43.ラスボス・エリートチートの真意
一瞬で目が覚めた。この殺気は知っている。一度殺されかけた。
放たれた殺気に向かい、目を凝らす。黒いボールのような塊が、ノエル目掛けて飛んでくるのが見えた。
「ノエル、避けろ!」
ユリウスの声が聞こえた時には、体全体で抱え込まれていた。
「ユリウ、ス」
体に何かがぶつかったような、強い衝撃は自分ではない。ノエルを抱えるユリウスにあたったものだ。
辺り一面が、真っ白だった。夏の庭の景色は、何処にもない。
さっきからの急展開に、脳の処理能力が全く追いつかない。
「なんだ、結局庇うのか」
ユリウスの肩越しに、見たくもない顔が見えた。ユリウスとノエルを見下ろしている。
「お前に掛けたかった『呪い』ではないのだがな。それも悪くない。小娘を言いくるめるには、良い材料だ」
「呪い……?」
恐る恐る、ユリウスから体を離す。
ユリウスの胸に、呪いの文様が浮かび上がっていた。
「ユリウス先生、どうして!」
ユリウスが息を詰まらせて、胸を押さえている。
ノエルは慌てて中和術を展開した。
「中和術を使うのは待ったほうが良い。その呪いを解呪すれば、ウィリアムが自死する。それでよければ、解いてやれ」
「どうして、どういう、意味?」
何もない空間でノアが足を組む。椅子にでも座っているような仕草だ。
「呪いにはイレギュラーな術式を付与できる。それはお前も知っているだろう。その『呪い』には連動の術式を付与した。もっともそれは、お前に埋め込むはずの呪いだったのだがな」
「私に、埋め込む?」
状況もノアの意図も、よく理解できない。
「お前を都合の良い傀儡にするためだ。私の指示に従い、私の意志に沿ってのみ行動する人形。私だけが正義と信じて疑わず、私のためだけに知識と魔法を使う飼い猫だ」
ノエルは顔を顰めた。
「何を言っているのか、わからない。呪いで意識を操作した人形が、有能な動きなんか、できるはずがない」
「総ての意識を乗っ取ても、それなりには働くだろう。だが、詰まらん。お前が私に心酔すれば、それでいい。お前が自ら私に従いたくなるように、感情を操作するだけだ」
焦りが胸に広がっていく。
「わかったか? 今のユリウスが、どういう状態か。私の命令一つで、コイツはお前を簡単に殺す」
ノアが手を挙げる。ユリウスの手がノエルの首に掛かった。
瞳に色がない。呪いが発動している。
ユリウスの手がじわじわとノエルの首を絞める。
「ぁ……ユリウ、ス……」
すっと、力が緩んだ。咳き込みながらユリウスを見上げる。
苦悶の表情で頭を抱えながら、ユリウスが息を荒くして、突っ伏した。
「ぁ、はぁ、ノエル、はや……ここから、早く」
「ユリウス先生、ダメです、そんなに抗ったら、魔力を消費して」
魔力切れを起こして死んでしまう。
「ノ、エル。逃げろ。空間魔法を、中和術で壊して、外に出れば、シエナが、いる」
(逃げる? この状況で? ユリウスを置いて行けってこと?)
確かにノエルではノアには勝てない。けれど、ノアの目的は、どうやらノエルのようだ。それに、今の状態なら、ユリウスよりはノエルの方がきっと役に立つ。
「逃げても構わんが、そのままならユリウスは私の傀儡だ。そうならずとも、呪いに抗い魔力切れで死ぬ。ユリウスの核を壊したいのなら、逃げていいぞ」
ノエルはノアを凝視した。
(なんだ、コイツ。やってることも言ってることも下衆でしかない。最低最悪のラスボス。なんて、なんて私好みなんだ)
ザ・悪役のような悪行をさらりとやってのける。リヨンは悲運のラスボスだった。ノアがラスボスに入れ替わったら、同情の余地すらない最低のラスボスになった。
(悪役はかくあるべきだ。他人の意志など気にも留めずに自らの野望のために利用する。その為の手段など選ばない。他者に任せず自ら動く姿勢もいい)
背筋がゾクゾクする。
(けどそれは、あくまでゲームシナリオの話だ。現実で、人の命が掛かっている以上、無様に倒れてもらう。悪役は倒されるために存在するのだから)
気持ちが落ち着き、腹を据えた。重いものが、腹の下の方に下がっていく感覚だ。覚悟が決まった。
ノエルはノアに向き合った。
「わからないことも理解できないことも多すぎます。説明をしてもらえませんか。話をするくらいの時間は、あるでしょう?」
ノアが詰まらないものを見る感覚で、ノエルを見下ろす。
「ユリウス、ノエルを摑まえておけ。下手な細工をされても、詰まらん」
ユリウスの手がノエルに伸びる。
後ろから羽交い絞めにされる勢いで、抱き締められた。
(ノアの命令でも、ユリウスにとって摑まえるってこんな感じなんだ)
いつものユリウス過ぎて安心する。
(でも、ノアに動かされているのは気に入らない。私が設定したユリウスってキャラは本来、ノアなんかに良いように使われたりしない)
「呪いとは、便利な魔術だ。精神操作で人間を駒にできる上、用済みになれば処分できる。術式が複雑で細かな魔術付与が可能だ。なのに生成者の残影すら残さない。同じように緻密な魔術は、今の魔術師には作れまい」
後半の意見には同意できる。千年前の天才が作り上げた技術を超えられない。今の魔術師も決して質が悪いわけではない。そういう不思議は、いくらでも存在する。
(私が作った設定以上に教会が呪いを使いこなしている事実に、一番驚きを隠せないけどな)
「それで、その便利な呪いを使って私を操り人形にしたい理由は何ですか」
「呪いは、今の世に必要だと思わないか?」
ノエルの質問をガン無視して、ノアが問う。
「思いません。なくなってしまえばいいと思います」
本当は少し、惜しいと思う。これほど緻密な魔法を跡形もなく無くしてしまったら、もう二度と再現できないだろう。
(魔術師としては惜しいと思うけど、呪いに苦しむ人がいるのも事実だ。何より、呪いを消し去らないと次の展開にシナリオが進まない)
「呪いは闇魔術、魔族が残した魔法体系だ。詳細を知らずとも、国民は皆、『呪い』とは魔族の置き土産だと認識している。だからこそ、恐怖するのだ」
「呪いへの畏怖を煽っているのは教会でしょう。恐ろしいものだと喧伝しながら、ばらまく自作自演なんて……」
何のためか。魔族への畏怖を忘れないためだ。
(そうだった。そうか、だからノアは私を。マリアではなく、私だったんだ)
ノエルの中で、総てが繋がった。
「中和術を使える私が教会に組すれば、毒に対する解毒剤になる。今まで以上に呪いの使い勝手が良くなりますね。でも貴方の本当の狙いはそれじゃない。魔国に対する軍事強化。それに伴う中和術の禁忌解除。貴方の目的は、国防だ」
中和術の禁忌を解除するために、アイザックの呪いを発動させた。中和術の有用性を見せ付けるためだ。しかし、アイザックの呪いは合法中和術の使い手であるマリアが解除してしまった。
(だから私は、ここに連れてこられた。ノアの目的は治癒系中和術ではなく戦闘系中和術の実用性を
ノアが色のない顔でノエルを眺める。
「頭の回転が速い奴と話すのはストレスがなくて良いが、時に詰まらんものだな。特にお前は、生意気で可愛げもない。ユリウスはお前の何処に惚れたのか、疑問に思う」
さすがにちょっとイラとするが、同意できないわけでもない。
「私も不思議に思っていますよ。ユリウス先生が気に入っているのは、私の特異体質と中和術じゃないでしょうか」
けっと吐き出さんばかりに応える。
ノアが愉快そうに笑った。
「何なら今ここではっきりさせてやることも出来るが、命じてやろうか?」
「結構です。話を戻しましょう」
ノエルは下からノアを睨み上げた。
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