょうか」

「あり得ますね。そういう依頼内容であれば、林・吉田杉本法律事務所は監査等委員等に報告義務もありません」

「代表権もった役員が、総務・経理管掌役員と手を組むと何でもできますね。内部統制システムも無視して。誰も牽制もしない」

「大株主もいますから。所謂『悪の枢軸』です」

【アンダー・サーフェイス 1】

 同時刻、社長室でも八人のメンバーのランチミーティングが行われていた。山本社長が

「第三者調査委員会の先生方には、本日から長期に渡り、大変お世話になります。何卒、よろしくお願いします」山本社長のお辞儀に合わせて、新井会長、新井常務、椎名取締役、そして、佐藤社外取締役監査等委員が、同じくお辞儀した。

「お弁当を食べながらで、申し訳ありませんが時間もありませんので……」

「林・吉田杉本法律事務所でも説明しましたが、我々は、海外駐在員の不正に巻き込まれた状況です」新井常務は、確認するように説明した。

「そうなんです。その張本人達を就業規則に則って懲戒しようとした時に、今度は、明神名誉会長の横やりで、明白にする機会を失ってしまいました」山本社長が続いた。

「名誉会長は、これを機に自分に反抗的な経営を行う、山本社長を辞めさせようとしています」今度は、新井会長が発言した。

「七十五歳の私が言うのもなんですが、もう八十五歳にもかかわらず、会社に来て、いわゆる『昔取った杵柄』を振り回して、直接、好みの幹部社員に指示をして山本社長の経営の邪魔をしています」新井会長から「叔父き」への不満は止まらない。それを制するように、息子の新井常務が、

「結果として、我々がタイムリーに、関係部下の責任を明白にする機会を失ったのは、明神名誉会長の経営や不正への介入です。社内で、混乱を招きました」第三者調査委員会委員候補の三人は、黙って聞きながら、弁当を食べ続けていた。

「顧問弁護士にも相談したのですが、アドバイス内容が不適切で、逆に我々に疑義を招くような対応となってしまいました」山本は味方を得たように

「是正の起点になったのは、林・吉田杉本法律事務所の大木先生に、名誉会長の介入阻止について相談に行った際にベトナムの状況を話すと、一発で、方向転換を指示されました。『第三者調査委員会の設置』が第一のアドバイスで、皆さんをご紹介いただいたわけです」

「あと、ことを複雑にしているのが監査等委員会の東野監査等委員です。ここには、佐藤監査等委員に同席お願いしておりますが『ベトナムの不正の解明』と調査を開始していますが、明神名誉会長の傘下に入って『山本社長降ろし』の命を受けており、それが、真の

目的です。もちろん、我々も反省すべき点は、反省せねばなりません。が、それをも全うさせず、妨害しているのが、名誉会長派です。彼の息子も専務でおり、一緒に社内を混乱させています。何卒、先生方のお力で、指揮命令系統が組織的に発揮できる日帝工業、まともな会社へ戻すための調査をよろしくお願いします。かかる費用については、全部お支払いします」最後は、新井会長が纏めるように、委員候補の三人にお願いした。食事を食べ終わった、三人の真ん中に座っていた弁護士が、口を開いた。

「調査については、調査の独立性及び客観性を確保するため、日本弁護士連合会が策定した『企業等不祥事における第三者調査委員会ガイドライン』準拠する形で行います。御社の状況やみなさんのお立場、ご要望については理解しました。我々も弁護士や公認会計士

という資格で業務遂行しており『第三者調査委員会報告書の格付け委員会』という格付け委員会もあります。第三者調査委員会の委員としての委嘱業務は、御社だけでなく、今後も継続して受諾していきますので、コンプライアンスについては、事実に基づき調査させ

ていただきます」

「一つ質問させていただきます。佐藤監査等委員は、どのような立場でしょうか」

「監査等委員会も並行して調査を進めております。調査の情報は多い程、よりよい結果となると思いますので、進捗状況、監査等委員会の入手した資料、それに関する決議等の情報等を第三者調査委員会に報告させていただきます。第三者調査委員会のみなさんが、効

率よく調査できるための、情報源の一つとお考え下さい」新井常務が説明した。椎名はと佐藤は特別、意見を発することもなく、ランチミーティングを終えた。東野と両角は、このランチミーティングについては、最後まで知る由もなかった。

 午後1時に、東野と両角が社長室に入ると佐藤は既に着席しており、体面の奥から委員候補の方々が三人座っており、入り口側に新井常務が控えていた。

「監査等委員の方々に第三者調査委員会の委員候補である三名の方々を紹介します」新井常務が紹介し始めた。

「第三者調査委員会の委員長を担っていただく原田経営法律事務所の原田和彦弁護士です」

「原田です。よろしくお願いします」

「委員を務めていただきますアドバンス法律事務所の松村直弁護士です」

「松村です。よろしくお願いします」

「最後の委員はDC新世界監査法人の伊藤由紀夫公認会計士です」

「伊藤です。よろしくお願いします」新井常務から三人の紹介が終わると、東野ら三人は立ち上がり、お互いに名刺交換を行いながら自己紹介して着席した。新井常務が

「監査等委員の方々は、色々確認したいことがあるようなので、第三者調査委員会の委員

候補の方々にはご対応いただきますようお願いします。さあ、どうぞ始めてください」東野と両角は、顔を見合わせて、お互いを促すように

「原田様、松村様、伊藤様、今回は、どのような経緯で当社の第三者調査委員会の委員を受託されたのでしょうか」東野が口火を切った。

「私が、林・吉田杉本法律事務所の大木先生と懇親にさせていただいており、御社の話も大木先生からの依頼です。松村弁護士、伊藤公認会計士には私からお願いしました」

「みなさんは、当社の取締役メンバーとは面識がありますか」両角が聞いた。

「ありません。みなさんとは初対面です」三人が、声を合わせたように答えた。

「委嘱範囲は、お聞きになっていますか」

「まだです。これから詰めます」

「誰と詰めていくのでしょうか」

「事務局の方とです」

「新井常務、事務局には誰がメンバーなのでしょうか」

「総務の河野課長と経理の笹原課長です」

「彼らに委嘱範囲が決められますか」

「指導します」

「上司であり、当事者である新井常務の関与は、不適切です。事務局も執行サイドから独立性を求められるべきです」

「独立性は理解しますが、第三者調査委員会の要求資料等の準備や社内日程調整等できるポジションを主として、人選しました」

「東野さん、委嘱範囲は契約書に記載しますし、報告書にも記載されるべきものです。その内容で確認ください」原田が、仕切ったように発言した。

「監査等委員会からも委嘱範囲を提示しますので考慮ください」

「事務局を通してお願いします」原田は、既に、第三者調査委員会の委員長としての発言を行っていた。

「このチームで、他の会社の第三者調査委員会を受託したことはありますか」

「2回目です」両角の質問に原田が答えた。

以上で、第三者調査委員会の委員候補への監査等委員会の面接は終わった。20分間であった。東野は、両角、佐藤を三時からの取締役会での報告事項の打ち合わせのため、六階の会議室に促した。

「佐藤さんは、何も質問されなかったですね。初対面ではなかったのですか」

「いえいえ、みなさん、初めてお目にかかる人たちでした。両角さんや東野さんの質問で充分です。そもそも、私は、第三調査者委員会の委員選任基準がわかりません。東野さんの監査等委員の参画有無のクレームメールに対する山本社長からの回答メールで選任プロ

セスも明確ですし、執行サイドの恣意もないと考えます」

「本来であれば、法律事務所も二つ以上に依頼して、より、独立性の明確な方を選択することがステークホルダーへのアピールとなります。でも、その選任方法はできなかったのですが……」

「新井泰の友人がいる林・吉田杉本法律事務所経由というのが気になります。我々は、林・吉田杉本法律事務所の弁護士にも全然面識がありません」

「ここまで来たら、第三者調査委員会にも調査のガイドラインはありますから、それに則った調査か、ウォッチしていきましょう。それから取締役会での通知内容ですが」東野は内容説明に移った。


「監査等委員会『ベトナムでの公務員に対する不正行為の調査、中間報告』の件」

一.調査対象:竹腰部長、田中課長、日帝ベトナム会社 田村社長、明神専務、甲斐常務

二.調査方法:ヒアリングによる時系列的事実の確認とそれに関する証憑(メール・報告書・音声録音等)を検証

三.中間報告内容

(1)アンダーマネーの支払いについて

1.日帝ベトナム会社での税務官リーダーに追徴課税軽減のため賄賂を支払ったことは『事実』と判断した

2.判断根拠

①(裏)税務監査報告書

②ナムディン省から税務監査報告書

③ベトナム会社財務諸表:概算渡金残高

④ベトナム会社管理部神田部長、現金引渡し状況報告書

⑤「日帝ベトナム会社:通関及び税務監査費用取り纏め表」10月7日、田村社長、帰国報告時の説明資料(報告対象:山本社長、新井常務、椎名取締役)

(2)アンダーマネーの支払い事実の隠蔽工作への取締役関与について

1.2019年8月31日にベトナムで前述、アンダーマネーの支払いを行ったことを監査等委員を除く取締役は、10月9日には、不正の認識をしていたにも関わらず、11月20日の臨時取締役会まで危機管理規程に基づく関連部署及び監査等委員への報告を怠り、コンサルタント会社を介在させた隠蔽工作に取締役が関与していたことは『事実』と判断した

2.判断根拠

⑥10月9日:朝、社長室会話音声録音(会話対象者:山本社長・椎名取締役・竹腰部長)

⑦10月22日、椎名取締役、発信メール宛先:田村社長c.c.竹腰部長、田中課長表題:税務官へ支払ったアンダーマネーの処理について

⑧経営会議決裁稟議書:「ナムディン省税務局監査対策コンサルタント料支払いの件」

⑨田村社長発信、コンサルティング会社TOM―VIET社との2回行われた振込、キャッシュバックの報告メール(11月14日~19日)

⑩11月19日山本社長発信メール宛先:田村社長、竹腰部長宛c.c.新井常務、椎名取締役

表題:コンサル会社とのオペレーションについて

四.今後の調査について

(1)2017年6月、税関局の通関監査時事に税関監査官へ“調整金”と称した賄賂の支払いも発覚した。この事実確認と取締役の関与を調査する。

(2)取締役への調査方法

 今年度の税務官へのアンダーマネーの支払いと二〇一七年の税関監査官への調整金の支払いについて、重要事項を時系列的に纏め、取締役に配布する。その資料に、関与の有無、認識の有無の回答を文書で依頼する。

                           以上


「佐藤さん、両角さん、内容に問題ありませんか。問題なければ取締役会で配布して報告します。2017年については、記載のように今後の調査対象としました。この段階で監査等委員が認識した事実を通知した方が良いと考えます」

「東野さん、よく纏まっています。ありがとうございます。私はこれで構いません」両角が賛同した。

「本日はこれでお願いします」佐藤も了承した。

【取締役会:2019年12月5日】

 15時、山本社長が議長になり、開会宣言を行って始まった。出席取締役は定数9名で成立している。山本から、

「本日は、報告事項一つ、決議事項一つです。最初に、監査等委員会から、ベトナムの不正に関する調査報告があります」東野は、取締役全員と事務局に「監査等委員会『ベトナムでの公務員に対する不正行為の調査、中間報告』の件」のレポートを配布した。

「先ほど、監査等委員会で内容検証が終わったばっかりです。事前に配布できず、すみません。これから一読願います」

 しばらくして、目を通し終わったのか

「この中間報告の目的は何ですか」と新井常務が質問した。

「前回の取締役会で、ベトナムでの不正についての椎名取締役は

1『コンサルタント料の支払』が違法行為になる疑義があることが判明

2まだ、違法行為とは断定できない

3税務官リーダーに現金で渡したが、領収証等は確認できていない

4税務官に本当に支払ったかわからない

と説明し、みなさん納得しておりました。また、決議案について、山本社長は「自分達では判断するのが困難であるから、第三者調査委員会を設置する」と提議の理由にもしていました。監査等委員会で調査を始めると取締役会での皆さんの意見と違う、事実や関与者

が判明しましたので監査等委員会として中間報告する次第です。この内容で公表、つまり適時開示をお願いします」

「何で開示しなければならないの」山本が憤慨していった。

「佐藤さん、これは監査等委員会の意見ですか? 」新井常務が佐藤に聞いた。

「……決議はしていません」

「佐藤さん、決議はしていませんがこの内容で取締役会にて、監査等委員会の調査の中間報告をすることは、了承しましたよね」両角はすかさず、佐藤に問い質した。

「承認はしました」

「この後、第三者調査委員会の委員選任の決議をしますよね。第三者調査委員会の設置の重要な根拠です。第三者調査委員会の設置は、東証の開示条項対象です。根拠を明確にして開示してください。何か困りますか」

「監査等委員会の調査が事実かどうかわからない」新井会長が加わってきた。

「新井会長、どの部分が、事実かどうかわかりませんか?前回の取締役会で『東野、お前責任取れるのか』と怒りましたよね。このレポート内容で責任取りますから。コンプライアンス違反に関与した方々も、今までのことを責任とってください」

「だから、第三者調査委員会を設置して正式に調査することを決議しましたよね」

「監査等委員会は、正式な調査機関とならないということですか? 山本社長、五年前、監査等委員会設置会社に移行させたのは、皆さんでしょう」

「われわれは、まだ、調査を受けていません」椎名が初めて発言した。

「明神専務と甲斐常務だけには、ヒアリングを行って何か区別しているのでしょうか」

「そうですね、まだ、椎名取締役にヒアリングは行っていません。コンサルティング会社を使った隠蔽工作されましたか」東野はストレートに聞いてみた。

「私は金沢弁護士のアドバイスに従ったまでです」

「メールや稟議書偽証作成等と違う回答ですね。それから、明神専務と甲斐常務は自主申告でのヒアリングと関連事実の報告です」

「私は、自分が『間違ったことをした』と監査等委員に申告しました。もう隠すのを止めたらどうですか」明神専務が答えた。

「社員の報告と取締役会での皆さんの話とに相違があるのは事実です。上場会社の役員としての責任で明白にすべきです。私も『間違ったことをした』と自主申告しました。新井会長、嘘の上塗りは、もうやめてください」甲斐常務が続いた。

「俺は、何も嘘の上塗りはしていない」弱々しく言った。

「監査等委員、監査等委員の権力を、振りかざすばかりが、仕事じゃないよ。よく憶えておきなさい」声を震わせて、怒りを込めて言った。

「権力を振りかざしているつもりは、一分もございません。みなさんが第三者調査委員会の調査結果でなければ、結論を受け入れない。自分たちで、自分たちのやったことがコンプライアンス違反か否かお解りにならないようなので『それでは取締役はお務まりになりませんよ』と敢えて強めに申し上げているわけです」東野は、まだ、自分たちの非を認めず、数の理論で回避しようとする取締役らに皮肉たっぷりに言った。

「山本社長、外部の機関である第三者調査委員会に指摘されて、初めて『コンプライアンス違反でした』と認めることは恥ずかしいことですよ。証憑や私文書偽造もあるし……」明神専務が諭すように話した。

「中間報告内容はわかりました」山本は、話題を変えるように

「監査等委員会の中間報告は決議事項ではありませんし、開示要請についても決議事項ではありません」

「このまま、第2四半期決算への影響も無視するのですか? 」

「11月11日の取締役会時は、まだ、我々はコンサルティング契約で合法化できるという認識でした」椎名が説明した。

「5百万円、振り込んで、同金額を現金で、キャッシュバックする作業を3回行うやり取りが、合法化の手段ですか、椎名さん。その後に手数料で、追加で5百万円払うことが経理財務関係を管掌されている取締役には、合法化の手段だと。それも現地が消耗品での処

理を止めさせた代替案でしたが。今も概算私金の残高で残っています」椎名は、答えられなかった。

「山本社長、本社のご指導のコンサルティング契約があなたの19日のメール『オペレーション全て、停止させる命令』で不履行状態でベトナム会社は、新たな窮地に追い込まれていますよ。最もコンサルティング契約のオペレーション継続自体もコンプライアンス違

反で収賄罪の上塗りで、罪も重くなりますが」

「コンプライアンスに関しては、専門家を交えて議論したいと考えます」山本が、仕切った。東野は、まだ、仕切り続ける山本の厚顔にあきれていた。

「山本社長、経営者はコンプライアンスに関して『知らなかった』では、済まされませんよ」東野の取締役会の結詞である。山本は、続ける。

「決議事項に移ります。議案は第三者調査委員会の委員選任の件、以下のメンバーを……」

山本は、委員候補の

委員長:原田経営法律事務所 原田和彦代表弁護士

委員:アドバンス法律事務所 松村直(なおし)弁護士

委員:DC新世界監査法人:伊藤由紀夫公認会計士

の三名の選任案を提議し、全員一致で、承認され、新井会長が第三者調査委員会への対応留意点として「第三者調査委員会の調査には、嘘偽りなく、全面協力をすること」を通告して取締役会は閉会した。終了後に山本社長が、

「ところで、東野さん、両角さん、社員有志から、何か届きませんでしたか」

「届きました。『嘆願書』が」

「私の所にも届いています」両角も回答した。

「なぜ、報告がないのでしょうか。椎名さんや、新井常務からは、報告がありました。お二人は『嘆願書』の提出に係わっているのでしょうか」山本が、勘ぐるように質問した。

「山本社長、嘆願書にも記載されていましたが、なるほど、それが、山本社長の『過度な情報統制』ですね。宛名は『大株主 明神要様、新井泰司様』で私宛ではなく、来たのは(写)です。私は山本社長にも連絡はしておりませんが、明神名誉会長、新井会長、社員有志の方々にも何の返事も通知もしておりません。通知や返事が必要な案件とは判断していません」

「社員が指揮命令系統違反で、会社の秩序を乱していることに何の対応もしないのでしょうか」

「社員有志の方々がコンプライアンス違反の行動をすれば、調査します」

「東野さんは『指揮命令系統違反で、会社の秩序を乱している』ことはコンプライアンス違反ではないというのでしょうか」

「株主宛に『嘆願書』を提出することはコンプライアンス違反ではありません。『指揮命令系統違反で、会社の秩序を乱している』と言いますが、何か損害が発生しているのでしょうか。会社として。『秩序を乱している』と山本社長は言いますが、彼らは『暴動やサボタージュ』を行っていますか」

「文面から読み取ると『山本社長が乱している会社秩序を是正させたい』と記載されていました」両角はいつも胸のすくようなストレートな反論をする。

「両角さんは彼らに賛同するというのでしょうか」新井常務が割って入った。

「話を戻しますが、昨日の書面は、私は、山本社長に報告すべきこととは判断しませんでした。要請されたこともない」

「私も同じです」山本は、返答もせず、我々を追い出すように

「閉会します」と再度、終了させた。

【監査等委員会:同日取締役会後】

 東野は、両角と佐藤を半強制的に六階の会議室に同行してもらい臨時監査等委員会を開く旨、了承を得た。議題は、取締役会で通知した「監査等委員会『ベトナムでの公務員に対する不正行為の調査、中間報告』の件」を監査等委員会で決議する議案と山本社長に対する通報制度に関するヒアリングの日程報告の件である。

「この中間報告レポートは、本日の取締役会の動向を鑑みると取締役会の決議に影響しない監査等委員の重要な『社内外開示の意志表示』の証憑となりますので、決議します。よろしいですか。特に、佐藤さん、よろしいですか」佐藤は、異議を唱えなかった。東

野は決議を取った。

「満場一致で、決議されました。証憑として監査等委員会議事録に取締役会でも通知した事実を記載と共に保管します。次に報告事項ですが、山本社長の事情聴取は、12月11日の午前10時からです。両角さん、佐藤さん、出席大丈夫でしょうか」二人とも日程を了解した。

「ありがとうございました。通報制度の関連資料は、後日送付します」佐藤は、足取りが重いまま、退社して行った。

 翌日の朝十時頃、両角から連絡があった。

「東野さん、昨日はお疲れさまでした」

「こちらこそ、両角さんの援護射撃で、助かりました」

「明神専務も甲斐常務もこれからは『正義を貫く監査等委員』と一緒に、闘ってくれます。彼らもコンプライアンス違反しましたが、東野さんに言われた通り、内部統制システムの『不備』の是正措置としてです。上場会社ですから」東野は「両角が明神専務と甲斐常務と連携を密にしており、ありがたい」と感謝した。

「昨日の取締役会は『不備』だらけでした。コンプライアンス意識は、ゼロです」

「佐藤も含めて、山本社長、新井会長らは、取締役会での決議は、多数決議で攻めてきますね。そのことを含めて今後の対応で相談しようと電話しました」

「私も両角さんに相談しようと考えていました」

「良かった。私からよろしいでしょうか……椎名や新井泰の拠り所を、潰して逃げ穴を埋めたいと考えました。そこで顧問弁護士の金沢弁護士のヒアリングを行いましょう」

「両角さん、重要ポイントです。早速、アポ入れましょう。後、昨日、監査等委員会で中間報告を決議しましたが、監査法人にも監査等委員会から報告すべきと考えます」

「中間報告書そのものを監査法人に開示しましょう」

「わかりました。監査等委員会が有事を認知してからの行動を、正確に監査法人に通知して連携を密にしたい旨発信します。特に第2四半期決算承認時には、知らなかったことを明確に」

「監査法人が、最初に気にするのは財務諸表にどれだけ影響するかですが、不正の発覚が明確になれば、それに応じた監査を行うはずです。また、決算修正もあり得るかもしれません」両角が税理士の片鱗をみせた。

「さすが会計のプロフェッショナルですね。内部が腐ってきているのなら、外部に浄化のサポートをお願いして、対抗したいと考えます」

「外部に依拠するとなると第三者調査委員会の調査は大きな存在になります。あと問題は、林・吉田杉本法律事務所の扱いです」

「いずれも山本社長らと何らかの、憶測ですが、何かアプローチしていますよ。第三者調査委員会は、真っ白という訳には、行きませんから、軽減や責任転嫁や……。第三者調査委員会ですから『コンプライアンスについては、徹底して事実調査を行い正しい報告をす

る』と思いたいです」

「監査等委員会の中間報告を無視して、第三者調査委員会の調査の開始で、山本らが得る利益を考えると“時間”ですかね。『コンプライアンスについては徹底して調査する』ことを前提ですが」

「“引き伸ばし”策ですか」

「東野さん、山本らもまだ、全ての対応策がないんですよ。というか、決められない。監査等委員会もどう動くかわからないし、いや佐藤という情報源は確保していますが」

「両角さん『時間稼ぎ』ですか。あり得ますね。でも第三者調査委員会の設置は、彼らにとって非常にリスクの高い『時間稼ぎ』です」

「もちろん『時間稼ぎ』だけではないと思います。昨日の取締役会の時のように内部の剛速球でストレートな浄化要求をかわすため、彼らも外部に依拠して、結果、ストライクは、仕方はないが、やまなみの、緩い、ボールを投げるよう依頼しているかもしれません」

「そうですね。監査等委員会への新井会長の発言を引用すれば、“無礼三昧の調査行動抑制“には、第三者調査委員会の存在は大きく、確かで“寄らば、大樹”です。これから“大樹”も職責の全うする調査を通じて、事実確認等で彼らに棘を見せてくれると思いますが……第三者調査委員会については、調査過程を静観しましょう。ただ、監査等委員会として通知すべきことや要求すべきことは、随時、行いましょう。まだ、委員会の動きがわかりません。面接時の原田委員長の発言には偏った感じもありました。監査等委員会と連携を要請されれば、それに応えますが、どうも、我々も“調査対象”扱いにされています」

「第三者調査委員会については、わかりました。林・吉田杉本法律事務所への対応は、どうしましょうか」

「先日、両角さんがおっしゃったように林・吉田杉本法律事務所は、山本らコンプライアンス違反者の『弁護士』感は、ぬぐいきれません。当方にも法律専門家はほしいですね。監査等委員側相談者として。会社法や金融商品取引法等、監査等委員や監査役に関する法令はネットで調べることはできますが、限界があります。また、当社のケースは、異例のケースですから、事例は殆どありません」

「私の親しい友人に弁護士はいますが、法人問題対応経験は多くありません」

「両角さんの人脈は凄いですね。プロフェッショナルには、プロフェッショナルが、集まるんですね」

「所謂、個人事業主ですから、共存共栄関係の人脈は命綱です」

「第三者委員会関係に強い、法律専門家がいれば助かります。第三者委員会の報告書が鍵を握ることになると思います。監査等委員会規程で、必要経費は使えないことはないですが、会社を通すと必ず山本社長らは情報収集に必死に動くでしょう。難しいですね。金沢

顧問弁護士に、相談してみますか」

「金沢弁護士は今、あり得ないと思いますが、椎名、新井泰曰く『コンサルティング会社介在合法化起案者』ということになっていますよね。金沢弁護士の所属する、富山法律事務所は、海外案件に対応できるような大きな法律事務所ではありません。私に考えがあります。ちょっとお待ちください」

「わかりました。よろしくお願いします。私は、金沢弁護士へのヒアリング日程調整とさくら有限監査法人の竹田公認会計士へ有事発生認識の一報を、今までの三人のヒアリングレポートも併せて通知します。会計士にも早急に事態の把握が必要でしょうし、彼らのネ

ットワークで、現地の会計情報の確証等も取得できると思います」

「さきほどの監査法人との連携に関して、繰り返しますが、彼らには、監査等委員会が知り得た情報の全てを開示すべきと考えます。外部機関で有事発生に際して、最も連携を取るべき機関の一つでしょう。監査法人の会社法や企業会計原則等に準じたコンプライアン

スの徹底は、一番、まともです。彼らに情報を開示することによって監査等委員の有事発生への対応の正当性も確保できますし方向性を導いてくれる場合があります」

「監査法人の監査機能は、重要な証憑となりますね。詳細を報告しておきます」

 東野は、両角と電話終了後、金沢弁護士にアポをお願いし、来週の12月9日午後1時に、金沢弁護士の事務所での打ち合わせを確定させた。さくら監査法人の竹田公認会計士には、

①ベトナム会社での不正の発生

②11月20日の取締役会後から本日までの監査等委員の行動

③竹腰部長、田村社長、田中課長のヒアリングレポート

④(裏)の税務監査報告書、コンサルティング会社契約の稟議書、関係メール等の証憑

⑤「ベトナムでの公務員に対する不正行為の調査、中間報告書」

と共に、打ち合わせ日程の調整を、お願いした。金沢弁護士の打ち合わせ確定日時と、さくら有限監査法人へのメールを、両角、佐藤に転送をし終えると、すぐ、甲斐常務から

「東野さん、山本社長がホームページに都合の良い開示をしました」と連絡があった。甲斐には、開示を一読後、電話し直す約束をしてホームページを開くと、IRニュースに昨日の日付で以下の開示があった。


                    2019年12月5日

各位                会社名:日帝工業株式会社

             代表者:代表取締役社長  山本金一

             問い合わせ先:常務取締役 新井 泰


     「当社海外子会社おける不正行為について」


当社海外子会社の社員による不正行為の疑いがあると2019年11月20日の取締役会において、報告がありましたので事実の確認等を行うため、第三者調査委員会の設置を決議しました。また、本日、委員会の委員選任の決議をいたしましたので、併せてお知らせ申し上げます。

 関係者の皆様には、ご迷惑をお掛けすることとなりましたことを、深くお詫び申し上げます。

1・2019年11月20日の取締役会での報告内容

 当社の海外子会社の社員が、現地における税務監査受査の際に税務監査員に不適切な金銭で贈賄付を行った疑いが、判明したこと。

2・第三者調査委員会設置の目的

 当社は、独立性の確立された第三者調査委員会の立場から、当該不正行為の事実の確認及び網羅性確保の観点から同様の事実の有無の確認、調査で判明した事実を踏まえた再発防止策の当社への提言を目的としております。

3・第三者調査委員会の構成

 本日、取締役会で、外部の独立した専門家三名を第三者調査委員会の委員として選任決議いたしました。委員の方々は以下のとおりです。

 委員長:弁護士原田和彦 原田経営法律事務所

 委員:松村直弁護士 アドバンス法律事務所

 委員:伊藤由紀夫公認会計士 DC新世界監査法人

委員選定に際しまして、日本弁護士連合協会による「企業不祥事における第三者調査委員会ガイドライン」に沿って選任しております。各委員及び委員の所属する法人

・事務所と当社との間に顧問契約、その他の利害関係は、ございません。

4・今後の対応と業績への影響

 現時点で判明している費用等での業績に対する影響はございません。第三者調査委員会による調査結果等については、報告書受領後、速やかに開示いたします。

                            以上


「甲斐常務、連絡ありがとうございます。内容確認しました。『社員の責任』として発表していますね。山本社長は、まだ、自分が関与したことを隠しています。不正に取締役が、関与していたことは、重要事項で市場にも影響があるかもしれません」

「そうですよ。私は、これから山本社長にクレームメールで訂正依頼を要求します」

「よろしくお願いします」甲斐との電話が終わると、次は、さくら有限監査法人の竹田公認会計士から連絡があった。

「東野監査等委員、ご無沙汰しております。メールありがとうございました。レポート内容等も拝見させていただきました」

「この度は有事を発生させてしまい、誠に申し訳ございません。会社からこのことに関して報告がありましたでしょうか」

「昨日、椎名さんから電話いただきました。『第三者調査委員会を設置することになった。明日の開示をまず、見てください』というだけで…本日、ホームページも確認しました」

「資料等、閲覧いただいたらお解りと思いますが、事実の報告が足らない開示内容です」

「我々も御社の会計監査法人として、『企業で不正発生時の監査対応』に準じて対応せねばなりません」

「ご迷惑をお掛けしますがよろしくお願いします。一度、さくら監査法人さんと打ち合わせを行いたいのですが。監査等委員としても、お願いしたいこともありますので」

「わかりました。ただ、こちらの体制を整えてからの方がよろしいかと思います。いかがでしょうか」

「わかりました。また、連絡いただけましたら幸いです。それから電話で失礼ですが二つお願いがあります」

「何でしょうか」

「さきほど、竹田さんが話された『企業で不正発生時の監査対応』を送付いただけますか。勉強します」

「はい、結構です。正式には『監査基準委員会報告書240 財務諸表監査における不正』といいます。これは、日本公認会計士協会の監査基準委員会の報告書です。通常の監査内容に、この報告書に基づいた監査を追加して行います。東野さんにはわかり易くお伝えしてしまいました。もう一つは、何でしょうか」

「我々、監査等委員が現状、確認できないことの依頼です。それは現地の会計書類の現況です。ベトナム子会社の田村社長が、嘘を言っているとは思いませんが、自分たちの目で証憑を確認したいんです」

「東野さんのご依頼は体制を整える前段階に我々が、すぐやるべき作業です。いただいたレポートの真偽、すみません。疑っているわけではないですが、財務諸表会計書類で確認することが基本ですので。また、御社の日帝ベトナム会社は、連結決算対象の一つです。ご存知のとおり、さくら監査法人は、世界四大会計事務所の一つである、ABC(アダムス・ブライアン・チャーリー)のメンバーファームです。連結監査委嘱先のABCベトナムに問い合わせて状況確認後、連絡いたします」竹田は、監査等委員初年度の東野にさくら監査法人の連結決算対応体制を丁寧にレクチャーした。

「ありがとうございます。打ち合わせ日程調整と共に連絡お待ちしています」

十二月九日午後一時、東野ら、三人は、赤坂四丁目にある富山法律事務所を訪れた。佐藤も同席したいと当日の朝、連絡があり、訪問者は、一名増えたことになる。

「連絡いただき驚きました。10月17日以降の新井常務、椎名取締役の対応は遺憾に思います。日帝工業の山本社長を始め、役員方々のコンプライアンス意識の低さにあきれております。開示内容も株主に適切な判断をさせるには、不充分な内容と言わざるを得ません」金沢弁護士の第一声である。少々、怒り口調であった。東野が、監査等委員として不正の認識をしたのは、11月20日の取締役会であったことから、今までの経緯を簡単に説明した。資料は、アポ申し出の際に事前送付してある。金沢弁護士は、新井泰と椎名がこの事務所を訪問時の話を語り始めた。


【金沢顧問弁護士の証言】

 新井常務と椎名取締役の相談は、初めから訝しがったことを憶えています。日帝工業様の顧問弁護士は10年になります。先代の大会長、明神名誉会長の兄である新井泰造氏の時からのお付き合いです。大会長、名誉会長からはお会いする度に「金沢先生、社員から何か、相談があったら、必ず最悪のケースを想定し、回答してやってください」と言われておりました。また、通常の相談時は営業マター、契約や品質関係の問題であっても、総務部長が窓口となり、相談時も同席しておりました。ここ五年間は、雲井部長が窓口となっていただいています。また、雲井部長が窓口の際は、問題と資料、日帝工業の対応案を、事前に送付いただき、私の方で打ち合わせ前に充分に検討する時間がりました。打ち合わせ時の議事録、その後の日帝工業の対応や結果は、雲井部長から常に報告いただいております。その成果とも言えると思いますが、五年間は、法的問題での損失発生はありませんでした。10月17日の新井常務と椎名取締役の来訪は、今までと趣が違っていました。事前に、問題内容の通知もなく資料もありません。当日も資料は何も提示していません。私が

「本日は、雲井部長はどうされましたか」と確認すると

「今回は、雲井は関係ありません」と椎名取締役が回答しました。五年間で初めてのことです。相談内容は、

①8月に日帝ベトナム会社で、税務局の監査があり、監査最終日の30日に税務官リーダーに金員を要求された。現地社長は、莫大な追徴の回避と今後の優遇措置を受けるため要求された現金一1500万円を渡した。

②本社に伺いを立てたが、当日、山本社長、椎名取締役も不在で事前承認は得ていない。(本社の企画管理部長がGOサインを出した)

③企画管理部長のGOサインの判断は、過去の山本社長の承認事例に基づいたものである。

 以上の問題で、今後どのように対応すれば良いか。 

という、漠然なものでしたので、私も次のような漠然とした回答しかしませんでした。いや、できませんでした。

1・「賄賂」として、現金を供与したのであれば、不正競争防止法第18条第1項(外国公務員等に対する不正の利益の供与等の禁止)に該当する可能性がある。

2・山本社長や椎名取締役の承認の有無にかかわらず同法に該当となる。

3・過去の承認事例の具体的内容の詳細調査が必要である

今後の対応策として

一、現金の返金を求め、リセットすること

二、監査等委員に報告すること(税務官の返金の可能性は、低いと思われるので)

三、賄賂支払いの事実を明確に調査して、不正競争防止法違反に該当するのであれば、取締役会で捜査当局への自主申告の決議をするべきと考える

 それに対して、椎名取締役が

「同様な事例はあるか」と聞いてきたので

「四菱日輪パワーシステムズが、タイ南部での火力発電所建設に絡み賄賂を提供した事件で司法取引を行った事例がある」新井常務が、

「東南アジアにおける公務員の賄賂要求の状況の情報はあるか」と聞いてきたので

「東南アジアでも中国でも取締りは、強化されて厳しく取り締まられてきているが、相変わらず賄賂の要求は日常的にある。個人的金員の授受が表に出ないようにコンサルティング会社等を介在させて金員を受取っている場合がある。が、これもコンプライアンス上は、問題ありである」と説明を行いました。

 以上が、二人が来訪時の相談、回答内容であり、当法律事務所の「相談記録」に記載しています。先週、東野さんからアポの連絡と本日、来訪の目的をお聞きした際に打ち合わせの事前資料として、監査等委員会の中間報告や(裏)税務監査報告書、コンサルティング契約の稟議書等の証憑を送付していただき、有事情報を確認いたしました。まだ、詳細の調査を行わないと断言できませんが、ベトナムのアンダーマネーは、不正競争防止法第18条第1項、コンプライアンス違反の隠蔽工作は、内部統制システムの不備に該当する可能性があります。


金沢弁護士は語り終えた。東野は、非常に恥ずかしさと怒りを感じた。「顧問弁護士に相談した事実」と金沢弁護士の回答内容から自分たちの都合の良い部分だけを切り取り、強引に貼り付け工作し「顧問弁護士の金沢先生に相談したところ……」の後に、切り貼り文章を加えて、11月11日の取締役会の後に監査等委員を除く取締役に報告していた。甲斐常務が「猜疑心を抱いた。……上場会社の顧問弁護士がアドバイスする内容ではない」

と言っていたことが事実であった。『事実は、現場にあり』で伝聞の怖さを改めて知った。

最後に金沢弁護士は、

「監査等委員の皆さんの前に社内の不穏な動きを感じたのか、同様にヒアリングにきた方がいます。11月19日でした」

「誰でしょうか」

「雲井部長です。彼の危機管理センサーは大したものです。同じ内容を伝えました」事務所に戻る前、二人をお茶に誘ったが、佐藤は「約束がある」と足早に帰った。

「嘘の上塗りばかりですね」青山通りまで出たところにあるドトールコーヒーショップに入り、両角がアイスコーヒーを一口飲んで言った。

「嘘ばかり、呆れるばかりです」

「金沢先生も『自分のアドバイス』として隠蔽工作されたことに憤っていましたね」

「当然ですよ。今後の対応で、最初にやるべきこととして『返金を求めよ』ですから。この意見は私と同意見です。社内には一切、この議論や行動がない」

「金沢弁護士も『返金の可能性は低い』と言っていましたよね」

「例え全額返金されても法令違反は、免れないでしょう。しかし、全額返金してもらえなくても『返金要求』すること自体が、情状酌量の対象となる場合があると考えます。両角さん、個人で起こしたのではなく会社という組織で起こしたコンプライアンス違反です。

誰かが、是正せねばなりません。それを監査等委員でやっている訳ですが、是正の基本は『元の正しい形に戻す』です。Aが、間違った判断で『アンダーマネーを渡した』。Bが間違いに気づいたから『渡したアンダーマネーを返してもらう』ことが自浄作用なんですが、当社は、Bは間違いに気づいたが『アンダーマネーを渡した事実の隠蔽工作に取り掛かった』ですから。当社の場合、Bの他、C、D、Eと複数人いたにもかかわらずです。代表権のある取締役、経理財務を管掌する取締役、コンプライアンス管掌取締役ら上場会社としての主要経営陣が、複数いて隠蔽工作ですから救いようがありません」

「東野さん、我々は『正義の味方』ですから、救わないといけません」

「彼らは悪の怪獣です。救えません。排除します。救わなければならないのは日帝工業株式会社という組織です」

「ステークホルダーへの我々の職責ですね」


【嘆願書署名工場長呼び出し】

 同日同時間、午後1時、本社では、新井会長から呼び出された国内工場長、及び総務課長合計10名が、会議室に招集されていた。同席したのは、新井常務、椎名取締役である。

「お忙しい中、招集に応じていただきありがとう。集まってもらったのは、先日、僕のところに送られてきた皆さんの署名のある『嘆願書』の件です。工場の皆さん、身に覚えがありますよね」新井会長が、全員見回すように言った。司会をするように椎名取締役が

「この『嘆願書』は(写)が、各取締役にも送られています。内容を読みますと、端的に言えば『山本社長の下では、これ以上、仕事ができない』ということです。そういう内容ですよね。宮城工場の番場工場長」

「ハイ、そうです」

「皆さんは、この『嘆願書』を大株主宛に送付しました。社内の業務上の不満の解決方法は、上長や、組合や、内部通報制度という制度もあります。それを株主へ送付しています。その行為が、どういうことか、お判りでしょうか。当社の最高決議機関は株主総会です。その株主総会で選任された取締役……取締役は、株主から経営を委嘱されている訳ですが……で構成する意思決定機関の取締役会で、代表取締役を選任しました。選任されたのが、山本社長です。皆さんは、その『意思決定が、間違っている』と大株主に訴えている訳です。これは、会社秩序の根本となる指揮命令系統へのいわゆる反逆です」新井常務が、強く言い含めた。

「今まで、俺は、何があろうと皆さんを集めたりしなかった。ただ、この嘆願書は、俺個人宛であり、会社の組織を無視しており、指揮命令系統に反する行為だから、直接、話を、本音を聞きたい。それも『社長更迭』という会社のトップを否定する内容になっている。紙一枚で『ハイ、そうですか。わかりました』という訳にはいかない。一方的な意見だし。それで、みんなの話を聞こうと、この場を持った。そうしないと、この問題には、対応できない。対応のためのヒアリングだということです。わかるよね」

「流山工場の山村工場長、おわかりになりますよね」椎名は、一人ずつ確認していくつもりのように聞いた。

「会長が言っていることは、わかります」

「山村工場長は何が言いたいんだ」

「言いたいことは『嘆願書』に記載の文面です」

「これは君が書いたのか」

「いえ、違います」

「それでは誰が書いたのでしょうか? 」

「ちょっと確認したいのですが、よろしいでしょうか」青森工場の宮下工場長が、質問した。

「いいよ」会長が、答えた。

「この場に新井常務や椎名取締役が同席されているのは、なぜでしょうか」

「私は総務関連業務の管掌で、ガバナンスに問題があれば、関与して対応する立場です」新井常務が答えた。

「私は、皆さんが取締役全員に回付したので、その関係で、新井会長に『立ち会ってくれ』と依頼されました」椎名が答えた。

「他の取締役の方々は、同席されないのでしょうか」

「他というと誰が必要かね」

「例えば『監査等委員』の方とか」

「なぜ監査等委員が、必要なのかな。その理由を教えてほしい」

秋吉工場の増田工場長が、意を決して、答えた。

「ストレートの言い方で済みません。会長を始めヒアリングとおっしゃりますが、圧迫感をすごく感じています」岐阜工場の秋山工場長も続いた。

「我々は困っています。それを大株主の新井会長に縋る思いで嘆願書に署名して提出しました。それが、今は社内の査問委員会の場みたいになっています。新井会長は、今、大株主の立場でなく、会社の会長という立場で関連部署の新井常務、取締役代表的な椎名取締役と一緒に、繰り返しますが、我々を査問しています。我々は、懲罰を受けるのでしょうか」

「誰が、査問といった! 『ヒアリングしたい』といっただろ」

「会長、ちょっとお待ちください。率直な意見ありがとうございます。先ほど私から説明しましたが、皆さんの行動は、指揮命令系統を無視した行動で会社秩序を乱す行動です」新井常務の後に番場工場長が

「秋山さんから説明したとおり、『大株主様』に直接お願いすることが、指揮命令系統違反なのでしょうか。我々は、会社秩序は乱していません」

「みなさんが署名する際に、肩書も一緒に記載したということは会社の問題となりますよね」椎名が口を挟んだ。

「会社の問題であれば他の取締役の方々にも話を聞いてもらいたいです」

「東野監査等委員は外出中です」椎名が即答した。

「ヒアリングであれば、明神名誉会長も一緒に同席できないでしょうか」

「みなさんは、先に明神名誉会長に相談されたのではありませんか。秘密の会合で」新井常務が指摘した。

「そこには監査等委員である両角さんも出席されていたんでしょう」

「十一月二〇日の会合に出席したのは、私だけでした。名誉会長には、その場で話を聞いてもらい、新井会長にも株主の立場として同様に相談すべきと『嘆願書』を出さしていただきました。両角監査等委員からは『取締役のみなさんに知ってもらった方が良い』との助言をいただきました」番場工場長が説明した。

「会長であり、大株主であると言っても一人の人格だ。俺は」

「新井会長は、山本社長の振る舞いは『このままで良い』とお考えですか?これも事例の一つですが、山本社長は、社長になってから一度も国内の工場には来られていません。全て指示は電話です。現場の気持ちを理解してくれません。明神名誉会長は年に一回必ず、各工場を訪問されます。その後、山本社長は『名誉会長は何を話した、何と答えた、誰と話した、全て報告しろ』と命令します。これでよろしいのでしょうか」

「そうは言っていない。本当かどうかということを確認しているところだ」

「会長も我々の話は信頼できないということですか。確認していることは我々の行動が『指揮命令系統違反』かどうかということでしょうか。それとも『会社秩序を乱している』ことを確認されるのでしょうか」

「みなさんも既にご存知のとおり、海外で法令違反の疑義がある事象があります。それについても会社は『第三者調査委員会』を設置して調査を始めています。『嘆願書』についても第三者の意見が必要と考えます」

「その件について、新井会長、新井常務、椎名取締役だけでなく会社として対応を講じるのであれば、全取締役全員で対応してもらいたいと考えます。新井常務のベトナムの不正の件『当初、監査等委員に、報告をしなかった』とお聞きしています」番場は椎名の方を見ながら発言した。

「みんなは、俺宛にこの紙を出してきた。だから対応してやろうとしたんだ。俺に言うことがなければ、この紙は、ただの紙切れ扱いになるよ。いいの」

「新井会長、会長から『指揮命令系統違反』と言われたら、何をお話しすることができるのでしょうか」秋山が尋ねた。

「俺は『指揮命令系統違反』とは言っていない」少し沈黙が続いた。

「新井会長がお話を聞きたいと言っているのに、みなさんが話さなければ、このヒアリングは、なりたちませんね」椎名が苛立ちながら言い張った。

「我々の意見は監査等委員に預けます」番場が言った。

「監査等委員に預けるってどういうことでしょうか?『嘆願書』は大株主宛で、監査等委員宛ではありませんよ」

「社内で査問するのであれば、監査等委員に任せるということです」秋山が答えた。

「わかった。みんなの真因が何なのか聞こうと思ったけれど、聞けなかったのは、残念だ。誰かにやらされているのかとも疑いたくなる。『監査等委員、監査等委員……』って念仏みたいに言っても、彼らが全てを判断するわけではないし、決めるわけでもない。『正義の味方』見たいに思っているだろうけれど俺は『怪獣』ではない。指揮命令系統を明確にして、会社秩序を守りたいだけ。部下の不満や変な横やりで、社長を更迭していたらみんなも一緒だよ。部下からの不満で工場長を辞めるか?辞めないでしょ。辞められるわけがない。真意を正すよね。そういうことですよ。株主がいて、株主から株主総会という最高意思決定機関で選任された、取締役がいて、その取締役からなる取締役会が、指揮命令系統、業務遂行の決定機関であることをよく考えてください。それに反する人には、我々も会社規程に基づき対処します。よろしいですね。今日は集まってくれてありがとう」各工場長、総務課長は、不安げな顔つきで、それぞれの持ち場への帰路についた。帰路途中、番場は、秋山に

「録音できたか」

「私と宮下、山村3台で、録音しましたから問題ないと思います」

「各工場長で分担して、反訳を作成しよう。反訳を添付して、内部通報制度に送る段取りだ」


 東野は、工場長や工場の総務課長らが、呼び出されたことは、知らず、事務所に戻り、顧問弁護士訪問のことを連絡すべく雲井部長に電話したが、不在であった。その雲井から午後4時ころ電話があった。

「東野監査等委員、本日付けで総務部長を解任されました。詳細は、別途送ります。よろしくお願いします」

「雲井部長、何があったの? 」東野が、電話越しに聞くと、彼の受話器の後ろの方から、

「雲井さん、誰に電話しているんですか。自宅謹慎ですよね。机もパソコンにも一切触れず、すぐ事務所から退出するように」明らかに新井常務の荒ぶる声であった。雲井は、受話器の声が漏れないように手で覆ったらしく籠った声で、

「夜、電話します」と一声言って電話は、切られた。東野は慌てて、総務部のフロアである三階に下りていくと雲井の姿は、もうなく、雲井部長の席には、新井常務が座って、雲井の専用と思えるパソコンを操作していた。3階フロアは異様な雰囲気で、総務部員は、東野と同じように何が起きたのかわからず、みな不安げな顔で立ちすくんでいた。

「新井常務、何があったのでしょうか」

「緊急対応です」

「また、コンプライアンス違反ですか」新井常務は顔を引きつらせて

「総務部長の指揮命令系統違反で緊急解任を行いました」

「ちょっと待ってください。誰が決裁したんでしょうか」

「山本社長です」

「あなたも総務部管掌役員ならご存知とは思いますが、部長職以上の解任は取締役会決裁事項ですよ」

「だから、緊急対応だと説明しましたよね。緊急と判断した、代表権者の決裁です。取締役会には事後承認決議の提議をします」

「私が確認したいのは、また監査等委員に何の通知も行わない、緊急対応を行っているが『何が緊急なのか』ということを尋ねています。貴方の今、やっている『部長職解任、本人の机にもパソコンにも触れさせず、事務所を退室させる。総務部長の机とパソコンのデータを確認する』作業は、社内で犯罪をおこした者への対応ですよ。雲井さんはどんな犯罪をおこしたのですか」

「指揮命令系統違反による会社秩序の混乱です」

「人のコンプライアンス違反については判断できるのでしょうか」

「何が、言いたいんだ」怒鳴った。

「自分たちのコンプライアンス違反は判断できず、第三者調査委員会を設置するんですよね。雲井さんの場合は、第三者調査委員会を設置しないのでしょうか」

「私が、雲井さんの被害者当事者ですから。私が、山本社長に訴えて決裁いただきました」新井常務は顔を赤らめて訴えた。

「新井常務が、雲井さんの指揮命令系統違反による被った損害とは何ですか?指揮命令系統違反とは何の法令違反に当たるのですか。会社に何か損害を与えたのでしょうか」

「会社秩序の混乱という被害です。一部の執行役員を扇動して、経営幹部に対する名誉棄損行為です」

「人事については慎重に対応しなければなりません。手順を正確に踏まないと優位的立場の強制行為は、逆にハラスメント行為と通報されたりしますよ」新井常務のパソコン操作の手が止まった。

「東野さんも一部の執行役員の無秩序行為を扇動させた一味徒党ですか」

「その『一部の執行役員の無秩序行為』って何ですか」

「嘆願書や通報制度の乱用による『山本社長降ろし』の行為です」

「内部通報制度は関知しています。常勤監査等委員は、通報制度の窓口ですから」

「その通報制度にあるデータを提出してください。無秩序行動の根拠となります」

「内部通報制度の相談者は法的に保護されなければなりませんので、提出できません」

「私は、通報制度の事務局のある総務部管掌取締役ですから確認する権限があります」

「取締役に関する通報制度の内容は、取締役を監視・監督する職責の監査等委員のみのクローズド情報扱いです」新井常務は、通報制度の情報を探していたわけである。事務局の雲井総務部長のパソコンにデータがあると確信して探していたのであろう。11月20日の「私的執行役員会合」に出席後の雲井部長との久しぶりのランチタイムに「私は『私的執行役員会合』いわゆる『山本社長降ろし会合』に出席しましたので、今後、監視があると思って身辺整理しておきます。例えばパソコンデータは、全てハードドライブには記録せず、USBに保存しておきます」と言っていたことを思い出した。彼の日帝工業の経験からこういう事態を迎える日が、あるかもしれないという予測勝ちである。新井は、パソコンだけでなく一通り、机の抽斗も確認して、総務課長に

「今後、雲井氏に掛かってくる電話は誰からか、社内外問わず記録するように」と明確に指示していた。東野も情報が不足していたので、ここまで反論するだけに終わった。おそらく、雲井氏の電話の前に社長室で、山本社長、新井常務は居たはずで、そして、雲井総務部長と少なくとも三人の間で、多分二対一であったろう、何かが起きた。その状況を把握しないと雲井を救う策が講じられない。最終的には、取締役会決議となるはずで絶対多数決では、負けとなる。それまで多数決議の楔となる材料を見出したいと東野は、決意した。その夜、9時頃、雲井から待ちに待った電話がかかってきた。

「東野監査等委員、遅くなって申し訳ありません。先に、明神専務に連絡して弁護士を紹介してもらったりしていました」

「今日は、大変でしたね。辛かったでしょう。何もできず済みません」

「いやあ、非常に残念でした。でも諦めません。東野監査等委員も何もわからず、随分、皮肉たっぷりに新井泰に嚙みついたそうですね。ありがとうございました」

「自分に甘く人に厳しい対応に、何もわからないため賄賂の不正の話を散りばめて、弄ってやりました。余り効果はなかったと思いますが」

「その時の、新井泰の顔を見ていたかったです。少しは気分が晴れたでしょう」

「本日、我々監査等委員は、金沢弁護士にヒアリング行きました。雲井さんも11月19日にヒアリングに行かれたとお聞きしました」

「ハイ、行きました。本日の件も金沢弁護士にヒアリングしたことも関連した、山本と新井泰の仕打ちです」


【雲井総務部長の証言】

 私が、社内で何かが起きていることを感じた切っ掛けは、10月17日に新井常務と椎名取締役が、二人だけで顧問弁護士の金沢先生の訪問したことでした。通常、顧問弁護士の相談は総務部長を窓口にして相談していました。理由は

①組織として、法的問題が発生した場合の早期把握(当事者の隠蔽を防御のため)

②顧問弁護士の助言を正しく会社の判断に反映させること(伝聞での歪曲を防御)

③顧問料の包括時間外相談の場合の請求内容の正当性を確認するため等 

内部牽制を重要視した一つのシステムを構築していました。この五年間は私が窓口になり、営業問題も営業代表と共に一緒に訪問し、同席して、相談し、打ち合わせ内容も議事録にしてファイルしてあり、金沢弁護士にも確認の目的で送付しています。このシステムは、椎名取締役も良くご存知で、昨今は営業取引関係でも財務諸表への影響も考慮して、同行してもらうことが、多かったためです。17日は11時ころ、椎名取締役が六階から降りてきて、新井常務を誘って外出しました。その時に

「金沢先生の事務所に何時でした」

「1時です。食事は赤坂見附辺りで取りましょう」と椎名取締役が回答したのが聞こえたので「何の件で金沢先生のところに行くのだろう」と自分には、同行の依頼がなかったことに疑問を持ちました。帰社後も私には何の通知もなく、二人は、すぐ山本社長に報告に行ったようです。その時は何が起きているのか、私は知る由もありませんでした。11月18日、明神名誉会長から「ベトナム会社の不正と社員のみの責任処罰」の相談を受けた時に二人が、顧問弁護士に相談したことが、「ベトナム会社でのアンダーマネー支払い」の件と結びつきました。私は金沢弁護士に、その日の内にアポをお願いして、翌日19日の午後1時に訪問しました。金沢先生からのヒアリングは以下のとおりです。

【金沢弁護士からのヒアリング議事録】

1・ベトナム会社税務調査に関わる贈収賄の件

・本件は、新井常務と椎名取締役から相談を受けた(10月17日:午後1時)

・企画管理部長の竹腰氏の独断で賄賂を払ったと説明していた。

2・事後対策として

・監査等委員に報告すること

・直ちに取締役会を開催して全取締役で、自主申告等含めた善後策を話し合うこと

3・コンプライアンス違反

・現金で賄賂を渡したとすれば、日本では、不正競争防止法違反となり、指示した役職員は、刑事罰の対象となる

・ベトナム刑法では364条:10億ベトナムドン以上の贈賄罪の場合は、12年以上20年以下の懲役刑です。

相談にきて、一か月たっても取締役会を開催していないことを遺憾に思う。

 以上が、その時の記録です。

11月20日、ご存知のとおり、私は明神名誉会長、明神専務に依頼され『執行役員会合』に出席しました。出席前に外出する旨、上司である新井常務へ会議室で伝えました。新井常務からは

「社外での打ち合わせは禁止する」と一喝されました。

「指揮命令系統から逸脱した、私的執行役員の会合に総務部長として出席することは禁止する」繰り返した。

「執行役員たちの会合は、会社のコンプライアンスに係わる重大な問題に悩み苦しんでいる社員がどう対応すべきかを打ち合わせる場であり、そのような相談をうけ、情報を得ることも総務部長の職責の一つと考えます」

「出席をした場合には業務命令違反となることを承知しているか」

「新井常務の出席禁止自体が潜在的問題の強制的抑制にあたると考えます。不満を持った社員の話を聞くことは、何が問題なのでしょうか」

「会社への不満があるのであれば、直接上司に相談すべきでしょう」

「直属の上司に相談できない問題もありますよね。だから内部通報制度もある」

「誰の依頼で出席するのですか」

「8名の執行役員と明神名誉会長です」

「名誉会長が執行役員らに直接指示する経営介入は、立場上、できません」

「執行役員らが名誉会長に話を聞いてほしいと、会合への出席を依頼したわけであり、名誉会長が主体的に集合させたり、主催したりしたわけではありません」

「名誉会長の立場で総務部長へ出席を依頼することも不法な経営介入になります」

「大株主様の依頼と受けとめています。なぜ執行役員らの打ち合わせを止めさせようとするのでしょうか」

「会社の秩序を混乱させる類のものです」

「新井常務は、コンプライアンス違反の内容をご存知なのですか。10月17日に金沢顧問弁護士に相談された内容のことでしょうか」

「雲井部長は、何を言っているのか。経営幹部内の調査中のマル秘情報について総務部部長が関わることは、越権行為だ」

「私は不正行為等には、何も関わっていません。監査等委員を始めとする取締役には社内開示されているのでしょうか? 」

「越権行為にはお答えしない」とどめの指摘事項として

「新井常務が係わっているベトナム会社での税務官に対する賄賂支払いの不正行為の隠蔽も一部の幹部の業務命令ですか? 」

「上司に対して口を謹むこと」矢継ぎ早に

「改めて忠告する。本日の執行役員の私的会合に出席したら、雲井さんの席はないものとします」

「私を脅しているのでしょうか」

「業務命令違反者への懲戒の説明です」

「業務命令違反や懲戒を新井常務がお決めになるのでしょうか」

「業務命令違反という被害を被る、直属上司の、いわゆる求刑内容です」

ここまで言われてしまったので、私も

「わかりました。好きに処分してください」と言い残して、会議室を出ました。


(執行役員の会合の論議内容は【明神努の証言2】参照)

その会議は、結果的に執行役員が、明神名誉会長へ「山本社長の更迭」を直訴したものでした。当該会議に出席したのは執行役員8名でしたが、課長以上の部下を含めると、40~60名の不満を持つ社員がいるようでした。みなさんの話でこれからの行動方針が、決まりました。

1・明神名誉会長と新井会長宛で「大株主様への嘆願書」として「山本社長の更迭」を直訴すること

2・山本社長のハラスメント的行為を内部通報制度を活用し、監査等委員に調査を行ってもらう。ハラスメント的行為だけでなくベトナム税務官へのアンダーマネー支払いの隠蔽工作、2017年の税関局監査官への調整金支払いの法令・コンプライアンス違反も含めて内部通報すること

 以上を、実行することで再度、明神名誉会長に「山本社長の更迭」を願い出ました。

 その次の日から、新井常務は日常業務に関して「総務部長外し」の業務遂行でした。部内会議にも総務部長は参加させず、総務課長人事課長、係長のみです。

 12月9日午後3時過ぎに山本社長の秘書から、

「山本社長がお呼びです」と呼び出しの電話がありました。社長室に入ると、新井会長、新井常務が同席していました。山本社長が「雲井部長、本日この時を持って総務部長の職を解任し、社長付きとする。事態が収拾するまで自宅待機を命ずる」と突然の解任通知を言い渡された。

「何か質問はありますか」

「総務部長解任の理由がわかりません」

「業務命令違反です」

「どんな業務命令違反ですか。具体的に説明して下さい」

「11月20日、総務部長であった、あなたは、同日、就業時間内に明神名誉会長が、開催する非公式な会合に出席する旨、総務管掌で、直属の上司である新井常務へ通知しました。新井常務は、雲井さんが同会合に出席される具体的な根拠が示されなかったため、出席しないよう業務命令として禁止されましたが、あなたはそれに従わず、独自の判断で同会合に出席された。このことは、総務部長という重責にありながら、直属の上司の業務命令を無視して会社秩序を乱したことは、会社組織に大きな影響を及ぼす行為と判断して、総務部長の職を解任します」

「就業時間内に明神名誉会長の開催する会合への出席……は、大株主からの依頼に対応することも総務部長の職責と判断しました」

「詭弁を言うんじゃない」新井会長が怒って行った。

「会合へ出席の具体的根拠は、新井常務に説明しましたが。加えて『取締役がコンプライアンス違反を隠蔽して、責任を社員のみに転嫁している』という問題提起があることも」

「誰も検証していない疑義なので、取締役会では開示したように第三者調査委員会を設置して対応しています」新井常務が説明した。

「新井会長、私の先ほどの説明が『詭弁』であれば、今の息子さんの説明も『詭弁』となりませんか」新井会長は黙怒していた。

「山本社長、『業務命令』がコンプライアンス違反の隠蔽につながっている場合は従うべきでしょうか。上司が、コンプライアンス違反している場合は、どのように対応したらよろしいでしょうか」

「まず、上司に報告してよく話し合うことです」

「私の場合、新井常務のコンプライアンス違反の疑義のある対応に改めるよう、進言したら『越権行為』と否定されました」

「指揮命令系統に従うことが、会社秩序を保つ基本です」山本は言い張った。

「山本社長、明確にお答えください。『コンプライアンス違反であっても上司の命令が絶対』ということですか」

「上司の命令がコンプライス違反という確証がない限り、絶対です」

「コンプライアンス違反を隠蔽していた場合は、部下は、隠蔽を正すことはできないのでしょうか」

「何度も言っているように確固たる証拠があるかどうかです。執行役員らの会合には、コンプライアンス違反者もいたと聞いています。その会合が会社の利益になるとは、考えられません」

「ここにいる新井会長、山本社長、新井常務は、コンプライアンス違反に係わっていないと断言できますか」全員が黙った。

「コンプライアンス違反に係わっているのであれば、私への業務命令違反等による総務部長解任は不当です。また、取締役会規程に部長以上の職務変更は、取締役会決議事項となっています。取締役会の決議は行ったのでしょうか」新井常務が口を開いた。

「コンプライアンス違反については、第三者調査委員会の調査が始まっていますから、その調査結果に従います。緊急時の職務変更は、代表権を持つ取締役の決議として、取締役会で事後承認します」

「代表取締役会長、代表取締役社長、常務という役職取締役の方々が、第三者の判断を待たないと自分自身がコンプライアンス違反かどうか判断できない方々が、人を『業務命令違反』と判断できる根拠がわかりません」

「雲井さんは私の『業務命令』に違反しましたか」

「新井常務の『業務命令』には従いませんでした」

「自分で認めたわけですから、この解任は正当です」山本が勝ち誇ったように言った。

「新井常務の『業務命令』の正当性を伺ってます」

「論点を挿げ替えないでください。自認したわけですから、会社決議に従って管理していた備品類全て返還し、指示があるまで直ちに自宅待機してください」新井常務がこれ以上議論はしない態度で言い張った。その後、私は、三階のフロアに戻り、東野監査等委員にとりあえず報告のため電話しましたが、その最中に、新井常務に追い出されるように事務所を退室させられました。      

 以上が、解任劇の内容です。


「酷すぎる。自分たちのコンプライアンス違反が、会社の全ての秩序を乱しているにも係わらず、人を懲戒に科すなんて許せません。取締役だけでなく、人としての資質に欠ける奴らだ。雲井さん、大変でしたね。悔しかったでしょう。辛かったでしょう。お疲れ様でした。何もできなくてごめんなさい。弁護士への相談は、上手くいきそうでしょうか」

「今日は電話だけでしたから。明日、面接行って対策を講じます。しかし、新井泰にコンプライアンス違反の是正を進言した11月20日から随分時間が経過しています。新井泰の短気な性格からいえばすぐにでも解任したかったと思います。が、人事に係わることですから弁護士に相談したりして、用意周到に準備していたことでしょう。その片鱗が、総務部長職は解任しましたが、私の待遇は未だ『執行役員』のままで、報酬は変わりませんから、デジタルな『金銭的損害』は生じてません。『優位的地位による嫌がらせ』による心身的被害を訴えねばなりません」

「なるほど、彼らにしては慎重に対応していますね。後は、社内規程違反というか、取締役会決議事項である『部長職以上の人事異動』と『自宅待機』という懲戒の決裁のプロセスでしょうか」

「そこも弁護士と相談させてもらいます。社内規程関係は専門分野ですから、総務部長は。いや、元総務部長は。ですか」雲井の声が少し明るくなったのが救いである。

「私に何かできることはありますか」

「私が、送信した通報制度のデータ大丈夫でしょうか」

「大丈夫です。保全してあります」

「今後の通報制度は、事務局経由でなく直接、監査等委員管轄メールアドレスへ送信するよう関係者に伝えてあります。まだ、通報制度の通知がありますからよろしくお願いします。私も提出します」

「わかりました。通報制度に届いたレポートは、規程に基づいて調査します。とりあえず、今までの山本社長関連は、一一日に本人へヒアリングします。その後の分は、また、別途調査対応します」

「よろしくお願いします。私の分は弁護士に相談の上、提出します。監査等委員にもお話しておきましたが、データを整理してハードドライブから消去しておいて良かったです」

「雲井さんの読み通りでしたね。私も記録関係やメール等には注意します」

「私はスケープゴートにされたと思っています。『山本社長降ろし』の」

「新井会長が『伯父貴』の絶対的存在に反旗を翻したということでしょうか」

「今日、社長室にいくと新井会長も一緒にいました。そこでの解任通告でした。まだよくわかりませんが、山本社長が会長を餌をぶら下げ、懐柔したのではないでしょうか?」

「何を、でしょうか」

「憶測ですが『名誉会長に社長を降ろされる。助けてほしい』と」

「新井会長にとって山本社長を助けることで、何のメリットがあるのでしょうか」

「餌は息子のポジションでしょうか」

「新井泰は既に『常務』というポジションを一年で得ています」新井泰は自分で通信関係の会社を起業したが、債務超過の連続で何とかやっている状態のとき、2018年に日帝工業に兼務入社して、システム開発本部の執行役員という待遇で務め、翌年、常務取締役に昇格した。自分の給与は日帝工業に負担させ、自分の会社の経費の削減をさせている。また、日帝工業から、業務提携の意図で自分の会社に増資させていた。

「新井会長がなれなかった社長の夢を叶えることではないでしょうか。名誉会長がいると、息子は社長になれないと認識しているのかもしれません」

「その辺の親族間の機微は私はわかりません。そうなると名誉会長は、何か行動を起こすのでしょうか」

「山本社長を辞めさせるようにするでしょうね。会社の中核を担う最前線でがんばっている社員らから『ダメ出し』くらっていますからやむを得ないでしょう」

「山本社長を実質的に指名・選任したのは明神名誉会長と聞いていますが」

「自分で捲いた種ですから、自分で刈り取らねばならないと自責の念に駆られていると思います」

「父と娘で派遣争いした『大森家具』のような『お家騒動』ですか」

「東野さんには監査等委員に就任いただいた、早々に『コンプライアンス違反』や『お家騒動』に巻き込んで申し訳ありません」

「雲井さんのせいではありません。山本社長に謝ってもらいたいです。ただ、断言しますが『お家騒動』に関しては、私は関知しません。明神家だろうが、新井家であろうが、何かコンプライアンス違反等を起こさない限りは」

「それで良いと思います」

「ベトナム会社の不正については、取締役の関与について徹底した責任追及を行います。また、内部通報制度に来た取締役に係わる通報に関しては、規程通りに対応・判断します。それが私の職責ですから」

「東野さんが前におっしゃっていた。上場会社の監査等委員としての『正義』を貫いていください。それで構いません」

 雲井との電話の後、東野は『お家騒動』には手を焼くであろうと予測した。例え『お家騒動』に関知しないと言っても自分の行動が反明神名誉会長、明神専務に不利な動きをすれば『新井派』であり、新井会長、新井常務に反する行動をすれば『明神派』とレッテルを貼られる。それから言うと、現状は『明神派』のレッテルを貼られているでろう。内部通報制度が『山本社長降ろし』の一環で活用しているとしても内容を精査して、ハラスメント的行為か、否かの判定を下さねばならない。より客観的な判断をすべく決心を新たにした。長い一日であった。

 翌日、さくら有限監査法人から、打ち合わせの日程案がメールで届いた。11日に大手町のさくら有限監査法人本社で行うこととなった。その時、ベトナム会社の財務諸表関連の現況も、説明いただくこととなった。さくら有限監査法人との打ち合わせ日程は、すぐ

両角と佐藤に回付した。


【内部通報制度の対応】

 11月20日の執行役員会合の後、通報制度の窓口に山本社長に対するハラスメント行為とコンプライアンス違反行為の内部告発が15件届いていた。東野は、類似内容はグループ分けして、以下の通り七つに纏め、対応の重要ポイントと共に両角、佐藤に、山本社長の事情聴取資料として送付した。


〔山本社長への内部通報制度された内容〕

1・情報監視・強制転送:名誉会長、会長へのメールは必ず、山本社長に転送させている。

また、名誉会長、会長と話した内容は全て、電話も含めて報告を強制している(3件)

2・備品不正購入:山本社長は、最新のスマホが使いたいため海外出張時に駐在員に新機種を購入させ、自分の使用しているスマホと交換させた。

3・創業家ファースト:新井常務とタイ出張中に新井常務が誕生日を迎えた。駐在員の奥様方にバースディケーキを作らせバースディパーティ―を開かせた。その動画を新井会長に送らせた。山本社長はパーティーにかかった費用は一切、負担していない。

4・顧客ファースト無視:海外出張中、接待に応じない顧客は訪問しない。(2件)

5・組織の指揮命令系統(ライン)を無視した行動:特に海外の人事異動は、本人に直接、事前に通知するが、ラインの部門長は無視しており、人事異動対象部下からの報告で知ることが多い。(2件)

6・海外駐在者への抑制:駐在員によっては、 家族帯同を認めない。(2件)

7・『嘆願書』署名者に対して:(4件)

①山本社長が、記名者に電話して『部下の署名を集めたのはお前か』

②『お前が名誉会長に頼んだのか』

③『俺は絶対に辞めない。会長も了解している』

④『指揮命令系統を無視するのか』

ハラスメントの対応には、次の重要ポイントがある。

一・通報者の保護:相談者が会社内で、不利益を被らないよう保護すること。不利益の範囲は、待遇等は、基より、差別や異動等に影響しないようにしなければならない。

また、行為者からの報復や再発からの保護も含まれる

二・事実確認:相談者及び行為者双方から事実確認をすること。その際、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも適切に配慮すること。

 また、相談者と行為者との間に事実確認に関する主張に不一致があり、事実の確認が十分にできないと認められる場合には、第三者からも事情を聴取する等の措置を講ずること(厚生省「パワハラ防止指針」からの抜粋)加えて、相談者の内容が行為者への単なる不満、中傷、嫌がらせ等でないことを見極める必要もある。


12月11日午前10時、社長室に三人で入った。

「山本社長、通報制度に貴殿の行為に対して十五件の相談があります。これから、その内容の事実確認を行います。その前に山本社長から誓約書を提出していただきます。内容に承諾いただきましたら署名して提出ください」

〔誓約書〕

 私、山本金一は、通報制度の係わる事実確認を行うにあたって、

①通報したと思われる相談者を特定しない。

②通報したと思われる相談者に対して、通報内容について、一切、連絡を取らないことを、制約します。

  2019年12月11日    署名

山本は、一読すると、黙って署名し、写しも要求せずに監査等委員に渡した。

「ありがとうございます。それでは始めます。我々が、通報内容をお伝えしますから事実か、否か回答ください」

「最初は『1情報監視・強制転送:名誉……』は事実でしょうか」

「事実です。但し、目的は、名誉会長、会長が係わる会社の事項は、代表取締役社長として知っておくべきと考えたこと。会長は75歳、名誉会長は85歳ですよ。現場の課題に対して、即座に的確に判断できると思いますか? 対応に遅れたら会社の損失が生じるかもしれない。その対応だ」

「名誉会長や会長に報告や相談することで、社長へ報告できない会社の問題って、例えば何がありますか」両角が質問した。

「名誉会長や会長も話の内容次第で、会社に損失がでるような重要な問題と判断すれば、山本社長に報告や相談をすると思いますが」続けた。山本社長からは回答はなかった。

「この通報内容は3名から同様の通報があります。その中で、メール転送や話した内容の報告は『課長以上に指示している』と通報されています。事実ですか」

「事実である」

「2番目の通報です。『2備品不正購入:山本社長は……』スマホを買わせたのは事実ですか」

「事実である。ただ、海外に出張した際に使用していたスマホの調子が悪く、買い替え頃と思い、海外の方が安いから経費削減にもなると考えた」

「本社総務に確認すると山本社長のスマホは、2017年、社長就任時に新品を買って使っていただいたそうです。海外で備品として購入したのは『2018年12月に海外出張時でi・Phone“X”を買わされた』と具体的に報告されています。今、お使いのスマホですね。お見せください」山本は渋々スマホをだした。i・Phone“X”であった。

「本社の備品の現物確認をすると相違が発生します。現地で買わされた方は、会社の備品購入規程に反した購入方法なので自分で購入されたそうです。山本社長の元のスマホは使用せず保管されているようです」

「山本社長の現在使用しているスマホは、本社の備品購入規程に反して購入したものになります。コンプライアンス違反対象です。社長、恥ずかしくありませんか。社長という重責に見合った役員報酬もありながら。社員より報酬は多いですよね」両角のストレート球が放たれた。

「海外出張時、駐在員といるときは、財布やパスポートは、安全のため、ホテルの金庫に保管している」

「海外出張時の費用は、全部、駐在員に出させるのですか」

「後で自分の費用は、本社に、振替えてもらっている」

「i・Phone“X”の費用は振替えてもらわなかったのですか」

「現地が振替えを忘れたのでは」開き直りの態度である。

「元のスマホを持ち帰っていませんよね」ここまで言わせるとは「品格に問題がある」と東野は思った。

「三番目は『3創業家ファースト:新井常務とタイ出張……』このことは事実ですか」

「事実である。東野さんはタイのショートケーキを食べたことがありますか。食べられたものじゃない。スポンジは固いしクリームは、水気が多くうまくない。折角、誕生日を迎えたのだからみんなで祝ってやれば、本人も喜ぶだろうという案で、普通、駐在員が気を利かせるものだが、気が付かないから教育の意味でやってもらった」

「費用はどうされました?」

「ケーキの費用?何、そんなケチ臭いことを通報しているの。2、3千円で済むでしょう。自分たちも楽しんで飲み食いしたんだから。奥さん同伴で」

「山本社長がパーティー会場のレストラン費用を払ったのですか」

「振替を頼んだはずだが」

「いえ、山本社長は『奥さんも一緒に楽しんだんだから自分たちのファミリーパーティー扱いにできるだろ』と言い残して帰国されたとのことです。ちなみにバースディケーキ作成費用は人数が12名いたのでホールケーキ3個分、2万7千円だそうです。日本製の小麦粉や生クリーム及びイチゴが高かったそうです。全体の費用、日本人だけのパーティー費用は、経費で落とせず皆さんで割り勘して、一人当たり2万円程だったそうです」

「山本社長、今から本社に振替えさせられますか」山本社長は、ここでも口を噤んでしまった。

「4番目の通報事項です。『4顧客ファースト無視:海外出張中、……』これは事実でしょうか」

「たまたま、訪問予定の顧客が会食日の予定が付かなかっただけでしょ」

「最近、顧客はコンプライアンス上と取引先との公平性を明確にするため、夜の接待は回避する会社がほとんどとなっていることはご存知でしょう」

「とは言っても、日本から代表取締役が出張してきた際は、相手も考えるでしょう」

「山本社長、その考えがコンプライアンス意識が低いと思われてしまいすよ」両角はいつもの直球でサポートしてくれる。

「顧客が『取引先との公平性を、明確にするため』と方針を打ち出しているにもかかわらず、接待の依頼をするのはかえって失礼にあたりますし、迷惑でしょう」続けた。

「それで、なぜ就業時間内に表敬訪問でもされないのでしょうか」

「表敬訪問など意味がない」

「では、なぜ『夜の接待なら意味がある』のでしょうか」

「酒席になると隙もできて、本音がでることが多いのは、東野さんもご承知でしょう」

「逆に大風呂敷を広げる場合もあります」

「後、これは『ハラスメント』ではなく『不満』に当たると思いますが、海外の顧客にアポ入れる際に『日本の本社へ出張の挨拶をできるような管掌役員との人脈が山本社長にはない』と苦情もあります」

「海外は海外の裁量でやっている顧客が多いんだよ」

「具体的な顧客を教えてください。量産系の生産会社は、例えば品質管理などは、最たるもので、本社と横並びの採用基準がほとんどで効率的に行われています」

「では、5番目の通報内容ですが『5組織を無視した行動:特に海外の人事……』は事実でしょうか」

「事実である。伝えて何が問題なのか、説明してもらいたい」

「山本社長や新井会長、新井常務が最近よく口にだす『指揮命令系統違反』であり『会社組織の秩序を乱す行為』にあたります」

「六番目は『6海外駐在者への抑制:駐在員によって……』は事実ですか」

「事実である。駐在員によっては勉強のためや、スポットリリーフ……短期間の駐在を意味するが……試験的に、最初から1年足らずで交代予定の異動対象者もいる」

「1年足らずで交代した駐在員の方を教えてください」山本は答えに詰まった。

「社長の今、言った通り『当初1年足らずで返す』と赴任時に言われて、三年以上駐在して、今も家族帯同できていない若い駐在員が3名います」

「最後です。『7・『嘆願書』記名者に対して:……』電話されたのは事実ですか」

「事実である。本人と直接話せばわかりあえることで、誤解を解くためだった」

「山本社長、彼らがどんな思いで大株主に対して『嘆願書』を出したかわかっていませんね。今までの相談者の通報内容でも同様です。散々、社長から業務命令等で指示があったときに、自分の意見を進言したが聞き入れられないための最後の手段ですよ」

「両角さん、僕は、とことん話し合えば、分かり合えると信じている。犬養毅首相のように」

「社長、『対等の立場で話をしてきた』とは思えない通報内容です」

「以上で事実確認は終わり、本日の山本社長の事実認否とご意見を踏まえ、厚労省の指針に基づいてハラスメントの有無を判定します。何かご意見はありますか」

「不満が言える立場はいいよね。僕の立場だと不満や自分を殺して経営判断していかなければならない。8千人も社員がいれば社員全員を満足させることなんてできませんよ。こういう立場に立てない社員が不満や中傷をして、経営判断の時間を妨げている」

佐藤は、頷いていたが両角、東野は「まだ、理解していない。いや理解できない人」という判断で

「最初に署名いただいた『誓約書』の禁止事項は守ってください」と念を押し、事実確認を終わらせた。

【会計監査法人との打ち合わせ 1】

 午後4時、両角とさくら有限監査法人本社の大手町ファイナンシャルシティ ノースタワーの一階で待ち合せた。佐藤は所要があり、同席できないと連絡があった。両角と22階へ上がった。受付で会社名を告げると、会議室22G会議室に案内された。入室後、速やかに竹田氏と他2名が同席した。初めての同席者と名刺交換すると、いずれもリスクマネジメント管理室でパートナーの秋山浩子氏と長谷川明彦氏であった。

「さくら有限監査法人様にはご迷惑をお掛けすることになり、大変申し訳ありません」東野は謝罪から始めた。

「既に、竹田さんに監査等委員会の中間報告とヒアリング対象者のレポートも送付させていただいておりますが、結論として、国内では不正競争防止法の外国公務員贈賄罪、ベトナム刑法では、364条の贈賄罪にあたると考えています」

「東野さんに依頼された件、ベトナムのABCコンサルティングへ直近の監査状況と共に確認しました」

「賄賂としての支出勘定は、概算渡金勘定の残高にありましたか」両角が聞いた。

「ハイ、30億ドン、概算渡金勘定に残っています。また、銀行残高も確認しましたが8月30日に時間外に現金で引き出していました」

「そうか、初めは、九月五日までの返事でよかったものが、三〇日に急に返事をしろと要求されたので時間外になったのか」

「銀行には『大金のため、安全を考慮し時間外に取りに行く』と交渉したそうです」

「東野さんら監査等委員の方々が判断したように、税務監査報告書から、通常あり得なない二年の法人税ゼロ、その後三年間の50%減税通知もありますので、証憑はありませんが税務監査官にアンダーマネーは渡したと判断しても良いと思いますが、我々も社内規程に則った調査後の結論となります」秋山氏が主導権を持って発言し始めた。

「御社の利益、昨年度18億円からみるとアンダーマネーと調整金合わせて約2500万円は、大きな影響は及ぼしませんが、刑事罰等になると日本法では3億円以下の罰金で、17%ほど占めますので、会計上も軽視はできません」

「罰金については、訴訟後になりますから、自主申告して、地検が立証できると起訴するまで討議は避けたいと思います。が、決して、我々は会計上軽視はしておりません。賄賂の金額のみで、軽視していれば貴監査法人の本社まで、相談にきておりません。寧ろ、最大限に重要視しております。それは、決算関係です。既にご迷惑かけていますが、第2四半期の決算は、不正の事実を隠蔽して決算報告しております。この修正をどうするか、タイミングはいつかが問題です。また、第3四半期決算も迫っており、本年度決算をどうするかです。この問題は、第三者調査委員会の調査結果を待っていては間に合わないと考えています。貴監査法人にお願いがあります。本年度決算を、不正の是正も含めて、予定通り、報告するために何をすれば、良いかご指導いただきたい。また、それを前提にできれば、第三者調査委員会と並行して会計上必要な調査を始めていただきたい。また、第三者調査委員会と相互に依拠できる調査があれば、連携を密にしてお願いしたい。というのが、本日訪問させていただいた目的です。みなさんのお力を借りないと上場会社維持を死守できません。何卒、よろしくお願いします」東野と両角は一緒に頭を下げた。

「東野さんにお知らせした通り、通常の監査に加えて『監査基準委員会報告240 財務諸表監査における不正』に基づく監査も行わねばなりません。要は、時間と費用が追加で、かかるということです」

「承知しております。『監査等委員会宛に追加監査要請書』とかの件名書類で要請いただければ、取締役会で報告します。本年度、決算を上げることを前提にお願いします」

「わかりました。東野さんが、おっしゃった通り、第3四半期決算まで余り時間がありません。我々も日帝工業が監理ポスト等に移管されることは、避けたく存じます。早急にこちらで可能性を検討いたします」竹田氏が続けた。

「本年度は、海外拠点の循環監査対象ではなかったベトナムも追加で現地監査が必要となりますし、ABCコンサルティングへの依拠監査だけでなく、東京から監査会計士を派遣して行わなければなりません。また、ご存知のとおり、内部統制上『網羅性』の観点から、他の拠点で同様の不正がないかという監査も要求されます」

「貴監査法人監査の、ベトナム会社現地の受査体制を徹底させます。『網羅性』についてですが、第三者調査委員会設置の開示に記載の通り、第三者調査委員会の調査目的にも『同様の事実の有無の確認』があり、貴監査法人の目的と同じ『網羅性』の監査を行います。委員会に確認したわけではありませんが、多分、海外拠点をデジタルフォレンジックで調査すると思います。もし、第三者調査委員会と連携できるのであれば、同様の監査は避けていただければ助かります。後、『網羅性』について、我々にできることは拠点長にアンケート調査を行って貴監査法人に直接送付させることでしょうか。もちろん、アンケートの質問内容は賄賂に関する質問で自主宣誓させます」

「わかりました。我々も第三者調査委員会と連絡を取ってみます。極力、彼らの調査方法と『二重』となる手法は避けたいと思います。日程と共に検討させてください」

「何卒、よろしくお願いします」両角が付け加えて

「また、2017年度の案件もあります。これもどうすべきか検討願います」

「消耗品費で処理した決算ですね。勿論課題として挙げています。一緒に検討します。他に何かありますか」

「お願いばかりで、申し訳ありません。2017年度の四半期毎、本年度の第1四半期、第2四半期の計6件の貴監査法人へ提出済みの『経営者確認書』の写しをいただきたい」

「東野さんは、検察や関係官庁への自主申告はやるつもりでしょうか」

「取締役会の大勢は、コンプライアンス違反関与者が占めていますので、どうなるかわかりませんが、第三者調査委員会の調査結果を活用できれば。と考えています。取締役会が決議しなければ監査等委員会、例え、個人でも内部告発となろうが、やるつもりです」両角も頷いてくれた。

「強いご決意をお聞かせいただき、痛み入ります。『経営者確認書』はPDFでもよろしいですか」

「助かります。取締役の善管注意義務・忠実義務違反の有無の監査の重要な証憑の一つとして、検討材料になります」

 両角と東野が、さくら有限監査法人の事務所を後にしたのは午後六時近くになっていた。

「東野さん、食事して行きませんか」両角の誘いは、とても嬉しく喜んで応じた。

地下街の「ふるさと居酒屋 エプロン」に入った。両角の「ちょっと飲みますか」の誘いに二つ返事で、ビールを頼んだ。

「さくら有限監査法人とは、何とか連携を図ることができそうですね」

「そうですね。椎名は社内の要求だと中々応じません。監査法人を使って情報を共有できれば。と思っています。あと現地の様子が、少なくとも会計情報は正確に把握できます。それに決算関係です。彼らの承認なしには決算も上げられません」東野は答えた。

「問題は第3四半期決算です。今日は12月11日です。これから、ベトナム会社の監査法人の監査もしますし、年末年始の休みもあります。45日期限内、来年で言えば、2月14日の金曜日までに報告できるかどうか心配です。会社が『不正の疑義発生』と外部発表していますから監査法人も『不正は別途……で決算上げました』という訳にはいかないでしょう。彼らも既に『認知の事実』がありますから」

「両角さんは、どうすれば良いとお考えですか」

「私は最悪……最悪ですよ。第3四半期の決算は『提出期限の延長申請』をすべきと考えます」

「確かに日にちがありませんね。『提出期限の延長申請』ってどのようにおこなうのですか」

「私も今までに一度しか行ったことがありませんが、関東財務局に申請して、許可を得らなければなりません。申請方法も複雑で『延長申請』を専門に請け負う会計事務所もあるくらいです」

「この件も監査法人から当社に進言してもらわなければなりませんね。両角さん、さくら有限監査法人の竹田公認会計士に両角さんの危惧していることを伝えててくださいませんか」

「わかりました。相談してみます。彼らもプロですから、我々以上に最悪のシナリオまでプログラムを構築していると思います」東野は両角に確認したいことがあった。その前に月曜日の雲井の総務部長解任騒動を伝えると既に知っていたように

「泰が本性を表しました。雲井さんは非常に気の毒です。山本社長もえげつない男です。あんなに『名誉会長、名誉会長』と尻尾を振っていたのに今は新井会長に寝返りました」

「その件をお聞きしたかったんです。名誉会長と新井会長の関係はどうなったのでしょうか」

「新井会長と泰が、明神家に反旗を翻しました」

「やはり『お家騒動』ですか」

「11月20日の執行役員の会合で『山本社長の更迭』を明神名誉会長に直訴した日から、明神名誉会長が新井会長に連絡を取ろうと電話しても、一切、電話にでません。私も、私的なことですが新井会長の新井企画と泰の新井ホールディングスの税理士契約を12月末を持って解除する通知を受領しました」

「新井会長が、親族関係を悪化させてまで山本社長をサポートするのは、なぜでしょうか」

「それは『積年の恨み』というものでしょうか。新井会長は、お父さん、泰造氏……大会長と呼ばれていましたが、父親が社長を務めた会社で、自分が社長になれなかったことに相当不満があったのでしょう」

「社長になれなかったとしても、代表権を持つ会長の現職に何の不満があるのか、私は理解に苦しみます」

「あくまでも憶測ですが、山本社長が『会長と社長と連携すれば名誉会長の権力下から脱出し、思い切った経営ができる。次の世代の後継者も決められる』とでも拐かしたのでしょう」

「何も性急にしなくても、ゆくゆく将来的には、彼らにチャンスはあるでしょうに」

「そこのところはわかりません。今回の不正への関与が関係しているのかもしれません」

「そのことも理解しがたいのですが『間違った判断をしてしまいました。責任を取って辞めます』と正々堂々と間違いを認めた方が、

目指す頂は近くなると思います。何も親族間での争いよりも、戒め合って協力すればよい事でしょう。山本社長以外は」

「新井会長も泰も一度上げた拳は降ろせないのでしょう。相手をノックアウトするまでは」

「相手とは、明神家でしょうか。それとも今回の新井家の進む路を阻む者も含むのでしょうか。あっ、含みますね。両角さんの税理士契約も解除されるのでしょう。ということは、私も含まれている訳ですね。取締役会でも新井会長に反抗していますし。『監査等委員という権力』を振りかざしていますから……」

「雲井さんもその一環で、社員に対する見せせしめのつもりで犠牲になっています」

「コンプライアンス違反対応については、色々、直面する壁があれば、その都度、筋書きを考えることができるのですが、雲井さんの救出作戦のアイデアが今、ありません」

「彼が一番辛い思いをしていると思います。泰に対して『経営者としての道から外れるな』と忠告したにもかかわらず『越権行為』扱いでの仕打ちですから。『恩を仇で返す』ようなものです。次の取締役会に事後承認決議するはずですから『総務部長解任義案』には反対しましょう」

「両角さん、私は、明神派でも新井派でも中立でもありません。コンプライアンス違反した取締役の責任追及、間違ったことを認めて、是正する者は、責任追及とは別に救います。間違いを認めない取締役は、救いようがありません。コンプライアンス違反の有事と『山本社長更迭に関する派閥争い』と混在させて少しでも自分の保身に有利に働かそうとして、自分たちの意に反する者は、対立している派閥派とレッテルを貼ると思います」

「そうですね。どうも山本社長は、自分の『社長降ろし』や『コンプライアンス違反』を、派閥争いが背景にあることを要因の一つであると利用して、自分のリスクを薄めようとしているのかもしれません」

「いわゆる『総論を唱えれば各論。各論を唱えれば総論』論法ですね。コンプライス違反の取締役への責任追及は惑わされませんよ」

「そうです。上場会社の監査等委員としての『正義』を貫きましょう」

「ところで、午前中の山本社長のハラスメントに関する事実確認の件ですがあれでは、社員が可哀そうに思えました」

「私は会社のトップの意見としては、受け止められませんでした。よく新井会長は『サポートする』ことを決めたなとがっかりしました」

「品格がないですよね。両角さん」

「むしろ、貧すればの『貧格あり』でしょうか」

「内部通報制度の資料も纏めますが、監査等委員会として調査結果報告をいつやりますか」

「東野さん、ベトナムの件は後、調査すべきことのペンディングはありますか」

「各取締役への『事実確認』です」

「各取締役への『事実確認』は書類のやり取りでできますね。第三者調査委員会の調査結果報告前にやるべきと考えます」

「第三者調査調査委員会もヒアリングは、始めています。デジタルフォレンジックも行うでしょうし、ベトナム現地に調査にも行くことを考えれば纏めるのは、早くて来年の二月いっぱいでしょうか」

「東野さん、資料造りや纏めやら、東野さんに依存させていただいておりますが目標一月末でどうでしょう」

「わかりました。トライします」

両角との会食で、派閥関連も概要はわかった。まだ、新井会長が山本社長をサポートするメリットについては、理解できなかった。

【ベトナム会社田村社長からの電話】

 その夜、10時頃、ベトナム会社の田村社長から、電話がかかってきた。

「監査等委員、夜分遅く申し訳ありません。今、よろしいでしょうか」

「大丈夫です。いつでも電話かけてきて構わないと言ったはずです。遠慮せず、どうぞ。

何かありましたか」

「大変なことになりました。監査等委員が予測された通りTOM―VIET社が、事務所に押しかけてきました。5人で。こちらの時間、夜の7時まで居座り、契約の履行を要求してきました。『今日は初日だから』と先ほど事務所を出て行きましたが。どうしたらよろしいでしょうか。社員は怖がっています」

「悪い予感は当たります。田村社長、大変でしたね。でも本日中に、貴殿にやってもらわねばならないことが二つあります。よろしいでしょうか」

「まず、べトナム会社にも顧問弁護士がいますよね。その方に連絡を取って『契約不履行で実力行使を受けている。警告書を出してほしい』と相談してください。明日の午前中に弁護士が行動取ってもらえれば午後の押しかけはないと思います」

「顧問弁護士も『なぜ履行しないのか』と確認すると思います」

「とりあえず『本社の指示待ちである。途中で本社の社長から履行停止の業務命令があった』と説明すればよいでしょう。事実ですから。警告書には『コンサルティング契約に関する事項は、弁護士事務所のXXX氏が請け負った』と一文いれて実力行使を阻止させてください」

「わかりました。今日中に連絡取ります。もう一つはなんでしょうか」

「本日のTOM―VIET社の脅し行為の内容を緊急メールとして、取締役全員に送付ください。宛名は山本社長、新井常務、椎名取締役、他の取締役にはc.c.で構いません。『社長の指示通りにした結果、このような大きな問題となった。助けてくれ』と強烈に泣きつくように」

「二つ目も了解しました。今後どうなるのでしょう」

「TOM―VIET社との契約は違法行為に係わる契約ですから、速やかに解約すべきと考えます。そのため田村社長が、メール提出後、私の方から山本社長らに『林・吉田杉本法律事務所ハノイオフィスから弁護士を日帝ベトナム社に送り込み、事態の収拾を図るように』と指示します。後は、弁護士の力次第でしょう。持ちこたえられますか」

「非常にきつい状態です。でも自分のコンプライアンス違反が、招いたことと反省して取り組みます。また、相談にのっていただけますか」

「いつでも連絡ください。愚痴でも構いません」

「ありがとうございました。助かりました」

 翌日、田村は東野のアドバイス通り、取締役全員にメールを発信していた。


【田村社長のメール】

山本社長殿、新井常務殿、椎名取締役殿

c.c.新井会長、明神専務、甲斐常務、東野監査等委員、両角監査等委員、佐藤監査等委員

 昨日、ベトナム時間十五時頃、突然、TOM―VIET社グエン社長が5人の社員を引き連れ「コンサルティング契約の不履行に伴い、手数料:10億ドン(約5百万円相当)を回収の実力行使にきた。支払うまで帰らない」と事務所に4時間ほど居座りました。コンサルティング契約は山本社長、新井常務、椎名取締役の指示によりアンダーマネーを渡した税務監査官に紹介を受け、契約内容も指示通り締結しました。契約履行の中途経過も随時報告しており、突然の山本社長からの契約履行停止命令で不履行となっているものです。ご存知の通り、ベトナムは日本と違って防犯環境は整っていません。我々の身の安全を考慮した対応策を責任もって、早急に実施してください。社員は皆な、怖がっております。

                日帝工業ベトナム会社 田村


メールに、いち早く反応したのは、明神専務であった。

【明神専務のメール】

 山本社長殿:田村社長にすぐ電話しました。大変、恐がっています。彼らの生命・身の安全を第一に考えてください。コンサルティング契約は本社指導で進めたと聞いています。自分の責任と認識して早急に対応ください。

続けて、甲斐常務も明神専務の後にメール進言を行っていた

【甲斐常務のメール】

1.新井会長殿、山本社長殿:

10月9日:役員情報共有会で、ベトナムのアンダーマネー支払いの黙認は誤った判断でした。

・11月11日:取締役会後の椎名取締役のアンダーマネーの支払いを「顧問弁護士のアドバイスで『コンサルティング会社を介在させて合法化』できる」という説明に異議も唱えず了承したのは、誤った判断でした。

・11月11日:同日付で回付された、内容に事実と異なる偽造された内容の経営会議決裁稟議書「ナムディン省税務局監査対策コンサルタント料支払いの件」を承認したのは誤った判断でした。

我々は、不正行為を知りながら誤った判断で現場で働いている、社員の生命や、身体を危険に晒しており、ステークホルダーに虚偽の報告をしています。直ちに、過ちを正して是正すべきです。代表権を持つ新井会長、山本社長が、今、即刻やるべき行動です。

2,新井常務殿、椎名取締役殿

直ちにベトナム会社に赴き、貴殿らが指示した「コンサルティング契約」に関し、契約相手であるTOM―VIET社に対峙して、この騒動を収束させてください。


 二人のメールから、自分たちの過ちを是正する思いが込められていた。特に甲斐常務のメールは、正面から反論できない、内容である。ベトナムサイドにとって精神的な支援ではあるが、今日、明日のTOM―VIET社の強制来訪対策とは言えない。東野は、二人

のメールに対する、山本社長らの回答を待ちたかったが、ベトナムサイドの不安を考えると、そうも行かず田村社長との約束もあり、具体的な対応要求を行った。


【東野のメール】

山本社長殿

至急、林・吉田杉本弁護士事務所へ連絡して、ベトナム現地での対応を依頼ください。

依頼事項:林・吉田杉本弁護士事務所ハノイオフィスから、直ちにTOM―VIET社と連絡を取って、次のことを、通知してもらうこと

〔TOM―VIET社への通知内容〕

➀林・吉田杉本弁護士事務所ハノイオフィスは、TOM―VIET社と日帝工業ベトナム会社の間で締結された「コンサルティング契約」の日帝工業ベトナム社の代理人であり、今後、当該契約に関するTOM―VIET社との交渉等の窓口は林・吉田杉本弁護士事務所ハノイオフィスが行う。

➁今後、一切の日帝工業ベトナム会社への接触を禁止する。昨日のように、事務所、工場等へ許可なく訪問を行った場合は、不法侵入として警察へ通報する。                 

 という内容で、明神専務や甲斐常務のメール宛先と同様、取締役全員とc.c.田村社長として送付した。

 午後になって、新井常務から電話があった。

「東野監査等委員、ベトナム会社の対応案ありがとうございます。すぐ林・吉田杉本弁護士事務所へ連絡とり、ハノイオフィスから対応してもらうことにしました。田村社長にも連絡して説明しました。一つ、林・吉田杉本弁護士事務所から『依頼内容で確認したいことが、ある』と連絡がありました。よろしいでしょうか」

「ハイ、何でしょう」

「監査等委員の依頼文面に『事務所、工場等へ許可なく訪問を行った場合は、不法侵入として警察へ通報する』とありますが林・吉田杉本弁護士事務所の意見では『警察に通報して、TOM―VIET社が履行しない腹いせに、賄賂に係わる契約を告発したり、警察に、原因となっている契約内容を調べられて、賄賂支払いが知れると田村社長らが、身柄を拘束されるリスクがある』との意見ですが」

「本来であれば警察に自主申告すべきことです。今、この議論はしませんが。まず、TOM―VIET社は告発しないでしょう。なぜなら、ナムディン省税務官の紹介であることから税務官を巻き込むことになる捜査が入ることは避けるでしょう。また、新井常務や椎名取締役が偽造させたコンサルティング契約は、稟議書内容から見れば第三者、例えば、警察が賄賂を疑うことはない内容にしたのでは……依頼文の主旨は、物理的対応の防御策ですから他の文面でも構いません」

「東野監査等委員の回答をそのまま、林・吉田杉本弁護士事務所へ伝えます」新井泰は東野の発言を肯定も否定もせず答えた。

「それから『TOM―VIET社とのコンサルティング契約は解除すべき契約である』ことも伝えて対応お願いして下さい」

「その件は山本社長と相談します」と言って電話は切られた。その夜、田村社長から電話があった。

「東野監査等委員、本当にありがとうございました。本日、林・吉田杉本法律事務所ハノイオフィスの西田弁護士から連絡があり、ウェブ会議を行い、TOM―VIET社への対応について協議することができました。林・吉田杉本法律事務所ハノイオフィスがコンサルティング契約の日帝工業ベトナム会社の代理人になって、今後、一切の交渉を担う通知書を明日、西田弁護士が、TOM―VIET社へ、ハノイから届けに行く段取りになっています。既に、電話で同様の内容をTOM―VIET社へ伝えていただきましたので、昨日のようなことは今日はありませんでした。大変ありがとうございました。助かりました」

「明神専務や甲斐常務も助けてくれたおかげです。山本社長を脅した形になりましたが。脅しで済めば良いですよね。田村社長を始め現場のみなさんは実際、脅威を感じられていましたからね。林・吉田杉本法律事務所ハノイオフィスの対応が速くて何よりでした。田村社長、TOM―VIET社の動きはスポット的なものです。一番怖いのは公的捜査機関が動きだすことです。厳しい言い方をすれば自業自得ですが、コンプライアンス違反は日本で自主申告して償えるよう、いつでも帰国せきるように身辺整理と会社へ異動願いを進言すべきと考えます」

「わかりました。人事異動願いを出します」東野は、昨日とは違う、少し元気になった田村社長の声を聴くことができ安堵した。


12月13日、東野は午前中、通報制度に関する山本社長との事実確認を纏め始めた。午後には、ベトナム不正に関する各取締役への「事実確認調査リスト案」の作成にとりかかった。彼にとって最近は、一日が短く感じる日々が続いている。終業前に、明神専務から電話があった。

「東野監査等委員、今週、月曜日の件はご存知ですか」

「雲井さんの件でしょうか」

「それは午後です。午前中に国内工場の工場長と総務課長が新井会長に呼び出され『嘆願書』の内容と署名に関する取り調べを受けました」

「午前中は顧問弁護士のところにヒアリングに行っていました」

「急な呼び出しで、東野監査等委員の不在を狙った疑いもあります。新井会長だけでなく新井泰、椎名取締役が立ち会ったそうです」

「なぜ、椎名さんが立ち会ったのか」

「12月9日は『粛清の日』だったようです」確かに雲井も同日であった。

「国内の工場長たちは内部通報制度にハラスメントを受けたことと通報するそうです」

「わかりました。としか言いようがないですね。今は。何をやっているのでしょうか」

「彼らは一部始終、録音をしており、今、反訳作業を行っています。完成次第、監査等委員へお渡しします」

「よろしくお願いします」明神専務の口調から新井会長らが、何を確認しようとしたのか大凡、想像はつく。また「指揮命令系統や会社秩序の混乱等」を連発して唱えたのであろう。無駄の多い会社である。あきれて言葉もなかった。東野は疲れていたが、両角に電話した。

「両角さんお聞きになりましか。9日に雲井さんだけでなく、国内工場長もスケープゴートになっていました」

「東野さんのスケジュールは誰が知っていますか」両角は既に知っており、

「秘書をやってもらっている、総務の友重さんと……両角さんと佐藤さん」

「多分、佐藤から情報は伝わっていると思います。東野さんの不在を狙ったと思います。工場長らが『監査等委員の同席』を要望した時、椎名が『不在です』と即答したそうです」

「それは国内の工場長の方々には、申し訳ないことをしました。助けを呼ばれた時に駆け付けられないなんて『正義の味方』失格ですね」

「東野さん惑わされていますよ。我々の『正義』はコンプライアンス違反の取締役の忠実義務・善管注意義務違反の職責追及です。もちろんハラスメント行為も防止させなければなりませんが。国内の工場長たちも腹をくくった対応をして乗り切ったそうです」

「それだったら良いのですが、何せ会社の『人・物・金』を担う悪党たちですから。一度だけでは引き下がらないと思います」

「東野さん、惑わされないように。派閥争いやらはそれぞれ個別対応でやりましょう。ベトナム不正の要因とは関係ありません。これは刑事事件です。せめて、彼らの報告を噛みしめて次の攻撃の際に少なくとも、一矢報いることができるようがんばりましょう」

「そうですね。まだ、先は長いですね」

「こちらの、今、やるべきことを一つずつやっていきましょう」東野は「両角と話すといつも前向きになり、揺らいでいた自分を落ち着かせ、平常心を取り戻すことができる。そして、明日からやるべきことを、考えることができる」と両角に感謝した。

 翌日の土曜日、リフレッシュのため区のプールに泳ぎにいった。区のプールでは、折り返し連続コースで、若い人たちに追い抜かれながら泳いでいる。水泳は前にしか進まず、後戻りができない。25mを80回ターンして2kmを1時間かけて泳ながら、来週やるべきことを前を見て頭の中で纏めた。

12月16日、東野は、ベトナム不正調査に関し、取締役の事実認識・関与確認の内容を以下のように纏め、両角、佐藤に意見を伺うべくメールで送信した。


        【ベトナム不正に関する事実確認書】案

取締役各位                       監査等委員会

 題記の件、以下の設問事項に関し、貴殿が、関与または、認識した時期(月日)を各項目の右欄に記載ください。

 提出期限:2019年12月23日

1:ナムディン省税務監査官からアンダーマネーを要求された事実を、認識した時期

2:ナムディン省税務監査官にアンダーマネーを支払った事実を、認識した時期

3:ベトナム税務監査に関する(裏)税務報告書の存在を、認識した時期(添付資料:①参照)

4:ベトナム会社田村社長が、本社報告用に纏めた「日帝ベトナム 通関及び税務監査

費用取り纏め表」の存在を認識した時期(添付資料:②参照)

5:十月七日の役員情報共有会に監査等委員を招集しない事実を認識した時期

6:顧問弁護士の金沢弁護士へ、ベトナム会 社のアンダーマネー支払いに関する相談をした事実を認識した時期

7:ベトナム会社の税務監査官に対するアンダーマネー支払いの取り扱いをコンサルティング会社を介在させる会計処理とする事実を認識した時期

8:経営会議決裁稟議書「ナムディン省税務局監査対策コンサルタント料支払いの件」の記載内容が虚偽である事実を認識した時期(添付資料:③参照)

9:さくら監査法人へ第2四半期決算時の『経営確認書』に署名して提出した事実の認識(添付資料:④参照)

10:TOM―VIET社との2回に渡る振込及びキャッシュバック作業の事実を認識した時期

11:TOM―VIET社とのコンサルティング契約履行の業務停止命令があった事実を認識した時期

                                 以上


両角から、連絡があった。

「東野さん『取締役への事実確認質問事項』良くできていますよ。証憑も添付することで追い詰めることができます。『経営者確認書』は彼らも予測していなかった追加の証拠でしょう。山本社長と椎名取締役は、会計監査法人に不正に係わる虚偽の宣誓書を提出したわけですから」

「2017年の第2四半期決算時の『経営者確認書』も対象となりますが、まだ供述しかありません。さくら有限監査法人が、何か強いアクションを取ってくれればよいのですが」

「東野さん、良くできた事実確認書が逆効果になりませんか。関与していた取締役には」

「両角さんの懸念は追い詰められて、『回答しない』ということでしょうか」

「そうです。回答すると事実を認めることになります」

「回答しなければ『回答がなかった』と調査をした事実で構わないと考えます。手元に他にメール等の証憑もありますし、竹腰部長や田村社長の供述がありますから。それで事実を判断して、報告書は纏められます」

「そうですね。第三者調査委員会の調査もありますから。佐藤さんから、連絡はありましたか」

「ありません。もう一度、事実確認案の是非の確認メールを送って『返事がなければ、異議がないものとして発信します』という文章も付け加えます」結局、佐藤からは何も返事はなく、案通りの事実確認書の依頼を監査等委員を除く、各取締役にメール発信した。証憑④として添付した資料、経営者確認書は、東野が、日輪産業時代、シンガポール会社に初めてCFOの立場で駐在した際に会計監査法人から『経営者確認書』の重要性を講義してもらったことからの発想であった。

 日帝工業株式会社が、さくら有限監査法人に提出した『経営者確認書』の重要文面抜粋は、以下の通りである。


〔経営者確認書〕                2019年11月11日

さくら有限監査法人         日帝工業株式会社

指定有限責任社員          代表取締役     山本金一 印

公認会計士 竹田肇殿        財務経理担当取締役 椎名史和 印

   

 本確認書は、当社の四半期報告書に含まれる2019年4月1日から2020年3月31日までの連結会計年度の第2四半期連結会計期間(2019年7月1日から2019年9月30日まで)及び第2四半期連結累計期間(2019年4月1日から2019年9月30日まで)の四半期連結財務諸表が、我が国において一般に公正妥当と認められる四半期連結財務諸表の作成基準に準拠して、適正に表示していないと信じさせる事項が、すべての重要な点において認められないかどうかについて、貴監査法人が、結論を表するに際して提出するものです。私たちは、下記の通りであると確認します。なお、貴監査法人によって実施された、四半期レビューが、年度の財務諸表の監査に比べて限定された手続きによって行われていることについても承知しております。(以下、ベトナム不正に関係する項目の確認内容)

第20項:次のものが関与する会社に影響を与える不正または、不正の疑義がある事項に関する情報はありません。

①経営者

②内部統制に重要の役割を担っている社員

③上記以外の者(四半期連結財務諸表に重要な影響を及ぼす可能性がある場合)

第21項:社員、元社員、投資家、規制当局または、その他の者から入手した、四半期連結財務諸表に影響を及ぼす、不正の申し立て、または、不正の疑義がある事項に関する情報は、ありません。第22項:四半期連結財務諸表を作成する場合に、その影響を考慮すべき違法行為、または、違法行為の疑いに関して、認識している事実はありません。


文頭にあるように、この『経営者確認書』を山本社長と椎名取締役は、当該簸日付にさくら有限監査法人へ提出している。この時期にはコンサルティング会社を介在させるアンダーマネー支払いの隠蔽工作を策略していた。


 内部通報制度に雲井からと国内工場長五人の連名で追加の通報が来た。

1・雲井の通報内容

一、行為者:山本社長・新井会長・新井常務

二、行為内容:正式な手続きもなく執行役員総務部長を解任され、執行役員社長付きとされた。

三、通報理由:

➀執行役員人事は取締役会決議事項にも拘わらず、正式な取締役会を開催することなく解任されたのは不当である。

②正式な手続きはなく、当分の間、出社を停止をするよう謹慎処分を命じられた。謹慎処分が懲戒処分であれば、これも会社規程に基づいた、正式な手続きをとらない業務命令であり、不当である。

四、このような行為に至ったと思われる背景:11月20日、新井常務に対しベトナム会社における税務官への賄賂支払いの不正や隠蔽工作の事実確認をしたところ「越権行為である」と恫喝された。自分が関与していることを知られたくないため、小生の総務部長としてのポジションを脅威と判断したと考える。

五、行為を受けての今の心情等:強い憤りを感じている。小生は総務部長としての職責を、正しい判断に基づいて執行していたにも拘らず、解任されたことは、上場会社でありながら経営者らが当社のコーポレートガバナンス機能を崩壊させており、自ら、内部統制システムの不備の因子となってしまっている。自分たちの取締役としての優位的な権限、立場を乱用した暴挙である。 

2・五人の工場長の通報内容

一、行為者:新井会長・新井常務・椎名取締役

二、行為内容:本社に呼び出され大株主に提出した『嘆願書』署名者として詰問された。

言われた内容

①指揮命令系統違反者

②会社秩序を乱す行為

③誰が書いたのか。誰の依頼か。

④取締役は会社の最高決議機関で選任された役員

⑤各取締役に送付されたから調べている

三、通報理由:『嘆願書』は大株主に送付した直訴状であり、それを社内の一部の取締役から調査を受ける義務は無いと考えます。また、明神名誉会長の同席や、もし、会社で対応するのであれば、監査等委員に同席してほしいこと及び取締役全員で対応してほしい旨、依頼したが聞き入れられなかった。明らかに優越的地位にある取締役の権力の乱用であり、山本社長を擁護する行動であった。

四、このような行為に至ったと思われる背景:山本社長が、新井会長に何かお願いしたのかわからないが、自分の職位の保身のための行為に思われる。

五、行為を受けての今の心情等:代表権を持つ取締役、人事関連管掌取締役、経理財務管掌取締役らが、社長更迭依頼の株主宛の『嘆願書』に対して〔二、行為の内容〕に記載した行為を行うことは、業務上の圧迫行為であり、強迫観念にかられた思いである。


この二つの通報制度の内容は、優越的地位の者たちによる独善的な解釈による暴挙であり、組織や規程等を蔑ろにした行為である。「代表権を持った取締役が、このようなコーポレートガバナンスを無視する当社は、是正が非常に困難なオーナー企業である」と東野は考えていた。これには二つの理由がある。

第一に、パワーハラスメントに関しては厚生労働省の指針に基づいて判定を行う。指針にある『パワーハラスメントの定義』では

①優越的な関係を背景とした言動であって

②業務上必要かつ相当な範囲を超えたものにあり、

③労働者の就業環境が害されるものであり、

①~③までの三つの要素を全て、満たすものをいう』となっている。

省庁が、指針を明確に出すこと自体、画期的であるが、問題は、最後の一文「①~③までの三つの要素を全て満たすもの」と③である。最後の結詞である「①~③までの三つの要素を全て満たすもの」を言い換えれば、「①~③までの三つの要素が一つでも該当しないとパワハラとは認めない」ということになり、特に該当を証明することが難しい項目は③である。なぜならば「➂就業環境が害される」とは

「当該言動により、労働者が身体的又は精神的な苦痛を与えられ、就業環境が不快となったために能力の発揮に重大な悪影響が生じる等の当該労働者が就業する上で、看過できない程度の支障が生じること」と定義されている。つまり「被行為者がパワハラを受けた後も、受ける前と同じ職場で継続して就業している場合はパワハラと認められない。または、認めるのは難しい」ということである。極論を言うと、パワーハラスメントを訴える場合は「会社に行けなくなった。職場にいけなくなった。病院に通わざるを得ない等の既成事実」が必要条件となる。

第二に、パワハラ防止法である(注:2020年6月1日施行)ここで、企業が講ずるべき措置として

①事業主の方針等の明確化及びその周知・啓発

②相談に応じ、適切に対処するために必要な体制の整備

③事後の迅速かつ適切な対応

➃プライバシーの保護、パワハラの相談を理由とする不利益取り扱いの禁止

以上、四項目が、企業の義務として明示されている。日帝工業の特異な問題は「事業の代表や経営幹部が行為者」であることだ。はたまた、この法令には罰則がない。事業の代表や経営幹部が行為者の場合、社員に係わる生殺与奪の権利を有する立場におり、行為者の職を辞させない限り、水面下の報復が野放し状態となってしまい、相談者の不安は在職中は拭いきれないであろう。このような日帝工業の環境下においてもハラスメント疑義のある行為に対して、法令、規程に基づいて監査等委員としてやるべきことをやり抜くしか今の東野たちに手段はなかった。

【取締役会:2019年12月25日】

12月20日取締役会招集通知のメールが届いた。開催日は12月25日午前11時。議案は「執行の人事異動」であり、雲井を総務部長解任させた追認決議である。当該取締役会では議案に関して、新井常務から一方的な業務命令違反による人事異動の説明があった。東野は「なぜ、規程通り取締役会にて人事異動の議案をかけた上で異動させなかったのか」を追及したが「①緊急であったこと②だから、本日、追認決議を行っている」ことで逃げられた。明神専務が「業務命令違反というが本人の反論等あれば聞きたい」と異議を唱えたが、「人事異動の対象者に本人の弁明等を聞いた事実は今まではない」と拒された。甲斐常務からは「なぜ、自宅待機という処罰なのか」という質問に対して「新しい職務は、社長付きであり、特命の検討中で処罰ではない」と回答後、審議に諮られ、山本社長、新井会長、新井常務、椎名取締役、佐藤監査等委員の賛成で決議されて取締役会は、閉会した。東野は雲井に対して何もできない自分が忸怩たる思いであった。取締役会後、監査等委員を除く取締役に対して【ベトナム不正に関する事実確認書】の回答期限が23日であったが、まだ未提出の取締役がいることを告げ、早急に提出することを求めた。山本社長から「認識時期など正確に憶えていない」や椎名取締役から回答し辛い設問であるクレームがあったが、両角が、

「第三者調査委員会からも同様の質問はあると思いますよ」とど真ん中の返答をした。新井常務から「ヒアリングは行わないのか」という問いもあった。これも両角が「ヒアリングは第三者調査委員会の調査に依拠する」と返答して回答書の督促は終了した。両角と東野は、少し早いランチを一緒に食べた。

「雲井さんには申し訳ないですね」

「東野さん、これからの議案決議の形を彼らは主張してきましたよ」

「議案決議の形?」

「これからは山本社長らは五対四でいつでも何でも決議できます。佐藤の賛成を加えて」

「そうですね。両角さんが、前、言っていましたね。『泰と佐藤は、ズブズブの仲』と」

「残念ながら悪い予感は、必ずと言っていいほど当たります」

「明神専務や甲斐常務が執行サイドで『正義』を貫き始めたことは幸いです」

「彼らも今後は、間違いを正すために動いてくれると思います」

午後、さくら有限監査法人の竹田公認会計士から電話があった。

「東野さん、年末になってすみません。御社は、年内はいつまででしょうか」

「30日の午前中です」

「誠に申し訳ありませんが、30日の午後、監査等委員の方々と打ち合わせを行いたのですが無理でしょうか? 」

「私は大丈夫です。できましたら、貴事務所で打ち合わせさせていただけますでしょうか」

「それは構いません。両角さん、佐藤さんにも連絡よろしくお願いします」東野は、両角、佐藤に竹田と調整した日時、12月30日午後2時から、さくら有限監査法人の大手町オフィスでの打ち合わせを通知した。

両角は午後4時までに終了できるなら、OKという返事を得た。佐藤は29日から、家族で実家に帰るということで不参加となった。

【会計監査法人との打ち合わせ 2】

30日、日帝工業本社で午前中、年末の掃除を行った後、午後から社員は、三々五々帰宅した。東野は東十条から京浜東北戦で東京駅に向かった。東京駅は、この時間から帰省客で混雑しており、丸の内側へでるのもやっとの思いであった。東野は大手町ファイナンシャルタワービルでゆっくり昼食を取ろうと地下に入ると、既に、午前中で仕事納めの会社員が多く屯しており、居酒屋も大入りであった。何とか天ぷら屋に入ることができ、隣席の飲酒客を羨ましがりながら、揚げたての天ぷらを堪能した。両角との待ち合わせはさくら有限監査法人の22階受付とした。東野より五分遅れて両角が到着した。

「両角さん、年末休みのところすみません。本日は予定があったのでは? 」

「今日から、家族で茅ヶ崎の別荘で年末を過ごす予定でした。出発時間をずらしたので問題ありません」

「茅ヶ崎に別荘ですか。いいですね。時間を調整していただきありとうございます」

受付で会社名を告げると受付嬢が、会議室まで導いてくれた。お茶(最近はペットボトルと紙コップ)を持参してくれた後、竹田氏と前回、同席したリスクマネジメント室の秋山浩子氏の二人が入室してきた。

「年末お休みのところ、来社いただきありがとうございます」

「とんでもありません。逆に当社の問題を年末まで対応いただき御礼申し上げます」

「まず、監査等委員会からの依頼に関する報告事項2件、お伝えします」竹田が切り出した。

「1件目は、第三者調査委員会との連携についてです。12月13日に第三者調査委員会の委員の方々と打ち合わせを行いました。やはり、彼らはデジタルフォレンジック調査を行う予定でしたので我々の方から、対象者2名、抽出ワードを6件、追加していただき結果を共有させてもらうこととなりました。『網羅性』についても彼らは、御社の海外拠点の拠点長に「賄賂」についてのアンケートを行う予定でしたので、我々の設問事項2件を追加していただき、この件も結果を共有し『網羅性』監査のカバーとします」

「それでは、デジタルフォレンジックと『網羅性』の監査については第三者調査委員会の調査に依拠した監査体制をとっていただくということでしょうか」

「ハイ、そうです」

「ありがとうございます。費用も時間も節減でき、大変助かります」

「第三者調査委員会も御社の会計監査法人である我々と、連携を密にすることを要望していました」

「我々としては依拠せざるを得ないともいえる状況で。……これは、後ほどの相談事項に係わることです」秋吉が付け加えた。

「2件目は、ベトナム現地監査の件です。12月16日から3日間、私と秋山で貴ベトナム会社を訪問し、実査とABCコンサルティングの監査レビューを行ってきました」

「早々のご対応ありがとうございます。ベトナム会社の田村社長からレポートがありました」

「田村社長には、事前に東野監査等委員から連絡いただいていたようで、スピーディな対応いただき助かりました」

「それは何よりでした」

「2017年の調整金の証憑等も確認できましたでしょうか」両角が聞いた。

「大丈夫です。確認できました。以上が報告事項でこれからが本来のご相談です」秋吉が引き継いで話した。

「ハイ、よろしくお願いします」

「御社のベトナム会社の実査を踏まえ、状況を当社のリスクマネジメント審査会に不正対応監査と本決算対応を審議しました。審議の結果『決算修正を行うべき』という結論に至りました。それも本決算でなく第3四半期決算で行いたいと思います。正式な書面は、椎名取締役経由で山本社長宛に通知しますが、事前に監査等委員会にお知らせするため来社いただきました」

「当然だと思います。事実判明時に行うべきでしょう」両角が返答した。

「事前通知誠にありがとございます。わかりました。ただ、第3四半期決算に間に合うでしょうか」

「先に報告した『第三者委員会に依拠せざるを得ない』という我々の事情がやはり時間の制約です。第3四半期決算発表は延長していただきたい。間に合いません」

「やはりそうですか。2017年からの決算修正となりますよね」両角が確認した。

「私は決算延長の経験がないので、プロセスは良くわかりませんが、関東財務局の承認が必要ですよね」東野が確認の質問を加えた。

「両角さんのおっしゃる通り、我々は2017年の第2四半期決算から有報等を修正作業を行いますが、関東財務局への延長承認を得る申告は別途行っていただけなければなりません」

「東野さん、さくら有限監査法人さんからの通知をいただいたら、執行サイドは修正をやらざるを得ません。決算の延長依頼も一緒に通知いただけますよね」

「ハイ、日程と共に通知します」

「わかりました。正式な通知書、お待ちしております。大変な事態ということは認識しておりました。修正に関しても、多大な作業量を押し付け誠に申し訳ありません」さくら有限監査法人からの報告と相談事項は終了したが、重い雰囲気のためか、竹田が

「監査等委員会の不正に関する調査の進捗状況は、いかがでしょうか」と話題を変えた。

「来年の1月末を目途に、纏め始めています」

「進捗状況の情報を共有させえていただけたら助かります」

「わかりました。報告いたします」

「第三者調査委員会は、2月末までに纏めて3月の初旬には、報告したいようです」と竹田が教えてくれた。

「良いお年をお迎えください」秋吉が受付で別れ際に挨拶した。

「本年は、大変ご迷惑をお掛けしました。来年も同様ですがよろしくお願いします。竹田さん、秋吉さんも良いお年をお迎えください。お正月に、お休みがとれるかどうか、わかりませんが」

「元旦は休みます」竹田が答え別れた。

さくら有限監査法人は本日付けで、通知を郵送すると言っていた。東野と両角は、予測はしていたものの上場会社として

➀決算を延期させること

②決算延長の理由が不正(賄賂支払い)であること

➂その不正に取締役も関与していること

の信頼性を損なうリスクを非常に重たく受け止めていた。山本社長らがさくら有限監査法人からの通知を受け取って東野や両角と同様の重大さと責任を感じるかは、疑問ではあった。

「両角さん、大変な醜聞ですね」

「第三者調査委員会の調査結果はもっと悲惨と思いますよ。というか思いたいです。ドンドン表に出た方が良いですよ。是正措置のプロセスの公表です。後、決算修正するということは『賄賂の支払いを自ら認める行為』ですから今後の取締役らの責任追及には、プラスとなります」両角の助言に、少し前向きになり、お互い、年末の挨拶をして二人は別れた。東野は、東西線大手町駅から地下鉄で帰路についた。やはり、カレンダーを持った会社員が多く年末の感はあったが、電車の中では、来年やるべきことに考えを巡らせていた。東野にとっては初めて、とても長く感じた半年間であり、新年を迎える新たな気持ちには、まだ、切り替えができない状態であった。

【第三者調査委員会:2020年1月6日】

 年が明けた。日帝工業株式会社では、恒例では、4日午前8時から本社・国内工場・営業所をウェブ会議で繋ぎ、新年仕事始め会を開催していたが、本年度は取り止めとなり、静かなスタートであった。1月早々に第三者調査委員会から面接の依頼が監査等委員らにあり、同日での時間割りとして6日の午前10時に両角、11時に東野、12時に佐藤という時間と順番の指定があった。久しぶりに甲斐常務に新年の挨拶も兼ねて電話して、第三者調査委員会の状況を聞くと、甲斐は、既に二度の面接を受けたという。不正に関与した疑義のある本丸の取締役らには、着々と調査を行っているようだ。6日に指定された、内神田三丁目にある、原田弁護士の事務所のビルに向かった。原田の事務所は六階にあり、同ビルに、もう一人の委員である松村弁護士のアドバンス法律事務所も七階にあった。仕事のやり取りや協働を連携して行っているのであろう。

東野が、11時に待合室となった会議室にいたら、内容はわからないが、その前に面接していた、両角の怒ったような声が聞こえてきた。しばらくして面接室に呼ばれた。

「東野さんは、昨年の株主総会で社外取締役監査等委員に選任されたそうですね」

「ハイ、そうです」選任されるまで、日帝工業の誰にあったのか、誰と面接したのか、明神名誉会長、新井会長にあったのは、何時か等、面接の枕にしては人間関係の質問が多かった。すると原田が

「東野さんは名誉会長派ですか」と聞いてきた。東野は

「どういう意味でしょうか」と聞き返した。

「東野監査等委員は『明神名誉会長に取り入れられ、中立・公平な監査等委員ではない』という意見が多いもので」

「繰り返しますが『名誉会長に取り入れられた』とか『中立・公平ではない』の意味がわかりません」

「監査等委員として、ベトナムの不正を調査されていますが『名誉会長の肩をもった調査をしている』との意見です」

「また、新たな疑問ですが『名誉会長の肩を持った調査』とはどのような調査でしょうか第三者調査委員の方の質問が偏っているような気がしますが」

「中立・公平に調査されていますかとお聞きしています」

「さきほどから『中立・公平か』と質問されていますが、何と何の間の『中立・公平』でしょうか」

「東野さんもご存知でしょう。『社長派』と『社長降ろし』派との調査対応で、中立・公正に行っているかということです」

「質問の意図がやっとわかりました。ただ、原田さんの質問は、調査領域の『ベトナム不正』に関係していることでしょうか」

「不正の発生した、環境についても調査します」

「私はどちらの派閥でもありません。社内のいわゆる『社長降ろし』騒動に関与しているのは、内部通報制度に相談のあった内容に関して『取締役のハラスメント行為』の有無を規程に基づいて調査しています。また、両派があるとして、その間で中立・公平な調査を行っているかの質問への回答は『NO』です。今になっても自分の責任を認めず、保身や責任転嫁している取締役には、徹底して自分の非を認めるよう責めます。逆に自分の非や責任を認識した取締役とは、会社としての是正方法を一緒に考えます。但し、取締役としての責任追及に差別せず、責任の軽重については、これも中立・公平ではなく、証憑等に基づいて判断しています」

「わかりました。11月19日に名誉会長から部屋に呼ばれたと聞きましたから、名誉会長派かと思いました」東野は名誉会長に呼ばれて対応した内容、加えて、その午後に新井会長から、名誉会長に呼ばれた内容の説明を求められたことも話した。

「名誉会長との関係を中心に質問されているように思えますが、名誉会長はベトナム不正に関与しているのでしょうか」

「それは、今、何とも申し上げられません」松村が回答した。

「監査等委員会の調査では、いかがでしょうか」伊藤が初めて発言した。

「我々の調査では名誉会長が『ベトナムの不正』に関与した事実のエビデンスは、ヒアリングを含めて今のところ何も出てきていません」

「わかりました。次の質問に移ります。東野さんは、この11月11日決裁の経営会議決裁稟議書『ナムディン省税務局監査対策コンサルタント料支払いの件』に承認印を押印していますね」原田が、同稟議書コピーを見せながら確認した。

「ハイ、私の所に回付されてきたのは確か11月12日だったと思います」

「良く日付を憶えていますね」

「通常の稟議書は発行日から、少なくとも四日以上経過して、最終の私の所に来ますが、この稟議書は、発行日、決済日が同日11日でしたので」

「この時、既に内容……ベトナムで不正があったことは、ご存知だったのではありませんか。内容は読まれましたか」

「どういう意味でしょう。内容は、契約書まで見ましたが。日本語バージョンですが」

「承認印を押印されていますから。真の内容もご存知だったと思いまして」

「監査等委員は、取締役の監視・監督を、会計監査と業務監査を通して行います。ご存知でしょうか」少々怒りながら回答した。

「業務監査の一環で、重要な会議に出席したり、重要な書類の閲覧義務があります。今考えれば、コンサルティング会社を通して追徴金の減税ができるかと言われると、もう一歩踏み込んだ調査を行うべきだったかもしれませんが、稟議書の回付プロセスとしては正しいものでしたし、取締役全員が承認しておりましたので『正』として受け止めて承認印を押印しました。『不正を知っていたのでは』という質問は、この時から、私も同様に黙認していたということでしょうか」

「取締役全員に同じような質問をしていますので……」

「10月9日の役員情報共有会、11月11日の取締役会後の打ち合わせ等どこに、私のベトナム不正の認識の事実があるのでしょうか」

「表立った会議等での認識はなくても個別情報の入手の有無は、我々には、わかりませんからお聞きしました」

「そこまで、無関係の者に、事情聴取するのであれば実際に関与した、いわゆる主犯格の立証に大いに期待しますよ」

「粛々と、事実確認をするだけです」

「監査等委員会の調査の進捗状況はいかがでしょうか」

「今月中に素案を纏め2月には、調査報告会を開催したいと考えています」

「調査報告書ができましたら、第三者調査委員会に提出していただけますか」

「わかりました」

「その後どうされますか」

「多分、第三者調査委員会の調査報告会後になると思いますが、自主申告したいと考えています」

「なぜ、第三者調査委員会の調査報告後になるのでしょう。また、自主申告の結論は大丈夫でしょうか」

「監査等委員として『不正の発生』を認識したのは、11月20日です。既に、1か月以上経過しています。我々は、12月5日の取締役会で『不正発生、賄賂の支払いの事実』を宣言しております。このことを早く何らかの形で公表しないと『監査等委員会も認識後何をしていたんだ』と職責の追及をされる恐れがあります。市場は、毎日売買があり、株主の売買の判断に重要な情報は早期公表すべきと考えます。12月5日の第三者調査委員会設置の開示についても取締役の関与については、一切公表しておりません。これが、日帝工業の上場会社としての品格を汚す、諸悪の根源です。また、日帝工業は、刑罰法令に抵触する罪を犯しています。認識後、できるだけ早く自主申告することが、会社の経営者の前に、法治国家の社会人としての責務です。第三者調査委員会の調査報告書後になるのは、会社の痴態そのものです。監査等委員会設置会社でありながら監査等委員の意見は、ゴリ無視します。保身のためなら『派閥や、中立・公平ではないやら、社長降ろし関与しているやら、指揮命令系統違反……』と必死で保身に走ります。第三者からの指摘は無視しないようです。第三者調査委員会なら、何か、不正関与者が期待できるものがあるのか知りませんが。結局、時間延ばしをして、指摘された場合の対応策を講じているのかもしれません」

「監査等委員会の調査結果と第三者調査委員会の調査結果に相違があったらどうしますか。特に、刑事罰の認定で。認めるには、例えば情報が少ないということで……」

「構いません。再度、法的に調べてもらう手段を考えます。まだ、取締役会で決議されていませんが、みなさんは、当社が決算修正することもご存知でしょう。結局、使途不明金の存在は、会計監査法人も認めていますから、それがあること自体、刑事処罰の対象と考えます」原田、松村、伊藤は、顔を見合わせていた。

「委員会としての質問は終わりますが、何かありますでしょうか」原田が、確認した。

「第三者調査委員会の調査も、早く結果を報告いただけたら助かります。私の意図はご理解いただけたと思いますが」

「善処します」東野が原田経営法律事務所の外に出ると、電話がかかってきた。両角である。

「東野さん、お疲れさまでした。向いのプロントにいます」と反対側を見るとプロントの窓側の席で、両角が手を振ってくれた。

「両角さん、待っていてくれたんですか」

「ちょうど、1時間くらいでしたね。10分前に佐藤がビルに入って行きました」

「刑事の張り込みみたいですね」

「どうでした。私の場合は、随分、頭にくる質問があったんで東野さんに話そうと思い、待っていました」

「何か、変でした。おかしかったですよね」

「絶対、第三者調査委員会は、新井会長や山本に忖度していますよ」

「私に対する最初の質問が『東野さんは名誉会長派ですか』でした。また『中立・公平に調査していない』とか」

「私には『これだけ長く社外取締役をやっていると〔独立役員〕の資格がない』とか『新井企画と明神エンタープライズの税理士をやっていての監査等委員はおかしい』等、ベトナム不正調査に関係しない詰問でした。また『税理士としての報酬はどれくらい貰っているんだ』とも聞かれました」

「全然、関係ないことですよね。私も『派閥や中立・公平云々は、ベトナム不正調査に何の関係があるのか』と聞き返しました」

「私は『ベトナム不正に関する質問しか『お答えしません』って宣言しました。そうすると彼らは、監査等委員の調査内容に探りを入れて来ました。大分、気にしているようでした。我々は、今、纏め中でなるべく早く公表したい旨通知しました」

「ありがとうございます。多分、第三者調査委員会は『監査等委員会の調査結果報告内容を参考にしたい』と思っています」

「そうですね。万が一、監査等委員会の調査結果にあって、第三者調査委員会の調査結果にない事実等が発生した報告では、調査レベルを疑われますから。彼らの報告書に忖度がなければ良いのですが。本日の面接の様子では、監査等委員会は『容疑者の対象、名誉会長派で、中立・公平ではない存在』扱いです」

「最悪、第三者調査委員会が『賄賂の支払いは、明確に認識できなかった』等のネガティブ調査報告書の場合を考えておかねばなりません」両角とはプロントで別れた。両角は、自分の税理事務所が上野にある。神田までは自転車で来ており、その自転車で帰っていった。東野は、京浜東北線で神田駅から東十条駅まで向い、東十条の「松の内宝くじセール中」の商店街を通り、事務所に戻った。監査等委員会の調査は、証憑も揃い、証憑の無いものは、竹腰部長と田村社長の「供述」という形で、署名付きで準備した。東野は、監査等委員会の調査報告に関して、ネットで調べたが、何かの不正等で第三者調査委員会を設置した会社は、その報告書の公表は種々あるが、監査等委員会が独自調査を行い、その報告書を公表した例は見つからなかった。自分たちの調査結果も取締役会で、否決等されれば、公表はされない。そうであれば、少しでも第三者調査委員会の報告書に反映させることができる内容の報告書を作成したいと思った。

新年が始まっても臨時取締役会は、絶え間ない。山本からの招集通知メールは、8日付で開催日は14日火曜日午前10時からであった。議案は、1:第3四半期決算延長の件、2:リーガルアドバイザー契約の件の2件であった。

【取締役会:2020年1月14日】

取締役は、九名全員、出席していた。山本社長が恒例の開会宣言と共に、

「それでは、第一号議案:第3四半期決算延長の件ですが、さくら有限監査法人から当社の第3四半期の決算を45日以内に纏めることが不可能な状態である通知を受けました。これに際し、関東財務局へ承認を得るため、決算延長手続きの申請を行いたいと思います。

異議のある方はいますか」と不充分な説明の議案提議があった。

「延長の理由は何ですか」甲斐常務が当然のように質問をした。

「決算に間に合わないということです」

「山本社長、なぜ間に合わないのでしょうか」甲斐常務が間髪入れずに質問を繰り返した。

「山本社長宛のさくら有限監査法人からの『貴社、第3四半期決算延長依頼の件』の通知書は監査等委員会にも(写)が来ていますが、取締役会で理由を明確に説明してください」両角が突っ込んだ質問をした。

「その通知書に書いてある通りです」

「我々は、受け取っていません」明神専務が返答した。

「通知書には『貴社、ベトナム会社に不正会計の疑義があるため【監査基準委員会報告書240 財務証憑監査における不正】に基づき実査を行いました。その結果、二〇一七年第2四半期及び二〇一九年第2四半期の決算に修正を加えるべき会計処理を発見しました。そのため連結決算の修正を本年度第3四半期決算で行い度、決算期延長を依頼申し上げます。延長期間は、三月一五日までの一か月、決算延長のための関係官庁等への諸手続きは、貴社にて責任持って行ってください』と記載があります」東野はさくら有限監査法人からの通知書(写)を読み上げた。

「ベトナム会社で、不正があったということですね」甲斐常務が念を押した。

「通知書には『修正を加えるべき会計処理』とあったと思います」山本は抗った言い方をした。

「それでは『修正を加えるべき会計処理』というのは何の処理ですか」

「それはわかりません」

「山本社長は、延長の原因がわからず第3四半期決算の延長を取締役会の議案として提議するのでしょうか」山本は回答ができなかった。

「2017年の不正決算の原因には山本社長も深く関わっていますよね」明神専務が問い正した。

「それは第三者調査委員会が調査中です」やっとの思いで、山本は回答した。

「自分自身では、関わったかどうかも判断できないのであれば部下に『指揮命令系統を正せ』とか言えませんよ」

「それは別問題です」新井常務が、甲斐常務の指摘を阻止した。

「審議はよろしいですか」息を吹き返した山本が確認した。

「決算修正ということは、会計帳簿の連続性からいうと2017年第2四半期から2年間の四半期決算及び本決算関連を修正するということですか」東野が聞いた。

「椎名取締役、いかがでしょうか」

「ハイ、その通りです」と小声で答えた。

「他になければ決議を取ります」

「山本社長、繰り返しますが、決算延長の理由は理解されましたよね」甲斐常務が重要な一押しをした。

「理解しております」審議の結果、異議なく満場一致で可決した。

「決算延長続きについて、椎名取締役から、提案があります。椎名さん、お願いします」

「決算延長申請手続きは、私も初めてのことで大変複雑だそうです。そこで、さくら有限監査法人に相談したところ、関連会社で専門に官公庁への申請手続きをサポートしてくれる会社、株式会社アカウンティングテクノロジーという会社あります。その会社と申請サポート契約を締結したいのですが承認いただけますか」

「関連官公庁の承認を得られなければ大変なことになるよ」新井会長が言った。

「費用は、どれくらいですか」両角が聞いた。

「2000万円程です」

「えっ、2000万円ですか、第三者調査委員会の費用に加えて、決算延長関連費用もかかりますね」両角の驚きに山本らは沈黙した。

「それでは、皆さん、株式会社アカウンティングテクノロジーとの申請サポート契約締結を承認いただけますか」全員、反対もなく承認された。

「それでは、第二号議案:林・吉田杉本法律事務所とのリーガルアドバイザー契約の件です。新井常務、説明お願いします」

「既に、皆さんもご承知のとおり、この度のベトナム会社におけるTOM―VIET社とのコンサルティングの契約でトラブルが発生しております。当社は顧問弁護士として、既に富山法律事務所と顧問契約を締結しておりますが、富山法律事務所は、海外の拠点や提携先が無く、グローバルな対応に弱いことが判明しました。そこでグローバル対応に強い大手の法律事務所である林・吉田杉本法律事務所と提携して、今後の海外案件の対応に備えたいと考えております」

「新井常務、責任転嫁しているような説明ですね。元々、TOM―VIET社とのコンサルティング契約は山本社長・新井常務・椎名取締役の指示で契約したのではないでしょうか。虚偽の内容で」東野は食らいついた。

「実際、現地でのリーガル対応は林・吉田杉本法律事務所が対応しております。これは、東野さんの指示もあってのことだと認識しております」

「私は、実際の対応を林・吉田杉本法律事務所に頼まざるを得なくなったのは、あなたたちの違法な契約を推し進めたからで、富山法律事務所の海外対応の脆弱さが、主たる要因ではないということを言っております」

「実際、富山法律事務所はベトナム現地対応はできていません」

「新井常務は、富山法律事務所に締結前にTOM―VIET社とのコンサルティングの契約のチェックをお願いしたのですか。裏にある秘密契約内容も明確にして」

「契約内容の問題では無く、直近のベトナム会社現地での対応を説明しているのですが」

「東野監査等委員は、林・吉田杉本法律事務所とのリーガルアドバイザー契約に反対なのか」新井会長が怒鳴った。

「反対しているのではなく、TOM―VIET社とのコンサルティング契約のような内容を率先して、取締役が、契約するのであれば、どこの法律事務所と提携してもリスクは回避できないということです。新井会長、今もTOM―VIET社との契約も解除できていませんよね」

「だから今後も林・吉田杉本法律事務所にサポートしてもらおうということでしょ。山本社長、これは審議ではなく、言いがかりの領域です。審議に入ってください」

「新井会長、大分、強引に進めますね」甲斐常務がコメントした。

「東野監査等委員が意図するところは、端的に言えば、一部の取締役の愚行により会社に損害を与えているということですよ。その愚行を明確にして、猛省して、是正しなければ、会計事務所や、弁護士や、アカウンティングなんやらのサポートを受けようが、危機管理は是正できないということです」

「そんなこと、改めて言われなくてもわかっているよ」投げやりな回答であった。

「それでは、審議します。賛成の方、挙手願います」全員一致で、賛成して審議を終えた。甲斐常務が帰り際、六階に立ち寄ってくれて

「東野さん、全く後押しできず申し訳ありません」

「とんでもない。力強い発言をありがとうございます」

「何でも責任転嫁しますね」

「間違いを認めることができない人間は、成長できません」一緒にいた両角が言った。

「成長できないというか、成長せずに取締役になってしまったという感じです」

「林・吉田杉本法律事務所の費用も馬鹿になりませんよね」甲斐常務が確認するように言った。

「法的措置で少しでも回収できるるよう頑張ります」東野は甲斐常務に約束するように言った。

【監査等委員会:2020年2月17日】

「それでは、監査等委員会を始めます。本日の第一号議案は『日帝工業ベトナム会社税務監査調査報告書案』の件」です。調査内容が纏まりましたので私から証憑と共に説明させていただき、ご承認いただけましたら関連各位を招集して、報告会を開催したいと思います」東野がパワーポイントに纏めた表題資料と証憑で、調査結果報告を行った。(詳細は、後述【監査等委員会調査報告会】に於いて)

「よく纏まっています。私はこれで良いと考えます。調査報告会を開催しましょう」

「佐藤さんはいかがでしょうか」

「調査お疲れさまでした。ただ量が多すぎて今、この報告書で良い・悪いは判断できません」

「時系列的起きた重要事項に関係者と関連資料を結びつけて結論を纏めたつもりですが。どこか気になるところがありますか」

「取締役のみなさんとヒアリングは行っていませんよね」

「佐藤さんにも回付しましたが、取締役各位には『取締役への事実確認質問事項』を発送しました」

「でも回答がきたのは、明神専務と甲斐常務だけですよね。他の方々は、事実確認書でなく、ヒアリングを要望していました」

「佐藤さんは『取締役への事実確認質問事項』について何も意見はありませんでした。また、取締役の一部にはヒアリングを要望されていることを知りながら、これについても何も意見はありませんでした。この議案については、事前に監査等委員会の招集通知にも明確にお伝えしております。それで本日、このタイミングで、調査方法についてのご意見でしょうか」

「取締役のヒアリングは第三者調査委員会の方でも実施しているから、依拠すれば良いでしょう。監査等委員会の調査では、ヒアリングを行わなくても事実確認が証憑等でできているわけですから」両角が断言した。

「事実確認書の催促とか、調査方法の提案とか、佐藤さんも監査等委員ですからやっていただいてよかったのですが」

「調査報告書は、本日、初めて拝見しましたので……」

「佐藤さんから『事前に見せてほしい』というご要望もありませんでした」

「どこか『事実確認が間違っている』という箇所がありますか」

「私としては自分の意見を聞かないで『事実は、――だ』と言われても納得できないと思ってのことです」

「この調査報告書で関与した取締役が、納得しない場合、佐藤さんはどうされるつもりですか」

「納得されない部分を再度、調査すべきでしょう」

「再調査して、関与した取締役が納得しなればどうしますか」

「それは……今の時点ではわかりません」

「佐藤さんは、事前に『関与した取締役が、納得する調査結果を作成して報告すべき』と言っているように聞こえます」

「今まで、散々、自分たちの隠蔽工作をしてきた取締役が納得する調査結果って、何でしょうか」両角が追質問した。

「佐藤さん、この調査報告書は、報告会を行った後にその時の議事録と共に、第三者調査委員会、会計監査法人にも提出する予定です」

「今日の佐藤さんの意見も記録に残してよろしいですよね」佐藤は、少し考えて、

「取締役への『ヒアリング』実施要求は構いません。『取締役の納得が必要』は撤回させてください」

「報告内容は『ヒアリング』しても変更はないと考えます。それに事実確認書を提出しない取締役にも非はあります」

「では、この調査結果報告書で『監査等委員会調査報告会』を開催します。賛成の方挙手ください」両角は挙手したが、佐藤はしなかった。

「私は棄権します」

「2名賛成、1名棄権で決議しました」

「第二号議案は『内部通報等に関する調査報告案』の件です」東野が、調査結果に基づき説明した。(詳細は【監査等委員会調査報告会】に於いて)

「この調査結果も監査等委員会の調査結果報告会で、報告したいと考えています」

「内部通報制度の規程によると、審議は、危機管理委員会の下で行われますので、なぜ調査報告会で報告するのでしょうか」佐藤が質問した。

「ご指摘のとおり、通報制度の案件は、危機管理委員会で行いますが、危機管理委員会の委員長は社長です。また、事務局は、総務管掌の新井常務であり、その他の委員は、関連部署管掌取締役が危機管理委員会の現状の組織ですが、いずれも今回の通報制度の行為者として通報されています。新井会長しかりです」

「大体、企業経営者に対して、これだけ複数の通報が、あること自体、歪んだ会社を証明しているようなものです」両角が呆れた言い方をした。

「佐藤さん、いつも質問や、否定的意見で、結論が出せないような時間稼ぎ的ご意見ですが、このような緊急事態の組織で、どうすれば良いか代替案を出してください」東野は詰め寄った。

「通報制度のハラスメントの内容は、人権に係るものなので、慎重に対処すべきと考えます」

「佐藤さん『だから』どうしようと考えているのですか。東野さんのリクエストの代替案を出してください」

「佐藤さん、この調査結果に『慎重さ』が足らないところは何ですか? 」

「わかりません。我々の判定だけではなく、専門家等に判定を依頼するのは、どうでしょうか」

「どこの判定に専門家の判定が必要でしょうか」

「わかりません。わからないから専門家にと……」

「佐藤さんはわからないようですが、私は、厚労省のハラスメント判定基準に基づいて判断しました。自分では、判定できないから専門家に依頼したいというのであれば、調査委員会等立ち上げる前に行うべきことでしょう。また、ご自身が判定できないのであれば、監査等委員としての職責である、取締役の監視・監督もできないということでしょうか」

「誰かに忖度しているんでしょうか。また、時間稼ぎですか」両角が付け加えた。

「誰にも忖度していません。慎重に考えているだけです」

「私も慎重に考えて纏めた調査報告書です」

「報告するけど、結論は出せないでしょう」

「そうです。報告止まりです。通報制度の関連規程から言うと危機管理委員会を開催しなければなりません」

「ただ、監査等委員会の正式な報告となって記録も残します。何故報告するか、佐藤さん。理解されていますか」

「というと」

「山本社長との事実確認の際に誓約書を取りましたよね。あれと同じ効果を狙っています。抑制のためです。だから、できる限り早く報告すべきなんです。相談者が勇気をもって行動を起こしたのですから、途中経過でもいいから、何らかの対応を伝えるべきなんです。今後の『指揮命令系統』の名の下のハラスメント行為を防止するためですよ。注意勧告です」

「わかりました」

東野と両角は、やっと佐藤の引き延ばし策略を阻止して、監査等委員会としての報告すべき結論までたどり着いた思いである。監査等委員会の調査報告会は山本社長他、取締役に日程調整をお願いして、2月21日午後1時からとなった。

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