第50話 もう一つの黒幕

 アルム村の復興が落ち着いた頃、俺は《ミミズクの館》に足を運んだ。


「またここを訪れるとは思っていませんでしたわ」


 そう言って《ミミズクの館》の女主人であるクローが出迎えた。若葉色の木々はいつ見ても美しく、中庭も整えられて心を和ませる。

 今日も漆黒のベールと修道服を身に纏い、中庭でお茶会を楽しんでいた。


「……今回の一件でギルマスを殺したのはクレアだ。それは間違いないし動機は私怨。三年前、恋人であるレンジを殺されたから――だが計画立案したのは別にいた」

「と仰いますと?」

「そもそもクレアはどこで三年前の実行犯がギルマスだと知ったのか、次に一職員がギルマスを一刺しで殺せるものなのか」


 クローは俺の話に耳を傾けながら、ティーポットを手に持ちカップに紅茶を注いだ。きつね色の液体がカップを満たしていく。紅茶独特の香りが鼻腔をくすぐったが言葉を続けた。


「ギルマスがレンジを殺した瞬間を見ていた、またはレンジが調査していたことを恋人のクレアに話していた、という可能性はある」


「そうですね」と、クローは呟きカップに口を付ける。


「あるいは全ての事実を知っている誰かから知らされた。ダリアの結婚式前日を決行の日に指定して、真実を事細かに手紙に書き記し、ある短剣を送った」

「それが私だと?」

「ああ。短剣にはミミズクのレリーフが刻まれていたが、これは魔物憑きの呪具だろう。手にした人間を一時的に魔物化させられる。それにその刃は鞘から抜いた段階で周囲の人間を死に至らしめる猛毒がたっぷり塗られていた。最初からクレアとギルマスのどちらも消すつもりだったのだろう。その後始末を俺にさせようと誘導もした」


 クローからの反論はなく黙ったままだ。


「もう一つ、毒の成分を分析した結果スズランをベースにしていることがわかった。……レーヴ・ログでスズランが栽培されているのは、ここだけだ」


 あの惨劇にはどうにも衝動的に見せて、どこか計画された意図が感じられた。まるでそうなるようにキャスティングされたかのような、あつらえた舞台。

 最初は漆黒花の仕業かもしれないと勘繰ったが短剣のレリーフと、《夜明けの旅団》のチームメンバーの言葉を思い出して真相に辿り着いた。


「仮にクレアさんを唆した人物がいたとして、その方の目的は何だったのでしょうね」

。クレアと同じく大切な人をギルマスに殺された。そしてその人物は自由に行動できない境遇だった。だからこそ同じく残されたクレアに自分の復讐を遂げさせるように誘導した」

「貴方の推理通りだったとしても、ダリアとジャックの存在は黒に近いグレーだったことは承知していると思います。ダリアは手を出してはいけないモノに縋った。これは天罰だと──私は思いますけれどね」


 声のトーンは変わらず穏やかな物言いだった。


「そうだな。最初に間違いを犯したのはダリアだ。遅かれ早かれ今回のような展開になっていた可能性はある。……でもな、それでも結婚式前日じゃなくても良かっただろう!」

「…………」


 復讐をするタイミング的には申し分なかったのだろうが俺は許せなかった。声を荒げ叫んだ俺にクローは「本当に貴方は優しい人なのですね」と呟いた。どこまでも感情の起伏がない。


「守護戦士のシロだって、こんな復讐を望んでなかった。彼女は俺と出会うずっと前からアンタがここに居ると気づいていた。だからレベル99になると俺に話してくれたんだぞ!」


 思わず口調を荒げてしまい早々に後悔した。

「彼女が……」とクローは、絞り出した声で聞き返す。


「ああ。アンタの《待ち人》がシロだと気づいたのは、この図書館にあった一枚の絵画だ。白いキャンバスに英文だけが書かれた──あの一文を俺は見たことがある」

「なにを……」


 俺は転移魔法である人物をこの《ミミズクの館》に招待した。もちろん彼女はここに来るための条件を満たしている。


「久しぶり、《褐色の魔王》。それとも黒江くろえって呼んだほうがいいカ?」

「――っ!」


 ポツリと呟いた幼い声にクローは椅子から飛び上がった。椅子が音を立てて倒れたため、周囲に居た燕尾服を着た兎たちが逃げ出す。

 転移魔法から現れたのは矮人族の少女だった。金髪の髪を三つ編みにしており服装は黒の軍服に、短パンで膝下はロングブーツと独特な恰好をしているが、外見が十歳前後なので雰囲気的には軍楽隊みたいな愛らしさがある。

 彼女の首にネームプレートとロケットペンダントが鈍色に輝く。


「……《閃電の勇者》で、白奈しろなだよ。……kamui chikap kamui yaieyukarって覚えていル?」

「……っ」


 発音の良い声に、クローはその場に座り込みながら答えた。


「『梟の神が自ら謡った神の叙事詩』、私たちが好きだった……詩だロ」


 声を震わせ、大粒の雫が黒い修道服に零れ落ちた。

 思えば最初に出会った頃から彼女は喪服に身を包んでいた。そういった趣向があった訳ではなく、本当に大切な人が亡くなったから喪に服していたのだ。


「でもどうして、こんなに早く再転生ができたのですか?」

「ああ、シロは自分が死ぬ寸前、《魂憑依転送》という特殊能力によって、思い入れのある銀のロケットペンダントに自分の魂を移動させていたんだ」

 

 もっともそれに気付いたのはギルマスの再転生をしたタイミングだった。サカモトたちの再転生をするのには魂の状態から考えてもうしばらくかかるだろう。だからこそシロの再転生が早まったのは嬉しい誤算だった。

 シロとクローは長年の願いが叶い、暫くは抱き合ってわんわんと人目も憚らず泣いていた。


「……それで私の処分はどうなさるのですか?」


 散々泣いた後でクローは俺に尋ね、「私も、一緒に償ウ」とシロは声を上げた。


「そうだな。二人にはアルヒ村の新しいギルマスになってほしい」

「え」

「今までは魂の復元ができしだい再転生してきたが、今後再転生はすでに再転生している者の《探し人》から順に魂の復元をしていく。同じような悲劇を生まないためにもな」

「!」


 今回の件は再転生の効率を重視した結果が招いた。そこに各々の事情を加味してなかったのは人間味が欠落していた俺の責任でもある。


「この世界は悲劇や惨劇を繰り返すために構築したものじゃない。勇魔システムで非業の死を遂げた者たちに対してやり直せる都合のいい世界、ボーナスステージみたいな場所だ。だからクロー、アンタも含めて俺たちが死ぬときにハッピーエンドにならなきゃ困る」

「……っ、それは……また随分と傲慢なことですね」

「魔王だからな。そのぐらいの強欲があってもいいだろう」


 ベールを取ったクローは憑き物が落ちたように、晴れやかな顔をしていた。


「しかし、《ミミズクの館》の管理はどうするのダ?」

「ああ。それなら適任がいる」


 再び転送魔法を使い、ある二人が姿を見せた。

 一人は車椅子に座ったままの兎人族の少女だ。外見は十六歳前後で白い耳が垂れている。両目と両足には包帯が巻かれて痛々しい。白い長袖のワンピースを着こなす彼女は儚げな印象といえるだろう。


 車椅子を押すのはオレンジの髪に、二十代のオシャレ系男子のジャックだ。赤と白のチェック柄のシャツに黒のズボン、登山用のブーツ、腰には二本のダガーを装備している。


「今回の件は多大なるご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


 車椅子に座ったままで、少女──かつてダリアと呼ばれた彼女は頭を下げた。そしてジャックもそれに倣って同じく深々と頭を下げる。


「ダリアと……、ジャック? 死んだんじゃ?」


 困惑するクローに俺は「ああ」と肯定しつつ言葉を続けた。


「ギルマス――ダリアとジャックは三年前の一件も含めて実行犯及び関係者だからな。どういう形であれ、その責任を取ってもらうため表向きは死んだことにした」


 再々転生するにあたってダリアにはディスペナルティが発動し大幅なレベルダウン、それにより肉体も脆弱かつ両足と両目に後遺症が残ってしまった。しかしジャックとダリアはそれを贖罪として受け入れたようだ。両目の方は体力が付き次第回復薬で徐々に治していく。


「二人には静養と《ミミズクの館》の管理などを行ってもらう。今後はここを秘密裏だが拠点の一つにもする。やることは山のようにあるからな。ダリアとジャックも問題ないな」

「ああ。……感謝する」

「もちろん。ありがとう、コウガっち!」


 世界を滅ぼした魔王は、誰もいない一面花畑の場所から、レーヴ・ログを築き上げた。既に死んでいるのに無意味だとか、無価値だというかもしれないが俺はそう思わない。

 この世界で理不尽に命を奪われたからこそ、今度は幸せであってほしい。それを善意の押し付けだと言われようとかまわない。

 自己満足、偽善であっても、それが俺の願いだ。

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