最終話 


「煌月先輩!」

「あるじ♪」


 陽菜乃も《ミミズクの館》の入館許可を出したので、暫くはここを拠点にする予定だ。

 というのもあれから陽菜乃はスエスタの名で登録していた冒険者を引退、陽菜乃として俺の傍に居る。漆黒花との戦いで『精神的負荷に負い静養が必要』と判断されたからだ。シエスタの引退に惜しむ声もあったが本人は穏やかな日々に満足している。


(もっとも俺が戦いに出る時は付いていくというのだから、引退したのは俺の傍に居る為の口実なんじゃないか……)


 クローとシロの二人を残してジャック、ダリア、陽菜乃に《ミミズクの館》を案内することにした。ライラは俺の周囲を飛び回っていて相変わらず元気いっぱいのようだ。

 中庭を通ると桜色の花が咲き誇り、そよ風によって花びらが空に舞う。

 それは奇しくも元の世界の桜吹雪を彷彿とさせた。日差しも温かく、幼竜姿のライラは俺に抱っこを強請る。「あるじぃ、りんごぉ」と可愛らしい。


「煌月先輩。あの時、助けてくださってありがとうございます」

「ん? なんだ、急に?」

「四年前の贈物とプロポーズの時の指輪。あの二つがあったからこそ、今もこうして先輩の傍にいられるのです。言葉通り、先輩は私を守ってくださいました」


 陽菜乃が何を言っているのか一瞬分からなかったが、少ししてあの日のことだと思い至った。今更すぎる発言に苦笑する。


「俺としては四年前の贈物を、まだ持っているとは思わなかったけどな」

「だって戦闘中に壊れたら嫌だったので、ペンダントにしていたんです。それに──」

「俺は指につけていないから、捨てたのかと思っていた」

「そんな訳ないじゃないですか!」


 憤慨する陽菜乃に、俺は口元を緩める。


「そろそろお揃いの指輪を作りにいくか」

「……! はい」


 顔を赤らめる陽菜乃は嬉しそうに笑った。どちらともなく手を繋いで歩く。


「三、いえ四回目ですから、もう壊れないことを祈りましょう」

「ほんと、それな。有り金をつぎ込んで良い物を見繕わないとな」


 やることは山のようにあり、俺にとってはようやくスタートラインに立った気分だ。

 一人だったら潰れそうになることも、暴走することもあるだろう。

 それこそ一人に耐え切れなかったギルマス、怒りを抑えきれなかった《褐色の聖女》のように、抱え込んで壊れてしまうかもしれない。

 俺は自分が歩んできた道を振り返る。

 そよ風が桜色の花びらを揺らす。

 甘い香りがここまで届いた。


 一度滅んだ世界。

 誰もいない花畑で佇んでいた男は、もういない。

 幾人もの勇者と魔王の躯の上に生まれた世界。

 世界は活気に溢れ、悲しみや苦しみではなく幸福がようやく芽吹き始めていた。

 魔王はレーヴ・ログという世界を幸福に導くため、夢を描き続ける。


 END

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勇魔転移転生 〜勇者の骸の上で魔王は幸福な夢を描く〜 あさぎ かな@電子書籍二作目 @honran05

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