第44話 魔王特権発動

 後悔ばかりが心を蝕んでいく。自分への苛立ちでどうにかなってしまいそうだったが──。


「煌月先輩! 私とライラで漆黒花を抑えるのでジャックさんとダリアをお願いします」

「ライラ頑張る♪」


 陽菜乃を戦わせることに躊躇ったが、彼女は俺に背を向ける。それは全幅の信頼を預けるという陽菜乃の意思表示に胸が熱くなった。


「ああ、まかせろ」


 俺はジャックに向き直る。

 今のやりとりが聞こえていても、我関せずといったところで俯いたまま現実逃避中だ。その姿に苛立ちと怒りが沸き、ギリッと奥歯を噛みしめた。

 ようやく会えた大切な人の死。自暴自棄になることも世界を呪う気持ちもわかる。


 陽菜乃を殺されて、俺はこの世界を一度滅ぼした。

 ジャックも俺と同じように――。

 ふとそこでギルマスが炭化して消えていないことに違和感を覚えた。

 鑑定眼で見ると、ギルマスのHPゲージは赤い点滅のままで肉体は炭化していない。


 ダリア・クランドール/兎人族/女/118歳/Sランク

 レベル100 職業/前衛戦士アタッカー/二刀流戦士/猛毒+状態異常+大量出血+

 HP0.26/MP2.8

 魔力耐性A 特殊能力/使用不可/貍?サ定干縺ョ蜻ェ邵帙↓繧医j蝗壹o繧後?逵?繧/固有結界の恩恵により肉体魂の維持。


(HPとMPどちらもゼロに近いが、心象風景の具現化によって空間内の魂と肉体を維持し続けている。この状態ならギリ可能性が出てきた。あとは──)


 俺は自分のステータス画面を表示させた。黒いポップアップ画面に《魔王特権》の項目が増えているのを確認し、ジャックへと視線を戻す。

 ジャックは虚ろな瞳のまま、ここではないどこかを見ていた。


 一歩一歩ジャックに近づくにつれ、周囲に咲き誇る漆黒花が寄生元であるジャックを守ろうと、人型の土くれを作り出し俺に襲い掛かる。その姿はかつての勇者あるいは魔王をモデルにしているのだろう。

 幾人か見覚えがあり、それにも腹が立った。


「邪魔だ」


 盾を片手に剣を抜いて、一気にジャックの元へと疾走。

 連続攻撃に竜騎士の固有能力の一つ《炎爆付与》により、剣を振るうたびに炎の斬撃が土くれごと漆黒花の核を切り裂き、火花が周囲に着火した。

 一気に俺とジャックの周囲は火に包まれる。


 ――アアアアアアアアアアアアア焚荳也阜莠コ繧?シ!


 断末魔を上げながら漆黒花は灰燼に帰す。

 爆発や炎上の中でもジャックは指先一つ動かさない。その姿が痛々しくて、腹立たしくて──ジャックの前に到着した瞬間、思い切り右頬を殴った。


「起きろ、馬鹿野郎が!」


「ぐっ!」と、声を漏らしたがジャックは俯いたままだ。


「ジャック、現実を見ろ。お前は一番大事なところでダリアを手放すつもりなのか!」


 ジャックは殴られた頬の痛みよりも『ダリア』の名にハッと顔を上げる。彼の体には蔓に似た黒い痣が広がっており、片目の結膜が黒く染まっていた。


「…………ダリアを、妻を、まだ何とかできる方法があるっていうのか?」


 人外になりつつある今、俺を見るジャックの瞳に生気が宿った。本当にこの男はギルマスのことを第一に考える。もう自分ではどうにもならないと思っていても藁に縋る思いでジャックは俺の言葉を待った。


「ある! あとはお前の覚悟があるかどうかだ」

「──っ!」


 断言した俺にジャックは止まっていた感情が堰を切ったかのように溢れ出した。


「……っ、ずりぃよ。コウガっち、オレ。オレを終わらせられる冒険者がくるまで籠城するつもりだったのに……。希望を、見せつけないで……くれよ。決意が、鈍る」


 泣き崩れるジャックを無視してギルマスに向かって手を翳す。


「……じゃあ、お前はそこで勝手に泣いていろ。《魔王特権、復活の祭典を起動アオフエアシュテーウング・フェスティバル・ダスシュタルテン》」


『魔王特権発動――魂の回収38……49……61……』


 脳内に単調な声が響く。今ならこの声がリーベであると理解出来る。

 瞬時に円状の魔法陣が煌々とした光を放ってギルマスの周囲に展開していく。抱きかかえていたジャックは魔法陣の展開によって弾かれ二、三メートルほど吹き飛ばされた。


菊乃きくの!」


 ジャックが叫ぶが、その姿は一瞬で白亜の光に抱かれて消える。

 正確には俺のアイテム・ストレージにギルマスの魂を回収した。これで漆黒花の横入れも封じた。肉体となる器の再構築する《復活の祭典》の起動展開までには多少時間がかかるだろう。

 愛する者の喪失により、ジャックの顔は激情と絶望が魂を蝕んでいく。


(さて、ここからが正念場だな)

「くそっ、菊乃に何をした!?」

「それよりお前はどうする。漆黒花の王に堕ちるのか、それとも《鍍金の勇者》としてまた逃げるのか?」

「なっ──」


 ジャックが驚くのも無理はないだろう。

 それは勇魔代理戦争時代に転生した際のジャックの二つ名だ。

 泣いて、嘆いてばかりで、最終戦でも魔王を前に逃げ出した勇者。


「お前が逃げ続けたからギルマスはお前の再転生を待ち続けることができず、漆黒花の女王クイーンと取引をした。ギルマスは罪を犯してクレアの殺意と向き合って、無抵抗でその身を差し出して報いを受けたのに、お前はその決意と覚悟からも逃げるのか!? お前が漆黒花の王になって逃げるのなら容赦なく殺す。現実逃避しても殺す」

「──っ、クソ、クソ、クソッ!」


 ボロボロと涙を流しながらジャックはまだ床に膝を着いたままだ。臆病で意気地なし。

 俺も似たようなものだ。

 けれど俺もジャックもたった一つだけ無敵になれる魔法の言葉がある。


「立てよ。惚れた女に会いたいなら今、向き合え!」

「!」


 魔王なら「世界の覇権」云々というだろうが生憎と俺もジャックもその手のものに興味はない。好きな──惚れた女のため。

 着火剤としては申し分ないだろう。


 そもそもジャックが逃げたのは最終戦で、魔王が自分の愛する妻だと気づいたからであって、この眼前の男が弱いわけではない。

 その証拠にさっきまで泣いていたジャックは袖で涙を乱暴に拭って立ち上がった。

 ジャックの影から大量の漆黒花が溢れ返り、その影はまるで漆黒の海ワダツミのようだ。


「菊乃に会えるのなら魔王の一人や二人、葬ってやる」

「ハッ、魔王を舐めるな」


 それ以上、俺たちに言葉は不要だった。


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