第47話 決着

「あるじ♪ 平気?」


 ゆっくり眼を開くとライラが本来の紺碧竜へと戻っており、俺たちを守るように巨大な翼を広げていた。


「ああ助かったよ、ライラ。……陽菜乃も大丈夫か?」


 抱きしめていた陽菜乃は俺の胸板に寄りかかったままだ。呼吸が荒い。


「陽菜乃? どこか怪我でもしたのか!?」

「大丈夫です。……ちょっと昔を思い出しただけで」


 無理やり笑う陽菜乃が弱々しく見えた。彼女は平気で無茶をしようとする。

 肩で呼吸しているもののHPゲージはさほど減っていない。なら精神攻撃を受けた可能性が高いだろう。鑑定眼で見ると《精神汚染レベル1》《精神異常麻痺》を受けている。

 陽菜乃の背中を優しく摩った。


(俺がジャックと戦っている間に……!)


 奥歯を噛みしめた。

 先ほど瓦礫が降ってこなければ、陽菜乃の異変に気付くのが遅れただろう。

 唐突に天井の亀裂から二つの人影が飛びこんできた。

 玉座の間に立ったのは二人。しかも一人は巨漢らしく降り立っただけで土煙が舞った。全長二メートル強、全身武装──緋色の鎧武者の乱入。


(敵か味方か。……これ以上の新手はヤバい)


 身構えたが、それは杞憂に終わる。


「応々、なんとか間に合ったか」

「ふむ。最終戦は、これからのようでよかった」


 もう一人の乱入者は右だけ大袖の甲冑に籠手と脛当て、毛沓、若草色の藤の紋が入った着物を着こなす森人族──瀧月朗だった。だとすると隣の巨漢は──。


「鬼道丸か」


 Sランクの冒険者、鬼道丸。

 くぐもった声なのは兜によるものなのだが、通信時で聞いた時よりも声が渋い。


(──というか、この二人口調が似すぎてないか?)

「我は鬼道丸。以後お見知りおきを煌月殿」

「あ、ああ」

「うむ、中々に良い面構えだ。いい目をしている。我がさらに磨き上げようぞ」

(瀧月朗と出会った時も似たようなことを言われたような……。親戚か?)


 その正体を探る間もなく漆黒の蔓が俺たちに襲い掛かる。

 轟ッ!

 それらの攻撃を瀧月朗と鬼道丸は一振りで蹴散らした。


「雑な攻撃だ」

「何とも単調だな」

「新手ね、ようこそ。終焉の地へ」


 崩れた瓦礫の上に女王クイーンが姿を見せた。


「次はそこの四人同士で殺し合いでもしてくれないかしら。かつて魔王と勇者で殺し合ったでしょう。それともまた誰かを黒魔獣にしたほうが盛り上がるかえ?」


 鬼道丸と瀧月朗は剣の切っ先を女王クイーンに向けて叫んだ。


「度し難い。我らの怨敵は貴様だけだ」

「業腹だな。不倶戴天の敵はお前さんだけだ」


 息ピッタリの言葉に俺は少し救われた気持ちになった。この二人は間違いなく血縁者で瀧月朗のずっと探していた孫なのだろう。二人に鼓舞され強張っていた体が弛緩する。


「鬼道丸、瀧月朗。俺が大技を出すまで、時間稼ぎを頼めるか?」

「無論」

「承った」


 これで時間の確保はできた。俺は視線を陽菜乃に戻す。未だ精神攻撃が抜け切れていないのだろう。震える彼女を抱きしめた。


「陽菜乃、少し待っていてくれ。すぐに戻る。ジャック、陽菜乃を頼めるか」

「オッケー任せろ。防御アイテムならアイテム・ストレージにたっぷりあるからな!」

「よし」

「煌月先輩、……いざという時に、役に立たなくてごめんなさい」

「そんなことはない」


 今にも泣きそうなのを必死で耐える陽菜乃に俺は唇を重ねた。唇を離すと彼女は硬直していたが、血の気がだいぶ戻ったようだ。

 不安にさせないようにしたのだけれど、思った以上になんだかクソ恥ずかしい!


「のぉおおおおおおおおおおおおおおお、リア充!」

「ジャック、煩い」

「せ、せ、先輩!?」

「陽菜乃が無事じゃなきゃ、俺にとっては負けだからな。俺のためにも無理はしないでくれ」

「先輩」


 俺はライラを見上げた。紺碧色の双眸が俺を見返す。


「ライラ、陽菜乃を頼めるか?」

「うん♪ もちろん」


 ライラの前脚に陽菜乃を預けると俺は踵を返した。

 俺たち異世界人は、この世界に無理やり徴兵させられた被害者で、旧世界の住人にしてみれば世界を滅ぼした加害者だ。因果応報ともいえるが。

 それでもレーヴ・ログを俺は肯定し魔王の意志を継ぐ。これ以上のバッドエンドは認めない。だから邪魔をするのなら徹底的に潰すまでだ。

 蹂躙し、奪い取る。

 その方が俺の性に合っているだろう。俺は魔王だったのだから。


「コウガっち、あの女王クイーンを滅ぼすだけの火力ってあるのか? オレに放った攻撃よりもさらに火力が無いと難しいぞ」

「問題ない。切り札は取ってある」


 俺は《褐色の聖女》クローに渡されたイヤカーフを耳に装着する。

 通信先は──。

 コール二回で相手が通話開始を押したのだろう。

 ノイズは殆どない。


『ほう。この通信回線が繋がるとは……。気長に待ってみるものだな』


 それはよく知った声だ。正確には録音した自分の声を聞くような感覚に近いだろうか。


『ああ、名乗るのが遅れたな。俺は最後の魔王にして異世界人。名は夜崎煌月という』


 自分の半身だというのに、その口調は妙に貫禄のようなものがあった。


「俺は竜騎士の煌月だ。さっそくだが魔王権限の究極能力ウルティム・スキルの使用許可がほしい」

『積もる話もあるだろうに、前置きなしに本題に入るのは──ああ、確かに俺らしい』


 そういう魔王も姉を失う前の、損得勘定をデフォとした俺そのものだ。


『許可しよう。ただし第一解除までだ』

「十分だ。それと、これが終わったら諸々話したいからお茶会の準備しておけよ、魔王陛下」


 喉を鳴らした声が聞こえ通話を切った。

 これで勝つための条件が揃った。出し惜しみせずに全てのMPをこの一撃に込める。


魔王究極能力解放エルニーニッヒ・ウルティム・スキル・ディーベラフイウング──限定第一解除」


『魔王究極能力解放を確認。……展開まで75.7秒』とカウントダウンのポップアップ画面が浮かび上がった。

 濡羽色の炎が玉座の間を包囲するように照らす。

 その直後、俺の背後に円状の魔法陣が何重にも重なり出現。その圧倒的な熱量に、漆黒花の女王クイーンは、驚愕の声を上げた。


「な、それが使えるのは、まさか。お前は──」


 そう。

 旧人類なら、使


「滅びろ、漆黒花の女王。流星神話メテオール・ミトス!」

「ひっ、なんで魔王がこんなところに!?」


 女王クイーンは悲鳴を上げた。空間から飛来する漆黒の隕石。

 その数に逃げ場はない。膨大な爆炎が漆黒花と女王クイーンもろとも焦土に化す。逃がしはしない。


「いやあああああああああああ、焚荳也阜莠コ繧?シ!!」


 劫火に包まれ骨も残らずに消え失せた。

 それによって空間の維持ができず硝子の砕ける音が響き、俺たちにとって悪夢そのものを具現化した魔王城の空間が消え去っていく。

 これで決着。


 敵殲滅を確認して、鬼道丸と瀧月朗は構えを解いた。

 悪趣味な城は消え去り、アルヒ村の中央広場だった場所に戻って来た。

 朝焼けを浴びて全員の警戒が緩む。

 瞬間。


「鬲皮視縺?≧縺?≧縺?≧縺?≧縺?≧縺?≧縺?≧縺?≧縺?≧縺?≧縺?≧縺?≧縺?≧!!」


 空間が消える瞬間、五メートル前後の砂漠蠕虫サンド・ワームがアルヒ村へと飛び込んできた。

 頭上に黒い花が一瞬見え、漆黒花に寄生した黒魔獣だと気づく。

 直後、砂漠蠕虫の肉体が膨張し、体内から大量の漆黒の槍が俺目掛けて放たれた。

 奇しくも三年前の三頭重装番人と同じ、漆黒花の種を詰め込んだ器の自爆方法!


(チッ、間に合わな──)

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