44.魔法を口移しで

※R15程度の描写が数行あります※



「呪いなど使わなくても、私は貴方の道具になっていい。だからユリウス先生とウィリアム皇子の呪いを解呪してほしい、と言ったら聞き入れていただけますか」

「却下だ。私に利がない」


(やっぱりダメか。そりゃそうだよな。ノアにとっては、どっちでもいいんだ。私が無事にここから出ようが、呪い持ちになろうが、ノアにはどっちでも利がある)


 ノエルが脱出できれば、禁忌の中和術の実用性を見せ付けられる。ノエルを呪い持ちにできれば、使える駒が増える。


(ユリウスほどの魔術師がここまで影響を受けるんだ。私なんか一溜りもない。埋め込まれたら一生、ノアの飼い犬だ)


「そろそろ話にも飽きたな。お前に呪いを埋め込んで、終わりにするか」


 ノアの手の中に野球ボール大の黒い球が現れた。

 ノエルの血の気が下がる。


「予備がないとでも思ったか? こんなもの、いくらでも作れる。付与されている術式はユリウスが受けた呪いと同じだ。お揃いだぞ、良かったな」


 ノアが愉悦を込めた笑みを見せた。

 言い回しも表情も、何処までもイライラする。


(ラスボスとしては最高に心抉る好きさ加減だが、こんな奴の言いなりで一生過ごすのだけは、ごめんだ。ユリウスの呪いも何とかしないと。どうすれば……)


 ノアを納得させるだけの交渉材料をノエルは持ち合わせていない。どう考えても、ノエルに『呪い』を埋め込む方がノアには都合がいい。


(だったら、ここを蹴破って逃げるしかないんだけど、中和術を使わずに逃げる方法なんて)


 中和術を使えばノアの空間魔法を破ることは可能だ。だか展開中に悟られて潰される。その隙に『呪い』を埋め込まれようものなら、そこで詰む。

 当初の予定だったノアの『魔力封印』はノエルにも可能な術式だが、一人でノアの魔力を封印できるほど、ノアに隙がない。

 更には今、ユリウスはノアの手中だ。ユリウスの妨害を躱せる自信はない。


(詰んでる。マジで策がない。こっちの手を全部封じられた状態だ。まるで事前に知っていたみたいに。……あれ? そもそも何で、ノアは私が中和術使えること知ってるわけ?)


 クラブメンバー以外で知っている人間は、一人しか知らない。


「貴方の間諜は、アーロですか。禁忌の中和術も、私の計画も把握していたんですね。もしそうなら、学院に貴方を招き入れたのも、魔国の現状を貴方に教えたのも、アーロですね」


 学院にはシエナが来ている。ノアがおいそれと入れるはずがない。

 アーロは一年のほとんどを国内外の様々な場所で過ごす。それは彼が聖魔術師の偵察部隊だからだ。

 昨今、関係が緊張している魔国の近況も調べているはずだ。魔国は今、国内に革命軍が奮起し国が荒れている。隣接する精霊国にいつ矛先が向いても不思議ではない状況だ。


(まさにそれが、物語後半の肝だ。ノアの判断は正しすぎるほど、正しい)


 気持ちが澱んで、顔が俯く。

 ノアがニタリ、と笑った。


「ユリウスの呪いにも怯まんお前が、アーロの裏切り如きで冴えない顔をするとはな。ユリウスも報われん」


 ノアがノエルの顎を掴み上げる。


「アーロのこと、ユリウス先生は信頼していました。ユリウス先生が信じた人にユリウス先生を裏切ってほしくないだけです。私はアーロと仲が良いわけでもないので、どうでもいいです」


 目を逸らさずに、睨みつけた。

 どこまでもいけ好かない男だ。


「ユリウスを語るお前の目には、虫唾が走る」


 ノエルを眺めていたノアが、乱暴にノエルの顎を払った。


「もういいだろう。どれだけ対話してもお前に私を説得するだけの話術も材料もない。ここから逃げることも出来ん」


 ノアが黒い球体をノエルの胸に押し当てる。

 慌てて身を捩り、逃げた。ユリウスがノエルの体を拘束する。


「待って、待ってください。わかりました。それは受け入れます。だけど、最後に、自分が自分でいられるうちに、ユリウス先生と話をさせてください。ノア大司教様なら、それくらいの猶予はくださるでしょう」


 ごくり、と生唾を飲む。

 ノエルの胸に押し当てた球体を、ノアが引いた。


「いいだろう。話、か。それなら、面白い趣向を混ぜてやろう」


 ノアが指を鳴らした。ユリウスの腕の拘束が緩む。


「ノ、エル……。生きて、る」


 ユリウスの上体がノエルに倒れ込む。


「ユリウス? ユリウス先生! 私の顔、見えますか? わかりますか?」


 振り返り、ユリウスを抱きしめた。


「ノエル、逃げろと、言ったのに。何故まだ、ここにいるの」

「私一人で、逃げられる訳がないでしょう。一緒にここから出ましょう」


 ユリウスの体はぐったりと力なく、相当に魔力を消費していることがわかる。


「私の魔力を貰ってください。これ以上抗ったら、本当に核が壊れてしまいます」

「僕より、君が、早く、逃げないと、取り返しが、つかなくなる」


 懸命に体を起こし、ノエルから離れる。

 ノアに手を向けて、魔法を放とうとする。思わずその手を止めた。


「無茶です。今そんな真似したら、本当に死んじゃう!」

「相打ちなら、構わないよ」


 ユリウスの額の汗が止まらない。

 こんなに追い詰められたユリウスを見るのは、初めてだった。


(ゲームでだって、ユリウスはいつも優雅で誰よりも強くて、いつだって主人公を余裕の笑みで助けてくれる。私は、そんなユリウスしか、書いてない)


「相打ちは有り得んぞ。自分の立場を把握しろ。お前であろうと、呪いには逆らえない。好いた女とさっさと話しを付けろ。なんなら、ここで抱いてやれ。思い出くらいには、なるだろう」


 ユリウスの体が、びくりと跳ねた。


「ぁ……は、んんっ」


 ユリウスの顔が赤らみ、目が潤む。

 両腕を強く抑えて、懸命に耐えている。


(まさか、今のノアの命令で、急激に欲情してる⁉)


 ユリウスの震える指がノエルの頬に掛かる。


「ノエル、離れろ。こんな風に、したいわけじゃ……」


 ユリウスの腕がノエルに伸びる。後ろに下がろうとしたが、腕を強く引かれて、強引に口付けられた。


(ユリウスの意識が混濁したり戻ったりを繰り返してる。ノアがわざとやってる? やり方が鬼畜過ぎる)


 ユリウスの舌がノエルの口内を犯す。ノエルの舌を貪る舌が、唇を噛んで、首筋に落ちた。鎖骨を強く吸われて、痺れが走る。


「ぁっ……ユリウス、せんせ、待って、しっかり……」


 しっかりするために抗えば、魔力を消費する。これ以上は、本当に命に係わる。


(どうしよう、どうしたらいい。考えろ、もう時間がない)


 ユリウスの指が、ノエルのシャツのボタンを器用に開ける。口付けが首から肩に、胸に落ちて、上半身の服が剝がされた。


「ぁ! ぁ……んっ」


 胸の柔らかいところを吸い上げられて、背筋に痺れが走った。ユリウスの大きな手がノエルの小ぶりな胸を性急に揉み上げる。手のひらが当たるたび、小さな蕾が硬くなっていく。


「ノエル、もっと……欲しい」


 ノエルの体を倒して、ユリウスが馬乗りになった。下着をずらして顕わになった蕾を舌で舐め上げ、吸い上げる。


「んんっ……、や……先生、お願い、もぅ……ぁっ」


 視界が潤んで、涙目になる。腹の奥から得も言われぬ快感が込み上げる。

 逃げる手段を考えなければならないのに、何も浮かばない。


「ノエ、ル……」


 ユリウスが顔を上げた。

 苦しそうな顔が迫って、キスを落とすと、ノエルの胸に顔を埋めた。


「最後に好きな男に触れてもらえて、満足か?」


 すぐそばで、ノアがノエルを覗き込んだ。


「可愛げがない女も、悦楽には逆らえんか。多少、可愛い顔をしているぞ」


 ノアの指がノエルの頬をなぞる。ぞっとして、肌が粟立った。

 思わず起き上がったら、ユリウスに抱き寄せられた。

 ノエルの体を拘束したまま、胸に舌を這わせる。ユリウスの大きな手がノエルの胸を包み上げ、感じて硬くなった突起を吸い上げる。


「んっ、……ぁ、ぁっ!……ユリ、ウスぅ」


 快感が体を走り抜ける。力が入らない。


「そのまま快楽に溺れていろ。すぐに何もわからなくなる」


 ノエルの背中に、ノアが黒い球体を押し付ける。

 ユリウスの手が、ノアの腕を掴んで止めた。


「それ以上、ノエルに何もするな」


 ユリウスの息が荒い。ノアの腕を掴む手が震えている。

 ギリギリの理性が戻ってきたのだとわかる。


(このまま抗い続けたら、ユリウスが本当に死んでしまう。何か、何か方法を……。そうだ、言霊魔法)


 今朝、クラブの皆と話したばかりだ。


(言霊魔法を、結界じゃなく空間魔法で二個作れば。一個は空間魔法を、もう一つは中和術を閉じ込めて。ユリウスの中に流し込んだら、いけるかもしれない)


 体をずらして、ノアから少しだけ逃げた。

 ユリウスの顔を両手で覆う。


「ユリウス先生、もし私が何もわからなくなって、誰かを傷つける人間になってしまったら、先生が殺してくださいね。約束です」

「ノエっ……」


 初めて自分から、ユリウスにキスをした。舌で唇を割入って、舌を絡める振りをして言霊魔法を二つ、流し込む。


「!」


 ユリウスの瞳から意志の色が消える。


「しっかり押さえておけ」

 

 ノアの声に反応して、震えるユリウスの手がノエル体を強く拘束した。

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