モブに転生した原作者は世界を救って、攻略対象と恋をする⁉

45．本当の黒幕は

　背中に強烈な異物感があった。

　ノアが呪いを埋め込んだのだとわかった。

　体が熱くて、焼けそうだ。

　頭の中が徐々に白く書き換えられる。

（呪いって、こんな感じ、なのか。文章で書くのとは全然違う。息が苦しい。背中が痛い。体が熱い。ユリウス、後は何とかお願い……）

　体が後ろに倒れ込んだ。力が入らず、起き上がる気力もない。

　自分の胸の真ん中に、呪いの文様が浮かんで見えた。

　ユリウスが力なく項垂れている姿だけが見えた。

　力の入らない手を伸ばす。そのうちに手を伸ばす理由もわからなくなった。

（……ノア様、そうだ。私はノア様のために。ノア様のためだけに生きていればいい。ノア様が、私の総て。あの方をお慕いして愛さなければ）

　ノアの姿を見付けて、安堵する。求める手はノアに伸びていた。

「ノア様……」

　ノアがノエルの手を取って引き起こす。顔が近づいたので、そのまま口付けた。

「愛しています、ノア様」

「呪いの定着が早いな。感情は後程コントロールするか。もう少し可愛げのある女に、育ててやる」

「はい、嬉しいです」

　にこりと微笑む。ノアがノエルの衣服を整えてくれた。

「素直にしていると、悪くないな」

　嬉しくなって、ノアの手にキスを落とす。

「お前は教育を間違ったようだな、ユリウス。今くらいの従順さがあれば、ここまで強引な方法を取らずに済んだ」

　項垂れるユリウスの前に立つ。

　ノアがユリウスの顎を持ち挙げた。

「あの時のお前と同じだ。あの時、私を退けさえしなければ、お前も、こうはならなかった」

　ノアがユリウスの顔を見下ろす。

「欲しかった人形を、ようやく手に入れたんだ。二人纏めて面倒をみてやるから、安心しろ」

　ノアがユリウスを胸に抱く。ユリウスの肩がビクリ、と跳ねた。

　ユリウスの手がノアの胸に縋る。軽く押して、顔が離れた。

「僕があの時、去った訳は、お前を友人だと思っていたからだ。今でもそう、思っている。だが、お前はノエルを傷付けた。僕は永劫、お前を許さない」

　ユリウスの鋭い眼が、ノアを捉えた。

　ノアの体が震えて、動きを封じられる。

「！っ……緊縛、魔法！　何故っ」

　動けないノアの胸に、ユリウスが手を添えた。

「お前の敗因は、ノエルを見縊（みくび）ったことだ。彼女は、お前如きが扱いきれる魔術師じゃない」

『魔力封印（プリレイション）』

　ノアの膨大な魔力が核に戻って押し込められる。封印の鎖が核を雁字搦めにした。

　膨大に渦巻いていたノアの魔力の気配が消える。

　空間魔法が一瞬にして消失した。

「ノエル、ユリウスに封印を解除させろ」

　ノアの言葉に反応して、ノエルが体を揺らす。

「無駄だよ」

　ノエルに向かい、ユリウスが真っ白い魔法の光を投げ付けた。

　全身が白い気に包まれて、ノエル胸から呪いの文様が消えた。

「っは、はぁ、はぁ、けほ」

　座り込んでいたノエルが、その場に倒れ込んだ。

　ユリウスがノエルの体を抱き起こす。

「ユリウス先生、巧くいったみたいですね」

「ノエルのお陰でね」

　体に力が入らなくてユリウスに凭れ掛かるようにして立ち上がった。

　微笑み合う二人を、ノアが訳の分からない顔で眺めている。

「何故、ユリウスの呪いが消えた？　どうしてユリウスが中和術を使える？」

「呪いはまだ、僕の中にあるよ。空間魔法で体内の呪いの魔術を隔離しただけ」

　ノアの問いにユリウスが、べぇ、と舌を出して答えた。

「私がそういう術式を吹き込んでユリウス先生の中に流し込んだんです。同じように中和術を言霊魔法で流し込みました。空間魔法なら魔力を遮断できるので、ノア様でも気付かなかったでしょう？」

　ノアの表情は、まだ疑問を孕んでいる。

「いつの間に打ち合わせた？　あの言葉が暗号か？」

「ユリウス先生なら、言霊魔法を吹き込んだだけで気付いてくれます。魔法が上手くいくかは、正直カケでしたけどね」

　ノアが脱力して、その場に座り込む。

　じわじわと、笑いだした。

「あぁ、なるほど。ユリウスが執着するわけだ。可愛げのない、じゃじゃ馬だな」

「お褒め頂き光栄です。私はノア様みたいな悪役、嫌いじゃないですけど。ノア様はもっと可愛らしいお人形をお探しくださいませ」

　不敵に笑って、仰々しく礼をして見せる。

「本当に可愛くないな」

　乱れた髪をかき上げるノアは、どこか吹っ切れた顔をしていた。

「ユリウス、ノエル」

　振り返ると、後ろにシエナが立っていた。

「ノアの魔力を封印したか。ご苦労だったな」

　アーロが駆け寄り、ユリウスの背中に手をあてる。

「ウィリアム皇子の呪いは解除済みだ。ユリウスの呪いも今、解除する」

「そっか、呪いの生成もアーロだったんだ。ノア、最初から負けてたね」

　意味が分からなくてノエルは首を傾げた。

「アーロは二重間諜（スパイ）だ。今回は私の直下だよ」

　シエナの言葉に、ノエルは目を剥いてアーロを振り返った。

「怖い思いさせて、悪かったなぁ、ノエル。俺のこと、嫌いにならないでくれよ」

「え、無理です。怖いどころじゃなかったので。色んな危機がたくさんあったので」

　貞操とか命とか人格とか、人として尊厳を保つに大事な部分ばかりに危機が及んだ事態だった。

「アーロに責はない。責めるなら、私を責めろ。今回、私はノアを使ってノエルを試した。中和術の禁忌を解いて問題ない魔術師か確かめるためだ」

「試されて、いたんですか」

　シエナがあまりにも無表情に言い放つ。

　自分の表情が固まるのを感じた。

「助ける術は用意していた。だが、結果として傍観者に徹したのは事実だ。非難は甘んじて受けよう。後日、王城でゆっくり話そうか」

　一方的に話を切ると、シエナはノアに歩み寄った。

「私も、貴女の駒でしたか。鉄の宰相殿」

「お前の主張は受取ろう。教会とお前の処遇はノエルの提案を飲む予定だ。自分の罪と生涯、向き合って生きろ」

　地面に座り込むノアに合わせて、シエナが屈む。

　ノアの顔に振り切るほどの平手打ちをかました。

「この大馬鹿者が」

　そう言い放ったシエナは、鉄の女などではなく、子供を叱る母親のようだった。