第46話 偽善の魔王と鍍金の勇者

 一撃ごとに空気が揺らぎ、城の壁や天井が崩れていく。瓦解しつつある玉座の間で、互いに間合いを取って構えた。

 ジャックは残忍で容赦のない攻撃を叩きつけてくる。

 これこそ魔王らしい堂々たるものだと感心してしまった。鍍金だらけの俺とは違う。


「コウガっち、これで最期だ」とジャックの言葉に俺は応えなければならない。それこそ全身全霊をかけなければ、こちらが破れる──そんな直感があった。

 俺は盾を背中に装備し、片手剣から両手剣へと武器をシフトする。騎士を象徴する両手剣ロング・ソード、これは魔鉱石をふんだんに使った魔法剣だ。


 三年前、黒魔獣となった冒険者や三頭重装番人との戦いで、自分の弱さに打ちひしがれた。瀧月朗のような一撃必殺がないことを何度も悔やみ、次は自分一人でも乗り越えられるように──そう考え努力し、準備してきた。

 魔法剣の全長は八十六センチで装飾も少ないシンプルな造りだ。白銀に煌めく剣先をジャックに向け、次いで上段の構えで挑む。


 白亜の炎が刀剣に宿り周囲を真昼のように照らす。爆発的な熱量に周囲の漆黒花は、耐え切れず核ごと蒸発していく。太陽のごとく凄まじいエネルギーの塊がたった一振りの魔法剣に注ぎ込まれ、練り上げられ、膨張する。

 灼熱に耐え、俺は敵を見据えた。

 俺とは対照的にジャックの周囲には漆黒花が急成長を繰り返し、漆黒のわだつみとなって全てを浸食する。意図したわけではなかったが白と黒がぶつかり合う。

 白い炎が俺の漆黒の鎧を一時的に白銀へと変化させた。


「はあああああああああああああああああああ!」


 内圧に気を抜けば暴発しかねない状態だが、三年前とは違う。肉体の悲鳴も、神経が焼き切れることも、骨が軋むこともない。溢れ出す膨大なエネルギーは一瞬で周囲の漆黒花とジャックを焼き尽くせるだけの高度に達していた。


 一撃で確実に屠る。

 上段に構えた状態から魔法剣を振り下ろし、ジャックは中段の構えから一撃を繰り出した。


漆黒花の終焉フレゥール・ラ・ファン

白亜の炎クライデ・フランメ


 同時に放たれた二つの力は一瞬だけ拮抗し、漆黒のエネルギーが勝った。黒々としたエネルギーの塊が膨れ上がり、白亜の光を吞み込んで俺へと肉薄する。

 凄まじいエネルギーの奔流を前に耐えられず、床が悲鳴を上げ亀裂が入った。


「煌月先輩!」

「あるじ!」


 後ろで戦っていた二人の声が聞こえ、俺は踏み留まった。

 数秒の時間稼ぎ。

 だがそれこそが勝敗を分けた。


「コウガっち、この勝負、俺の──」

「……ジャック、俺たちの勝ちだ」


 足元に幾重にも重なった魔法陣が展開。

 本来、竜騎士は剣と魔法両方を得意とする能力を持ち、近距離戦闘しつつ魔法を駆使することができる。更にライラの能力も同等のレベルで利用が可能。つまり――。


『――能力解放条件が揃いました』


「ああ、加護解放シュッヒルフェグナーデ・ディーベフライウング浄化伊吹リユール・ブレス

「……うわぁ、マジかよ」


 何重にも重なった魔法陣の効果により、形勢は逆転。

 光が溢れ──爆ぜる。

 ジャックは複雑な幾何学模様の魔法陣を見て悔しそうに「クソッ、生きたかったな」と呟く。次の瞬間には光と熱が全てを真っ白に染めた。


 ***


 束の間空間内を覆った白亜の光が薄れるとジャックの影、体内、魂に粘着していた漆黒花と核だけが炎によって炭化して消え去っていた。

「え、は?」とジャックは呆けていた。それはそうだろう。死を覚悟したと思っていたのだから。


「だって……、オレは漆黒花の王で、黒魔獣になりかけて……」

「お前に全力を出させて漆黒花だけを炎で消し去った。それに途中から逃げずに戦って『死にたくない』って思っただろう。たったそれだけかもしれないが、魂の総量を補填するには十分だったからな」

「なっ……」


 そう。コイツは別に弱くない、漆黒花の女王クイーンにいいように利用されただけだ。


「今度は逃げなかった、お前の勝ちだ。だからちゃんとギルマスにも会わせてやる」

「なんだよそれ、……全部、すくい上げるってコウガっちは欲張りすぎ!」

「俺は何一つ取りこぼしたくない我が儘な奴だからな」


 先ほどの一撃で階段は玉座まで消え去り、この空間に亀裂が入る。しかし心象風景を補填するかのように植物の蔓がこの空間を覆い始め、玉座の間を包み込んでいく。


「さて、残るはこの空間にいる女王クイーンだけだ」


 僅かな眩暈を覚えたものの、まだ倒れるわけにはいかない。

「失敗した」「愚かな」「所詮は腰抜け」とジャックを嘲笑う声が溢れる。耳障りで腹立たしい。

 殺意に対して反射的にその場を飛び退いた。

 刹那、俺とジャックが元いた場所に漆黒の槍が突き刺さる。


「のぁあああああ、危なっ!」

「くっ」

「煌月先輩、すみません。こっちはまだ終わらなくて!」

「あるじ、ライラ頑張ったよ!」

「ああ、二人とも足止めしてくれて助かった」


 ライラと陽菜乃のHPゲージを見ても深刻なダメージはなさそうだが、俺も含めて素早く回復薬を使用する。

 ジャックはというと──。


「え、ええええええええ!? ちょ、コウガっち、オレ展開についていけてないんだけど!?」

「お前、元気だな。あと緊張感……」

「漆黒花の女王クイーンを倒せば、この空間から出られてダリアを復活させられることができるかもしれません。ジャックさんは戦えますか?」

「もちろんだゼ、ヒナノちゃん。任せろ! どんとこいだ!」

(すごいな。一瞬で諸々の説明を省いて士気を上げつつ共闘の流れを作った)

「險ア縺輔〓險ア縺輔〓險ア縺輔〓險ア縺輔〓、許さぬ……。許さぬぞ!」


 人格を持った漆黒花、《クイーン》へと視線を向ける。

 先ほど俺が見ていた花の姿と異なり、長い紫色の髪をした妙齢の女性が現れた。露出度の高い真っ赤なドレス。彼女の出現に他の漆黒花は従僕のように首を下げ──その姿はまさに女王と呼ぶにふさわしい。


「妾は漆黒花の女王、妾の玩具になることを光栄に思うがいい」


 嫣然と嗤うその姿は不気味で、毒々しく人型なのにおよそ人らしさは欠片もなかった。

 ジャックが漆黒花の王ではなくなった今、心象風景の具現化の維持は女王が継続しているのだろう。俺たち異世界人にとって悪夢であり絶望の場所。


(ここでの勝利条件はこの空間そのものを破壊する。または脱出。……できれば眼前の元凶を倒しておきたいが──)


 漆黒花の超再生は凄まじく、肉薄する漆黒の槍や刃を弾いても限がない。かといって女王クイーンに近づくだけの隙も生まれなかった。

 消耗戦ではこちらが圧倒的に不利だ。


(せめて大技が撃てるだけの時間が、捻出できれば──)

「この星を維持するため、妾の愉悦の為に──死になさい」


 愉悦、その言葉に目の前が真っ赤になった。

 これまで多くの勇者と魔王を騙し、哄笑し、使い捨てた不倶戴天の敵。

 三年前に死んだ《夜明けの旅団》のメンバーや、冒険者たち。ダリアを唆し、ジャックの肉体を弄んだ元凶。

 それぞれの願いや思いを踏みにじる言葉に激昂した。


「ふざけるな。お前たちの娯楽のために俺たちは生きていない!」


「キャハハ」と漆黒花が一斉に笑い出した。壊れたスピーカーのように嗤い声が重なり、耳が可笑しくなりそうだ。俺を見て女王クイーンは嬉しそうに声を高らかに叫ぶ。


「そう、それ。異世界人は感情の起伏によってエネルギーを爆発させる。だから悲劇を、惨劇を作り出すのは妾の役割!」


 勇魔システムの継続を望むのは、使命感からではない。単に悲劇を見たいだけ。

 魔王軍四天王も、勇者パーティーメンバーも他人の不幸を安全な場所から見ていたい。胸糞悪い動機だ。

 そんなくだらない理由で幸せを摘み取ろうとする漆黒花を、絶対に許さない。

 これは魔王として世界を滅ぼした怒りとは違う。


 特攻を諦め攻撃を躱して後方に下がった。

 陽菜乃と背中を合わせるような形で、敵からの攻撃を受け流す。


「陽菜乃、ジャック、大技までの発動時間は最短で何秒だ?」

「オレ、漆黒花の力でブーストがかかっていただけで、今はそんなに強くないからね!?」

「私なら発動まで数秒とかからないと思います。だから、私に──」


 喚くジャックとは違い、陽菜乃の余裕のない声に振り返ると顔に生気がない。


「陽菜乃!?」


 次の瞬間、轟音が頭上から響いた。


「のぉおおお、次はなんだよ!?」


 凄まじい地響きと共に頭上から瓦礫の山が降り注ぐ。

 素早い回避力を見せるジャックだが、こっちに逃げ場はない。ライラと陽菜乃に覆いかぶさるように抱き寄せた。盾を背に戻していたので致命傷は避けられるだろう。

 そう──覚悟していたが、痛みはこなかった。


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